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第1章
果たされなかったはずの約束。
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「絶対に、リリーナ様を救い出してみせます」
なぜ、今回に限ってディオス様は、出立の前にそんなことを言うのかしら。
聞き間違えたのかとも思ったけれど、その言葉は鮮明で、その考えは、容易に否定された。
今思えば、前回の戦いで、魔王と一騎打ちをしたらしいディオス様は、その後から時々様子がおかしかった。
私のことを物憂げに見つめていたり、かと思うと拳を握りしめていたり。
「……今回の遠征は、少し長くなりそうです」
「えっ、どれくらいですか?」
長いというと、数ヶ月かしら?
それなら、次に会えるのは、王立学園の夏休みになるかしら。
私は、呑気にそんなことを考えていた。
「……分かりません。ただ、待っていてもらえませんか? あなたの元に、必ず帰ってきますから」
そう言って、いつもであれば、私とまっすぐ見つめ合うことを避けているディオス様が、私の瞳を覗き込む。
せめてこの時に、ディオス様の様子が、いつもと違うことに気がつけばよかったのに。
そうしたら、行かないで、と言えただろうか。
でも、国防の要であるルンベルグ辺境伯家の人間として、そんなわがままが許されるはずもない。
一方、私も自分のことで精一杯だった。
乙女ゲームの舞台である、王立学園の入学が目前に迫っていた。悪役令嬢として断罪されないために、できる限り、この辺境から出ないように心がけてきた。
けれど、王立学園に入学するのは、貴族の義務でもある。そして、悪役令嬢リリーナは、ヒロインと第三王子と同じ学年。
まあ、結論から言えば、関わらずに過ごそうと決めた願いは、叶わなかったのだけれど……。少なくとも、卒業パーティーで、婚約破棄、断罪騒ぎが起こることはなかった。
でも、その時の私は、無事に卒業できることを知る由もない。
「待っています。ですから、どうかご無事で」
私の葡萄色の瞳みたいな魔石が嵌められた腕輪を手渡す。王立学園に入学する時に、ディオス様に、今までお世話になったお礼の気持ちを伝えるために、渡そうと準備していたのだ。
王立学園に入学して、悪役令嬢として断罪される日が来ても、ディオス様に少しだけ思い出してもらいたくて。
「ええ、必ず迎えに来ます」
ん、迎えに来る?
そう思わなくもなかったけれど、言葉の綾というものだろうと、納得した。
どちらにしても、遠い王都の学園に入学してしまえば、寮生活だ。ディオス様とも、長期休暇くらいしかお会いできない。
でも、知らなかったのだ。
もうディオス様に会えなくなるなんて。
第三王子ロイス・ベールンシア殿下と聖女ローザ・ルティラシアを避け続けて、断罪さえ免れれば、あと三年間は、長期休暇の度に会えると思っていたのに。
入学式の前日、その訃報は届いた。
魔王と再び合間見えたにも関わらず、王国騎士団の被害は、ほとんどなかったと長兄が教えてくれた。
それなのに、仲間を逃すために最後まで戦ったディオス様は、姿を消してしまった。
ずっと肌身離さず身につけていてくれたという、私が贈った腕輪だけを残して。
「……ディオス様」
涙がこぼれ落ちる。どうしようもない喪失感に、立っていることすら難しくて。
それなのに、始まってしまった乙女ゲームの日々は、イベントばかりで、それを避けるのに精一杯で。
薔薇色の学園生活とは程遠く、学生時代は、瞬く間に過ぎていった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「泣かないでください」
「……ディオス様。もう会えないなんて、思わなかったの」
「それは……」
誰もいない場所で、一人になると、いつもこぼしてた涙を、誰かの長い指が拭う。
その涙も、王立学園を卒業して、辺境伯領に帰ってきた最近は、もう枯れてしまったと思っていたのに。
「っ……リリーナ。俺は、あなたを」
切羽詰まったようなディオス様の声。
なぜか分からないけれど、私よりよほど辛そうだ。
パチリと目を開けば、目の前には、珊瑚礁の海みたいな色が広がる。大好きな色。ずっとそばにいてくれるのが、当たり前だと、いつの間にか思っていた。そんなはずないのに。
「ディオス様、泣かないで?」
涙がこぼれていたわけではないのに、なぜか泣いているような気がした。
「リリーナ、俺と来て。きっと、あなたは望まないのかもしれないけれど、絶対に守るから」
「守る? 何から」
目が覚めると同時に、さっきまで見ていた夢は朧に崩れてしまって、悲しかった気持ちだけが取り残される。
私は、辺境伯家に生まれたけれど、大した魔力もないし、剣の腕もない。
武闘派である我が辺境伯家の人間なら必ず通る猛特訓を受けたけれど、二人の兄たちと弟みたいに強くなれなかった。
運動が苦手なのは、前世からの仕様らしい。
前世の知識があるおかげで、王立学園は、学業に関しては首席で卒業したけれど、結局魔法や剣の実技は最下位。
辺境伯家の唯一の姫。ただし落ちこぼれ。
婚約の打診をひたすら断り続ける変わり者。
そんな私を何から守るというのだろう?
魔王軍に降ったから、王立騎士団からの追手とか、戦争から守るとでも?
「ディオス様?」
「まあ、まずは、リリーナの二人の兄君、いやむしろ弟君が問題ですね」
たしかに、兄と弟は、私のことを地の果てまでも探しに来る気がした。二人の兄はもちろんだけど、特に、弟のルシードは。
もう、ピリア山脈を越えたのか、急に景色が開ける。はるか上空から見えるのは、可愛らしい赤や青の屋根。白い壁の街並み。
山の向こうに想像していた魔王の国のおどろおどろしさとは、まったく正反対……。
クスッと小さな笑いが、頭上からこぼれ落ちてくる。
「想像と、違うでしょう?」
たしかに、魔獣や亜人を従えた、恐ろしい魔王の国だなんて、とても思えない。
急に降下し始めた竜。
斜めに傾いた私の体は、ディオス様に後ろから強く抱きしめられた。
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