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学園1年生編

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『………ボクはパスカル。また、きみにあいにきてもいいかな?』

『…あえるかどうか、わからないけど…』

『それでもいいよ、やくそくしよう?』

『それでいいの?』

『うん、いいの。シャーリィ。またあえたら、いっしょに——…』





「一緒に…なんだっけ…?」


 随分と懐かしい夢を見た。小さい頃に出会った、青い髪の男の子。

 あの日…子供達にいじめられていた子犬がいた。アイシャが助けてくれたけど、その子はもう動かなくなっていて。
 しんじゃったあ~!!!と僕が大泣きしていたところに現れた男の子。
 結果的に子犬は普通に起き上がって「くるぅ」と言い残して去って行ったけど。


 この日以降、町を歩く度彼の姿を探したが再び出会う事はなかった。

 次第に僕の記憶からは薄れていき…。







 目を覚ましてみれば、お馴染みの医務室の天井。起き上がってカーテンを開けてみれば、これまた見慣れた先生の姿が。
 カーテンの音に気付いたのか、先生は机に向かったまま僕に声を掛けた。


「ああ、起きたか。お前今度は何したんだ?
 妹が肩に担いで医務室に飛び込んで来たぞ」

 肩に…それはつまり俵担ぎ、ファイヤーマンズ・キャリーというやつでは?やだ僕の妹、男前…!
 じゃなくて。


「ああ~…!!」


 僕はベッドに戻り、布団を被って悶えた。
 思い出した、思い出しましたよ!!しかも向こうはずっと覚えてたみたいですね!なんですかあのキスは!?
 貴方そんなキャラでしたかね!?あんな蕩けきった表情で…っ!


「勘違いするわチクショー!!!」

「…後で掃除しろよ」


 僕は枕をぼすんぼすんとベッドに叩きつけたり、ゴロゴロ転がり回ってなんとか気持ちを落ち着けた。
 ふう…よし!あれはただの挨拶!!僕だって前はロッティによくしてたし!


 ベッドの上で精神統一していた僕に、ゲルシェ先生がハーブティーを淹れてくれた。この人飲み物のレパートリー多いな。

「授業が終わったら妹が迎えに来ると。何があったか知らんが、それまで大人しくしてろ」

 ほいっと渡されたカップを受け取り、一口飲む。はあ…美味しい。
 時計を見ると、授業が終わるまであと20分ほど…うーん、眠くない。



 暇なので…少し大人の意見も聞いてみよう。


「先生~…。思い出の初恋の女の子が、久しぶりに再会して男だったと判明したら、先生ならどうする?」

「………それは、ずっと想い続けていた場合か?それとも再会するまで忘れてた場合か?」

「ん~…想い続けていた、かな?」

「…………………少し時間をくれ」


 この先生の距離感、僕好きなんだよねえ。気さくでふざけた人だけど、必要以上に他人に踏み込まない。
 不良教師だけど実は真面目で、僕の突拍子もない質問に疑問もいっぱいあるだろうけど、何も聞かずに真剣に答えを考えてくれる。


 先生はたっぷり悩んだ後、「あくまで先生だったらだが」と前置きしてこう言った。

「最初はかなりショックを受ける。次に…恥ずかしくなる。最後は…相手が変わっていなければ、友人になりたいと思う」

「だよね!?恋愛感情はもう無いよね!?」

「いや?」

「あるの!?」

 先生は相手が男でもいけるクチですか!?と言ってみたら、チョップされた。


「違うわい。何年想い続けていたか知らんが、そう簡単に消える感情じゃないって事だ。
 ……次第に、溶けて無くなっていくとは思うがな。そして互いにジジイになった時、笑い話になればいい。
「実は俺、昔お前のこと好きだったんだよ」なんてな」

 まあ、男でもいいやって言う奴もいるだろうけど…と、何故か僕から目を逸らして言った。そういう人に心当たりでもあるのかな…?


