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へっぽこ召喚士と二人の悪魔③
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その暗闇をかき消すような白がミアの前に現れて、大きく吠えた。
『やめておけ。そいつは美味くはないぞ』
ハッキリと聞こえた声に耳を疑いつつも、白いモフモフがミアを庇うようにしながら父親コカトリスから距離を取らせた。
「コケッ!」
『お前の妻もそう言ってる。森に帰れ』
「コケコケコケコココッ!」
母親コカトリスが前に出たかと思えば、尻尾で力強く父親コカトリスの体を強打する。
よくある夫婦喧嘩の一部を見ているようで、先程まで流れていた緊張感はどこかへ消えていた。
怒りに染まっていた父親コカトリスは、痛みによって我に帰ったかと思えば、身体を小さくさせて大人しくなった。
「コケッ」
「え……?」
夫婦揃って頭を下げ、母親コカトリスが羽づくろいをしたかと思えば、綺麗な淡い赤い羽をミアに差し出して来た。
受け取って欲しいと瞳で訴えられたような気がして、その羽を手に取ると母親コカトリスは嬉しそうに鳴いた。
「ピヨ!」
ヒヨコも嬉しそうにミアの足の周りを数周駆け回ると、母親コカトリスの背に乗った。
三羽揃うと、大きな羽を広げて、街を流れる風に乗るように大空へと羽ばたいて行ってしまった。
一難が去ったとでも言うように、時計台の鐘が綺麗な音色を響かせる。
「お怪我はございませんか?!」
「えっ、あ……はい」
「まさか召喚士様自らが魔獣と共に魔物を撃退させるとは、お見事です」
「一歩遅ければ被害は大きかったでしょう。感謝致します」
駆け寄ってきた騎士達に安否確認と感謝を伝えられ、後のことは任せてくださいと帰るよう促される。
この場でやる事もないミアは言われた通り元来た道を辿って帰ろうとするが、隣を歩く“白いモフモフ”の存在をどう処理していいのか分からずにいた。
「フェン、リル……よね?」
獣舎の檻の中にいたはずのフェンリルがどうして、ミアの横にいるのか検討もつかない。
それに、懐いていないはずのフェンリルが、手綱なしでピッタリとミアの横を歩いている。
(なんで?私、鍵閉め忘れた?いや、そんな記憶ないけど……というか、え?)
こんがらがるばかりで頭を抱えたまま、所属する第四部隊の騎士舎へと到着した。
門番達も緊急事態に応援要請がかかったのか、不在にするにあたって門が封鎖されていた。
彼らの帰りを待とうとするミアに、またしても先程聞いた声が掛かる。
『乗れ』
「……」
『中に入るんだろ』
どこを見渡しても人影は見当たらない。こんな恐れられた第四部隊の騎士舎に、用もなければ誰も近づこうとはしない。
そんな中、はっきりと横で声が聞こえるのだ。
「……フェンリル、もしかしてあなたが喋ってる?」
『オレ以外誰もいないだろ。さっさと乗れ』
今にも噛み付いてきそうな苛立ちを見せるフェンリルに、慌てて背に跨ぐ。
体勢を整える前に、フェンリルは足にグッと力を入れ、軽々と門を飛び越えて騎士舎の芝生の上へと着地する。
青々とした芝生は今日も綺麗に風に靡いた。フェンリルの背から滑り落ちるようにして降りると、柔らかい地面の感覚に心が落ち着いていく。
身震いして優雅に獣舎へと戻るフェンリルに着いていきながら、確認するようにもう一度同じような質問を投げかけた。
「フェンリル、あなた喋れたの……?」
『……』
「……あれ?待って、今までの私の幻聴?」
うんともすんとも言わないフェンリルに、とうとう疲労が蓄積された結果が現れたのかと頭を抱えた。
獣舎に辿り着き、自分の檻の中へと戻っていくフェンリルの後ろ姿を見つめつつ、ミアの帰りを心待ちにしていた他の魔獣達を撫でる。
モフモフに癒されながらも、ちゃんと檻の鍵が閉まっているか確認する。フェンリルの檻の鍵は掛かっておらず、やはり自分の鍵の閉め忘れかと肩を落とした。
「今度からちゃんと気をつけなきゃ……脱走なんかしちゃったら、団長に怒られちゃう」
『あいつに怒られて、癒しをくれとオレにせがまれても困るしな。しっかり管理しとけよ、召喚士』
「……!やっぱりあなた喋って!!」
『いいか。オレのことを他言するというのなら――命はないと思え』
「ひっ……!」
背を向けたまま、器用に尻尾で檻の扉を閉めたフェンリルは、そのまま奥の寝床へと着いた。
後を追いかけようとしたが、その前に獣舎に背筋が凍るような冷たい空気が流れ込む。
それを感じ取ったのはミアだけでなく、獣舎にいる魔獣達も身の危険を感知したのか、震えるように踞る。嫌な予感がしながらも、そっとフェンリルの檻の鍵を閉め、恐る恐る振り返る。
獣舎の扉に寄りかかって眉間にしわを寄せて立つのは、いつの間にか帰ってきていたリヒトだった。
あれだけ、無事に帰ってきてほしいと願っていたというのに、早すぎるお帰りに素直に喜べない。
「ミア・スカーレット。俺たちが留守にしていた間の、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
まだ頭の整理が追いついていない中、追い討ちを掛けてくるリヒトに涙目になりながらも頷くしかなかった。
(あっ、悪魔が二人もいるッ!!!!)
