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1章
6・妻を任せた侍女は恐れるどころか、なぜか嬉しそうにしている
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そのまま気を失ってしまったエレファナをゆりかごに寝かし直すと、セルディは近くにある自分の城まで運んだ。
まずは来客用の空き部屋にメイドのポリーを呼ぶ。
ポリーは油っ気のない灰色の髪を後ろで丸くまとめている働き者の女性で、セルディが幼いころは乳母として世話をしてくれた、信頼のおける相手だった。
エレファナとの一連の出来事も、親身になって聞いてくれる。
ポリーが「容態を確認しやすいほうがいい」と判断したため、セルディはエレファナを浮遊するゆりかごから抱き上げると、客室用の寝台へ移し始めた。
「ではこの方が、ドルフ帝国を滅ぼしたあの傾国の魔女なのですね」
ポリーは緊張した面持ちで、セルディが抱えている娘の顔を覗き込む。
「まぁ……なんと言いますか。あの悪名高い魔女とは思えない、本当に無邪気な寝顔ですね」
エレファナは夫の腕の中で、くうくう寝息を立てていた。
「セルディさま……」
幸せそうに寝言を漏らすその様子に、ポリーは微笑する。
「あら、セルディさまの名前を呼んで、良い夢でも見ているのでしょうか。ふふ。もうずいぶんお慕いされているのですね」
「そんな風に思われるようなことをした覚えはないのだが」
セルディが難しい顔をしていると、ポリーは自分の背をとっくに追い越した長身の主を見上げる。
「ドルフ帝国時代の人にお会いできるとは思いもしなかったのですが、本当にかわいらしい奥さまのようですね。あっ、見てください。寝言を呟きながら笑いましたよ。ほら、また!」
そう楽しそうに顔をほころばせていたポリーだが、ふとエレファナを見つめる眼差しが気づかわしげに曇った。
「しかし見たところ、ずいぶん痩せていらっしゃるようですね。髪も傷んでいますし、肌色もくすんでしまって」
「ドルフ帝国側から一方的に攻撃を受け、そのままこの時代まで封印の結界を張り続けながら眠っていたようだ。立ち上がると突然倒れて、それから精霊の姿も見えなくなった。エレファナから事情を聞いたが、後世に伝えられている内容と食い違い、不遇な扱いを受けていた節もある」
「そうでしたか。いつの時代も、噂は噂なのでしょうね」
セルディが気づかわしげにエレファナを見つめていると、ポリーは励ますように微笑みかけてくる。
「そんな顔をなさる必要はありません。今は落ち着いているようですし、精霊を助けるために魔力を使いすぎたのでしょう。……よくがんばりましたね、エレファナさま」
幼子をあやすような声をかけながら、若いころ魔導士の家に仕えていたポリーは、エレファナの手首や首筋に触れて魔力の状態を確認していく。
「精霊の姿が見えなくなったのは、奥さまが意識を失われたことがきっかけでしょう。しかし過度の心配はいりません。精霊は彼女の魂に隠れて、魔力を分けてもらっているようですから。まずは彼女の体調回復を優先しましょう。やはり魔力を消耗し過ぎているようです」
セルディが寝台を覗き込むと、青白い顔をしたエレファナはまたセルディの名を呼びながら、むにゃむにゃと口元に笑みを浮かべている。
(弱音を吐く様子はなかったが、ずいぶんつらい思いをしてきたのだろうな)
セルディはエレファナの痩せこけた肩に、温かく軽い毛布を掛け直した。
「彼女のことをバートにも話しておきたい。一度ここへ呼びたいのだが」
「わかりました。奥さまは私がお世話させていただきますので、ご安心ください。それと見張りは不要ですよ」
「いや、騎士でもないポリーを、傾国の魔女と二人きりにするわけにはいかない。見張りは怠らないから安心して欲しい」
「その心配はありません。彼女は衰弱しすぎています。今は生命を維持する以外の魔力を全て、精霊に渡している状態ですから」
「しかし」
「坊ちゃん。奥さまが私に危害を加える心配がないことは、あなたが一番わかっているのでしょう。妻思いの夫に成長したのは喜ばしいことですが、過保護すぎですよ、全く……。っ、ふふ」
