イレブン

九十九光

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♯12ー2

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遅れで実施してたったの七枚しか集まらなかった期末テストの採点作業をしていると、冷たい麦茶入りのマグカップを持っている新貝先生が話しかけてきた。

「……。なんです、それ?」

「村上龍の小説なんですけども……、中学生がパキスタンで地雷処理する少年に触発されて、自分たちで日本から実質の独立をするって小説で」

 疲労感すら表情に見られない新貝先生を見ていると、胸の中で黒い感情が湧き上がってくるのを感じてしまう。この学年全体が機能不全に陥っている状況を諦めの気持ちで見ているような、自分は根本の原因じゃないから関係ないとでも思っているような、わざと私と距離を置いているように見えて仕方がなかった。

 新貝先生だけではない。最近の東中の教職員、特に三年生の担当は、一人でいることをあからさまに意識しているようだった。

 小林先生は今月に入ってから一度も会話をしようとしないし、山田先生も遠巻きにこちらの様子を観察するだけ。おしゃべり大好きな天草先生も明らかに口数が減っていた。今まで人とのコミュニケーションをお粗末にしてきた私が言えたものではないが、こういったところから直していかないと問題解決は程遠いと感じる。

 ほかの先生との会話は、結局あの新貝先生との希望の国がどうのこうのという話だけで終わり、この日もいつも通りの職員会議に入った。議題は来週に控えた期末テストと、近隣住民からのクレーム処理について。三年生の不登校問題はクレーム処理のついでにほんの少し語られただけで、大きく取り上げられることはなかった。

 学校から百五十人近い生徒が消えるというこの大事件に対して佐久間校長が出した指示は、やはり大事にしないで早急に解決せよ、だった。もとをただせば内田平治という被災者への差別問題が根本にあるため、おそらく今までと同じ理由で話を全国区にしたくないのだろうと予測できる。

 最近はTwitterやFacebookなどの代表的なSNSがそれなりに浸透している。一般の人たちからの通報も相次いでいるため、今思えば事件が世界に漏れ出すのは時間の問題だった。だがそんなことを予測していないのか、あの人はここにきても問題のもみ消しを指示したのである。実際に私たちがどんな苦労をしているのか、そもそも教職員だけでどうにかなるレベルを超えてしまっていることをちゃんと把握しているとは思えなかった。

 こうして無気力に見える先生たちによる職員会議が終わると、私は朝のホームルームと一時間目の二組の社会の授業のために、必要なものを持って二組の教室に向かった。
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