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2章 希望を目指して

45話 殺さない勇気

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 俺達はあれからも順調に敵を倒していき、目的の街まではほんの少しとなった。
 順調に進んでいるし、後は楽に進むといいが。そう考えていた。
 目の前に現れた敵の様子が、とてもおかしいと気がつくまでは。

「みんな、いったん下がってくれ! このまま殺すのを止めてくれ!」

 なぜ俺がそんな事を言ったのかというと、まともに装備も整えていない敵がいたからだ。
 それでも、全力で殺しにかかってくるのなら、攻撃する心構えはできていた。
 なのに、目の前の敵はどいつもこいつも腰が引けていて、戦う気があるのだとは思えない。
 だから、なにか事情があるのではないかと思えたのだ。

「リオンちゃん、どうするつもりなの?」

「とりあえず、話をできないかと思ってな。なにか事情があるのならば、解決できるかもしれない」

「なら、私が呼びかけてみるね。リオンちゃんはユルユルしながら待っていて」

 ルミリエが先に動いてくれるらしい。正直敵陣にノコノコと突っ込んでいくことを考えていたから、ありがたい。
 うまくいかなかったところで勝てる相手にしか見えないが、だからといって無茶のたぐいではあるからな。
 シルク達に心配をかけるのが本意ではない以上、今のほうがいいよな。

「リオン君、これからまた無茶をするんですか? 分かってはいましたが、心配です」

 これはもう、シルクには諦められていないか? 呆れられているのは分かっていたが、心にくるな。
 まあ、自分というものは変えようとして変えられるものではない。だから、ある程度は仕方ないのだろうが。
 それでも、シルクにろくでもないやつだと思われている気がするのはつらい。友達だとは思ってくれているのが救いではあるが。

「まあ、あんたってそういうやつよね。どうせ敵なんだから、事情なんて気にしても仕方ないのに」

 サクラの言うことだってわかる。だが、どうしても殺さずに済むのならと考えてしまう。
 俺は何をしたいのだろうな。ディヴァリアの悪事は見逃しておいて。こんなところで我を通すのだから。

「リオンさんは人助けしたい人なんですよっ。そこが魅力でもあるんですけど、確かに心配ですっ」

 まあ、ユリアの言う通りなのかもしれない。この子を助けたときだって、誰かを助けたいという思いだけがあったから。
 でも、心配をかけているのなら、ある程度の我慢は必要なのかもしれない。

「俺はかまわないぞ。民間人を倒したところで、手柄にはならないだろうからな」

 マリオは本当に王位に就けるかどうかを気にしているんだな。できるだけ、王になる以外の道も示したいものだ。
 もし王になれなかった時、どういう反応をするのかが気にかかるからな。今のままでは、暴走しかねないという懸念けねんがある。

「た、戦わなくて済むのなら、そっちの方が良いですね」

 キュアンのセリフはらしいと言えばらしいか。普段からおどおどしているイメージだし、戦いに積極的なら驚く。
 まあ、それでもメルキオール学園に入学している以上、ある程度戦う意志はあるのだろうが。

「俺の癒やしが必要なら、言ってくださいね」

 エギルはだいたいいつでも癒やしの話ばかりしているな。まあ、優しいと言えば優しいのか?
 とはいえ、正直若干の警戒心はある。癒やすことができるのなら、人が傷ついても良いのではないかという態度だからな。

 さて、ルミリエはどんな交渉をしているのだろうか。その内容によって、俺がこれからすべき行動が変わることになる。
 俺としては、ただの民間人ならば殺したくはないのだが。いや、本音では敵兵だって殺したくはなかった。

 だとしても、手心を加えることで親しい人を危険にさらす訳にはいかなかったから。
 ただ、今はまだ大丈夫だから。交渉が決裂しても、即座にどうにかできる戦力にしか見えないから。
 ならば、せめてできることをしたい。もし殺すことになったのだとしても、後悔しないくらいには。

「リオンちゃん。とりあえず、代表が交渉したがっているってことは伝えたよ。これからの動きは、リオンちゃん次第だね」

 なるほどな。ルミリエはお膳立ぜんだてしてくれただけか。十分ありがたい話ではあるが、意外だな。
 もっとうまく交渉できるのかと思っていた。ルミリエ自身の魅力も、ミナの知恵もあるのだから。
 いや、あえて俺に任せる選択をしたのかもしれないな。いずれにせよ、ここが頑張りどころだ。

 敵兵とも言えない村人らしき人たちのもとへと向かっていく。すると、代表らしき若い女に出迎えられた。
 濃い紫の髪と目をしている、はつらつとした気の強そうな女だ。もっと年上の人間もいくらでもいるのに、なぜこの女が。
 まあいい。どういう意図での人選であれ、やれるだけの事をやるだけだ。

「よく来たわね。私はフェミル。この部隊のリーダーよ。それで? 学生さんはのんきに物見気分だから殺したくないって?」

「そうかもな。だが、これまで大勢の兵を殺してきたのも事実。だから、ただの村人まで殺せば、染まってしまいそうでな」

「ふん。口先だけではなんとも言える。どうせ、交渉が決裂したら殺すつもりなんでしょ? なら、ここで抵抗したって――」

 なんだか嫌な予感がしたので、フェミルとやらから順番に、エンドオブティアーズの剣を喉元ギリギリに突きつけた。
 剣を横に動かしながら、それぞれの人に当たらない限界まで剣を伸び縮みさせることで。

「俺はいつでもお前たちを皆殺しにできる。たった1人だとしても。それでも、この交渉にのぞんだ。それは理解してもらいたいものだな」

「ぐっ、そうね。私たちは反応すらできなかった。あなたが殺すつもりならば死んでいた。確かな事実よ。なら、話くらいは聞くわ。なんで交渉しようと思ったのよ」

 蛮族のやり口かも知れないが、やはり力を見せることは有効なようだ。
 まあ、ここで殺し合いになっていたら、こいつらは全員死んでいた。それを思えば、優しいくらいかもしれないが。
 俺の行動の是非はともかく、交渉のテーブルには着いてもらえたようだ。まずは、ここからだな。

「お前たちからは、命を捨ててでも故郷を守ろうという気概きがいは感じなかった。死を覚悟していたのならば、もっと違う行動だったはず。だからだな」

「なるほど。私達の腰が引けているのを見抜かれていたわけか。それで、交渉の余地があると。悔しいけど、納得できる」

「俺としては、殺さずにすむ命ならば殺したくはない。手を引いてくれれば悪いようにはしない。だから、引いてくれないか?」

 間違いなく本音だ。ディヴァリアだって、何の理由もなく人を殺したりはしない。従順である限り、俺が助けた命を無意味に死なせはしないはず。
 だから、ここさえ乗り切ってしまえば、ある程度は平和的に解決できるはずなんだ。

 なにせ、今回の作戦の中核はディヴァリア。おそらく、帝国から奪った土地も、ディヴァリアの管理下に置かれることが有力なはず。
 ディヴァリアは名声の価値を理解している。だからこそ、従うものを安易に殺しはしないはずなんだ。

「でも、私達には引いたところで道なんて無いの。だから……」

「フェミル!」

「分かってるんでしょ!? ここで死んだって、あの人達が無事とは限らない! なら、せめて私を心配してくれる人の手でって思うのはいけないこと!?」

 まさか、人質でも取られているのか? それで、この場で死のうとしていた? だとすれば、俺にできることはあるのか? 今のこの人達の状況は? 監視されているのか?
 疑問でいっぱいになりそうだが、まずは状況を整理したいところだ。

 さて、これからどうするのが正解なのだろうな。俺はどうすれば良い?
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