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4.支配される
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「ごめん、尚紘……」
取り返しのつかないことをした。見捨てられても文句も言えない。謝っても決して許されない。
「ごめん……」
涙が溢れてくる。和泉の唯一の支えだった尚紘に嫌われたら耐えられない。
「和泉、お前は何も悪くない。悪いのは俺だ……」
佐原が和泉の身体に布団をかけ、背中からぎゅっと抱き締めてくる。
佐原はDomだ。Domはプレイにおいて絶対的主導権を握る立場だから、自分のせいだと、悪いのは自分だと言っているのだろう。
「お前は限界だった。Subはプレイしないと身体も精神も壊れて死ぬことだってある。だから、何も悪くない。さっきの行為は生きていくための、ただの性処理だと思えばいい」
「生きたいなんて思わない……俺なんかが生きてても意味がないんだよっ」
和泉の目から涙が溢れた。
ずっと、ずっと思っていた。尚紘のいない世界線に何の意味もない。そのことに気づかないふりをして、尚紘の影を追いかけながら生きてきた。それももう限界で、これから先、生きていくことに虚しさしか感じない。
「和泉っ、おいっ、和泉っ!」
佐原が和泉の身体を反転させ、顔を覗き込んできた。和泉の涙を手で拭い、和泉の頬を両手で包んで、潤んだ瞳でじっとこちらを見つめている。
「大丈夫。お前はいい子だよ。Goodboy」
「いい子じゃない……っ」
佐原は何も知らないからそんなことを言うのだろう。和泉のしたことは到底許されることじゃない。
「俺が、俺が、尚紘を殺したんだ……!」
心が引き裂かれそうだった。怒り。憎しみ。悲しみ。自分の中のネガティブな感情が一斉に溢れ出して和泉の精神を支配していく。
「尚紘ごめん。俺が悪かった……俺が悪かったんだ。俺がお前を殺した。お前をもっと大事にしなきゃいけなかったのに、気づいてあげられなくてごめん。俺はいい子じゃなかったから俺の前からいなくなったんだろ? 俺を恨んでるんだよな……だから最期のコマンドもくれなかった……お前のいない世界に俺がひとり残ったら、Subの俺がどうなるか知ってるくせに……」
涙が止まらない。心臓が張り裂けそうだ。
「もう嫌だ。尚紘に会いたい。俺も尚紘と同じところに行きたい……生きていたくない……」
もういい。このまま死んでしまえばいい。
ふと自分の首に巻かれているネクタイの存在に気がついた。これで自らの首を絞めれば尚紘に会える。そう思った。
和泉はネクタイに両手をかけ、左右に引っ張る。
「おい! 和泉! やめろっ!」
佐原に止められ、ネクタイが取り払われた。
「和泉! しっかりしろ! お前ほど価値のある人間はいない。頼むから生きてくれ……」
目の前の佐原が泣いている。どうして佐原が泣く必要があるのだろう。佐原には無関係のことなのに。
「もういい。もう疲れた……。尚紘に会いたい……会いたい……」
尚紘の命を奪っておいて、なぜ自分はこの世に生きている……?
