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第四章 白魔導師の日々
決闘~3
「試合、はじめっ」
審判のかけ声を合図に、二人の男は剣を構えたまま、微動だにしない。鋭く光る眼光は、お互いの些細な隙すらも見逃すことはない。
熟練した二人の騎士は、用心深く相手の出方を探った。
先に動いたのは、竜騎士副団長のキースだった。素速い動きで、ギルが苦手とする右上方からの攻撃に徹する。剣を振り上げ突進してくるキースを、ギルはすっと横により、流れるような動きで相手の剣を止める。
キンと剣が交わる澄んだ金属音が響いたかと思った瞬間、ギルは素速く相手の懐へと間合いをつめる。下からギルが剣を振り上げるように、キースを狙えば、逆手で剣を遮られた。
「・・・やるな」
ギルが好戦的な視線をキースに向ければ、キースはいつもの柔和な笑顔を浮かべる。
「・・・そちらのほうこそ。リード騎馬隊長」
男たちは、交えていた剣を一反引き、お互いの間合いをとるために、距離を作った。
戦いがさらにヒートアップしたのはその後すぐのことだ。
今度はギルが大きく間合いをつめ、真正面からキースに打ち込む。ギルは重量のある剣を得意としている。それを咄嗟に剣で受け止めたキースの後ろ足が、砂埃をたてて後へと滑った。
ギルの剣の重さに耐えられず、キースの姿が後へと揺らいだ。
「ギル様、がんばってー」
フロルも耐えきれずに思わず叫ぶ。キースが体勢を崩した今がチャンスだ。
当然、ギルも好機を逃さず、キースへと再度つきと入れると、キースは横へと飛び、ギルの足をはらった。
今度は、ギルが体勢を崩して地面へと激突した。
「いいぞー。リード様!」
「がんばれー。マニング副隊長!」
それぞれの陣営からヤジや応援が飛び交う。そんな中、フロルはひたすらハラハラしながら、ギルの行方をじっと目で追っていた。
剣技では王国の中で一位、二位を争う二人の戦いは、周りの人間を巻き込んでさらに激しさを増していく。どちらが勝ったとしても不思議ではない。二人の激しい応戦は、お互いに一歩も譲ることなく、激しさを増す一方だった。
そして、試合は最終的な決着がつくことになる。
「勝者、17番 ギルバート・リード これにより、騎馬隊と竜騎士団の親善試合はリード率いる騎馬隊の勝利を宣言する!」
審判が声高く勝者を宣言すると、周りの観衆からもわっと声が上がった。
「やっぱり、騎馬隊の勝ちかあ」
「王宮一の騎馬隊に、さすがの竜騎士も勝てなかったか」
口々に騎士たちが騎馬隊の強さを語っている傍らで、フロルも胸にじーんとこみ上げてきたものがあった。
(やっぱり、ギル様って強いんだ。なんたって、ギル様だもんね!)
フロルが嬉しそうに頬を染めて笑顔を見せると、隣にいたおじさん騎士が、さもありなんと言う様子で頷く。
「リード隊長が王宮の中では一番の剣の使い手だからな」
「そうなの?」
「そうだな。後は・・・リード様級の剣の使い手といえば、後はドレイク竜騎士団長くらいかな?」
フロルがへぇ、と言った顔をしている間に、ギルとキースはお互いに礼儀正しく礼をして、それぞれの陣地へと戻ってきた。
「あ、ギル様!」
フロルが彼の元へ駆け寄ると、ギルはいつものように爽やかな笑顔を向ける。
「騎馬隊の勝利だぞ。お前にうっとうしく絡んでくる奴らを騎馬隊で蹴散らしてやったからな」
そんなフロルに、騎馬隊の面々は気持ちよく声をかけた。
「よかったなあ。嬢ちゃん。まだそんなに小さいのにストーカー(竜騎士)に絡まれるなんて不運だったな」
「もう安心して食堂にいけるぞ」
「うん!皆さん、ありがとうございます」
そう言って、きちんと頭を下げると、みんな爽やかな笑顔をフロルに向ける。試合が終わったので、騎馬隊の陣地に他の騎士団の連中がどっとなだれこんできた。みんな、片手にエールを持っている。
親善試合の後は、親睦のために、酒が振る舞われるのだそうだ。
他の騎士団の男たちは口々にリード隊長を褒め称える言葉を口にする。
「さすが、騎馬隊。剣さばきが実に見事でしたね」
彼らは、フロルに向って説明してくれた。今回は竜騎士たちが負けてしまったけれども、竜騎士たちの剣も格段に強いらしい。
「俺たちなら誰も竜騎士と剣を交えるなんて、到底出来ないもんなあ」
「騎馬隊だからこそ、竜騎士と互角と言うか、奴らに勝てた訳だからなあ」
そう言う男たちは、ギル様にエールの入った杯を渡し、グラスを合わせて、ぐぃっと酒を飲み干した。そんな風に騎士たちは笑い、大きな声で話をして、宴もそろそろと終わりに近づく。
フロルもオレンジジュースをもらい、壁際の椅子に座ってみんなの様子を眺めていた。約束どおり、竜騎士たちは全員撤収して、もうフロルの周りをうろうろとすることはない。
負けを認めてしまえば、竜騎士たちも潔い。ドレイク様が目を光らせなくても、負けは負けである。
そうしている内に、祝杯をあげている人の数が少しずつ減り、フロルたちもそろそろ引き上げようと闘技場を出ようとした時だ。入り口で、フロルたちとぱったり出会った人物がいた。
ローブを深く被った男は、声を大きくあげて、赤ら顔の酔っ払いたちに、嫌悪の視線を隠そうともせずに堂々と向ける。そんな神経質で潔癖症の人物は当然ライル様だ。
