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中学編
不健康女子の中三の晩秋②
しおりを挟む気がはやるあまり早く着いてしまいました。
やっと、塾、解禁!
前の時間の人たちが帰ったばかりで、中三のみんなはまだいないだろう。私は久しぶりの町支部校で、うずうずする気持ちを抑えスリッパを履く。
今日も「引っ越し?」なんて知世ちゃんに呆れられるくらいの大荷物なので時間がかかる。
でも私のお薬セットとお手当セットは命綱なのですよ!
「伊井先生久しぶり!」
その命綱を玄関に放置して職員室に飛び込み、ちょうど立っていた伊井先生へ飛びつく。
「うわっ、世渡! びっくりした、せめて鞄降ろせ」
背負った鞄はそのままだった。1回先生へ飛びついて落ち着いた私は、玄関から荷物を取ってきて、鞄も一緒に職員室の端へまとめて降ろす。
「やっと来られたよー。伊井先生いつぞやはありがとうございましたー! 寺六院さんも! ハグ! ハグ!」
「あ、やめた方がいいわ世渡さん。風邪感染っちゃうから」
「なんとー!」
両手を差し出して豊満ボディにもハグをせがんだものの、やんわりと断られた。くっ、魅惑の乳が……。
「大丈夫か、お前テンションおかしいぞ。そんなんじゃ帰るときへろへろだろ、抑えとけ」
「だって嬉しくって。もうひと月ぶりだもん」
「模試の結果出てるぞ」
「いきなり現実の洗礼!?」
そうでした、私は受験生。普通なら1ヶ月塾に来ないとかあり得ないのだ。先生はファイルから引っ張り出した個別の結果通知を差し出しながら、渋い顔をした私へ苦笑いする。
「世渡の親御さんから、丁寧なお礼とお菓子を戴いたから、お前は気にするな。それより、今のところこの結果なら、第一希望の専願はらくらく突破できるだろう」
「うわ、理科……」
「えっ、真面目に受けたのかそれ、捨てたんじゃないのか」
折りたたまれた結果をびろびろ、と広げてショックを受けた私に、伊井先生がショックを受けた。連鎖。でも理科の結果は落ちゲーみたいに消えないの。悲しい。
「私立は3教科だから気にするな」
「専願駄目だったらまずいじゃないですか。インフルエンザで欠席とか」
「まあな。あり得なくはないな」
まずい。これはまずい。持って帰ったら怒られる気配がひしひしとします。結果通知を畳みつつテンションが一気に落ちた私をよそに、伊井先生は顔を上げて廊下の方を向いた。
「よう、岩並」
「おはようございます」
なぜか塾の挨拶はいつでもおはようなのだ。そういう業界なのか?
職員室の入り口を通りかかり挨拶をした岩並君は、こちらを向いて目を丸くした。
どうも! エンカウント率低めのレアモンスターです! 軽く手を上げ、指先をひらひらしてみる。
「岩並君久しぶり。いつぞやは大変お世話になりました、ありがとう」
「体の方はいいのか」
「大丈夫だったよー、ちゃんと学校には行ってたし。ようやく塾に来られるようになったの。受験生にはあるまじき事態ですよ全く」
失礼します、と律儀に挨拶して職員室に入ってきた久しぶりに見る岩並君は。
「でっかい!」
見上げるほど大きかった。
「岩並君やっぱりおっきいね。背が伸びたんじゃない?」
「ひと月じゃ変わらない」
そう言ってこちらを見下ろす目も声も穏やかだ。薄着の夏が終わってしまって、眼福なむきむき度は下がってしまったけれど、制服をきっちり着ている姿はやっぱり凛々しくてかっこいい。
顔も体もいいとか最高だよね! よい鑑賞物だ。褒めてつかわす。
「岩並は1番の功労者だ、たくさん感謝しとけ」
「うん先生わかった。じゃあとりあえず、寺六院さんの分のハグも先生にしていくねー」
「はいはい」
先生の言葉にうなずいて、もう一度抱きつく。すぐに離れて荷物を持とうと、部屋の端へ寄って手を伸ばした時、岩並君の姿が目に入った。
「どうしたの岩並君?」
目をまんまるにしてこちらを向いて、手を出したり引っ込めたりしている。
「あ、荷物持ってくれるの? ありがとうー!」
「あ、ああ」
目をぱちくりさせた岩並君は、差し出したお手当セットを持ってくれ、「それも」と床に置かれたお薬セットにも手を伸ばした。
ありがたや、さすが紳士! 手提げを任せて鞄を担ぎ、狭い階段を2人で1列になって上がる。
「世渡は」
「なに?」
「伊井先生が好きなのか」
静かに聞かれて笑ってしまう。
「抱きついてたから? 違う違う、あれは感謝のハグ! 寺六院さん、風邪が感染るってさせてくれなかったから、代わりに先生にしただけ。あのボインに抱きつくチャンスだったのに」
「ボイン……」
「岩並君も気になるよねあのボイン」
「どうしてそうなるんだ」
「あれ? じゃあ貧乳系が好き?」
「だからどうしてそうなるんだよ!」
こんなやりとりも久しぶりだ。つい吹き出すと、つられたのか岩並君の目元もなごんで、うん、やっぱり笑顔が可愛い人だ。ずるいなこの生き物!
