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明日の兄弟
22 排除か防衛か
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「秋、学校でいじめられてんのか?」
病院のシーツも枕も真っ白なベッドに腰掛けて、奏はそう尋ねた。
ゲームの画面から目を離さないで、あくまでさり気無く。
奏は、今日は朝から秋の病室に来ていた。塾で自習をしてくると言って家を出て来たが、母親は全く信じていない様子で大きなため息を吐いていた。
奏がゲームを続けながら待っても、秋の返事は返って来ない。
痺れを切らした奏が画面から顔を上げて見ると、箸の練習のようにのそのそと病院食を崩していた秋の動きが止まっていた。
「どうなんだよ」
奏が先ほどよりも少し大きな声で尋ねると、秋は首を横に振った。
イエスもノーもはっきり言わない秋にしては、珍しくぶんぶんと首を振って否定している。
「あ、そう」
奏が興味を失ったふりをすると、秋の首の動きがぴたりと止まった。そして、また箸がもぞもぞと動きを再開させる。
(まぁ、嘘だろうけど)
奏は当然、秋の答えを信じていなかった。
秋の学校の鞄や服は度々新しい物に変わっている。秋は2、3回使っただけで物を捨てるほど贅沢でも潔癖でもないから、捨てられたり壊されたりしているのだろうと奏は考えていた。
いじめられているのかと聞かれて、素直に「そうです」と肯定するのは難しい。それを認めて楽になるより、恥ずかしさと情けなさが勝る。秋が素直に教えてくれるとは思っていなかった。
(悠の弟に聞けば、何かわかるかな)
奏はゲームの電源を切って、ベッドから立ち上がった。
「じゃあ、俺、帰る」
奏が言うと、いつまでも食事が終わらない秋ははっと顔を上げて奏を見た。
「明日も来るよ」
奏が言うと、秋は一度こくりと頷いて、また箸の練習を再開させた。
*****
翌日の昼休み、奏は2年生の教室に向かった。
悠の弟の蓮は、奏と顔見知りだ。悠の家で一緒に遊ぶこともあるから、仲は悪くない。
聞けば教えてくれるはずだと考えて、秋の隣のクラスの教室を覗いて、蓮に声を掛けた。
「蓮、ちょっと、今いい?」
「……うわっ!」
蓮は奏の顔を見るなり逃げ出そうとした。奏はすぐに追い駆けて蓮を捕まえたが、羽交い絞めにされてもなお逃げようと暴れている。
「何で逃げるんだよ」
「あ、あいつの事だろ!俺は関係ないから」
「秋のこと、何か知ってる?」
「俺は知らない!全然、知らない!」
「秋、やっぱりいじめられてるのか?」
奏が手の力を弱めると、蓮は警戒して奏から少し離れる。しかし、こちらにも言い分があるといった様子で、背を向けて逃げ出すことはなかった。
「いじめっていうか……あいつが悪いんだよ」
「秋が悪いって、どういうことだよ」
奏は思わず声を大きくした。
悠と蓮は、少し妙な奴だが悪い奴ではない。イジメられる方が悪いなんて、そんな卑怯な事を言うのは何か理由があるはずだ。
奏が続きを待っていると、言うまで解放してくれ無さそうだと理解した蓮は渋々続けた。
「なんか……体育の着替えで服脱いだ時、あいつの体に傷があったらしいんだよ」
「傷?」
「そう、脇腹の、腰の少し上のところ」
蓮は腕の影になっている腰骨の辺りを指差した。
奏は何度か秋の裸を見ているのに、今言われるまで気付かなかった。横から見ないと分からない場所なのか、それとも痣だらけの秋をあまり見ないようにしていたからか。
「大人しそうな顔にしてんのに派手な傷で、皆引いたんだけど……それで、ちょっとからかった奴がいたんだよ」
「それなら、そいつが悪いだろ」
「でも、マジな感じじゃなくて、和ませようとしたんだって。だって、あいつ全然喋んないし、表情変わんないから何考えているかわかんないし!」
蓮が必死な様子で同級生を庇う。奏も、蓮の言うことは間違ってはいないだろうと思っていた。
偏差値の高いこの学校には、派手なイジメをするような馬鹿な生徒はいない。イジメがあっても、無視だとか陰口だとか、教師にバレても内申に響かない程度のはずだ。
持ち物を捨てるような過激なイジメをされるなら、何か秋の方に理由がある。
「そしたら、あいつ、その辺にあったハサミ持って、からかった奴の掌にフツーに振り上げてフツーに振り下ろしたんだよ」
「……」
奏の体から力が抜けて蓮の腕を離した。
蓮はようやく奏から離れられて、ほっと安堵の息を吐く。
「……あいつ、本当に奏の弟なの?」
蓮は怯えた目で奏を見ていた。蓮が怯えているのは奏ではなく、その背後にいる秋だ。
蓮と同じように他の生徒たちも、しばらく秋がいなくて安心しているに違いない。