「ライル様!」
フロルが駆け寄ると、ライルは酔っ払いの騎士たちに向けていたしかめっ面を堂々とフロルに見せた。
「・・・まさか、こんなに酔っ払いがいるとは思わなかった」
「よう、ライル。お前が闘技場の傍に来るなんて珍しいな」
ギル様が剣を片手に気軽に声をかければ、ライルは神経質そうにぴくりと眉を動かした。
「・・・たまたま通りがかっただけだ」
「そうか。お前も一杯飲んでいくか?」
ギル様が上機嫌でライルを誘う。
「いや、私がそんなものに興味がないことは知ってるだろう」
「まあな」
「それで、試合の結果は、やはり騎馬隊の勝ちか?」
「ああ。お察しの通りだ。これでフロルが竜騎士たちに追い回されることはないぞ」
「まあ、そうでなくっちゃね。お前たちが負けてたら、私が直々に竜騎士にお仕置きをしておくつもりだったが、もうその必要がなくなったか」
それはそれで楽しそうなんだが、と少し残念そうに続けるライルにフロルは上機嫌で言う。
「これで、堂々と食堂で熱々のご飯を食べられます!騎馬隊が勝ってくれて本当によかったです」
そんなフロルにライルは怪訝そうな目を向ける。
「ん? フロル。今、なんて?」
なにかおかしなことでも言っただろうか? フロルは不思議そうな顔をしてライルを見上げた。
「従者の食堂の閉店時間が早くてですね、魔道師塔のお仕事の後、竜やエスペランサの世話をしてから行くとかなり時間的に厳しいんです」
そこで竜騎士に追いかけ回されると、もうご飯が間に合わなくて、と続けるフロルに、ライルはますます訳が分からないというような顔をする。
「食堂なら魔道師塔にもあるだろ?」
「へ?」
ライル様、今、なんて言った?
「だから、魔道師塔には、魔道師のための食堂があると言っているんだけど?」
「はあ?」
驚きのあまり、ぽかんと口が開いたままだ。間抜けな顔をするフロルにライルは少し眉を顰めて、小さな声で、口を閉じなさいと言った上で、ライルは続けた。
「わざわざ塔から一歩も出なくても、魔道師塔の食堂なら夜遅くまで空いているから問題ないと思ったけど?」
ライルが小首をかしげるのと一緒に艶のある黒髪が揺れる。耳につけている魔道師の長いイヤリングが、きらりと反射する。
「魔道師塔に・・・食堂があったんですか?」
驚きのあまり、握りしめた手がフルフルと震える。どうして、そんな重要なことを今まで教えてくれなかったのか。
そんなフロルにライルはたたみかけるように言う。
「ああ、あるよ? 魔道師塔の地下だけどね。魔道師達の仕事は不規則だから、深夜でも食事が取れるけど?」
なんてことだ。
まさかのライルの言葉に脱力して、思わず地面に膝をつきそうになった。
今までリルの世話を終えてから、小走りに従者の食堂に駆け込み、閉店時間ぎりぎりに夕食を掻き込むように口にしていた自分は一体なんだったのか?!
「あー、嬢ちゃん。竜騎士たちに夕食をつきあわされていたのは、まさか魔道師塔に食堂があるって知らなかったせいか?」
おじさん騎士の冷静な指摘が胸に痛い。フロルは衝撃のあまり、フルフルと震えながら、ぶつぶつと小声で呟く。
「・・・知らなかった。魔道師塔に、魔道師塔に!食堂があったなんて!」
傍にいたギルが、それを耳にとめフロルに言う。
「・・ああ、あるぞ。しかも、魔道師塔の食堂は24時間営業だ」
しかも、24時間営業だったとは!
結局、魔道師塔に食堂があると知らなかったのは、フロル一人だけのようだ。
「俺たちも嬢ちゃんがなんで一般従者の食堂で飯を食ってるのか不思議だったんだが」
「フロルちゃんは、変わり者の魔道師たちと一緒に飯なんか食いたくないのかと思ってた」
おじさん騎士たちも口々になんだか同情した様子で言う。その目には、ライル様が上司だったら、教えてもらえなくても仕方ないよなあ。この人コミュ障だからなあ、というような同情的な色が濃く浮かんでいる。
そんな空気を読めずに、ライルはきょとんとしている。
「・・・おかしいな。誰からも魔道師塔に食堂があるってことを聞いてない?」
「・・・聞いてませんね」
ぶすっとした顔になるのは仕方がないと思う。
「グエイドからもか?」
「ないですね」
仏頂面のフロルに、ライルは、グエイドの奴、気配りが足らんな、とちょっと憤っているが、それは責任転嫁というものではなかろうか。
それは、そもそも上司であるライル様がフロルに伝えるべきことではないか。
「嬢ちゃんな・・・それを知っていたら、竜騎士と試合とかにならんかったんじゃないか?」
おじさん騎士の冷静な指摘が痛い。
「う・・・」
フロルは言葉に詰まって気まずそうに騎馬隊の騎士たちを見た。彼らもなんだか疲れた様子で、がっくりと脱力している。
もし、最初から魔道師塔でご飯が食べられると知っていたら、フロルが竜騎士に追い回されることもなく、騎士の食堂で小競り合いが起きることもなかった。
ギル様の騎馬隊と、竜騎士が試合しなくてもよかったのだ。ライル様が自分に魔道師塔に食堂があると言ってくれていたら。
騎馬隊の面子もフロルと全くおんなじことを考えていたらしい。
みんな静かに脱力していく空気の中、著本人であるライルだけが澄まし顔でいた。
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