星月の蝶

兎猫

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1章 奇跡の魔法

5話 自分を見捨てた国への贈り物

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 寝たふりのつもりが本当に寝ていたようだ。

 起きると朝になっていた。

「王宮。夢じゃなさそう」

 目を開けると見慣れた場所にいた。王宮のミディリシェルの部屋。

 硬いソファの上で眠っていた。

 散歩の後が夢なのか今この状況が夢なのか。そう思ったが、どちらも夢ではなさそうだ。

 見慣れた場所にただ一つ見慣れないものが

「おはよ。意外と早かったね」
「私は必要なくなったからここに戻したの?」
「明日、婚約発表なんでしょ。だから行かせてあげようと思ってね」
「行きたくない」

 婚約発表なんて頼まれても行きたくない。

「行ってくれたらなんでも一つだけお願いを聞いてあげる。聞きたい事があるなら嘘をつかず教えてあげる。行って欲しい理由は別で」

 ミディリシェルは少しの間考えてから答えた。

「分かった。行く。だから前払いで理由教えて」
「この国は君の事もそうだけど、色々と禁を犯し過ぎていてね。それの始末をしないといけないんだけど。君の行動次第でその仕事が楽になるんだ。君は何かある前にゼノンに連れて帰らせる。だから手伝ってくれる?」

 返事をするより先に手が動いた。ミディリシェルは今ここにある本を片付けていた。

「本に罪はないの」

 本を捨てられると思ったら勝手に動いた。

 この国に情はないが本には別だ。

「そこの本は全部僕らが管理している場所から持ち出されたものなんだ。元の場所に戻しはするけど、捨てはしない」
「読めなくなっているのに?」
「少し面倒な作業だけど復元はできるんだ。君ほど早くないから一冊で一日以上かかるけどね」

 ミディリシェルは近くの本を大事に抱えた。

「だったら私が全部復元する」
「えっと、復元するのは魔法機械だよ。復元前にそのページに書かれていた文字を読めない分まで書き写さないとだけど」
「じゃあその作業をやる」

 書き写すのは普段やっていた作業と同じだ。それならできるだろう。

「別に良いけど。仕事が減って助かるだけだから。それより婚約発表の事は良いの?」
「うん。とりあえずこの国の闇暴露でしょ」
「方法は任せるよ。それじゃあ僕は帰るから。ドレス姿、楽しみにしておくよ」

 フォルが消えて、部屋にはミディリシェル一人になった。

 出来るだけ多くの写本をやろうとミディリシェルは徹夜で作業を進めた。

 その作業はこの国の為ではなく、本の為。復元する為の準備としてフォルにだけ分かるように置いておいた。


     *******

 婚約発表の時間になるが、ミディリシェルにドレスなどない。

 そのまま行こうとしていると、手紙と箱が机の上にある事に気がついた。

「着脱魔法具?衣装チェンジ又はドレスチェンジといえばなわけないよ」

 魔法具にそんな言葉は必要ない。その知識があったミディリシェルは、正しい方法で箱型の魔法具を起動させた。

 これも一種のお遊び要素だろう。一人だったら考えるが、誰かに聞かれる可能性があるのに言いたくない。

「これ系は開けば良いの」

 箱を開くと服が変わった。大人びた暗い紫色のドレスと花の髪飾り。フォルが今日の為に用意してくれていたのだろう。

     *******

「むにゅ?」

 婚約発表は貴族達の間でやる。ミディリシェルが聞いていたのは会場とその事だけだ。

 だが、来てみれば婚約者らしき人物が会場の中央で恋人らしき女性と一緒にいる。

「悪女ミディリシェル、貴様との婚約を解消する。貴様はこの可憐なチューメルに嫉妬し嫌がらせをした。しかも、国家反逆を企てていた」
「ミディリシェル様にも何かご事情があったのでしょう。そのように責めては可愛そうですわ」
「君は優しいな。だが、あの女がした事は許されない事なんだ」

 目の前で繰り広げられる光景。それを見たミディリシェルは驚きや怒りなどの感情は一切湧いてこなかった。

 目の前の光景に対して何かの演劇でもやっているのかと他人事のように見ていた。

「誰ですか貴方達」
「貴様、ここに来てまだ惚ける気か。彼女の優しさに称して国外追放にしようと思ったが、貴様のような悪女はこの国で処分した方が良いようだな」

 最後の一言。その言葉を聞いた瞬間ミディリシェルは俯いき、表情が暗くなった。

「そういう事」

 その言葉はミディリシェルに理解させた。自分がこの国に見捨てられたという事を。

 自分からここを出るつもりだったが、多少は期待していた。

 本当に婚約発表を執り行い、公に認められると。
 利用するためではなく、本当に愛してくれていたのだと。

 ふと顔を上げてみると、ミディリシェルの目にゼノンが映った。

 声には出していないが、口の動きが演技なんて必要ないと言っているようだった。

 何故だか分からない。だが、その言葉で金稼ぎをする事で得ていた愛情への未練が無くなった。

「好きにすれば良いじゃん。ミディももう好きにするから」

 ミディリシェルは笑みを浮かべて続けた。

 これからはこんな国に縛られる必要なんてない。最後にとっておきのお土産を残してあげようと。

「禁書の持ち出しに不正取引。この国って面白いほどいっぱい悪い事してるよね。それ、ぜーんぶばらしてあげる」
「ッチ、悪女を捉えろ」

 ゼノンがミディリシェルの方へ駆け寄ろうとしている。ミディリシェルはゼノンの方に向かって笑顔を見せた。

 大丈夫と言葉で言う事はできないが伝わってくれただろう。

「ミディの価値を見出せない人達に教えてあげる。ミディは色んな魔法具と魔法理論を生み出した天才と呼ばれるミーシェアなの。見る目があるならこれが本当だって分かるよね」

 会場が騒めいている。当然の事だろう。自分達が用済みと捨てようとしている相手が、かの有名な魔法具技師であり魔法理論を世に広めた一任者なのだから。

 嘘でも欲しいものをくれていれば、ここで設計図でも喜んで描いていたかもしれないのに。

 だが、もう関係ない。

「こういう事もできるけど、もう関係ないよね」

 ミディリシェルはフォルから貰った箱の魔法具を複製した。

 これはミディリシェルが現在使う事のできる唯一の魔法だ。

 これしか使えないが、これには相当な利用価値があるだろう。

 それに気づいたところでもう遅いが。

「ゼノン、帰ろ」
「ああ」

 ミディリシェルの側へ来たゼノンに頼んでミディリシェルは自分のいたい場所へ帰った。

「その髪飾り、純愛って花言葉の花なんだ。ありがとね、ミディ」

 ゼノンが転移魔法を使おうとしていた時、遠くからフォルの声が聞こえた。
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