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学園1年生編

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 その日の夜、僕は父上に宣言した。

「もう父上から教わる事はありません。父上の偉大さ、支えてくださる領民の代表の方々の功績。僕には充分伝わりました。これ以上皆様方の貴重なお時間を僕に割いていただく必要はございません。僕は大人しく読書や修行に励み、時には友とうんたらかんたらなんちゃらかんちゃら」と。

 とにかく長ったらしく語った。熱く熱く早口に語った。
 すると単純な父は、「うむ、ならば好きにするとよい」と満足気に頷いた。彼は、僕の話を半分以上聞いていないのである。
 試しに合間に「くそったれな父上」とか「才色兼備な僕ですが」とか「あの禿げ上がった商会長」とか混ぜてみたが、全然気付いてないし。

 

 とにかく自由にしていい言質は取った。よし、じゃあ建物の確保から!



 次の日。

「いらっしゃい、エリゼ!僕の部屋に来て来て!」

「お、おう?随分と熱烈な歓迎じゃないか、そんなにボクに会いたかったか!」

「そりゃもう!頭は多いほうがいい。さあ!」

「え、頭?課題でもするのか?ハッッ!!!これが俗に言う勉強会!!?」

 遊びに来てくれた彼には申し訳ないけど、意見をぜひ聞かせて欲しい。
 バジルがお茶の用意をしてくれて、親指を立てながら退室して行った。任せろ。


「さて。——ごめん、エリゼ!!君の知識を貸してくれ!」

「……はあ?」

 僕はエリゼに、昨日の出来事を全て語った。





「…ふむ、つまり。伯爵とその他は不正をしている可能性が高い。
 ボクもここに来るまでの間町を通ったが…確かに潤っているのは一部だけみたいだったな。
 税金も大幅に値上がってると見て間違いないだろう。ただし国には低く報告し、差額は横領していそうだな。
 はあ…無能伯爵だとは思っていたが。想像以上じゃないか」

 おお~。やっぱそう思う?彼の理解の早さに感心しつつ、自分の考えと一緒だった事が少し誇らしかった。うん、やれば出来る僕!


「それで、お前にいますぐ不正を暴いて伯爵を告発する気は無いのか?」

 …それは考えてなかった。いや、考えないようにしていた。

「今の僕に、まだ父上と戦う力は無い。それに証拠だってそんな簡単に集められないよ。
 だから…今はただ、目の前の苦しんでいる人から助けたいの。
 それに今すぐ父上を処罰したところで、民の生活は変わらない。国に領地を返還しようと僕が領主代理を務めようと、今にも消えそうな子供達の命がある。
 だから、僕は…」

 まるで自分の不甲斐なさを責められているような気分になってしまい、僕は自然と俯いていた。
 だが頭の上に何か温かい物が乗せられたと思ったら…エリゼが僕の頭を撫でていた。

「悪い、責めている訳じゃないんだ。ただお前の考えを聞きたかった。
 ありがとう、ボクに相談してくれて。これ以上ない助っ人だぞ、大船に乗ったつもりでいろ!!」

 彼は立ち上がり、自分の胸を指しふんすと鼻息荒くした。
 …手伝って、くれるの?君には関係の無い、ラサーニュ領の問題なのに。


「大事な友が苦しんでいるんだ、ここで立ち上がらなければ男じゃない!!
 まず何をしようとしてるんだ?さあ言ってみろ!」

「…うん!!」

 ありがとう、もしも君が窮地に立たされた時には…僕は必ず力になるからね!



 エリゼに、僕とバジルで考えて弾き出した必要な物リストを見せた。
 急務は建物。次に食料。足りない物なんて、いくらでもある。

「ん…建物か、廃墟だが教会があるんだろう?精霊に頼んでみるといい」

「え、精霊に?なんとか出来るの?」

「ああ。上級になるが…セレス、魔力量はどのくらいだ?
 以前ジスランに聞いたが、お前は精霊に好かれるらしいじゃないか。きっと聞いてもらえるさ。
 建築に強い奴がいるはずだからな、一から造ってもらうのはイメージを伝えるのが難しいが、造り直しなら可能なはずだ」


 へえ…!僕に上級を喚べるほどの魔力があれば、なんとかなるってことか!量ってみようっと。
 検査用の、なんだっけアレ…そうだ!リトマス紙っぽいのがあるのだ。高価な物ではないので、鉛筆レベルで各家庭にある。

 その紙を棚から取り出し魔力を流すと…おっ。

「…藍色だ」

「…凄いじゃないかセレス!これなら問題無い!!」


 えっと、一覧表どこだっけ?