一日の大半を過ごす学校に恐ろしい余所者が来たのなら、追い出そうとするのは当然だ。
病院のシーツも枕も真っ白なベッドに腰掛けて、奏はそう尋ねた。
ゲームの画面から目を離さないで、あくまでさり気無く。
奏は、今日は朝から秋の病室に来ていた。塾で自習をしてくると言って家を出て来たが、母親は全く信じていない様子で大きなため息を吐いていた。
奏がゲームを続けながら待っても、秋の返事は返って来ない。
痺れを切らした奏が画面から顔を上げて見ると、箸の練習のようにのそのそと病院食を崩していた秋の動きが止まっていた。
「どうなんだよ」
奏が先ほどよりも少し大きな声で尋ねると、秋は首を横に振った。
イエスもノーもはっきり言わない秋にしては、珍しくぶんぶんと首を振って否定している。
「あ、そう」
奏が興味を失ったふりをすると、秋の首の動きがぴたりと止まった。そして、また箸がもぞもぞと動きを再開させる。
(まぁ、嘘だろうけど)
奏は当然、秋の答えを信じていなかった。
秋の学校の鞄や服は度々新しい物に変わっている。秋は2、3回使っただけで物を捨てるほど贅沢でも潔癖でもないから、捨てられたり壊されたりしているのだろうと奏は考えていた。
いじめられているのかと聞かれて、素直に「そうです」と肯定するのは難しい。それを認めて楽になるより、恥ずかしさと情けなさが勝る。秋が素直に教えてくれるとは思っていなかった。
(悠の弟に聞けば、何かわかるかな)
奏はゲームの電源を切って、ベッドから立ち上がった。
「じゃあ、俺、帰る」
奏が言うと、いつまでも食事が終わらない秋ははっと顔を上げて奏を見た。
「明日も来るよ」
奏が言うと、秋は一度こくりと頷いて、また箸の練習を再開させた。
*****
翌日の昼休み、奏は2年生の教室に向かった。
悠の弟の蓮は、奏と顔見知りだ。悠の家で一緒に遊ぶこともあるから、仲は悪くない。
聞けば教えてくれるはずだと考えて、秋の隣のクラスの教室を覗いて、蓮に声を掛けた。
「蓮、ちょっと、今いい?」
「……うわっ!」
蓮は奏の顔を見るなり逃げ出そうとした。奏はすぐに追い駆けて蓮を捕まえたが、羽交い絞めにされてもなお逃げようと暴れている。
「何で逃げるんだよ」
「あ、あいつの事だろ!俺は関係ないから」
「秋のこと、何か知ってる?」
「俺は知らない!全然、知らない!」
「秋、やっぱりいじめられてるのか?」
奏が手の力を弱めると、蓮は警戒して奏から少し離れる。しかし、こちらにも言い分があるといった様子で、背を向けて逃げ出すことはなかった。
「いじめっていうか……あいつが悪いんだよ」
「秋が悪いって、どういうことだよ」
奏は思わず声を大きくした。
悠と蓮は、少し妙な奴だが悪い奴ではない。イジメられる方が悪いなんて、そんな卑怯な事を言うのは何か理由があるはずだ。
奏が続きを待っていると、言うまで解放してくれ無さそうだと理解した蓮は渋々続けた。
「なんか……体育の着替えで服脱いだ時、あいつの体に傷があったらしいんだよ」
「傷?」
「そう、脇腹の、腰の少し上のところ」
蓮は腕の影になっている腰骨の辺りを指差した。
奏は何度か秋の裸を見ているのに、今言われるまで気付かなかった。横から見ないと分からない場所なのか、それとも痣だらけの秋をあまり見ないようにしていたからか。
「大人しそうな顔にしてんのに派手な傷で、皆引いたんだけど……それで、ちょっとからかった奴がいたんだよ」
「それなら、そいつが悪いだろ」
「でも、マジな感じじゃなくて、和ませようとしたんだって。だって、あいつ全然喋んないし、表情変わんないから何考えているかわかんないし!」
蓮が必死な様子で同級生を庇う。奏も、蓮の言うことは間違ってはいないだろうと思っていた。
偏差値の高いこの学校には、派手なイジメをするような馬鹿な生徒はいない。イジメがあっても、無視だとか陰口だとか、教師にバレても内申に響かない程度のはずだ。
持ち物を捨てるような過激なイジメをされるなら、何か秋の方に理由がある。
「そしたら、あいつ、その辺にあったハサミ持って、からかった奴の掌にフツーに振り上げてフツーに振り下ろしたんだよ」
「……」
奏の体から力が抜けて蓮の腕を離した。
蓮はようやく奏から離れられて、ほっと安堵の息を吐く。
「……あいつ、本当に奏の弟なの?」
蓮は怯えた目で奏を見ていた。蓮が怯えているのは奏ではなく、その背後にいる秋だ。
蓮と同じように他の生徒たちも、しばらく秋がいなくて安心しているに違いない。
一日の大半を過ごす学校に恐ろしい余所者が来たのなら、追い出そうとするのは当然だ。
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