「私、待ちきれなくて早く来ちゃったんだけど、岩並君も今日早いね」
「早めに来て宿題をするつもりだったから」
教室で荷物を受け取り所定の位置に置く。降ろした鞄は机の上だ。
人がいないのは好都合、こういうのは思い切りが必要だ。鞄の中から贈り物を取り出す。
「あ、あのね、あのね、遅くなったけど、お世話になったお礼にプレゼント持ってきたの」
「え」
高い高い所で岩並君がきょとんとする。
「高いものじゃないし、実用性も全然ないけど。よかったら、どうぞ」
一生懸命上を向いて、プレゼントを差し出す。届けこの感謝!
透明なビニールは、可愛い白のレース模様のプリントがされている。中の緩衝材はブルーの紙が細く切られたもの。そこに、小さな贈り物をお菓子みたいに可愛く並べて、金のリボンで結んでみた。リボンが細いのはこだわりです!
岩並君はこちらへ屈んで、大きな手で受け取ってくれた。
手にして、眺めて、目を見開く。
「これ……」
「岩並君、飼育委員長なんでしょう? お世話頑張って、可愛がってるって聞いたの」
おっきな体で、小さな生き物を大事に、大事にしている様子を思い浮かべて、ぴったりだと覚えていたのだ。
岩並君は袋をそっと優しく撫でる。大きな手なのにとても繊細な動きで、こんな風に可愛がっているんだな、と思う。
「ウサギと、錦鯉だ」
思わずこぼれた、というような声。
今第一中で飼育委員会が世話をしているウサギと錦鯉の、小さなガチャポンフィギュア。最近集めていた『ミニ生き物シリーズ』だ。ウサギは、白と茶に灰色。鯉は昭和三色に赤に金。それぞれ色違いで入れて、並べてみました。
「本物と柄が違うだろうけど……」
「嬉しい」
気に入らなかったらごめんねと私が言い訳を並べようとしたのをさえぎった声は、短いけれども強く響いた。
「すごく、嬉しい」
袋を見つめる顔にじわじわ笑顔が広がって、それがそのまま、私に向けられる。目元が赤らんで、本当に喜んでくれているのがわかる。
「嬉しいよ、ありがとう世渡」
「気に入ってくれた?」
「とても」
「よかった、お礼になったかな」
「なんだか、貰いすぎたみたいな気分だ」
岩並君がはにかんで笑う。はにかむむきむき、いただきました! イェス!
「フィギュアだから食べられないけど、チョコみたいで可愛いよね」
「汚さないように、このまま飾っておく。開けるのがもったいないから」
「またまたぁ。褒めるのがうまいなあ」
私はほっとしながら岩並君と話す。喜んでくれてすごく嬉しい。
ああ、よかった。
今日の大仕事ひとつ、終わり!
え、大仕事が他にもあるのかって?
この模試の結果を親に見せるのが、大仕事じゃなくてなんだってんだ!
応援ありがとうございます!
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