この恋は始まらない

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第二十六話・恋愛成就のおまじない

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二日目は京都を観光することになっており、クラス全員で纏まって京都の有名どころを回る。
その中の一つに清水寺があり、京都を観光するなら絶対に欠かせないスポットである。
清水の舞台から飛び降りると言われるくらいに有名で、あまり興味がない男子ですら清水寺の名前は知っていた。
大体の観光客は、歴史的な意味合いよりも、恋愛成就の祈願で清水寺に訪れているらしく、飲むと恋愛成就する水のある音羽の滝や、二つの石の間を目を閉じて歩き切ると恋が叶うという恋占いの石がある。
誰が書いたか分からんが、修学旅行のしおりには恋愛スポットがでかでかと赤文字でオススメされていた。
彼氏とキスするならココ。
誰だよ、修学旅行で不純異性交遊を助長させているやつは。
ウチのクラスのやつが書いてないことを祈ろう。
いや、彼氏いない連中ばかりだから、こいつらじゃないか。
一番怪しい三馬鹿が清水寺とか知らなそうなので、多分違うだろう。
ともあれ、女子達は金閣寺や銀閣寺。三十三間堂を見ている時より分かりやすくテンションが上がっていた。
クラス単位で同じ場所を順繰りに回っているため、最悪なことに、俺や高橋は三馬鹿と一緒のグループになっていた。
よんいち組や、準備組とかがある中で、何でこの三馬鹿なのか。
高橋は自由に写真撮影しているので、実質俺一人で三人の相手にしている。
「ごめん。チェンジ」
「何で?!」
「じゃんけんだから仕方ないじゃない」
「わたし達だって一条くんがよかったんだから」
まあ、一条みたいなイケメンの方が過ごしやすいだろうけどさ。
「そうか。じゃあ一条と変わってくるわ」
一条もよんいち組と同じグループになっていて、肩身が狭そうだし。
俺を見付けた一条は、遠距離から助けてくれって訴えている。
「いやいや、諦めるの早くない? 少しは粘ってよ」
「東山くん。せっかく同じグループになったんだから、色々教えてよね。こういう所好きなんでしょ?」
「風夏ちゃんみたいに、優しくしてよ!」
妬ましい表情で叫んでいる。
知らん。
そもそも小日向にはさほど優しくしていないわ。
「よく分からんが、ちゃんと回るんだったら付き合うけど」
三馬鹿にボロカス言われているのに、清水寺を真面目に案内するのは癪だが、グループを離れて単独行動するわけにもいかないのだ。
三人を野に放つと、他の観光客に迷惑掛かりそうだからな。
二日目はクラスでの移動がルールなので、仕方あるまい。
「そういえば、高橋くんは?」
辺りを見回すと、高橋は視界から消えていた。
高橋は、まあ、自由人だから放置しておこう。
「高橋か。あいつは時間になったら合流しているから、気にしないでいいよ」
「高橋くんも結構変わっているよね。東山くんの友達だし、類友ってやつ?」
友達だから否定はしないが、遠回しに俺をディスるのやめろ。
俺達は話しながら、音羽の滝にやって来て、恋愛成就のおまじないをする。
秋の修学旅行シーズンなのもあってか、数十人が列に並んで順番待ちをするくらいに人気であった。
「え? みんな並んでいるけど、ただの水じゃないん? チョロチョロ流れているだけじゃん」
「……神様が見てたら、しばかれるぞ? 清水って名前になっているように神様のご利益を頂ける霊水だから、気を引き締めて水を貰ってくるんだぞ?」
「霊水ねぇ……。真ん中が恋愛のやつ?」
「ん? そうだな。水を飲みまくると神様に対して失礼にあたるから、一口くらいにしておきな」
「せんきゅー。気を付けるよ」
