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第3章:歯車は動き出す
101話
しおりを挟む電話を切るとジャケットのポケットに携帯を仕舞う。
――驫木に運転を頼む訳には行かない…
龍司は、庭先の花壇の前で佇んだままの驫木の元へ近づく。
そして、目の前まで来るとその足を止めた。
驫木は何も話さず、龍司をただ見ているだけだった。
聞きたい事も、言いたい事も沢山あるはずなのに。
龍司は瞳を閉じ、大きく深呼吸をする。
心地の良い風が龍司の体を包み込んだ。
少しずつ暖かくなり始め、気温も過ごしやすい春と比べると少しだけ汗ばむ季節になってきたように感じる。
この季節に吹く風が、一番気持ちがいいと思ってしまうのは自分だけだろうか?
龍司は、肌をすり抜けた気持ちの良い冷風に髪の毛をかきあげた。
「――驫木、悪い…今回は驫木に運転を頼む訳にはいかないんだ…」
「…月嶋、朋也さんの所へ行かれるんですよね?」
「…あぁ。あいつはおれに1人で来いと言ってきた。だから今回は、零達を付けないであいつの指示通りおれ1人で行く。―百合亜姉さんと湊に何かあったら、おれは生きていく意味がない。…護衛じゃない驫木の身だって何があるか分からないんだ。おれは驫木には危ない目に遭ってほしくない。おまえには、家族も…娘もいるだろ?これまで久堂やおれのために懸命に働いてくれていたおまえも、おれにとっては大事なんだ。…頼む…分かってくれ…」
「…龍司様…。」
驫木の瞳が悲しそうに揺れる。
いつも龍司を、優しく見守り側にいてくれた男は、静かに頭を下げた。
いつみても驫木の所作は上品で素晴らしいものだと思う。
頭を下げた驫木を、龍司もまた切なそうにその姿を視界に映した。
「――…いってらっしゃいませ、龍司様。お気をつけて―…くれぐれもお気をつけていってらっしゃいませ。」
長年久堂の元にいて、いろんな事をその目で見てきた男は、いつもと変わらない優しい口調で――…
でも、どこか悲しそうな声色でそう言った。
やっぱり驫木と言う男はとても寛容で優しい男だと思った。
心の中では色んな事を思っているだろうし、龍司に伝えたい言葉だってあったはずだ。
それでも何も言わず、龍司の気持ちを汲んで送り出してくれた。
そんな驫木の姿に嬉しいと思いつつも、申し訳ない気持ちも出てきてしまう。
専用ドライバーとして働く驫木の目の前で本人に運転を頼まず、タクシーを使わなければいけないこの現実に、龍司も胸が締め付けられるような気持だった。
ドライバーから運転という仕事を奪えば、あとはなにが残るのだろうか?
目の前で仕事を奪われた驫木の気持ちはどんなものだったのか?
悲しくて、悔しかったに違いない。その感情を表に出さずとも龍司は驫木の気持ちが伝わってきた気がした。
だから、申し訳ない気持ちが大きすぎて龍司も辛かったのだ。
だが、今回は龍司1人で行く選択肢しかなかった。
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