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殿下がわたしを嫌いなことは知っています 1
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ガシャーンと音を立てて、目の前で植木鉢が割れた。
例のごとく空から降って来た植木鉢と、植木鉢が割れたせいで散乱した土と紫色の花を咲かせているパンジーを見て、エイミーはしみじみと言った。
「この学園に植木鉢があったのねえ」
「突っ込むのはそこだけなの⁉」
エイミーと一緒に中庭を通って専門棟へ移動していたシンシアが思わずと言った様子で叫ぶ。
「え? でもほら、植木鉢って見ないじゃない」
「校舎の中にないだけで、園芸部の温室には山ほどある――じゃなくて! あんなのが頭に直撃したら、打ち所が悪かったら死んじゃうわよ⁉」
「ああ、シンシアは陸上部と掛け持ちで園芸部にも参加していたわね」
「そうだけど今はどうでもいいわそんなこと!」
ライオネルやエイミーは部活動をしていないが、フリージア学園には二十を超える部活がある。
活動自体は貴族の子女のお遊び感が強いので積極性はないが、部活動をしている生徒は学園に通っている生徒の八割にも及ぶほど多い。特に春の終わりから夏の終わりまでのシーズンオフはパーティーもほとんどなくて暇だから、活動人数が増えるらしい。
「今日という今日は先生に報告するわよ! いくらエイミーの反射神経がよくても、これでは五日怪我をするわ!」
「そうねえ、園芸部の温室から盗まれたのなら窃盗だものね」
「だからそういうのはどうだっていいのよ‼」
シンシアは「あー!」と叫んで地団太を踏んだ。
「エイミーはそこにいて! わたし、先生を呼んでくるわ……って、何をしているの?」
くるりと踵を返そうとしたシンシアがぴたりと足を止めた。
エイミーは教科書を芝生の上に置いてその場にしゃがみこみながら振り返る。
「何が?」
「だから、なんでしゃがみこんだの?」
「パンジーをどこかに避難させるのよ。だって可哀想でしょ?」
「そんなの後でいいじゃないの」
「だめよ。……だって、このパンジー、紫色なんですもの」
「紫色だからなんなの?」
「殿下の瞳の色だわ」
「…………もういいわ、パンジーは好きにしてもいいけど植木鉢の破片には触っちゃだめよ! 怪我をするもの!」
シンシアは首を横に振って、それから駆けだした。
シンシアに植木鉢の破片には触るなと言われたので、エイミーはパンジーだけを丁寧に拾い上げる。
そして、それを抱えたままどこかに植える場所はないだろうかと視線を彷徨わせていると、前方からライオネルが歩いてくるのが見えた。
ライオネルのクラスはさっきまで専門棟で授業だったので、戻ってくるところだろう。
「あ、殿下!」
「……何をしているんだ、お前?」
ライオネルは、土ごとパンジーを持っているエイミーに怪訝そうに眉を寄せた。
「植木鉢が割れちゃって。あ、でも、パンジーは無事みたいですよ! 殿下のパンジーはわたしが責任をもって植えなおしますから!」
「待て、俺のパンジーってなんだ」
「なにってほら、殿下と同じ紫色」
「紫色だったら俺のものになるのか」
「はい」
「…………もういいモモンガ語は俺には理解できん」
(モモンガ語?)