「んじゃ行ってくるね」
「ちょっち待ってて」
三馬鹿が素直に並んでいる間に、少しは風景を楽しんで待っていよう。
京都ならではの風景は多く、色彩豊かで飽きないものだった。
葉っぱは紅く色付き始めており、紅葉がまばらなのは十月の終わりだからか。
もう数週間したら、また違った綺麗さなんだろう。
まあ、今でさえ人々が行き交い、かなり並んでいるくらいだから、紅葉シーズンには修学旅行は出来ないな。
慌ただしく観光をするとなると、迷子になりそうだ。
シーズンより早めに訪れてゆっくり過ごす方が、性に合っているだろう。
視界を広げて遠くを見ると、他のクラスの奴は男女仲良さそうに会話をしながらグループ行動をしていた。
ん、普通のグループはあれくらい仲良く話しているんだな。
俺達のところのグループは、会話でバチバチの殴り合いをしているので、健全な学生の友好関係とは言い難い。
俺としては仲良くしたいんだが。
三人は真剣に拝んでいた。
「高学歴高収入のイケメンを彼氏にしてくださいっ」
高望みやん。
水を飲み、神頼みをしていた。
他の二人も似たようなものであり、恋愛のお願いをしている。
真剣な顔をして拝んでいたが、私利私欲にまみれていた。
「……そこまで恋愛がしたいかねぇ」
三馬鹿は性格こそアレだが、陸上部ではかなりの成績も残しているし、文化祭ではムードメーカーだったりと、身近な人は彼女達をちゃんと評価している。
とはいえ、絡み方はウザいし、男友達の接し方をしてくるので、クラスメートは異性として見るのは厳しいようだった。
そのため、男子からの人気は低い。
男子が好きな、可愛い系でもないしな。
俺達のクラスには小日向や白鷺などの癖が強いキャラが多い中でも、三馬鹿はかなりのイロモノだし。
悪いやつじゃないので、何度か話せば良さは分かってくる。
別に小日向達より女の子として下とは思わないが、スルメみたいなやつだからな。
噛めば噛むほど味が出る。
だが、噛むほど顎が痛くなるのだ。
何回も異性と会話して、彼女達の良さに気付くってことがまず敷居が高いので、恋愛に発展しないんだろう。
まあ、結局の話。
野郎の見る目がないだけだが。
「……終わったら次に行くぞ」
色々回りたいので、早めに声かけをする。
「ごめんね。お待たせ。東山くんは暇だったでしょ」
三人は恋愛スポットに用があるのでどれだけ並んでても気にしないけど、俺は待っているだけだから苦痛だと思っていたのか。
「暇なら暇で、清水寺の風景を見つつ楽しんでいたから気にしなくていいぞ」

「京都に馴染みすぎじゃない?」
「おっさんか」
「相変わらず、枯れてるなぁ」
言いたい放題である。
ボロカスに言うのが今時の娘なのか?
この場には、御淑やかな女の子はいないのだった。
「いやいや、待っていたのは俺だよ? 何で怒られるんだ?」
「もっと、こう、女の子を気遣う言葉でも言ったら好感度上がるんだよ?」
「そういうものか? 例えば?」
「可愛い君を待つなら、一時間でも余裕さ。キリッ」
「きっも」
「きもいーぬ」
秒でディスるなよ。
自信満々に言ったが、親友二人から致命傷レベルのバックスタブを喰らっていた。
親友だけあってか、評価が辛辣である。
キモいけど、別に恋愛小説ならよくある言葉だと思うぞ。
「だー! じゃあアンタ達も言ってみなさいよ!難しいんだからねっ!!」
「ふぅん。やってやるわよ」
「夢女子の実力を発揮してあげるわ!」
ムカつくのも分かるけど、京都で大喜利大会やるなよ。
あと、素の流れで夢女子であることをカミングアウトするな。
三馬鹿のいつものノリで話しているが、一日しか話したことない俺を置いてけぼりにしている。
そのくせ、ちゃんとツッコミを入れないと怒るし、めんどくさい。
俺の負担でかくないか?
