爽やかな出逢いの連鎖

稲葉真乎人

文字の大きさ
上 下
12 / 40

再会の宵

しおりを挟む
良一と沙紀だけが、レストランの前に残された。
良一は、沙紀が地下鉄東西線で帰るのを見送ることにする。
高瀬川沿いを、地下鉄の市役所前駅に向って歩きながら話し掛ける。
「今夜はどうもありがとう、期待通りのひとでした。お願いを聞き入れて貰って助かりました」
「いいえ、わたしには良いお話でした、楽しくお食事もできましたし・・・。何を期待して下さっていたんですか?」
「色々です、まだ時間いいですか?、よかったら、少し付き合ってくれませんか?」
「はい、明日は非番ですから・・・」

良一は禊川(みそぎがわ)の上に設えられた納涼床のある、鴨川沿いの店に案内する。
二条大橋辺りから始まる納涼床の下を流れる禊川は水量が少なく、静かに流れていた。
昼間より少しだけ涼気が感じられる。
テーブルに付き、カクテルを勧める良一に、沙紀は任せると言った。
良一はジンバック、沙紀にはブルームーンを頼んだ。
自分の前に置かれたカクテルグラスを見詰めながら、沙紀が訊ねた。
「どうして、これを選んで下さったのですか?」
「僕がジンを飲みたかったからかな・・・、それと、ラムやブランデーは、いつもケーキで飽きているんじゃないかと思ったので・・・、でも、本当は今夜の沙紀さんから感じた僕のイメージカラーです・・・、沙紀さんと呼んでいいですよね?」
「はい、嬉しいです、なんて言ったらいいか・・・、バッグを持って頂いた時のこと・・・、改めて、ありがとうございました、そして今夜のことも・・・」
「いえ、沙紀さんと会える理由ができて、僕の方こそ喜んでいるんです。少し経ちましたけど、偶然の出会いと偶然の再会に乾杯しましょう・・・」
順子たちがいる場ではビジネスライクな対応をしていた沙紀の態度が、今は違っているのに良一は気付いた。
「初めて声をかけて頂いたあの時から、少し、気付き始めていたんです・・・」
良一は何かを期待した。
「なにをですか?」
「はい、今夜、はっきりと分かりました・・・、父が亡くなってから、わたしはずっと暗いトンネルの中にいたんです」
「そうなんですか、さっき聞いて驚きました・・・」
「樫原さんに声をかけて頂いたお蔭なんです、それも感謝したいんです、お礼を言います」
「それはどうも、あの朝は、何か深刻な顔をして一途に突き進んでいるって感じでしたね・・・」
「そうだったかも知れません・・・」
「あの日、昼食を食べそびれて、順ちゃんが買ってきたカレーパンとチーズケーキを見て考えました。朝、会った女性とイメージが合わなくて自分の感性を疑いましたよ・・・、でも、何か惹かれたんです、会って話してみたいと無性に思いました」
「わたしもお会いしたいと思っていました。おかしな言い方ですけど、あの朝お会いする時までは、男性に対して興味を失っていたんです。母のことや将来のことばかり考えていましたから・・・」「僕でよかったら、今からでも興味の対象になりますか?、正式に立候補したいと思っているんですが・・・、いいですか?」
「そんな・・・、こちらこそ、宜しくお願いします。順子さんから聞いたときも、今夜のお話しも、とても嬉しかったです」
「そう思ってくれると、ぼくも嬉しいですよ」
「調理師学校の先輩だということですから、気に入って頂ければ精一杯やらせて頂きたいと思っています。今の会社では限界があると思っていましたから・・・」
「そうですか、急がなくていいですよ、海田さんは僕の先輩です、気に入らなければ僕に言ってくれればいいですから、あの・・・、これから付き合って貰えると思っていいんですね?」
「はい、ありがとうございます・・・、わたしも今夜、留美さんの話しを聞いたり順子さんを見ていて、お仲間に入れて貰いたいと思いました。これまで、わたしは本当に独りぼっちの世界に居ましたから・・・」
「お役に立てるなら、僕も嬉しいですよ」
沙紀は父の死後、仕事以外に何も興味が持てず、惰性のように過ごして来た。将来への不安の重圧に潰されそうになりながら・・・。
混沌とした想いの中で、殻に閉じこもって生活していた沙紀を、良一は青春の只中に引き戻した。
沙紀は、カクテル.グラスの薄紫の液体に視線を移すと、じっと見つめ、暗く過ごした日々に別れを告げたいと強く思った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界で新生活〜スローライフ?は精霊と本当は優しいエルフと共に〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:18,544pt お気に入り:533

異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:30,843pt お気に入り:2,229

おバカな婚約者に説教していたらほとんど終わっていた件

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:71

【完結】無能烙印の赤毛令嬢は、変わり者男爵に溺愛される☆

恋愛 / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:254

処理中です...