爽やかな出逢いの連鎖

稲葉真乎人

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恋は何時までも

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沙紀が思い出したように言った。
「そうだわ、紹介で思い出した。わたし、今度、海田さんの店に、ひとり紹介することになっているの・・・、調理師学校のパテシエ.ブランジェ.コースの後輩の男性なのよ、凄くセンスがあるんだけど、気持が繊細すぎて大人しいひとなの・・・、独立する気はないから、ずっと働ける職場を探して欲しいって頼まれていたから、丁度いいと思って・・・」
「先輩は、何て言っているの?」
「わたしが推薦するのなら問題ないって・・・、樫やんにも、少し恩返しをしておかないといけないからって・・・。その意味が、よく分からないの?」
「それはね、先輩が沙紀さんを必要だろうと思って、新しいレストランに沙紀さんが通えるくらいの場所があれば、そこに家を建てたいって僕が話したからだよ。少しは沙紀さんを楽にしてあげたいってことじゃないの?」
「そうなの?」
「僕としては、沙紀さんと父が一緒に菓子作りやパン作りができるようにしてあげたいんだ。それを無理に商売にすることはないと思っているよ・・・。先輩の店が軌道に乗るまでは、沙紀さんは手伝いをしてあげて・・・、軌道に乗れば抜けることも出来る訳だから・・・、それからのことは、又みんなで考えればいいから・・・、そういうことだよ。そういう意味では、沙紀さんが後輩を紹介すれば、その彼が引き継いでやれるだろ、先輩にもぼく達にもいいことだと思うよ」
「色々と心配してくれているのね」
順子が椅子に凭れて姿勢を崩す、体の力を抜いて言った。
「いいなあ、良先生のお嫁さんになりたいな?」
「順子さん、それはもう駄目よ、わたしの彼ですからね」
「わたしが良先生に荷物を持ってもらえばよかったんですよねえー」
「もう酔って来たな、そんなことじゃないんだな、順ちゃんだったら・・・、多分、見過して追い越しているよ・・・」
「ひどいな、わたしも、お色気たっぷり振り撒いて街を歩きますよ・・・」
「まあ、わたし、そんなにして歩いてなかったわよね?・・・。順子さん、わたしは暗い顔をして歩いていたって・・・」
「ほんとですか?、それでも良いことがあるんですね・・・」
「順ちゃん、そんなものだよ、縁としかいいようのないこともあるよ、見えるひとだけに、見える何かがあるんじゃないのかな・・・。意外と、ポンちゃんは順ちゃんの良いところを見抜いているのかも知れないよ?」
順子は、・・・なんの事かしら・・・、みたいな顔をして遣り過ごしていた。

 嵐山の遅い紅葉が、少し色づき始めた頃。
紳策と久美子は、北嵯峨の紳策の屋敷で、ふたりが共に暮すことのお披露目をした。
初めて、ふたりのことを公表した時に同席したひと達に加え、中森紀夫、榎木ハーブガーデンの山崎、当日の料理を請負ってくれた海田と美雪が加わった。
少し体調を崩していた近藤啓蔵は、どうしても同席したいと言って、跡取り息子の哲雄が付き添って来ていた。
総勢十四人の宴となった、とは言っても特別なことは何もない。
和やかに会食をするだけの、慎ましやかなものだ。
ただ、料理は、海田のアイデアを入れたイタリア料理ということで、日本料理の会席とは少し趣が変わっている。
美雪はこの日、白のブラウスに朱色のアスコットタイをリングノットに結び、深緑のベストとパンツのムエットリューズのユニホーム姿で、榎木家のキッチンと広間を行き来していた。
温かい料理の時には、留美が気を利かせて手伝う。
正面に座る紳策と久美子は、どちらも着物姿で、堅苦しくないように配慮していた。
久美子は、初めて紳策にプレゼントして貰った着物を着ていた。
古典的な繰返し柄の泥大島に、赤紫の地に抽象的なラインの入ったモダンな袋帯を締め、紳策も男物の大島紬で決めていた。
落ち着いて寛いだ雰囲気が、ふたりの披露に相応しい。
紳策の部下だった山崎が、少し酔いの回った様子で紳策と久美子の前に正座する。
「榎木さん、これで、もうわたしは何も思い残すことなく、会社の運転手を辞めさせてもらいます、榎木さんと同じように、家内を大切にして楽しくやろうと思っています、久美子さん、榎木さんを宜しくお願いします。初めてお会いした時の、わたしの予感は的中しました、こうなることを願っておりましたよ・・・。良かった、本当にそう思っていますよ」
「山崎さん、どうもありがとう、もう、わたしも貴方をお引止めはしませんよ、これからは、お互い夫婦仲良くやりましょう。一度、奥さんを連れておいでなさい、久美子も友だちは多くありませんから、奥さんなら合いそうだ・・・」
「そうですよ、是非ご一緒においで下さい、それより、山崎さんとは、あのとき以来ですよね、あのときは本当に失礼しました、今になると少し恥ずかしいですわ・・・」
「いえいえ、初々しくて可愛い方だと思っていましたよ、本当に、こうなることを願っていたんです、とても嬉しいですよ・・・。年齢がいっていようがいまいが、人を好きになることは悪いことではありませんから、無茶をしちゃあいけませんがね・・・」
「山崎さんが凄腕の営業部長さんだったと伺ったときは本当に驚きました、まさか、そんな方が運転手をなさっているとは思いませんでしたから・・・、品のある運転手さんだと思っておりました。よく話しかけて頂いて、気を遣って下さっているのがよく分かりました、とても、その印象が強かったですわ、ありがとうございました」
「榎木さんも奥様も、周囲に、こんなにいい若い人たちがいらっしゃいますから老けませんよ、お互いに元気にやりましょう、同期ですからね・・・」
「山崎さんに奥さんと呼んで頂けるようになるなんて、本当に夢のようですわ・・・」
最初のカップルの結婚の宴は、服装こそ派手なものではなかったが、同席したもの達の心は華やいでいた。
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