誰にも言えないフェンリルの秘密を抱えたまま、リヒトにどう説明すれば穏便にいくのか、今の余裕のないミアには何一つとして思い浮かばなかったのだった。
その暗闇をかき消すような白がミアの前に現れて、大きく吠えた。
『やめておけ。そいつは美味くはないぞ』
ハッキリと聞こえた声に耳を疑いつつも、白いモフモフがミアを庇うようにしながら父親コカトリスから距離を取らせた。
「コケッ!」
『お前の妻もそう言ってる。森に帰れ』
「コケコケコケコココッ!」
母親コカトリスが前に出たかと思えば、尻尾で力強く父親コカトリスの体を強打する。
よくある夫婦喧嘩の一部を見ているようで、先程まで流れていた緊張感はどこかへ消えていた。
怒りに染まっていた父親コカトリスは、痛みによって我に帰ったかと思えば、身体を小さくさせて大人しくなった。
「コケッ」
「え……?」
夫婦揃って頭を下げ、母親コカトリスが羽づくろいをしたかと思えば、綺麗な淡い赤い羽をミアに差し出して来た。
受け取って欲しいと瞳で訴えられたような気がして、その羽を手に取ると母親コカトリスは嬉しそうに鳴いた。
「ピヨ!」
ヒヨコも嬉しそうにミアの足の周りを数周駆け回ると、母親コカトリスの背に乗った。
三羽揃うと、大きな羽を広げて、街を流れる風に乗るように大空へと羽ばたいて行ってしまった。
一難が去ったとでも言うように、時計台の鐘が綺麗な音色を響かせる。
「お怪我はございませんか?!」
「えっ、あ……はい」
「まさか召喚士様自らが魔獣と共に魔物を撃退させるとは、お見事です」
「一歩遅ければ被害は大きかったでしょう。感謝致します」
駆け寄ってきた騎士達に安否確認と感謝を伝えられ、後のことは任せてくださいと帰るよう促される。
この場でやる事もないミアは言われた通り元来た道を辿って帰ろうとするが、隣を歩く“白いモフモフ”の存在をどう処理していいのか分からずにいた。
「フェン、リル……よね?」
獣舎の檻の中にいたはずのフェンリルがどうして、ミアの横にいるのか検討もつかない。
それに、懐いていないはずのフェンリルが、手綱なしでピッタリとミアの横を歩いている。
(なんで?私、鍵閉め忘れた?いや、そんな記憶ないけど……というか、え?)
こんがらがるばかりで頭を抱えたまま、所属する第四部隊の騎士舎へと到着した。
門番達も緊急事態に応援要請がかかったのか、不在にするにあたって門が封鎖されていた。
彼らの帰りを待とうとするミアに、またしても先程聞いた声が掛かる。
『乗れ』
「……」
『中に入るんだろ』
どこを見渡しても人影は見当たらない。こんな恐れられた第四部隊の騎士舎に、用もなければ誰も近づこうとはしない。
そんな中、はっきりと横で声が聞こえるのだ。
「……フェンリル、もしかしてあなたが喋ってる?」
『オレ以外誰もいないだろ。さっさと乗れ』
今にも噛み付いてきそうな苛立ちを見せるフェンリルに、慌てて背に跨ぐ。
体勢を整える前に、フェンリルは足にグッと力を入れ、軽々と門を飛び越えて騎士舎の芝生の上へと着地する。
青々とした芝生は今日も綺麗に風に靡いた。フェンリルの背から滑り落ちるようにして降りると、柔らかい地面の感覚に心が落ち着いていく。
身震いして優雅に獣舎へと戻るフェンリルに着いていきながら、確認するようにもう一度同じような質問を投げかけた。
「フェンリル、あなた喋れたの……?」
『……』
「……あれ?待って、今までの私の幻聴?」
うんともすんとも言わないフェンリルに、とうとう疲労が蓄積された結果が現れたのかと頭を抱えた。
獣舎に辿り着き、自分の檻の中へと戻っていくフェンリルの後ろ姿を見つめつつ、ミアの帰りを心待ちにしていた他の魔獣達を撫でる。
モフモフに癒されながらも、ちゃんと檻の鍵が閉まっているか確認する。フェンリルの檻の鍵は掛かっておらず、やはり自分の鍵の閉め忘れかと肩を落とした。
「今度からちゃんと気をつけなきゃ……脱走なんかしちゃったら、団長に怒られちゃう」
『あいつに怒られて、癒しをくれとオレにせがまれても困るしな。しっかり管理しとけよ、召喚士』
「……!やっぱりあなた喋って!!」
『いいか。オレのことを他言するというのなら――命はないと思え』
「ひっ……!」
背を向けたまま、器用に尻尾で檻の扉を閉めたフェンリルは、そのまま奥の寝床へと着いた。
後を追いかけようとしたが、その前に獣舎に背筋が凍るような冷たい空気が流れ込む。
それを感じ取ったのはミアだけでなく、獣舎にいる魔獣達も身の危険を感知したのか、震えるように踞る。嫌な予感がしながらも、そっとフェンリルの檻の鍵を閉め、恐る恐る振り返る。
獣舎の扉に寄りかかって眉間にしわを寄せて立つのは、いつの間にか帰ってきていたリヒトだった。
あれだけ、無事に帰ってきてほしいと願っていたというのに、早すぎるお帰りに素直に喜べない。
「ミア・スカーレット。俺たちが留守にしていた間の、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
まだ頭の整理が追いついていない中、追い討ちを掛けてくるリヒトに涙目になりながらも頷くしかなかった。
(あっ、悪魔が二人もいるッ!!!!)
誰にも言えないフェンリルの秘密を抱えたまま、リヒトにどう説明すれば穏便にいくのか、今の余裕のないミアには何一つとして思い浮かばなかったのだった。
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