萌花さん、助けて。
急遽始まった胸キュンワード選手権という、マジで下らないことをしながら、他の場所を回っていく。
恋占いの石では、カイジの鉄骨渡りみたく死と隣り合わせな緊張感で目を閉じて歩き、石と石の間を進んでいく。
ガヤが平然と嘘を付くので、俺が歩く方向を指示しながら誘導していく。
学生のノリってやつかな。
ワイワイしながら観光するのが一般的なんだろう。
三人は無事に恋占いの石をゴールして、ちゃんと恋愛成就のおまじないを終えた。
「むんっ! これで高学歴高収入のイケメンに一歩近付いたねっ!」
胸を張って自信満々ではあるけど。
それはない。
断じて否。
眼下でこいつらの奇行を見せられた俺は、恋愛対象から外すレベルだった。
流石に、本音が顔に出ないように注意しつつ、次に回る場所を指示する。
「じゃあ次は、清水の舞台でも行くか」
「えっ、東山くん。飛び降りるの?」
「……普通に死ぬわ」
十五メートルくらいの舞台とはいえ、地面の固さを舐めるなよ。
下らない冗談はさておき、清水の舞台まで移動する。
清水の舞台である本堂は人気スポットだけあり、かなりの人混みである。
時間の兼ね合いで、本堂の内部まで見ることは叶わなかったが、歴史を感じさせる建物と、清水の舞台から見える景色は凄かった。
釘を使っていないのに、大人数を支えられる建物は、昔の建設技術の高さが伺える。
うざくならないように、三人に説明しながら案内をする。
「東山くんは本当にお寺好きなんだね」
「まあな。俺の用事に付き合わせてすまないな」
「いいよ。わたし達だけだと、訳が分からないまま、観光してたと思うし」
「それに、ちゃんと京都観光して、恋愛スポット巡りも楽しいもんね」
「だべ」
三人とも、本心からそう思っているようであった。
そう言ってもらえると有難い。
正直、女の子は観光なんて興味ないだろうから、かなりのお節介だと思っていた。
萌花が友達と呼ぶくらいだから、悪いやつではないのか。
「ありがとう。俺も何だかんだ楽しかったよ」
三人とのグループ行動が終わる前に、ちゃんと感謝しておきたかったので、ありがとうを伝えておく。
「カッコイイ」
「カッコイイ」
「カッコイイ」
その流れ、まだ続いているんか。
「東山くん笑ったらかっこいいじゃん!」
「隠れイケメンだね」
「これもうわかんねぇな」
恋愛に餓えているからって、易々と胸キュンするな。
俺にそんな気はない。
よんいち組の怖いお姉さんに見付かったら、俺が殺されるわ。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
無事見られていました。
萌花に。


萌花にバレるということは、全人類にバレることと同義である。
三人が萌花に弁明してくれる。
「大喜利していただけだよ。流石に、東山くんには興味ないよ」
「アホだし」
「運動部じゃないし」
全面否定はいいとして、最後関係なくない?
恋愛対象の判断基準に運動部関係あるん?
「東っちも、ウチの組のもんなんだから、他の組と仲良くするなよ」
「ああ、うん? 分かった?」
分かってない。
アウトレイジかな?