 あったあった!
 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順で、右に行くほど量が多いのか。じゃあ僕上から2番目?すごーい!
 確か前量った時は緑だったと思うんだけど。二段回も上がるとは…成長期?
「ボクは紫だがな!!それからというもの~」と言う友人は無視して、早速教会に向かおう!
 カラーリング剤を取り出し、テーブルに並べる。


「よし!エリゼ何色にする?僕は茶色だよ」

「~だがボクは初めて検査した5歳の時点ですでに青色の結果を出して…え、茶色?茶色なんかあったか?」

 そっちじゃないわい。髪だよ!僕の赤髪も君のピンク頭も目立つの!!

「む、変装か!じゃあ…ボクは金髪で」

 あいよー。それじゃあ昨日調達しといた、この服に着替え……………



「…………僕着替えるから、ちょっと廊下で待ってて」

「?なんで?ボクは別に気にしないが」


 僕が!気にするんだよ!!!ううう、でもあんまり拒否するのも怪しいよなあ…!



 コンコンコン


「っはーい、どぞっ!!」

 ガチャ…

「私よ、お兄様。よかった、まだ2人共いてくれたわね」

 ロッティ?後ろにはバジルも。…なんで彼は気まずそうな、楽しそうな顔してらっしゃるのかな?
 しかもその手に持っている物は…なあに?

「バジルから話は聞いたわ。
 …お兄様、私も貴方の力になりたいの。私は気軽に出歩けないけど…民を蔑ろにし、私腹を肥やす領主など…たとえ身内であろうと容赦しないわ」


 おっと、ロッティの雰囲気が変化したゾ?
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ………という効果音が聞こえ、いや見える。それは恐らく僕だけでなく、他の2人も。だって揃って部屋の角に避難してるし。

「「(シャルロット/お嬢様、ついに隠さないようになってきたな…)」」

 なるほどコレが…滅国のロッティか…。


 …怒らせないようにしよう…。


「あ、りがとう…心強すぎるよ…」

 笑顔が引き攣っていないかな僕。顔隠しててよかった…。
 ロッティはパッと雰囲気が変化し、可愛らしい笑顔に戻った。さっきのは気の所為だね、うん。


「それでね、早速私もお手伝いするわ!
 こんな物用意してみたの、きっと役に立つわ」

 ロッティの合図の後、バジルがスッと差し出した物は…服?あ、庶民服ね。
 でももう持って……る………おおぅ??


「おいシャルロット…これはどう見ても…スカート、では?」

「そうよ!
 今まで辛い思いをしてきた子供達を相手にするのでしょう?だったら男性2人より、女の子2人のほうが警戒されないと思わない?」

 それは言えてる。だが…。
 僕もエリゼも、手に服を握り締めたまま固まってしまった。

 つまり僕らに女装しろと。あ、僕は正装か。
 ちら…っと隣を見ると、エリゼはものすごく複雑な表情をしている。きっとアレだな。


(このボクにこんな物を着ろだと!?…だがシャルロットの言い分も分かる。
 我々は争いに行く訳ではないのだから、この格好をする事で円滑に交渉が進むなら…いやでも!
 何より…断ったらどんな目に遭うか……!!)


 ってところかな?(※正解)



 最終的に折れた僕達は、この服を着る事に…少し、嬉しいけど…。
 でもこれなあ…ここで着てって、屋敷内で誰かに発見されたらどうしよう…?今は夏真っ盛りだから、上にコートを着て行く訳にもいかないし。
 この家の使用人はそれほど多くないので、気付かれずに移動は難しくない。でも、万が一という事も…。

「大丈夫よ。下はズボン穿いて…外でスカートに変えればいいわ!その為にワンピースは諦めたんですもの」

 つまり僕達に逃げ道は無いんだね、うん。
 これ以上の抵抗は無駄だし、早く着替えちゃおうっと。…だから、問題解決してないじゃん!!
 こうなったら…!!

 ロッティ達が退室してから、エリゼはさっさと着替え始めた。よし、僕も。


「こんなものか。……セレス?…お前、どこで着替えてるんだ?」

 布団の中でございます。昔優也おとうとに聞いた事がある。冬の寒い朝、布団の中で着替える高等技術が存在すると——!
 今夏だから薄いタオルケットしかないけど。そのせいで今の僕は、プールの授業でゴム付きタオルを使って隠して着替えてる気分。やった事ないけど。


「そんなに見られたくないなら背中向けてるから…早くしろよ」


 ……絶対見ないでよ!!?



