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第20話 王子の焦りと現実
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「なぜだ……何故見つからないっ!」
アンスタン王国の第一王子、ギアは、王都の自らの部屋で、都合の悪い報告を部下の騎士から聞きながら、そう叫ぶように言った。
これに対して跪いて報告している騎士の方は冷ややかな表情で話を続けているが、ギアは騎士の表情の意味には気付いていなかった。
「……何度も申し上げているとおり、ユーリ様の行方は、王都を出た後、完全に途切れております。いえ……正確に言うのであれば、王都を出たかどうかすら分からない、と言うべきでしょう。王都を出られたのであれば、かなり巧妙な手段を用いられたのだと思われますが……」
「ユーリは貴婦人だぞっ!? 侍女がいなければ、一人では何も出来ないはずだ。そんな娘が王都をすでに出ていて、けれど誰も見た者がいないだと? そんなことがありうるはずが……」
ギアがヒステリックにそう言ったが、騎士はこれに呆れたように言った。
「王子殿下。本気でそれをおっしゃられているのですか?」
「それは……」
「私もつい先日、こうして王子殿下にお仕えすることとなり、国王陛下より始めてお聞きしましたが、ユーリ様はその辺の貴婦人とは完全に毛色が違います。東の邪竜の封印、北の大精霊の暴走の鎮魂、南の迷宮反乱の鎮圧に、西の悪霊教団の壊滅……他にも上げればキリがありませんが、その全てをその身一つでなされた傑物が彼女です。王都を誰にも知られずに出ることなど、むしろ非常に簡単なことだったと考えるべきでしょう」
騎士の言ったことはすべて事実だった。
いずれの事件についても、事件自体については有名であり、騎士も以前からよく知っていた。
しかしそれらがどのように解決したのかについては、全く別の話を聞いていたし、それが事実だと言われていた。
たとえば邪竜封印については、現地の公爵領騎士団が総出で戦い、封印したと聞いたし、大精霊の暴走については福音聖教の聖女が治めたという話だった。
他の二つについても最もらしい理由が噂話として語られ、誰に聞いてもそれが真実のように話されていたが、しかし国王が言うには全く違うということだった。
いずれについても、公爵令嬢ユーリが、一人で解決したのだという。
もちろん、この場合の一人で、とはたった一人で邪竜に立ち向かったというまでのことではないだろうが……それでも、国や公爵家からの助力を得ることなく、という意味で、その身に宿る才覚一つで、という意味であるのは間違いなかった。
それは恐るべき話だ。
騎士にそれをやれと言ったところで当然、不可能だろうし、目の前の情緒不安定な第一王子にやれと言ったところで、ほんの数日もせずに命を落として亡骸となって帰ってくるのが関の山だろう。
それを、あの華奢な公爵令嬢が一人で……。
騎士はユーリについて、その姿を見たことが何度もあった。
それも当然で、ギアの婚約者として、宮廷に来ることが多かったし、また王国の主要なイベントには公爵令嬢として出席し、国民たちを慰撫することも多かったからだ。
いずれの場合についても、貴族令嬢として立派な態度であり、また一人の女性としても極めて美しく気品があって、遠くから、いつか自分が騎士の誓いを立てるのであればあのような姫の元で、と夢想したこともあるくらいだった。
実際には目の前の愚物としか言えない王子に仕えることになってしまったのだが、まぁ、人生とはそんなものだと諦めてはいる。
ただ、与えられた任務は、この王子に婚約破棄と追放を宣言されてどこかへ言ってしまったユーリを探索し、連れてくることだったから、やる気は出る仕事ではあった。
もしも見つけて殺せ、とか、牢に繋げ、とかだったら適当にやり過ごしただろうが、どうも話を聞いてみるとそうではない。
しかも、王子自身から出ている命令というより、陛下から王子にユーリを連れ戻すこと、そしてその際に丁重に扱うことを命じられているようで、つまり、乱暴な方法を使う必要がなさそうだった。
だから目の前にいる人物に一切の尊敬の情が湧かずとも、一応、その命令を聞いているのだった。
ただ、実際にユーリと接触したとして、この国に戻ってくるとは思えないし、仮に戻ってきたとして、この愚物とよりを戻すと言うこともないだろう。
つまり、ギアに将来はない。
それはとりもなおさず、騎士にも大した将来はないと言うことになるが……やはりそれも諦めがついていた。
最後に人目、あの方に会えるならそれでもいいか、と。
そんな性質だから国王は自分をこのギアの部下にと選んだのかも知れない。
そんなことを思いながらギアの返答を待っていると、彼はぎりっ、と唇を噛み締めて、
「……では……では、どうすればいいというのだ。陛下は、ユーリがいなければ表面化してくるだろう問題を、私に解決するようにとおっしゃられた……しかし、その問題の詳細を聞けば聞くほど、私にはどうしようもないことばかり……一体、どうすればいいと……」
頭を抱え始めたギア。
それに呆れつつも、騎士は言った。
「ユーリ様を探し、解決策をお聞きするのが一番かと思いますが……それが敵わなかった場合には、我々だけで出来る方法を探すしかないかと」
「そんなことが出来るなら、やっている!」
怒鳴る王子に、騎士は冷静に言い返した。
「出来なくともやる意外にないのですよ、殿下。彼女を追放したのは誰ですか? 婚約破棄をしたのは?」
これには流石の王子もぐうの音も出ないようで、最後に一言、
「……くそっ……」
それだけを言って、報告書に再度目を通し始めた。