なるほど。よんいち組の組は、そういう意味だったのか。
「ともかく、旦那は返すから、帰り道は一緒に買い物しましょうよ」
バスに戻るまでは時間があるため、お土産を見るくらいの余裕はある。
俺と三馬鹿。
よんいち組と、一条と佐藤と他の男子が数名。
「ごめん。俺は黒川さんと回ってくるよ」
彼女を大切にしている。
優しく笑っている姿は、爽やかなイケメンにしか見えないが、容赦なく逃げる一条だった。
こいつ。
女子から不穏な空気を感じると全速力で居なくなる。
「頼まれたお土産があるから、別行動でいいかな? 付き合わせるの悪いしさ」
一人が抜け出すと、他も便乗し出す。
「俺も京都の紅茶買いたいから行ってくるわ」
男子が全員ログアウトしました。
俺だけ残して、居なくなりやがった。
佐藤は紅茶選びで長居するから気を利かせてくれたんだろうが、一条に関しては嫌な予感がするから逃げた。
萌花はサラッと言う。
「人徳ないん?」
「やめろ。その言葉は俺に効く」
仕方がない。
よんいち組と三馬鹿で、バスまでの坂道を一緒に歩くことにした。
清水の坂道にはお土産屋さんが端から端まで並んでおり、どのお店も京都らしい華やかな店構えである。
混み合っている中を抜けるように歩きつつ、お店の外から良さそうなお店を探す。
「みたらし団子!」
小日向が目を輝かせて、お団子を見ていた。
迷うことなく十本入りを購入し、みんなに配る。
自分だけで食べないのが小日向である。
「美味しい~! みんなで食べると美味しいよね!」
相変わらずの性格ぐう聖である。
みんなで食べるようにわざわざ大きいのを買うやつは小日向くらいだな。
みたらし団子は思っていたより甘くなく、俺でも問題なく食べられた。
お上品な味である。
残ったみたらし団子も、小日向が直ぐに食べていた。
「小日向、手が汚れているからちょっと待て」
ショルダーバッグからウェットティッシュを取り出す。
「わぁ。ありがとう」
小日向は綺麗に手を拭いて、ゴミを俺に渡してくる。
空いたコンビニ袋にゴミを入れておく。

「え? ママなの?」
三馬鹿は驚愕している。
「ママじゃないわ」
小日向から、みたらし団子の箱も回収して汚さないようにコンビニ袋を縛る。
「いや、一挙一動がママだわ」
「ママじゃないって」
普通にゴミを捨てているだけだ。
小日向が単独行動しようとするので、離れないように制止する。
「ママでしょ」
「お前ら。そんなのいいから、小日向を止めてくれ」
グループの人数が多いと好き勝手する奴が増えるので、小日向が手薄になる。
まるで赤ちゃんのように、興味あるお店に吸い寄せられていくので、誰かが見ていないと直ぐに迷子になってしまうだろう。
秋月さんが小日向の手を握っている。
「色々見たいのは分かるけど、風夏が迷子になったら修学旅行が出来なくなるでしょ?」
「うんうん。わかったよ」
ママと子供かよ。
俺の時は駄々こねるくせに、秋月さんの時は素直なんだよな。
「……迷子になったら置いてくからな」
「えっ」
絶望するなよ。
緩急激しいやつだ。


「ねえねえ。風夏ちゃん達可愛いから、他校の男子からモテるチャンスかも!」
よんいち組に聞こえないように、小声で話す三馬鹿である。
ナンパの面倒さを分かってないやつだ。「だから、そういう恋愛は意味ないから止めとけって言っているだろ。そういう相手は学校で探せ」
「恋愛スポット巡りしたから、いい出会いがあるかも知れないし」
「だって可能性感じちゃうじゃん」
「だべだべ」
そうか。
恋愛成就の為に頑張ったもんな。
しかし、絶対にモテないから安心しろ。
修学旅行中の女の子にナンパするやつは男として最低だから、神様が見ていたら間引いてくれると助かる。
あと、勘違いされやすいが、小日向は女の子のファンからモテるタイプだ。
少し目を離していた間に、女の子のファンに囲まれていた。
修学旅行中とはいえど、断れない性格なので自然とサインに応じてしまう。
「風夏ちゃん。学校じゃ普通だけど、やっぱモデルなんだね」
「東山くんは、好きな女の子がモテてたら、嫉妬しないの?」
「あ、わたしも気になってた」
別に何とも思っていない。
小日向は出会った時から読者モデルだったし、街を歩けばどうしても目立つ。
ファンサービスを大切にしている以上、事ある毎に話し掛けられる存在だ。
それが小日向の生きている世界では普通なのである。
まあ、それに、誰よりも頑張っているやつを妬んだり嫉妬していたりするのはカッコ悪い。
小日向とファンは、楽しそうに会話をしている。
それは喜ばしいことだからな。
「……俺は、気にしたことはないな」
「高学歴高収入のイケメンが狙っているかも知れないでしょ」
「そのフレーズ好きだな……。というか、小日向はそういうやつじゃないし」
小日向は、花よりだんごである。
実際にだんご食べていたけど。
恋愛何かに興味なさそうだ。
「それに、小日向は、本当に好きな人が出来たら、周りの人間なんて見えなくなるタイプだしな」
「はよ付き合え」
「結納しろ」
「○すぞ」
やめろ、意味分からん。
三馬鹿のノリとテンションが違い過ぎる。
誰にツッコミを入れるべきか、悩む暇もない。
あとなんで殺されるん?
