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第四章 白魔導師の日々
収穫祭への序章
その日の遅い夕暮れ時、子供部屋では、二人の男の子が何やら深刻な顔をして何かを話し会っていた。ギルの二人の弟。マルコム14才、ジュエル8才である。
大好きなギルバート兄様が、収穫祭を祝うために戻ってきたまではよかった。
二人は父親と一緒に狩りに出かけ、美味しそう鴨を数羽、射止めることができた。マルコムは、それでとても機嫌がよくなって、鼻高々に城についたばかりだった。肉というのは、狩ってすぐに食べられる訳ではない。数日間、氷室で保管して熟成してからでないと、肉は固く美味しくない。
だから、今日、狩ってきた肉は、熟成させてから数日後に食卓に上ることになっている。今日、狩った鴨のうち一匹は、マルコムが矢で仕留めたものだ。
それでも、自分がとった鴨なんだとギル兄様に誇らしげに言う所を想像して、マルコムは思わず嬉しくなって口元をほころばせる。
当然、兄と同じ騎士団に入るのがマルコムの夢で、鴨を狩った腕を兄に褒めてもらえるかなと楽しみにしていたのだ。
マルコムたちは狩りから戻ると、獲物を使用人に渡した後、小さな弟のジュエルと二人で、裏手の井戸で手を洗っていた。父は何かの用事でどこかへ行ってしまっていた。
弟の手を洗ってやって、マルコムは自分の手を洗う。
父からは敬愛する兄が客人を連れて来たとしか聞いていなかったので、おおかた騎士団の猛者の誰かを連れて来たのだろう、くらいにしか思っていなかった。騎士団の武勇伝を直接憧れの騎士から聞けるのだと思い込んでいたのだ。
その期待が、憎悪に近いものに変わったのは、召使いのお喋りをうっかり聞いてしまったせいだ。
二人が手を洗っていた井戸の横には、召使い専用の洗濯物干し場がある。井戸の水を使って洗濯した後、召使いたちは、洗ったものを干すのだ。当然、領主の子息達と召使いの働く場は壁で仕切られているのだが、召使いたちの話し声は筒抜けである。
立ち聞きをする気は全くなかったのだが、聞こえてくる内容に思わず耳を傾けてしまった。年老いたメイドと、中年の下働きのようだった。二人は声高く何かを喋っていた。
「ギル様が、今日、若い娘さんを連れて帰ってこられたようでね」
(ギル兄様が女性を連れて来た?)
マルコムはぴくりと動きを止めた。兄にしては珍しいことだ。そんなマルコムを弟のジュエルは不思議そうに見上げている。
塀の向こうでは、召使いたちが、噂話に興じていた。
「ええ、あの若様が娘さんを?」
「婚約者さんかしら。どんな方だったの?」
「綺麗な娘さんだけど、どうもご自分の馬をお持ちでないようだったわ」
「まあ、じゃあ、貴族じゃないの?」
「持ち物も少なかったし、従者もいなかったから、違うと思うわ」
「まあ、じゃあ、若様の愛人?」
召使いの間ではクスクスと囁くような意地の悪い笑いが広がっていた。
「そんな所じゃないの? だって、ギル様と相乗りしてらしたのよ。恋人同士とかじゃないと、そんなことはしないわ」
「それで、旦那様と奥様と一緒に夕食を共にされるの?」
「まあ、いやだ。図々しい。財産狙いかしら。それとも玉の輿狙いかしら」
「庶民の分際で、若様と一緒の馬にのってやってくるなんて、いい度胸してるわねえ」
「いやだ。若様も、愛人を連れてくるなんて、不潔よね」
召使いたちは、楽しそうに、延々とリード家にやってきた娘をこき下ろしていたのだった。
── その壁を一つまたいだ所では、マルコムとジョエルの二人がその会話にがっつりと聞き耳を立てているのを召使いたちは知らない。
ジョエルは、まだ小さかったので、召使いの会話の全てを理解することが難しかったが、兄のマルコムはその内容を全て理解していたようだった。
「にいさま、大丈夫?」
マルコムが固く手を握りしめ、地面をじっと睨み付けている。その様子は怒りを堪えているようで、ジョエルは少し心配になって、兄の顔を覗き込んだ。いつもは優しくて面白い兄のマルコムが、今日ばかりは怒りで顔を赤く染めて、その場に立ち尽くしていた。