意味のない人生を送ることにもう疲れた。今すぐここから去って尚紘のところへ行きたい。
「わかってる。お前の事情は全部わかってる。だからもうひとりで泣くな。お前は何も悪くなんかないし、尚紘に十分愛されていた。尚紘がお前のことを恨むはずがない。和泉を嫌いになることなんてないんだ。尚紘は今でもお前のことが大好きだよ」
尚紘に愛されている——。
その佐原の言葉に胸を突かれる。
佐原は尚紘に会ったこともないだろうし、事情なんて何も知らない。和泉を励ますために嘘をついているに違いないとわかっているのに、それでも佐原の言葉で心が満たされていく。
「和泉、Come」
涙で虚ろな視界の中、和泉の目に映った佐原の唇の動きを見ていつかの自分に回帰する。佐原の形のいい唇は、本当に尚紘にそっくりだ。
佐原から発せられたコマンドは、まるで尚紘からのコマンドのようだった。
幻を見ているのかもしれない。それでも尚紘が自分を迎えに来てくれたように感じた。
「なお……ひ……」
和泉が佐原に身体を寄せるとすぐさま「Goodboy」と優しく撫でられ、力強い抱擁に包まれた。
ここは温かい。
まるで尚紘の魂が佐原に乗り移って和泉を抱き締めてくれているようだ。
「理人。もう大丈夫だよ、理人」
尚紘だ。尚紘が助けに来てくれた。
「どうしよう……俺、尚紘のこと裏切るつもりなんてなかったのに、こんなっ、こんなことになって……」
今までずっと、尚紘だけを想って生きてきた。他のDomとプレイなんてしないと決めていた。それなのに、Domの支配からは逃れられなかった。
「いいんだよ。そばにいられなくてごめん……ずっとひとりにしてごめんな」
思わず嗚咽が洩れる。
そうだ。ずっとひとりだった。尚紘に会いたくて仕方がなかったのに、それは叶わなくてとても寂しかった。
「怒ってない……? 俺のこと嫌いにならないで……」
「うん。怒ってない。理人のことは大好きだ。大好きだよ」
良かった。尚紘はまだ和泉のことを愛してくれている。
「なおっ、尚紘っ……ごめん……俺のせいで、俺のせいでお前は……」
「理人のせいじゃない。誰もお前を責めていないよ」
「俺が、俺がっ……」
とめどなく溢れる涙。震える身体。それらを佐原は全部抱き締め、包み込んでくれた。
どのくらいの間、佐原に抱き締められていたのだろう。
和泉の情緒が揺れるたびに佐原はコマンドを使って「Goodboy」と背中をさすってくれる。
和泉が心乱れて尚紘の名を呼ぶと、「好きだよ、理人」と囁いてくれる。
不安定な心のせいで、急に涙が溢れてくると、それを丁寧に拭ってくれる。
気がついたら和泉は眠りについていた。そのくらい、Domである佐原の優しい支配の中に身を委ねるのは心地よかった。
取り返しのつかないことをした。見捨てられても文句も言えない。謝っても決して許されない。
「ごめん……」
涙が溢れてくる。和泉の唯一の支えだった尚紘に嫌われたら耐えられない。
「和泉、お前は何も悪くない。悪いのは俺だ……」
佐原が和泉の身体に布団をかけ、背中からぎゅっと抱き締めてくる。
佐原はDomだ。Domはプレイにおいて絶対的主導権を握る立場だから、自分のせいだと、悪いのは自分だと言っているのだろう。
「お前は限界だった。Subはプレイしないと身体も精神も壊れて死ぬことだってある。だから、何も悪くない。さっきの行為は生きていくための、ただの性処理だと思えばいい」
「生きたいなんて思わない……俺なんかが生きてても意味がないんだよっ」
和泉の目から涙が溢れた。
ずっと、ずっと思っていた。尚紘のいない世界線に何の意味もない。そのことに気づかないふりをして、尚紘の影を追いかけながら生きてきた。それももう限界で、これから先、生きていくことに虚しさしか感じない。
「和泉っ、おいっ、和泉っ!」
佐原が和泉の身体を反転させ、顔を覗き込んできた。和泉の涙を手で拭い、和泉の頬を両手で包んで、潤んだ瞳でじっとこちらを見つめている。
「大丈夫。お前はいい子だよ。Goodboy」
「いい子じゃない……っ」
佐原は何も知らないからそんなことを言うのだろう。和泉のしたことは到底許されることじゃない。
「俺が、俺が、尚紘を殺したんだ……!」
心が引き裂かれそうだった。怒り。憎しみ。悲しみ。自分の中のネガティブな感情が一斉に溢れ出して和泉の精神を支配していく。
「尚紘ごめん。俺が悪かった……俺が悪かったんだ。俺がお前を殺した。お前をもっと大事にしなきゃいけなかったのに、気づいてあげられなくてごめん。俺はいい子じゃなかったから俺の前からいなくなったんだろ? 俺を恨んでるんだよな……だから最期のコマンドもくれなかった……お前のいない世界に俺がひとり残ったら、Subの俺がどうなるか知ってるくせに……」
涙が止まらない。心臓が張り裂けそうだ。
「もう嫌だ。尚紘に会いたい。俺も尚紘と同じところに行きたい……生きていたくない……」
もういい。このまま死んでしまえばいい。
ふと自分の首に巻かれているネクタイの存在に気がついた。これで自らの首を絞めれば尚紘に会える。そう思った。
和泉はネクタイに両手をかけ、左右に引っ張る。
「おい! 和泉! やめろっ!」
佐原に止められ、ネクタイが取り払われた。
「和泉! しっかりしろ! お前ほど価値のある人間はいない。頼むから生きてくれ……」
目の前の佐原が泣いている。どうして佐原が泣く必要があるのだろう。佐原には無関係のことなのに。
「もういい。もう疲れた……。尚紘に会いたい……会いたい……」
尚紘の命を奪っておいて、なぜ自分はこの世に生きている……?
