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第2章

世界に二人だけなら。

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 ふわり、とディオス様のお屋敷に、竜が降り立つ。当たり前のように、私を抱えて下ろすディオス様。
 子猫を助けようとして、木から降りられなくなったあの日から、高いところに登ると、すかさずその手は差し伸べられてきた。

 あの子猫は、私が木から降りられなくなったあの日以降も、しばらくの間、高いところに登っては、降りられなくなっていたけれど……。

 あの日以降、簡単にディオス様が降ろしてあげていたから。
 ……あの子猫、あんなに懐いていたのに、ある日いなくなってしまった。

 名前が思い出せない。あの子猫。
 楽しい思い出。ディオス様の差し出してくれる、温かくて頼りになる手。

 なくなって、初めて、どれだけ与えられていたのか気がついた、愚かな私。
 ぎゅうっ、と抱きつく。

「ディオス様」
「リリーナ」
「あなたがいる場所に、私もいます。だから、いなくならないで下さいね」
「…………はい」

 大好きな、嘘つきディオス様。
 返事をくれても、その沈黙が、あなたなまた、戦いに行ってしまうと告げる。
 そして、たぶん、ベールンシア王国とも、戦うことになる。そのとき私は。

「……私も戦います」
「お願いですから、俺の後ろで守られていてくださいね?」

 こちらの返答は、淀みない。

 私が戦力にならないことは、理解している。
 それでも、私だって、自分の道は自分で進みたい。

「では、堕ちてきた私に、ディオス様は、何を求めるのですか?」
「えっ?」
「堕ちてきましたよ? あなたの、リリーナです」
「えっ?」

 急に、語彙が死んでしまったらしいディオス様。どちらかと言うと、これは、珍しくて可愛い。

「……俺の、リリーナ?」
「そ、ディオス様の、リリーナです」

 なんで疑問符が、ついているのだろう。
 ここまで、思いを確かめ合ったはずなのに。

 それとも、そう思っているのは、私だけで、この髪色と瞳を持って生まれた姫を、守りたいだけなのだろうか。
 それとも、悪役令嬢として生まれた上に、裏設定まであった幼馴染を不憫に思っただけなのだろうか。

「そんな顔、しないで下さい」
「どんな顔、ですか」
「…………俺の理性なんて、あっという間に、突き崩してしまう、顔です」

 それこそ、どんな顔なのかわからない。
 でも、ディオス様のその顔。少し赤く染まった耳元も、少し下がった眉も、笑いかけて泣きそうな、その顔も。好きで、もう一度目の前にあることが、しあわせで、どうしようもない。

「ディオス様。私、しあわせです」
「……俺のこと、甘やかさないで下さい。逃げられなく、なりますよ?」

 逃げたくなんてない。
 囚われても、いいです。
 その代わり、絶対帰ってきてくださいね?

「このまま、全て捨てて、逃げてしまいましょうか。俺は、リリーナだけいればいいです」

 それもいい。もう一度、お互いの唇が温もりを求めて、近づいていく。
 そっと掴まれた肩が、ジンッと痺れる。
 世界に二人だけ。ディオス様と私だけなら、問題は起こらないのだろうか。

 その瞬間、パンッ! と、手を叩く音がした。

「はい、そこまで」

 振り返ると、そこには、なぜか次兄、シェアザード兄様が立っていた。
 相変わらず、何を考えているか、心の中を探らせない、商人っぽい笑顔を浮かべて。
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