ぴしりと言い切ったポリーは突然、こらえきれなくなったように笑い声をあげた。
まずは来客用の空き部屋にメイドのポリーを呼ぶ。
ポリーは油っ気のない灰色の髪を後ろで丸くまとめている働き者の女性で、セルディが幼いころは乳母として世話をしてくれた、信頼のおける相手だった。
エレファナとの一連の出来事も、親身になって聞いてくれる。
ポリーが「容態を確認しやすいほうがいい」と判断したため、セルディはエレファナを浮遊するゆりかごから抱き上げると、客室用の寝台へ移し始めた。
「ではこの方が、ドルフ帝国を滅ぼしたあの傾国の魔女なのですね」
ポリーは緊張した面持ちで、セルディが抱えている娘の顔を覗き込む。
「まぁ……なんと言いますか。あの悪名高い魔女とは思えない、本当に無邪気な寝顔ですね」
エレファナは夫の腕の中で、くうくう寝息を立てていた。
「セルディさま……」
幸せそうに寝言を漏らすその様子に、ポリーは微笑する。
「あら、セルディさまの名前を呼んで、良い夢でも見ているのでしょうか。ふふ。もうずいぶんお慕いされているのですね」
「そんな風に思われるようなことをした覚えはないのだが」
セルディが難しい顔をしていると、ポリーは自分の背をとっくに追い越した長身の主を見上げる。
「ドルフ帝国時代の人にお会いできるとは思いもしなかったのですが、本当にかわいらしい奥さまのようですね。あっ、見てください。寝言を呟きながら笑いましたよ。ほら、また!」
そう楽しそうに顔をほころばせていたポリーだが、ふとエレファナを見つめる眼差しが気づかわしげに曇った。
「しかし見たところ、ずいぶん痩せていらっしゃるようですね。髪も傷んでいますし、肌色もくすんでしまって」
「ドルフ帝国側から一方的に攻撃を受け、そのままこの時代まで封印の結界を張り続けながら眠っていたようだ。立ち上がると突然倒れて、それから精霊の姿も見えなくなった。エレファナから事情を聞いたが、後世に伝えられている内容と食い違い、不遇な扱いを受けていた節もある」
「そうでしたか。いつの時代も、噂は噂なのでしょうね」
セルディが気づかわしげにエレファナを見つめていると、ポリーは励ますように微笑みかけてくる。
「そんな顔をなさる必要はありません。今は落ち着いているようですし、精霊を助けるために魔力を使いすぎたのでしょう。……よくがんばりましたね、エレファナさま」
幼子をあやすような声をかけながら、若いころ魔導士の家に仕えていたポリーは、エレファナの手首や首筋に触れて魔力の状態を確認していく。
「精霊の姿が見えなくなったのは、奥さまが意識を失われたことがきっかけでしょう。しかし過度の心配はいりません。精霊は彼女の魂に隠れて、魔力を分けてもらっているようですから。まずは彼女の体調回復を優先しましょう。やはり魔力を消耗し過ぎているようです」
セルディが寝台を覗き込むと、青白い顔をしたエレファナはまたセルディの名を呼びながら、むにゃむにゃと口元に笑みを浮かべている。
(弱音を吐く様子はなかったが、ずいぶんつらい思いをしてきたのだろうな)
セルディはエレファナの痩せこけた肩に、温かく軽い毛布を掛け直した。
「彼女のことをバートにも話しておきたい。一度ここへ呼びたいのだが」
「わかりました。奥さまは私がお世話させていただきますので、ご安心ください。それと見張りは不要ですよ」
「いや、騎士でもないポリーを、傾国の魔女と二人きりにするわけにはいかない。見張りは怠らないから安心して欲しい」
「その心配はありません。彼女は衰弱しすぎています。今は生命を維持する以外の魔力を全て、精霊に渡している状態ですから」
「しかし」
「坊ちゃん。奥さまが私に危害を加える心配がないことは、あなたが一番わかっているのでしょう。妻思いの夫に成長したのは喜ばしいことですが、過保護すぎですよ、全く……。っ、ふふ」
ぴしりと言い切ったポリーは突然、こらえきれなくなったように笑い声をあげた。
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