「いやいや、ちょっと待って。一人だけ殺意全開じゃねぇか」
「グルルルッ!」
唸り声を上げて、野獣化していやがる。
「ごめんね。極度のアオハルに対して、嫉妬が高まると誰にでも噛み付こうとするのよ」
「ハウスハウス」
「わんわん」
茶番劇をするな。
助けてくれそうなやつは小日向と一緒に居るので、俺一人で何とかしないといけない。
「ふざけてないで、お土産見ようぜ。明日は大阪行くんだろう?」
「は? 行かんが?」
結局、行かないんかい。
イベントの抽選が外れても楽しいだろうから、ユニバ行ってこいよ。
「いいのか? 大阪に行くの楽しみにしてたんじゃないのか?」
「ほら、お好み焼きは京都でも食べられるし?」
うん。
大阪の人に謝れ。
大阪まで行って本場の粉もんを食べてやれよ。
「じゃあ、明日はどうするんだ?」
「行ってない恋愛スポット巡りかな~。あ、着物は着たいよね。京都なら着物だよね」
「着付けは予約制だから、早めに予約しておけよ」
「まじ? 今からでも予約間に合うかな?」
「秋月さんが知っているから、バスに戻ったら聞いてみたら?」
「サンキュー。着物姿撮ったらラインで送るね」
いらんけど。
他のやつもそうだが、何かあったら俺に知らせてくるの何なんだ。
クラスメートが着飾った着物の写真を貰っても反応に困る。
あと、そんな写真貰ったら、もえぴ警察に俺が強制連行される気がした。


サインしている小日向を待っていたら、小日向のファンらしきギャルの女子高生が、真顔のままこちらに来る。
「え? なに? 修羅場?」
「俺、小日向のファンに殴られるん?」
まあ、ファンならば推しの恋愛には煩いから、俺みたいなモブが好きな相手の近くにいたら修羅場になるのも分かる。
二、三発殴られるくらいなら全然ありだな。
目の前に来て、ジッとこちらを睨んでいた。
次の瞬間。
「わぁ、生ハジメさんだ! ずっとファンなんです! 握手お願い出来ますか??」
紛らわしい表情で近付いてくるなよ。
寿命が縮まったじゃないか。
金髪でピアス空けているが、思っていた以上に礼儀正しく挨拶してきて、ビックリした。
見た目で判断しちゃ駄目だな。
ファンの女の子と握手をして、サインを描いてあげる。
彼女が使っているスマホケースは、俺が描いた小日向のイラストが印刷されたものに、ド派手なラメで装飾されていて、今時のギャルが使う派手なものである。
ガチガチの重装備小日向ファンじゃねぇか。
本人と小日向の見た目は真逆だけど、対極だから惹かれるものがあるのだろう。
「ちょっと聞いていいかな。そのスマホケースどこで作ったんだ?」
「これですか? えっと、ケースは町の写真屋さんで印刷して、ラメは全部自分でやった特注品です!」
ギャルの皮を被った、野生の職人だった。
このスマホケースを自作したのか。
小さなラメをはめる為に、ピンセットを使って細部まで丁寧に作ってあり、それでいてギャルっぽい大胆さも失っていない。
本職の同人作家より芸術の感性が高いの止めてください。
「もしかして、同人作家?」
「いえいえ、普通の学生ですよ~」
ギャルなのに素直に照れている。
普通の概念壊れる。
普通の学生はここまでやらんぞ。
歴戦のオタクでも、自作グッズで身を固めるレベルは珍しい。
小日向のファンからしたら、同人グッズってこのレベルを求められているのか。