エイミーは首を傾げたが、ライオネルの冗談だろうと認識して聞き流すことにした。
「手がふさがっているので殿下に抱き着けなくて残念です。殿下も我慢してくださいね」
「意味がわからん抱き着かなくて結構だ」
「せめて匂いだけでも……」
「嗅がんでいい‼」
近づこうとしたら手のひらでぐいっと顔を押されて、エイミーはしゅんとした。
「どうでもいいが、急がないと授業に遅れるぞ。じゃあな」
「ご心配ありがとうございます! 殿下、大好き」
すると、歩き去ろうとしていたライオネルが何かを思い出したように足を止めて振り返った。
そして――
「俺はお前なんか大嫌いだ」
「え……?」
真顔ではっきりとそう告げられて、エイミーの思考回路が一瞬停止した。
ライオネルはまたすぐに身をひるがえして歩き去ったが、エイミーは目を見開いたまましばらく動けなかった。
何故ならさっきの「大嫌い」は――なんだかいつもと、違う気がしたから。
例のごとく空から降って来た植木鉢と、植木鉢が割れたせいで散乱した土と紫色の花を咲かせているパンジーを見て、エイミーはしみじみと言った。
「この学園に植木鉢があったのねえ」
「突っ込むのはそこだけなの⁉」
エイミーと一緒に中庭を通って専門棟へ移動していたシンシアが思わずと言った様子で叫ぶ。
「え? でもほら、植木鉢って見ないじゃない」
「校舎の中にないだけで、園芸部の温室には山ほどある――じゃなくて! あんなのが頭に直撃したら、打ち所が悪かったら死んじゃうわよ⁉」
「ああ、シンシアは陸上部と掛け持ちで園芸部にも参加していたわね」
「そうだけど今はどうでもいいわそんなこと!」
ライオネルやエイミーは部活動をしていないが、フリージア学園には二十を超える部活がある。
活動自体は貴族の子女のお遊び感が強いので積極性はないが、部活動をしている生徒は学園に通っている生徒の八割にも及ぶほど多い。特に春の終わりから夏の終わりまでのシーズンオフはパーティーもほとんどなくて暇だから、活動人数が増えるらしい。
「今日という今日は先生に報告するわよ! いくらエイミーの反射神経がよくても、これでは五日怪我をするわ!」
「そうねえ、園芸部の温室から盗まれたのなら窃盗だものね」
「だからそういうのはどうだっていいのよ‼」
シンシアは「あー!」と叫んで地団太を踏んだ。
「エイミーはそこにいて! わたし、先生を呼んでくるわ……って、何をしているの?」
くるりと踵を返そうとしたシンシアがぴたりと足を止めた。
エイミーは教科書を芝生の上に置いてその場にしゃがみこみながら振り返る。
「何が?」
「だから、なんでしゃがみこんだの?」
「パンジーをどこかに避難させるのよ。だって可哀想でしょ?」
「そんなの後でいいじゃないの」
「だめよ。……だって、このパンジー、紫色なんですもの」
「紫色だからなんなの?」
「殿下の瞳の色だわ」
「…………もういいわ、パンジーは好きにしてもいいけど植木鉢の破片には触っちゃだめよ! 怪我をするもの!」
シンシアは首を横に振って、それから駆けだした。
シンシアに植木鉢の破片には触るなと言われたので、エイミーはパンジーだけを丁寧に拾い上げる。
そして、それを抱えたままどこかに植える場所はないだろうかと視線を彷徨わせていると、前方からライオネルが歩いてくるのが見えた。
ライオネルのクラスはさっきまで専門棟で授業だったので、戻ってくるところだろう。
「あ、殿下!」
「……何をしているんだ、お前?」
ライオネルは、土ごとパンジーを持っているエイミーに怪訝そうに眉を寄せた。
「植木鉢が割れちゃって。あ、でも、パンジーは無事みたいですよ! 殿下のパンジーはわたしが責任をもって植えなおしますから!」
「待て、俺のパンジーってなんだ」
「なにってほら、殿下と同じ紫色」
「紫色だったら俺のものになるのか」
「はい」
「…………もういいモモンガ語は俺には理解できん」
(モモンガ語?)
エイミーは首を傾げたが、ライオネルの冗談だろうと認識して聞き流すことにした。
「手がふさがっているので殿下に抱き着けなくて残念です。殿下も我慢してくださいね」
「意味がわからん抱き着かなくて結構だ」
「せめて匂いだけでも……」
「嗅がんでいい‼」
近づこうとしたら手のひらでぐいっと顔を押されて、エイミーはしゅんとした。
「どうでもいいが、急がないと授業に遅れるぞ。じゃあな」
「ご心配ありがとうございます! 殿下、大好き」
すると、歩き去ろうとしていたライオネルが何かを思い出したように足を止めて振り返った。
そして――
「俺はお前なんか大嫌いだ」
「え……?」
真顔ではっきりとそう告げられて、エイミーの思考回路が一瞬停止した。
ライオネルはまたすぐに身をひるがえして歩き去ったが、エイミーは目を見開いたまましばらく動けなかった。
何故ならさっきの「大嫌い」は――なんだかいつもと、違う気がしたから。
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