「その女、絶対、財産狙いに決まってる・・・」
その女のせいで、ギル兄様が召し使いたちにこき下ろされている。
マルコムが悔しそうに呟くと、小さな弟はそういえば、と、先ほど見た光景を思い出していた。
さっき、この井戸に来る前、窓越しに召し使い達が言っていた『表に出せない客人』とやらの顔をちらりと見たのだ。
淡い金髪の長い髪を後で一つに三つ編みにして、母様と何かお喋りをしているようだった。見た感じは、召使いたちが言うような人ではないような気がした。もっと、優しそうだったし、とても親しみやすそうだった。
ジョエルは、地面を見つめて唇を噛んでいる兄に向って言う。そのひとのことを何にもしらないで、わるく言うのはまちがってると思ったのだ。
手を洗い終わって、部屋の中に入ってから、ジュエルは恐る恐る兄を見た。
「でも、兄上、あの人、そんなに悪い人じゃなさそうだったよ?」
「庶民のくせに、ギル兄様に取り入って貴族夫人になろうと画策してるって、召使いたちが言ってたじゃないか!」
大事な兄様なんだからな!と鼻息荒く呟く弟は紛れもないブラコンである。騎士団にいる兄は、憧れの的なのだ。それは子爵家だけでなく、この地方での兄の人気は高い。
「だから、だ」
マルコムは興奮した目で弟を見つめた。いいこと思いついた!と目をキラキラさせながら言う。
「この家から追い出してやるんだ」
やや臆病なジョエルは、どきりとして兄の顔を見つめる。なんだか、兄が悪いことを考えているようだったので、ちょっと胸がドキドキした。
「兄様、どうするの?」
「ほら、女は虫とかヘビとか嫌いだろ?」
マルコムはにやりと笑う。銀髪で青い目は大きい兄とそっくりだが、こういう所がギル兄さまと違う所だ。ギル兄様は誰にでも優しくて、こんな悪戯は絶対にしないだろう。
「おい、ジョエル、俺についてこい!」
「兄様、どこへ行くの?」
「ふふ、見てのお楽しみさ」
マルコムはにやりと笑った。
大好きなギルバート兄様が、収穫祭を祝うために戻ってきたまではよかった。
二人は父親と一緒に狩りに出かけ、美味しそう鴨を数羽、射止めることができた。マルコムは、それでとても機嫌がよくなって、鼻高々に城についたばかりだった。肉というのは、狩ってすぐに食べられる訳ではない。数日間、氷室で保管して熟成してからでないと、肉は固く美味しくない。
だから、今日、狩ってきた肉は、熟成させてから数日後に食卓に上ることになっている。今日、狩った鴨のうち一匹は、マルコムが矢で仕留めたものだ。
それでも、自分がとった鴨なんだとギル兄様に誇らしげに言う所を想像して、マルコムは思わず嬉しくなって口元をほころばせる。
当然、兄と同じ騎士団に入るのがマルコムの夢で、鴨を狩った腕を兄に褒めてもらえるかなと楽しみにしていたのだ。
マルコムたちは狩りから戻ると、獲物を使用人に渡した後、小さな弟のジュエルと二人で、裏手の井戸で手を洗っていた。父は何かの用事でどこかへ行ってしまっていた。
弟の手を洗ってやって、マルコムは自分の手を洗う。
父からは敬愛する兄が客人を連れて来たとしか聞いていなかったので、おおかた騎士団の猛者の誰かを連れて来たのだろう、くらいにしか思っていなかった。騎士団の武勇伝を直接憧れの騎士から聞けるのだと思い込んでいたのだ。
その期待が、憎悪に近いものに変わったのは、召使いのお喋りをうっかり聞いてしまったせいだ。
二人が手を洗っていた井戸の横には、召使い専用の洗濯物干し場がある。井戸の水を使って洗濯した後、召使いたちは、洗ったものを干すのだ。当然、領主の子息達と召使いの働く場は壁で仕切られているのだが、召使いたちの話し声は筒抜けである。
立ち聞きをする気は全くなかったのだが、聞こえてくる内容に思わず耳を傾けてしまった。年老いたメイドと、中年の下働きのようだった。二人は声高く何かを喋っていた。
「ギル様が、今日、若い娘さんを連れて帰ってこられたようでね」
(ギル兄様が女性を連れて来た?)