冬コミで出すグッズを考え直さないとな。
そうなるとファンの意見は聞きたい。
「すみません。時間があったら、冬コミでグッズ考えてて、意見貰えますか?」
「マヂ? メチャ嬉しいです! アタシでよかったら何時間でも聞きますよ~!」
「ありがとうございます。一応今考えているのが……」
修学旅行中なので数分間だけではあるが、有意義な意見交換が出来た。
地方のファンの人からしたら、コミケには参加し辛いし、ウェブで買えるブースみたいな販売サイトも利用すべきなのか。
でも、小日向のグッズは俺に販売権利はないから、マネージャーの白鳥さんに許可貰わないといけないし。
冬コミまでにやらないといけない内容が増えていく。
「あ、今日話した内容と話せなかったことまとめて、DM送りますね~」
「いいんですか!?」
「ハジメさんも頑張ってくださいね!」
神対応過ぎる。
女神にすら見えてきた。
女神は金髪だしな。
オタクに優しいギャルは実在したのだ。
ギャルの人も修学旅行中なので、早々に話を切り上げて、自分のグループに戻っていく。
帰り際に手を振ってくれていた。
「ばいば~い!」
恥ずかしいがこちらも手を振る。
「……」
背後に気配が。
静かに佇む小日向が居た。
一言だけ話す。
「ねぇ、金髪のギャルが好きなの?」
「……黒髪が好きです」
「そう」
有無を言わさない圧力があった。


バスまでの帰り道。
その後、小日向に丁寧に説明して、誤解だったと納得してくれた。
そもそも修学旅行でナンパなんかしないし、近くに三馬鹿も居たからな。
下手な行動をしたら、野次が飛んでくる上に、萌花に密告されているはずだろう。
俺のイラストが好きって言ってくれるファンに手を出すわけがないしな。
まあ、それでも罰ゲームなのか、両手に抱え切れないくらいのお土産を持たされていた。
大体は小日向の袋だけど、二日目に買う量じゃない。
八ツ橋は帰りの新幹線でいいだろ。
今いるのか?
「八ツ橋は夜にみんなで食べようね」
流石、小日向だ。
買ったものは、お土産ですらなかったわ。
この修学旅行で京都の名物を食べ過ぎて太りそうだな。
洋菓子ほどではないにせよ、あんこやら抹茶やらは糖分多いし、多少はカロリー制限した方が良さそうだが。
とはいえ、小日向は美味しそうに食べるからな。
最近は毎日のようにクリスマス商戦で読者モデルの仕事が忙しいはずだ。
ストレスが溜まっているのだろう。
旅館での夜は長いので、だべりながら食べるお菓子は美味しいようだな。
そんな中、秋月さんだけは乗り気じゃなかった。
「えっと、私はちょっと控えようかな……。食べ過ぎてるし」
カロリーが気になっているらしく、遠慮していた。
別に秋月さんは食べても大丈夫そうだけどな。
そんなに食べるタイプじゃないし、小日向の半分くらいしか食べてないと思う。
隣に居た萌花に話し掛ける。
「ああ言っているけど、別に気にする必要ないよな?」
「あーね。れーなは昨日の温泉でね」
「萌花!!」
バスまでダッシュする二人であった。
うん。
秋月さんは、萌花を捕まえるのにカロリー使っているので、少しくらいは食べてもよさそうだった。

というのか、昨日の温泉で何があったのか気になるんだけど……。
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