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09.ジ・エンド

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――あれから五年の月日が過ぎた。

 私はついに魔王を激戦の末に打ち取り、大島医師と共に王国へ凱旋していた。ただし残念なことに騎士と魔術師は戦死し、小隊の兵士も全滅してしまっている。

 ああ、本当に残念だ!!

 私はずらりと重鎮の並ぶ謁見の間で、国王に魔王の首を乗せた皿を差し出した。どよめきが広がりほっと安堵の息が吐き出される。

「お、おお。さすがは勇者」
「こやつが魔王か。凶悪な面構えだ」
「光の側である我々に敵うはずがないではないか」
「残る魔物はどうなるのだ?」
「魔王さえ片付けてしまえば簡単だ。片端から叩き潰していけばいいだけのこと」
「魔王領はどうなる? どの貴族の領地となるのだ」

 私は内心、腹を抱えけたたましく笑っていた。あれほど魔王に怯えていたくせに、既に死んだと知った途端に勇ましくなるとは滑稽だ。全く魔王より、魔物より、よほど卑小で邪悪な存在とは人間である。おのれの力のみを頼りとするだけ、魔物の方がよほどまし、よほどまともだろう。

 唇の端に浮かんだ私の笑みに気が付いたのだろうか。重鎮の一人が怪訝な顔で私を見つめている。私は重鎮には構わず「恐れながら」と断り、国王の前に片膝を付くと胸に手を当てた。

「魔王こそは男の中の男、王の中の王でした。あれほどの王は恐らく彼が最後でしょう」

 そう、魔王こそが最後の王なのだ。

「なっ……」

 国王、重鎮らの目が一斉に見開かれる。私が間接的に国王を侮辱したと分かったからだろう。だが、事実なのだから仕方がない。私は国王に邪気の一切ない目でにこやかに笑いかけた。

「魔王は私に倒される間際、口から血を吐きながらもこう言ったのですよ」

『――勇者よ、お前が約束を守る女だと信じているぞ』

 そして私は強く頷きこう答えたのだ。

『魔王領の魔物らの身の安全は保障すると私の名と誇りにかけて誓う。大陸に散らばる魔物もこちらに危害を加えない限りは倒さない。ただし約束した通りに今後は私の配下となってもらう』

 魔王は不敵に笑い瞼を閉じた。

『ふ、お前の配下ならば、皆納得するだろう。魔族は、強さを尊ぶ。……俺も来世はいい女の、お前の側近となるのも、いいかもしれんな』

 場の空気が一気に凍り付き、動揺に重鎮らがざわめく。国王が玉座から立ち上がり、「どう言うことだ」と喚き始めた。

「魔物がお前の軍門に下るだと!?」

 その時私は魔女のように笑っていただろう。すくりと立ち上がり聖剣を引き抜く。

「申し上げた通りですよ。既に私は、いいえ、私達は、貴様らに従う道理などない」

 直後に謁見の間の扉が一気に開かれ、血塗れとなった近衛兵が転がり込んだ。ヒステリーを起こした国王が喚き立てる。

「な、何事だ!!」

 近衛兵は息も絶え絶えに顔を上げた。

「へ、陛下。魔物の、魔物の軍勢が、王宮に。城下は、城門を突破され、日本人が雪崩込んでおります。その数、約いちま」

 声はそこで前触れもなく途絶えてしまう。やってきたファイアードラゴンにぐしゃりと踏み潰されたからだ。巨大な獣口から火炎と咆哮とが吐き出され、それを合図に竜の群れが謁見の間に雪崩れ込んだ。次々と重鎮らを屠り、食らい、わずかな肉片を残し腹へ納めて行く。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 私はその最中で優雅に剣を床につき立っていた。国王は玉座の前にへたり込み、口を開けたまま失禁してしている。

「な、何故だ。何故、こうなった……?」

 私は親切にもごく簡単に説明をしてやった。

「ご存知ありませんでしたか? 我々日本人、そして日本人の血を引く混血はこの世界では既に十三万人を越えています。もはや少数派ではありません」

 ところが呆れたことにこの世界の連中は日本人だけではない、自分達との間に生まれた混血まで差別していた。所詮は異世界人の血を引く子ども――純血には遠く及ばないと嘲笑っていたのだ。特に王族や貴族、裕福な商人らは日本人の女を嫌い、純血の女を妻とするのがステータスにまでなっていた。

 そうした扱いに混血らの鬱憤が溜まらないはずもない。むしろ彼らは親世代よりも過激な思想を持つようになっていた。混血第一世代は既に十代後半から二十代半ば。立派に戦力として使える年代だ。私は五年の旅の中で彼らと語り、煽り、その怒りに火を付け武器を与えた。今頃各地で彼らが蜂起し、街や村を制圧していることだろう。

「そもそも異世界の人間がなきゃやってけないって時点でもう終わり」

 私は国王に背を向け出口を目指す。

「この国も世界も、ジ・エンド。ご苦労様でした」

 以後、私に逆らう現地人は有無を言わさず皆殺し、国王夫妻については見せしめに公開処刑を行った。最も公開処刑などと言う野蛮な風習もこれが最後だ。今日からこの国も世界も新しく生まれ変わるのだから。

 私はかつての国王の首が高々と掲げられる様を眺めながら、四期目の当選時と同じ満足感と達成感を覚えていた。
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