マルコムはぴくりと動きを止めた。兄にしては珍しいことだ。そんなマルコムを弟のジュエルは不思議そうに見上げている。
塀の向こうでは、召使いたちが、噂話に興じていた。
「ええ、あの若様が娘さんを?」
「婚約者さんかしら。どんな方だったの?」
「綺麗な娘さんだけど、どうもご自分の馬をお持ちでないようだったわ」
「まあ、じゃあ、貴族じゃないの?」
「持ち物も少なかったし、従者もいなかったから、違うと思うわ」
「まあ、じゃあ、若様の愛人?」
召使いの間ではクスクスと囁くような意地の悪い笑いが広がっていた。
「そんな所じゃないの? だって、ギル様と相乗りしてらしたのよ。恋人同士とかじゃないと、そんなことはしないわ」
「それで、旦那様と奥様と一緒に夕食を共にされるの?」
「まあ、いやだ。図々しい。財産狙いかしら。それとも玉の輿狙いかしら」
「庶民の分際で、若様と一緒の馬にのってやってくるなんて、いい度胸してるわねえ」
「いやだ。若様も、愛人を連れてくるなんて、不潔よね」
召使いたちは、楽しそうに、延々とリード家にやってきた娘をこき下ろしていたのだった。
── その壁を一つまたいだ所では、マルコムとジョエルの二人がその会話にがっつりと聞き耳を立てているのを召使いたちは知らない。
ジョエルは、まだ小さかったので、召使いの会話の全てを理解することが難しかったが、兄のマルコムはその内容を全て理解していたようだった。
「にいさま、大丈夫?」
マルコムが固く手を握りしめ、地面をじっと睨み付けている。その様子は怒りを堪えているようで、ジョエルは少し心配になって、兄の顔を覗き込んだ。いつもは優しくて面白い兄のマルコムが、今日ばかりは怒りで顔を赤く染めて、その場に立ち尽くしていた。
「その女、絶対、財産狙いに決まってる・・・」
その女のせいで、ギル兄様が召し使いたちにこき下ろされている。
マルコムが悔しそうに呟くと、小さな弟はそういえば、と、先ほど見た光景を思い出していた。
さっき、この井戸に来る前、窓越しに召し使い達が言っていた『表に出せない客人』とやらの顔をちらりと見たのだ。
淡い金髪の長い髪を後で一つに三つ編みにして、母様と何かお喋りをしているようだった。見た感じは、召使いたちが言うような人ではないような気がした。もっと、優しそうだったし、とても親しみやすそうだった。
ジョエルは、地面を見つめて唇を噛んでいる兄に向って言う。そのひとのことを何にもしらないで、わるく言うのはまちがってると思ったのだ。
手を洗い終わって、部屋の中に入ってから、ジュエルは恐る恐る兄を見た。
「でも、兄上、あの人、そんなに悪い人じゃなさそうだったよ?」
「庶民のくせに、ギル兄様に取り入って貴族夫人になろうと画策してるって、召使いたちが言ってたじゃないか!」
大事な兄様なんだからな!と鼻息荒く呟く弟は紛れもないブラコンである。騎士団にいる兄は、憧れの的なのだ。それは子爵家だけでなく、この地方での兄の人気は高い。
「だから、だ」
マルコムは興奮した目で弟を見つめた。いいこと思いついた!と目をキラキラさせながら言う。
「この家から追い出してやるんだ」
やや臆病なジョエルは、どきりとして兄の顔を見つめる。なんだか、兄が悪いことを考えているようだったので、ちょっと胸がドキドキした。
「兄様、どうするの?」
「ほら、女は虫とかヘビとか嫌いだろ?」
マルコムはにやりと笑う。銀髪で青い目は大きい兄とそっくりだが、こういう所がギル兄さまと違う所だ。ギル兄様は誰にでも優しくて、こんな悪戯は絶対にしないだろう。
「おい、ジョエル、俺についてこい!」
「兄様、どこへ行くの?」
「ふふ、見てのお楽しみさ」
マルコムはにやりと笑った。
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