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第2章
白く輝く稜線と、唯の二人。
しおりを挟む空の上には、私たち二人だけだ。あと、竜。
だから、ここにはしがらみがない。
ディオス様が、笑った。かつて、幼い日に二人で笑った時のように。
遠くに、ピリア山脈の白く輝く稜線が見える。あの山の向こうには、ベールンシア王国、そしてルンベルグ辺境伯領。
「ディオス様……。二人きりですね?」
竜の上で、ディオス様に、寄りかかる。
「……私のこと、連れ出した理由。そろそろ教えてくれませんか?」
この会話を聞いている人は、誰一人いない。
だから、今だけは、私たちは守護騎士と令嬢でもなく、王族の隠された王子と悪役令嬢でもなく、魔王軍の将軍とさらわれた令嬢でもない。
設定濃いな……。
「今は、ただのディオス様が大好きな一人の女の子ですよ、私は」
だから、今だけは、私たちに絡みつく、こんがらがってしまったしがらみの糸を断ち切って。
「……三年前、ジークハルト陛下と単騎で打ち合いました。その時、聞いてしまったのです」
ぐっ……と、私を後ろから抱きしめた力が強まる。頭に柔らかい感触が当たる。
「……リリーナの色は、三百年前の争いの元になった、ガルシア国に生まれた一人の姫の色だと」
……まだ、読みきれていない、ディオス様から受け取った、ガルシア国の歴史の話のようだ。
この、淡い髪色と、葡萄色の瞳。
やはり、裏設定があるようだ。
「……そのことと、ディオス様が、ガルシア国の将軍になったことと、私を連れ出したことには、関係が?」
「ええ、リリーナの話では、ルンベルグは、悪役令嬢の断罪と共に、ベールンシア王国によって陥落すると」
「……ええ」
だから私は、必死になって悪役令嬢になることを避けようとしていた。でも、ガルシア国でも、ベールンシア王国でも、最高峰の戦力、そして頭脳、資産を持つルンベルグ辺境伯領が、そんな簡単に陥落するはずない。
「……悪役令嬢は、ルンベルグを陥落させるための、手の一つでしかなかった?」
「どちらかというと、リリーナの力と色が、鍵を握っている……と、ジークハルト陛下は、あの日俺に」
こめかみに、かかった髪の毛をディオス様がそっと掬い上げた。
「精霊は、その髪を欲しがる。いや、リリーナの全てを欲する。リリーナは、魔力がないのではなく、その体全体から、魔力を出すことができないだけだと、陛下から聞きました」
精霊が、私の全てを欲する?
いつも、私の周りに現れる金色に光る小さな精霊たち。そして、不思議な軌跡と引き換えに、渡せば消える私の髪の毛。
全てを欲する? それは、つまり。
もう一度、強く抱きしめられる。
ディオス様が、私の耳元にその唇を寄せる。
「たとえ、何が相手であっても、リリーナは渡せない。それが、俺があなたを連れ出した理由ですよ」
「……巻き込まれます」
全てが分かったわけではないけれど、乙女ゲームの裏側は、二つの国と悪役令嬢、そして精霊の物語だったのかもしれない。
「……悪役令嬢という、言葉を聞いた日から、リリーナを救いたいと、思っていました。……いや」
「ディオス様?」
「あなたを救うのは、俺であって欲しいと、願い続けていました」
「私は……」
「何にだってなる。なんだってします。だから、俺を選んで。俺の元に、堕ちてきて下さい」
耳元でささやかれた言葉。
あなたを巻き込みたくはない、という言葉を言うことはできず、微かに首元で揺れる、その吐息で、私の体は、痺れたように動けなくなっていた。
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