藁にも縋るような、そんな思いで、どこかにユーリの足跡が残っていないかと探しているのは明らかだった。
アンスタン王国の第一王子、ギアは、王都の自らの部屋で、都合の悪い報告を部下の騎士から聞きながら、そう叫ぶように言った。
これに対して跪いて報告している騎士の方は冷ややかな表情で話を続けているが、ギアは騎士の表情の意味には気付いていなかった。
「……何度も申し上げているとおり、ユーリ様の行方は、王都を出た後、完全に途切れております。いえ……正確に言うのであれば、王都を出たかどうかすら分からない、と言うべきでしょう。王都を出られたのであれば、かなり巧妙な手段を用いられたのだと思われますが……」
「ユーリは貴婦人だぞっ!? 侍女がいなければ、一人では何も出来ないはずだ。そんな娘が王都をすでに出ていて、けれど誰も見た者がいないだと? そんなことがありうるはずが……」
ギアがヒステリックにそう言ったが、騎士はこれに呆れたように言った。
「王子殿下。本気でそれをおっしゃられているのですか?」
「それは……」
「私もつい先日、こうして王子殿下にお仕えすることとなり、国王陛下より始めてお聞きしましたが、ユーリ様はその辺の貴婦人とは完全に毛色が違います。東の邪竜の封印、北の大精霊の暴走の鎮魂、南の迷宮反乱の鎮圧に、西の悪霊教団の壊滅……他にも上げればキリがありませんが、その全てをその身一つでなされた傑物が彼女です。王都を誰にも知られずに出ることなど、むしろ非常に簡単なことだったと考えるべきでしょう」
騎士の言ったことはすべて事実だった。
いずれの事件についても、事件自体については有名であり、騎士も以前からよく知っていた。
しかしそれらがどのように解決したのかについては、全く別の話を聞いていたし、それが事実だと言われていた。
たとえば邪竜封印については、現地の公爵領騎士団が総出で戦い、封印したと聞いたし、大精霊の暴走については福音聖教の聖女が治めたという話だった。
他の二つについても最もらしい理由が噂話として語られ、誰に聞いてもそれが真実のように話されていたが、しかし国王が言うには全く違うということだった。
いずれについても、公爵令嬢ユーリが、一人で解決したのだという。
もちろん、この場合の一人で、とはたった一人で邪竜に立ち向かったというまでのことではないだろうが……それでも、国や公爵家からの助力を得ることなく、という意味で、その身に宿る才覚一つで、という意味であるのは間違いなかった。
それは恐るべき話だ。
騎士にそれをやれと言ったところで当然、不可能だろうし、目の前の情緒不安定な第一王子にやれと言ったところで、ほんの数日もせずに命を落として亡骸となって帰ってくるのが関の山だろう。
それを、あの華奢な公爵令嬢が一人で……。
騎士はユーリについて、その姿を見たことが何度もあった。
それも当然で、ギアの婚約者として、宮廷に来ることが多かったし、また王国の主要なイベントには公爵令嬢として出席し、国民たちを慰撫することも多かったからだ。
いずれの場合についても、貴族令嬢として立派な態度であり、また一人の女性としても極めて美しく気品があって、遠くから、いつか自分が騎士の誓いを立てるのであればあのような姫の元で、と夢想したこともあるくらいだった。
実際には目の前の愚物としか言えない王子に仕えることになってしまったのだが、まぁ、人生とはそんなものだと諦めてはいる。
ただ、与えられた任務は、この王子に婚約破棄と追放を宣言されてどこかへ言ってしまったユーリを探索し、連れてくることだったから、やる気は出る仕事ではあった。
もしも見つけて殺せ、とか、牢に繋げ、とかだったら適当にやり過ごしただろうが、どうも話を聞いてみるとそうではない。
しかも、王子自身から出ている命令というより、陛下から王子にユーリを連れ戻すこと、そしてその際に丁重に扱うことを命じられているようで、つまり、乱暴な方法を使う必要がなさそうだった。
だから目の前にいる人物に一切の尊敬の情が湧かずとも、一応、その命令を聞いているのだった。
ただ、実際にユーリと接触したとして、この国に戻ってくるとは思えないし、仮に戻ってきたとして、この愚物とよりを戻すと言うこともないだろう。
つまり、ギアに将来はない。
それはとりもなおさず、騎士にも大した将来はないと言うことになるが……やはりそれも諦めがついていた。
最後に人目、あの方に会えるならそれでもいいか、と。
そんな性質だから国王は自分をこのギアの部下にと選んだのかも知れない。
そんなことを思いながらギアの返答を待っていると、彼はぎりっ、と唇を噛み締めて、
「……では……では、どうすればいいというのだ。陛下は、ユーリがいなければ表面化してくるだろう問題を、私に解決するようにとおっしゃられた……しかし、その問題の詳細を聞けば聞くほど、私にはどうしようもないことばかり……一体、どうすればいいと……」
頭を抱え始めたギア。
それに呆れつつも、騎士は言った。
「ユーリ様を探し、解決策をお聞きするのが一番かと思いますが……それが敵わなかった場合には、我々だけで出来る方法を探すしかないかと」
「そんなことが出来るなら、やっている!」
怒鳴る王子に、騎士は冷静に言い返した。
「出来なくともやる意外にないのですよ、殿下。彼女を追放したのは誰ですか? 婚約破棄をしたのは?」
これには流石の王子もぐうの音も出ないようで、最後に一言、
「……くそっ……」
それだけを言って、報告書に再度目を通し始めた。
藁にも縋るような、そんな思いで、どこかにユーリの足跡が残っていないかと探しているのは明らかだった。
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