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へっぽこ召喚士、世話係に奮闘する③

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 シュエル曰く、フェンリルはこの獣舎の中で一番長いことここで生活していて、一際人間を嫌っているという。

 魔獣に懐かれているミアにでさえ、威嚇行動は一切してはこないが、他の魔獣に比べて全く言う事を聞いてくれないのだ。



「ブラッシングさせてくれる?」


「ガルル……」


「うー……毛並みも綺麗になるし、絶対気持ちいいのに」


 今日もその毛並みにブラシを通すことが叶わなかったミアは肩を落としながら、フェンリルを散歩に促した。

 唯一散歩だけは言うことを聞いて檻から出てくれるものの、常に手綱をグイグイと力強く引っ張ってミアを振り回す。

 あまりの力の強さに顔面から転ぶが、心配した素振りも見せずに、早く立ち上がれノロマが。と視線を送り付けてくる。



「んもー……」



 服に着いた土を払いながら立ち上がり、頬を膨らませてフェンリルを見るが、いい気味だと嘲笑うような目をしていた。



「今日も奮闘してるねえ……」


「あのフェンリルは怯えてるというよりか、俺達に興味ないって感じだもんなあ」


「あいつ派手に転んだミアちゃん見て、ちょっと楽しそうにしてるよな?」


「ある意味懐いてるんじゃね?」


「お前ら、口を動かしてないで仕事したらどうだ?」


「うわっ!団長!?」



 久々に聞いた恐ろしい声に、言われた側の人間ではないのに、ミアの背筋も伸びた。

 休憩中の騎士達の元に相変わらず真っ黒な格好で、姿を表したリヒトの姿に本能的に危険を察知してしまう。

 何か言われる前にここから退散しようとフェンリルの散歩を続行しようとしたが、リヒトを睨みつけて離さない。



「ちょっと……!面倒になる前に獣舎に戻ろうよ!」


「ガルル」


「いーいーかーらー!」



 力強く手綱を引っ張るが、ミアの体の二倍の大きさのフェンリルをミアの力だけで動かすことは到底出来なかった。

 何か呟いたリヒトと目が合って、咄嗟にフェンリルに隠れるようにしながら、必死に檻に帰そうと試みる。

 ブラッシングしていない毛並みだというのに、撫でる毛はどこもかしこも柔らかく滑らかで、帰ることそっちのけでもふもふに目移りしてしまった。

 あまり撫でさせてくれないフェンリルにこの機会を逃すものかと、優しく撫でていると影が落ちた。



「お前も、何をそこでサボっている」



 いつの間にかすぐそこでリヒトの声が聞こえるや否や、整った綺麗な顔立ちが目の前にあった。



「ひっ……!」


「このフェンリルに手こずっているようだな」


「まあ……はい」



 フェンリルの散歩で出来た手のマメを慌てて隠しながら、正直に頷いた。

 綺麗なアイオライトの宝石のような深い蒼がミアを見つめては離さない。迂闊にもその瞳に飲み込まれそうになるのを堪えて、ミアは現状を報告する。


「まだこの子だけ懐いてくれなくて……」


「強さを教えないから舐められるんだろうが。第一そう焦って懐かれようとしなくともいいだろう。少しは自分の力量を考えろ」


「確かに上下関係は必要な場合もありますけど、まずはこの子達との間に信頼関係を築かないことには意味がありません。自分には確かにまだまだ落ち度はありますが、彼らに怖がらせるようなやり方は絶対に私はやりたくありません」



 傷ついたこの子達にそんな乱暴は出来ないと、リヒトの意見に思わず歯向かう。

 リヒトの逆鱗に触れようが、ミアはこの子達の気持ちを分かって欲しかった。

 案の定リヒトの眉間にしわが寄るが、フェンリルが突然自分から獣舎の方へと歩き出した。慌てて後を追いかけるようにしながら、リヒトに頭を下げて退散する。

 小さくリヒトの舌打ちが聞こえた気がしたが、フェンリルが一つ鳴いてその音をかき消した。


(……もしかして、あの場から助けてくれた?)


 ふとフェンリルの顔を見上げるが、涼やかな顔で前を見つめ、ミアのことなど興味は一切示していない。



「……ありがとう」



 鬼の上司から助けて貰ったのは紛れもない事実だった為、フェンリルがどう思っていようがミアは感謝の気持ちを口にする。

 ――そんなミアの気づかない所で、フェンリルは尻尾を左右に振った。

 獣舎に戻り残った仕事を進めていけば、今日という日がまた終わりに近づくように、空が夜へと身を染めていく。

 何時にも増して疲労感がどっと押し寄せて来たミアは、仕事を終えてフラフラした足取りで寮へと戻る。ベッドに倒れるとすぐ、眠気がミアを襲う。



「今日も団長怖かったなあ。怒られないように、フェンリルのこと世話しなきゃ……」



 あの圧力には未だ慣れないミアは、あの綺麗な顔が怒りに染まるのを想像して唇を噛み締めた。

 今日みたいに何か言われないように、とことん世話係を務めていかなければという気持ちに燃える一方、身体は休息を求めてやまない。いつの間にかやって来た睡魔に、ミアはそのまま身体を預ける。

 ……ギィと一つ扉が開く音が部屋に響き、夢の世界に入る直前、優しい温もりに触れたような気がしたが、温もりの正体を確かめることなくミアは深い眠りに落ちていった。

 
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