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前編

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「まったく、あなたはどうしてそんなこともできないの?」

ああ、まただ。
また、いつもの小言が始まった。

夫の母、ジルベールが言う。

私は頭を下げた。

「申し訳ありません」

義母ジルベールは私に向かってふん、と息を吐いた。

「どうしようもないクズだねえ。まったく、これがお偉い貴族様の娘だっていうんだから、呆れたもんだ」

私の実家は、歴史のある貴族家である。
しかし、歴史はあれど金はなかった。
大した領地も役職ない貴族など、出費ばかりで家計は常に火の車である。

にっちもさっちもいかなくなって、三女の私は、大商人の家に嫁に行くことになったのだ。

もちろん、恋愛結婚などではない。
政略結婚などというのもおこがましい、身売り同然である。

「ほら、さっさと夕飯の準備をしなさいよ。もうすぐあの子が帰ってくるんだから」

あの子、というのは、私の夫のことだ。

私の夫となった人物は、帰宅時に夕飯の支度ができていなければ不機嫌になるのである。

それもシンプルな食事では駄目で、メニューは毎回変えなければならない。
品数は5品以上。
そのうちひとつ以上は、夫の好物が含まれていなければ、これまた不機嫌になる。

ちなみに、私が嫁いできてから、義母のジルベールが食事の支度をすることはおろか、手伝ってくれたことすら一度もない。

どんなに疲れていようと、夫の前では笑顔でいる。
そうしないと、「何か不満があるのか」と問いただされるからだ。
もちろん、不満があったとして聞いてくれるわけではないし、話し相手にもなってくれない。愚痴をこぼすなんてもってのほかだ。

息が詰まるような食事の時間がようやく終わる。

「さっさと片付けておくんだよ。ちゃんと曇りひとつないように磨いておきなさいよ」

そう言い残して、義母は早々に寝てしまう。

夫は、何も言わずに仕事をしに書斎へ行ってしまった。

一日三食、食材の調達から配膳まですべて私一人でやっているのだが、「美味しかった」の一言も聞いたことがない。

食事の片付けが終わったら、今度は明日の準備だ。
朝食も、手の込んだものでないと納得しないので、いまから仕込みをするのである。

それから、掃除も洗濯もすべて私の役目なので、とうてい昼間だけでは終わらない。
深夜までかかって、ようやく終わるのである。

そんな苦労を知らないだろう義母や夫は、私のもたらした結果だけをちらりと見て、「ふうん」の一言で済ませるのだ。
おそらく、私のことを家事のためのロボットか何かだとでも思っているのだろう。

彼らは、家の中のことをすべて私が動かしていることをわかっていない。
それらの仕事の重要さをまったく理解せずに、どうでもいい仕事だと思っている。

そして彼らは、私がロボットではなく人間であるということもわかっていない。

ロボットと違い、人間には心があるのだ。

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