意味のない人生を送ることにもう疲れた。今すぐここから去って尚紘のところへ行きたい。
「わかってる。お前の事情は全部わかってる。だからもうひとりで泣くな。お前は何も悪くなんかないし、尚紘に十分愛されていた。尚紘がお前のことを恨むはずがない。和泉を嫌いになることなんてないんだ。尚紘は今でもお前のことが大好きだよ」
尚紘に愛されている——。
その佐原の言葉に胸を突かれる。
佐原は尚紘に会ったこともないだろうし、事情なんて何も知らない。和泉を励ますために嘘をついているに違いないとわかっているのに、それでも佐原の言葉で心が満たされていく。
「和泉、Come」
涙で虚ろな視界の中、和泉の目に映った佐原の唇の動きを見ていつかの自分に回帰する。佐原の形のいい唇は、本当に尚紘にそっくりだ。
佐原から発せられたコマンドは、まるで尚紘からのコマンドのようだった。
幻を見ているのかもしれない。それでも尚紘が自分を迎えに来てくれたように感じた。
「なお……ひ……」
和泉が佐原に身体を寄せるとすぐさま「Goodboy」と優しく撫でられ、力強い抱擁に包まれた。
ここは温かい。
まるで尚紘の魂が佐原に乗り移って和泉を抱き締めてくれているようだ。
「理人。もう大丈夫だよ、理人」
尚紘だ。尚紘が助けに来てくれた。
「どうしよう……俺、尚紘のこと裏切るつもりなんてなかったのに、こんなっ、こんなことになって……」
今までずっと、尚紘だけを想って生きてきた。他のDomとプレイなんてしないと決めていた。それなのに、Domの支配からは逃れられなかった。
「いいんだよ。そばにいられなくてごめん……ずっとひとりにしてごめんな」
思わず嗚咽が洩れる。
そうだ。ずっとひとりだった。尚紘に会いたくて仕方がなかったのに、それは叶わなくてとても寂しかった。
「怒ってない……? 俺のこと嫌いにならないで……」
「うん。怒ってない。理人のことは大好きだ。大好きだよ」
良かった。尚紘はまだ和泉のことを愛してくれている。
「なおっ、尚紘っ……ごめん……俺のせいで、俺のせいでお前は……」
「理人のせいじゃない。誰もお前を責めていないよ」
「俺が、俺がっ……」
とめどなく溢れる涙。震える身体。それらを佐原は全部抱き締め、包み込んでくれた。
どのくらいの間、佐原に抱き締められていたのだろう。
和泉の情緒が揺れるたびに佐原はコマンドを使って「Goodboy」と背中をさすってくれる。
和泉が心乱れて尚紘の名を呼ぶと、「好きだよ、理人」と囁いてくれる。
不安定な心のせいで、急に涙が溢れてくると、それを丁寧に拭ってくれる。
気がついたら和泉は眠りについていた。そのくらい、Domである佐原の優しい支配の中に身を委ねるのは心地よかった。
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