 その後ロッティとバジルに笑顔で見送られ、屋敷を抜け出す。
 そして近くの路地裏でスカートに穿き替えたが………。ちらっ。
 膝丈スカートのエリゼは、スポーティーな女の子って感じだ。


「「………………(似合ってる…)」」


 しばらく無言で睨み合った後、僕達は吹き出して笑いあった。







「………はっっっ!!?大事な事を忘れていたわ、バジル!!」

「!?何事ですか!!」

「外で着替えちゃったら……私がお兄様のスカート姿を見られないじゃないの!!!?」

「……………後で、見せてもらいましょう?」





 …ぶるり。なんだか寒気が…?


「どうした、早く行くぞセリ」

「あ、待ってエリー!髪もちょっといじらせて」

 エリゼことエリーは、髪がツンツンに跳ねている。なので少しブラシで梳かして、落ち着けさせるだけで…うん、完全にショートの女の子だ!!


「何か変わったか?え?完璧?…嬉しくないな。
 じゃあ次、セリも。……前髪、上げていいんじゃないか?」

「え」

 確かに…今の僕は伯爵令息のセレスタンでなく、平民の女の子セリだし。
 知ってる人もエリゼしかいないし。…彼は僕の素顔すでに見てるし…前髪邪魔だし。
 …って、なんで君カチューシャ持ってるのさ?最初からその気だったな。ならせっかくだし…。

 ああもう!言い訳ばっかり、我ながら情けない!!もう、さっさと上げてしまおう。


「よし、完璧!…どうしたの?僕の顔なら見た事あるでしょ?」

「あ、ああ…(どこからどう見ても女の子だ…今度ジスランに自慢してやろう…)」

 ?固まっちゃって、変なの。




 教会に行く前に、パンを買う。結局何人いるか分かんないけど…30個もあれば余るでしょ!
 まあ僕が自由に使えるお金少ないから、ロッティとバジルにもカンパしてもらったけど…やっぱ稼ぐ方法考えるべきか…?


「すいませーん、コレとコレとコレ、10個ずつください」

 昨日行ったパン屋さんで購入。美味しかったんだよね~。
 レジは昨日も見た娘さんだ。沢山注文したからか、ニッコニコで対応してくれた。

「なあに、パーティーでもあるの?」

「えへへ、似たようなものですよう」

 エリゼはなるべく口を開かない。言葉使いを直せないから。
 毎度あり~、また来てね!という挨拶を背に受けながら、昨日と同じ道を進む。えっと、ここを曲がって、2つ先のT字路を左に…。


「お、おいセリ!こっちであってるんだよな?よく迷わないで行けるな、こんな複雑な道…」

「え、バジルもすいすい歩いてたよ?それに目印覚えてるもん、エリーもすぐ慣れるよ」

 エリゼは何か驚いてるみたいだけど…もしかして君、地図が読めないタイプだな?ふっふ、じゃあここは僕が張り切っちゃおう!

 



 そうして、またやって来ました廃墟もとい教会に!

「本当だ…なんだか空気が違うな…」

 でしょ?なんて言うか、秘密の場所みたいな、何かが隠れ住んでいるような雰囲気あるよね!ファ~ンタスティ~ック!!


