捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび

文字の大きさ
16 / 28

16 対峙

しおりを挟む

「っ!」

 飛び跳ねるように驚いて、リゼットは手の主を振り仰いだ。

「何してんだ?」

 笑みを含んだ、よく知った低い声と、見慣れた優しいようにも皮肉気にも見える不思議な笑顔とに、思わず安堵の吐息がもれる。

「ディー」
「待ってろって言ったのに、こんなところで何してんだ」

 困ったように笑って、ディーが言った。
 謝ろうとしたリゼットだったが、ディーはすっと視線をパトリックに向けた。

「パトリック・アルサンテ?」

 リゼットを背に隠すように立って、どことなく威圧的に、ディーが言った。
 我に返った様子で、パトリックが顔をあげる。目の前にいるのが皇帝だと、ようやく気づいたのだろう。驚愕に目を見開いてディーとリゼットを交互にみた。
 ふと、誰かが呟いた。

「皇帝陛下?」

 すると、リゼットとディーの背後、休憩室にいた貴婦人たちが一斉に声をあげた。
 
「どうしてここに?」
「え? 皇帝?」

 部屋は一気にざわついて、視線はディーに集まっていた。
 部屋のざわめきを受けて、ディーは一瞬休憩室の人々を振り返る。
 彼女たちを一瞥すると、にこりと笑う。

「快談中申し訳ない。お気になさらず、そのまま続けて」

 笑顔に、声音に、有無を言わせない威圧感があったようにリゼットは感じた。同じように皆感じたのかもしれない。一瞬で、休憩室は静まり返る。
 今のは、黙っていろ。という意味だな、とリゼットは小さく苦笑いを浮かべた。
 静かになった人々を眺めて満足げに頷くと、ディーはパトリックに視線を戻す。

「さて、パトリック王子?」
「あ……」
「我が国の聖女に何用で?」

 聖女という言葉に、再び小さなどよめきが起きた。先ほどまでは話を聞いている者はあまりいなかったのだろうが、皇帝の出現で今はみんな耳を済ましている。それでリゼットが聖女だということに人々が気づいたのだろう。
 しかし、先ほどのディーの言葉を思い出したかのように、声はすぐに小さくなっていった。
 それでも、注目は切れていない。
 パトリックは状況についていけない様子で、目を白黒させていたが、だんだんと冷静な顔つきへ変わっていく。

「……皇帝陛下」

 囁いて、パトリックは小さく唾を飲み込む。
 そしておずおずと切り出した。

「いや、そちらは……そこにいるのは、我が国の聖女では」
「ああ、だったかもしれませんね」

 なんとも適当に、ディーが答える。
 パトリックは眉をひそめ、疑念のこもった表情でディーに近づいた。

「かも? いいえ、そうです。ご存知のはずではございませんか? 知っていて彼女を聖女にしたのでは?」
「確かにそうだったかもしれませんが、彼女はそちらの国の聖女ではなくなった。そもそも今アルサンテ王国には別の聖女がいると聞きましたが――」
「たしかに、別の聖女がいますが――聖女が行方不明になったので、代わりを用意したまででございます。ずっと、聖女を探しておりました」

 ――なんて、デタラメなことをっ。

 リゼットは思わず叫びそうになった。しかし、ディーがリゼットの手を握って抑えむ。
 とっさに見上げれば、酷く不快そうな表情のディーがパトリックを睥睨へいげいしていた。パトリックはそれに気づいていないのだろうか。再び一歩前進し、ディーに近づく。パトリックはそういう機微きびにたしかに鈍いところがあったが、それにしても限度がある。血走った目はどこか狂気的だった。

「保護していただきありがとうございます。我が国の聖女を返していただけますね」

 続けてパトリックが言う。
 休憩室は三たび、騒がしくなった。
 当然だろう。帝国の聖女が実は別の国の聖女だったというのだ。そして返す。などという表現から、まるで帝国が聖女を奪ったかのようにも聞こえる。
 実際、それは間違ってはいない。
 間違ってはいないが、アルサンテがリゼットを捨てたのは、言いかえようもない事実だ。
 ディーがため息を吐き出した。

「なにを……言うかと思えば。バカな事を。彼女は今は我が国の聖女だ。それはそちらが彼女を捨てて別の聖女を据えたからだろう。あなたが別の女性を妻にしたいがために、彼女に罪を着せて追い出したのだろう。行方不明になったから代わりを用意した? よくもそんな嘘を……。居場所を失った彼女は、自らの意思で帝国に尽くしてくれている。それを今になって? 返せとはどういう事だ?」

 ――ディーが怒ってる。

 やはり、パトリックはそれを感じていないのだろう。顔色を変えずに笑った。

「捨てた? 何度も言うようですが、彼女を捨てたという事実はありません。そもそも捨てる理由がない。貴殿は、私が別の女性を妻にしたいから追い出したといいますが、――つまり私の婚約者のことでしょうが――婚約者を娶りたいからと聖女を追い出す理由がないでしょう」
「元々はリゼットが、聖女があなたの婚約者だったはずだが?」

 大袈裟に、パトリックが肩をすくめる。

「まさか、ちがいますよ。我が国では聖女は別に王族に嫁ぐ必要はないのですよ。ですからもちろん、代用の聖女と、我が婚約者とは別人です」

 クッと、リゼットは奥歯を噛み締めた。
 何をいけしゃあしゃあと、そんな素知らぬ顔で嘘を言えたものである。ディーが腕を掴んでいなければ、殴りかかってしまいそうだった。
 自分で思ってる以上に、彼らに捨てられたことを根に持っていたらしい。
 聖女らしからぬ感情だな。と心の隅で感じながら、しかしリゼットは怒りを抑えられなかった。
 握られたディーの手を強く掴みかえす。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

処理中です...