爽やかな出逢いの連鎖

稲葉真乎人

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再起の一歩

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富雄からティーラウンジの名前を聞いた久美子は、街で見たことのある店舗を思い出す。
それだけの事業を成功させながら、社員の為に潔く身を引いた紳策に、意思の強さと優しさを感じた。
夫の卓也は家を留守にして、多くの時間を海外を飛び回る仕事に費やしていた。
紳策のように、夫が誰かの為にと言う想いを持っていたのかどうか・・・、久美子のこころの中にそれを知る記憶はない。

久美子と卓也は通う大学が違っていた。
卓也の大学の山岳同好会が、久美子の女子大にパーティーに声を掛けたたことで、合同で登山をする機会が増えた。
同じ京都から来ていることで、互いに親近感を覚えて付き合い始める。
恋愛感情を確認しあってからの山行きも、卓也の気持は山が第一だった。
久美子はパーティーの中の、少しだけ近しいメンバーでしかない。
特別、気に掛けてもらっている気もしなかった。それでも大学を卒業して数年後、ふたりは結婚した。

富夫が商社を辞めて始めたこのペンションを、最初にふたりで訪れたのが、新婚旅行以来、初めての旅行だった。
その後、幾度か一緒に訪れたが、卓也の心は何時もアルプスにあり、久美子を気遣っている様子は窺えず、親友の富夫もそれを怪訝な思いで見ていた。
卓也が亡くなってから、久美子は初めて振り返ることができた。
卓也との間で、心に残るような思い出があまりにも少ないことに気付く。
それでも冷静になって考えると、海外で客死したことを不憫だと思う気持ちも無くは無かった。
結婚生活二十七年の三分の二の時間は娘の沙紀との生活だった。
久美子は、沙紀にも自由に生きて貰いたいと願っていた。
その為には、ひとり娘という負担を解いてやらなければならない。
久美子は、自分から離れてやることが必要だと思うゆとりが生まれていた。
久美子の精神状態は元に戻りつつあった。
心の片隅に、尊敬と憧れが恋に転じる思いが芽生えていた。僅かな心の動揺を感じていた。その源を突き止めてみようと決心する。
ペンションを引揚げるときが近づきつつあった。
富夫から受取った紳策のメモを帯の間から取り出すと、両手に挟んで胸に当てた。

四条通りを中心に、中京区から下京区の界隈は、夏の京都の一大行事、祇園祭の山鉾巡行に向けてざわめきを増していた。
例年、祇園祭が近づくと、早々と四条通や河原町通を浴衣姿の女の子が行き交い、四条通には祇園囃子の太鼓と鉦の音が流れ始める。
街全体が祭りのクライマックスに向けて、華やいだ慌しさに包まれていく。
山鉾巡行の三日前から、宵々々山、宵々山、宵山と、夕暮れから深夜に掛けて多くの人が通に出て、祭り気分を昂揚させて行く。
西の油小路通から東の東洞院通、北の姉小路通、南の松原通に囲まれた通りには、三十二の山や鉾を受け継ぐ町がある・・・。
山鉾の在る町々の道路には、夕暮れになると山鉾の周りの堤燈の灯りが目立ち、浴衣姿の老若男女が繰り出してくる。
ティーシャツにジーンズや半パンツ姿の若者も、団扇や扇子を手にして、新町通と四条通辺りに溢れ、身動きが取れなくなる年もある。
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