「おーい、来たよ!ちょっと話あるからさ、出て来てくれない?」


 教会に向かって、ちょっと離れた所から声を掛けた。するとまたあの4人が顔を出す。
 背の高い、ハスキーな彼が口を開く。


「……なんだ。って、お前女だったのか…?」

「まあまあ、そんなに警戒しなさんな。
 僕はセリ、こっちはエリー。まずは交流を深めようじゃないの」

 トンっとパンの入った袋を石の上に置く。
 すると、匂いに釣られたのか小さい子達が顔を出してきた。


「わあ…いい匂い…!」

「おいでませ~♪3種類ござ~いま~す」

「くれるの!?やったあ!」

 あ?よく見ると…昨日見かけた2人もいるじゃん。そっか、ここに住んでたんだ…。
 ちびっ子達にはやっぱり食べ物作戦大成功だね!しかし大きい子はそうはいかない。


「やめなさい!!毒が入ってたらどうするの!!?」

 4人のうちの女の子が、パンに群がるちびっ子達に叫ぶ。「ど、どく!?」と、子供達は止まってしまった。

「む。毒なんて入ってないよ!んもう、はいエリー」

「お、おう」

 袋からゴソゴソとパンを1つ取り、半分にしてエリゼと分け合い食べてみせた。
 その様子を見た子供達は、恐る恐る食べ始めたのだった。



 さて、彼らが食事をしている隙にっと。
 家から持ってきた紙を広げる。上級の召喚用魔法陣が描かれているのだ。
 基本的に魔術は、こうして予め陣を描いておく。一度使ったら消えるけど。
 これを地面に敷いて…手をついて魔力を流す。


「んと…建物の造り直しが得意な精霊さん!応えてくれると嬉しいな——!」


 すると魔法陣が輝き始め、風が流れる。
 子供達がなんだなんだと言っている、見るのは初めてかな?
 そして光が収まる頃、僕の目の前には…

「7人の、小人?」

「ドワーフだ。彼らは7人でワンセットの精霊だ、さあお願いしてみろ」

 うーん、どっからどう見ても白雪姫。身長20センチほどで、斧やハンマーやツルハシなんかを持っている。
 こんなちっこくて、あんなに大きな教会直せるかな?
 まあ、エリゼとドワーフを信じよう!


「よし!ねえドワーフさん、あの建物…直せない?」

 僕が教会を指差すと、彼らは縦1列になってとことこ歩き始めた。か、可愛い…!
 子供達も、興味津々で見ている。しかし、意外と人数少ないな。今のところ…12人ほど?




 教会の目の前まで辿り着いたドワーフ達は、今度は横1列に並ぶ。そしてじ~~~っと建物を見上げ、持っている得物を掲げ「おーーー!!」と叫んだ。出来るんだね!?
 ……と思ったら、動かない。というか全員、僕のことガン見してらっしゃる?

 え、何?号令とか必要?作戦開始!!的な。
 だがドワーフ達は、僕と子供達を交互に見比べた。
 …あっ。

「ちょっと、そこの4人!」

「!なんっ…だよ…!」

 あ、食事中だった?申し訳ない。でもこっちも重要なので。


「今からあの子達が教会を直してくれる。
 中にはもう誰もいない?危ないから、外に出さなきゃ」


「………………」



「…………いる、5人…」

 そんなに!?…あれ、あの大きい女の子は?いつの間にかいなくなってる。
 聞くと、中にいる子にパンを持って行ったと返答があった。どうやら毒入りじゃないと分かってもらえたか。


「エリー、子供達を迎えに行こう」

「ああ」

 教会に足を踏み入れようとしたら…背の高い男の子が…めんどくさい!長男(仮)が立ちはだかる。
 それだけでなく、一度も言葉を発してない褐色の少年(次男)と、小柄で素早い少年(三男)も同様だ。


「なんなんだ、お前らは。救済か?お前らみたいなガキが。今更、今まで見向きもしなかったクセに、今更!!」

 長男が声を荒げた。3人共僕らを睨みつけている、少し前の僕だったら怯んでいることだろう。
 いや、そもそも。休暇中だって屋敷に篭っていたに違いないな。

「おい貴様ら!セリが一体どんな思いで…!セリ?」

 エリゼを手で制する。ここは僕が。僕の役目だ。

 一歩前に出てすうっと息を吸い込み、彼らを真正面から見据えた。



「ああ、そうだよ。今更だ。だけどね、僕は伯爵家に生まれた者として…責務を果たす。君達は立派な領民で、僕には領民を守る義務がある。
 …もっと早く行動していれば。救えた命もあっただろうよ。その件に関しては、幾らでも僕や領主を罵倒してくれても構わない。特に領主は呪ってくれていいよ。
 それでも。犠牲になった子供達の命を…僕は背負って生きる。今いる君達の命を救ってみせる。君達が望まなくてもね。
 偽善だろうとなんだろうと言うがいいさ。君達がなんと言おうと、これ以上僕の目の前で飢えて死ぬ事は許さない。

 …さあ、そこをどいてもらおうか。道案内をする気が無いのなら、ここから離れていなさい」


 誰かが息を呑む音がする。
 今は問答する時間も惜しいので、動かない彼らを押し退けて僕達は先に進む。
 すると、次男が背中を向けて「……ついて来い」と呟いた。


 そのままスタスタと歩き始めたので、僕とエリゼはついて行った。


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