小さい奴隷は恋をしない

かふか

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ルーベンスの誘い

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砲弾の音と、人間の悲鳴。潰された母親の手を引っ張る子供や恋人を失って泣き叫ぶ女。

ここは地獄だ。

私は十年前、その地獄に身を置いていた。
敵を作り、戦争を作り上げたフルガ王家は傲慢な統率者だった。気に入らなければ剣を取り、反対する者の首を切り落として晒した。なんて非人道的な人間なのだろうと私は国王の息子である第一王子の召使いとして働きながらそう思った。

第一王子はフォンシュタール領バルトールの砦を破壊し、小さな村々を火の海に沈めた。
私もそれに同行した。目の前で燃え盛る村人達は助けてくれとこちらに手を伸ばした。しかし、私は見殺しにした。

悪夢を見る毎日はとても耐え難いものだった。
あの時の罪のない村人達の顔が鮮明に頭にこびりついてとれないのだ。

ごめんなさい。
たくさん殺して、ごめんなさい。


手についた泥は赤く染まった血のように見えた。
それを水で洗い流せば、泥だらけになった自分の服も一緒に洗った。
春の陽気で薄着一枚でも割と平気だ。
ヘルティマはため息をつきながら首にある枷に手を置いた。カシャリと重厚な音が鳴る。

同じ使用人だった人達は戦争で死んだり、ヘルティマと同じように奴隷になったり、逃げた者もいる。今のフルガの統率者はあの頃虐げられていた国民の一人だと、輸送車で揺られている時耳にした。今までただの一般市民だったにも関わらず一つの大国の王を任されるのは相当な重責を負うんだろうと呑気に考えていた。

しかしフルガを平和にしたのだからよっぽどの実力者なのだろう。今の上層は全て反乱を指揮した幹部らで固められた。国民代表であるからこそその人は国民でなければならない。過去のフルガは国民の意味を履き違えていたのだった。

王家に従わなくば、死あるのみ。
それがフルガの掟だった。

ヘルティマは何を思ったのか首元からチャラリと汚れた金色のネックレスを取り出した。その中央には小さな青色の石が嵌め込まれていてそれはそれは綺麗なものだった。
しかしそれを見たヘルティマは悲しそうな顔をするとギュッと握りしめる。

カサリと音がして見るとそこにはウォルハイドの友人であるルーベンスが立っていた。

「ルーベンス様。あっ、大変申し訳ございません。お見苦しい格好で」
ヘルティマは自分のだらしない格好に気がつきハッとして焦った。しかしルーベンスは黙ったままでヘルティマの爪先から頭の上までじっと見つめるとやっと口を開いた。

「…いいよいいよ。それより久しぶりだねヘルティマ。相変わらずちっちゃくて可愛い。」

「や、やめてください。これでも気にしているのです。」

ルーベンスはよくヘルティマをいじる。初めて会った時からそれは変わらなかった。けれどそんなルーベンスにヘルティマは気を許していた。言葉は軽いけど実力は申し分ない。貴族学園もウォルハイドに次ぎ次席で卒業しており、剣の腕も相当なものだ。無愛想なウォルハイドに比べてルーベンスはお喋りで口が達者な男だった。
彼の髪はシャオルと同じ金色だ。

「シャオル様は」

「あぁ、妹ならウォルとイチャイチャしてたな。俺は邪魔者らしいから追い出されたんだ。」

イチャイチャと言う単語にあからさまに反応したヘルティマをルーベンスは見逃さなかった。

「なに?ウォルを取られて悔しいって?」
ニヤニヤとしながら顔を覗き込むルーベンス、恥ずかしくなったヘルティマは真っ赤になりながら違います!と思った以上に大きな声を出してしまい顔を両手で隠した。

「ふははっ、ほんと可愛いな」

大口を開けて笑ったルーベンスはそんなふうにヘルティマをおちょくると、何かを思い出したようにあっと声を出した。

「そうだヘルティマ、今度俺の家でパーティーをやるんだが来ないか?」

その誘いは思いもよらぬものだった。

「パ、パーティー、ですか。すみません、私は」
あーあーと、ヘルティマの言葉を遮ったルーベンスは言いたいことは分かっているとでも言うように腕を組んだ。

「大丈夫大丈夫、ウォルも来ることだしあいつの従者として参加すればいい。あとは、首元が隠れるような服を着れば、誰もヘルティマが奴隷だって気付かないさ。」
社交の場ってのは婚約者探しで必死な人間しかいない。と、ルーベンスはカラカラ笑った。
ついつい興味が湧いてしまったヘルティマは美味しい料理と可愛い猫がいるよというルーベンスの言葉にまんまと行きたいです。と答えてしまった。




「駄目だ。」
予想はついていた。しかしなぜこうも即決だったのか。ヘルティマはやはり自分みたいなフルガ奴隷がーーと、悲観的になっていた。

「なんでだよ、ウォル。いいじゃないか少しくらい、ヘルティマに外の空気を吸わせてやれよ」
この場にはルーベンスも立ち会っていた。
ウォルハイドはルーベンスに目をやると渋い顔をする。ヘルティマに話を持ちかけたのは貴様かと背後に猛吹雪が見えた。それなのに、ルーベンスはヘラヘラといつものように笑っていて特にダメージは負っていない。

「とにかく、パーティーに参加はさせない。いつも通りルーダを連れていく。」

「ちょっと待ってくれよ。な、ヘルティマも行きたいよな?」

二人の視線が一気に集まってなかなか答えが出せなかった。ウォルハイドの命令は絶対だし、ルーベンスの誘いに乗ってしまったヘルティマはやっぱりいいや、とも言いずらかった。
けれど、ヘルティマの主人はウォルハイドだ、彼が言うなら諦めるしかなかった。

「えと、ご主人様。…やっぱり、大丈夫です。ルーベンス様も、誘ってくださりありがとうございました。」

にこりと笑ったヘルティマはウォルハイドとルーベンスそれぞれに一礼すると失礼しますと言って部屋を出ようとした。その途中ルーベンスが、あーあ嫌われた嫌われたヘルティマに嫌われたー、と変な歌を歌っていた。ウォルハイドは黙れと一言言うと、少しだけ考え込みヘルティマを呼び止めた。
それは、もう渋々しょうがないと言ったような面持ちで頭に手を置いた。

「そんなに、行きたいか?」

「え、……あ、ご主人様が駄目と仰るのでしたら」

今度はヘルティマのことをまっすぐ見たウォルハイド。

「外に出てみたいのか?」

貫くような翡翠の瞳はじっとヘルティマの意思を聞いた。
しばらく考え込んだ後、こんなの言ってはいけないことだと下を向いた。しかし、真剣に聞くウォルハイドの瞳に応えようとしたヘルティマはパッと前を向くと小さく呟いた。

「……い、行ってみたいです。」

「……バレない様に気をつけるなら」

ルーベンスはまるで花が咲いたかのようにパァッと喜ぶとヘルティマに近づき両手を握った。

「美味しいものいっぱい食べてこの細っこい体どうにかしような」

「は、はい。……ひゃっ!」

ルーベンスはガシリと両手でヘルティマの腰を掴んだ。彼の両手で簡単に包み込んでしまえるほどヘルティマの体は細かったのだ。

「貴様!」

声を上げたのはウォルハイドもだったズンズンと歩いてくるとルーベンス腕をガッとヘルティマから外し睨みつけた。
ヘラヘラとしているルーベンスは、ははっと笑う。

「嫉妬こわ」

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