 でも…そっか。流石に彼が今の僕を好きとは考えづらいけど…初恋もいずれ消えて行くよね。きっと。


 …ん?漫画のパスカルは、どこで初恋の少女がロッティだと判断したのかな?むー…、思い出せん。
 まあ赤髪でラサーニュ領出身。あと顔かな?僕とロッティ瓜二つだし。名前もシャーリィだし、消去法で辿り着いたんだろう。

 …その場合のセレスタンは、どういう思いでロッティに惹かれていくパスカルの事を見ていたんだろうね。
 まあ僕自身完全に忘れてたし…きっと漫画のセレスタンも思い出す事なく過ごしていただろう。というか僕は別にパスカルに恋愛感情無いしね。

 今後、良い友人になれたらいいなあ。


「ちなみに先生、再会するまで忘れてた場合は?」

「笑い飛ばす」

「あっはっは!」

 やっぱり、この先生は面白い。



 その後迎えに来たロッティとバジルと共に帰寮する。他のメンバーはそれぞれ用事があるらしい。
 少しパスカルと話したかったんだけどな…そのうちでいいか。



 と思っていたその日の夜。僕の部屋にパスカルが訪ねてきた。手土産にお菓子を持って。マメだねえ。

「入っていいか?」

「もちろん!さ、どうぞ」

 ふう。先生と話していたお陰か、緊張する事なく応対できた。
 お茶を淹れて、パスカルが持って来てくれたお菓子を一緒に食べる事に。そして、彼から話を切り出すのを待った。


「……久しぶりだな、シャーリィ」

「うん…。でもゴメン、正直忘れてた…」

「はは、だと思った。いいさ、俺もすぐには結びつかなかった」

「言っておくけど!あれは別に女装癖とかじゃ…!」

「分かってる。変装のようなものだろう?」

 あら?あっさり納得してくれた。どうやら彼は、僕がお忍びで町を歩く為に変装していたと思っているらしい。
 間違いではないし、そのまま訂正しないでおいた。
 そのまま彼は、思い出話を続ける。


「最初は、お前の事を本当に女の子だと思っていたから。この学校でラサーニュ嬢を見かけた時、彼女がそうだと思ったよ。
 だが顔立ちは確かに面影があるのに…髪と目の色が違う。しかし他にここまで似ている人物は思い当たらないから、自分の記憶違いかと思った。
 やはり彼女こそがあの時の少女か…と。」

 なるほど…。パスカルはお茶を飲みながら、懐かしむように語っている。


「あの日…図書館塔で…。本を選んでいたら、下から急に泣き声が聞こえてきて。
 面倒な事になったな…と思った。誰だか知らないが、どいてくれないと俺も降りられない。一体誰が…と興味本位で下を覗き込んだ。

 そうしたら…お前の声を押し殺して泣く姿が、その顔が…思い出の少女とそっくりで。
 まさか…そう思い身を乗り出しすぎて、物音を立ててしまった。
 だがそれに驚くお前の反応も見覚えがあった。昔俺が声を掛けた時、あの子も同じように驚いていた」

 あー…そこか。漫画には無かったであろう展開。
 そっか、パスカルはそれまで僕の顔を見た事無かったか。

「話をしたかったのに、お前はとっとと逃げてしまうし…。
 でもすぐにセレスタンだと分かった。元々ラサーニュ嬢の事もあって、お前と話してみたいと思っていたから。
 それと、残されていたこの眼鏡」

 彼はそう言いながら、僕の眼鏡を外して髪をあげた。

「……まあ、色々言いたい事はあるが。
 改めて、これから俺と仲良くしてくれると嬉しい」

「…うん!僕も、君と友達になりたい。よろしくね!ロッティとお近付きになりたかったら、いつでも力になるよ!」

「?何故そこで彼女が出てくる?」

「………いやあ、なんとなく?」



 あぶなーーー!!!漫画通り、パスカルはロッティに惹かれてると思ったのに!!
 今の様子を見るに、彼が恋しているのは「思い出の少女」であって「シャルロット」では無いんだな。
 彼は僕の事を訝しげに見ていたが、全力で笑って誤魔化したのだった。








 そして約一週間後。楽しみにしていた魔術の授業である。

 実技の授業は特別教室で行う。以前精霊を喚んだ時は屋外の練習場だったが。


 創造の授業と言っても、無から創り出す事は出来ない。用意しておいた粘土を造り変えるのだ。といっても変わるのは見た目だけで、花といっても造花だ。

 よくよく考えると、特に好きでもない相手から贈られても困るよね。ただ今回は授業が終了したら粘土に戻すから、軽い気持ちで贈れるんだろう。



「それでは皆さん。手元にある花をよく観察し、粘土に魔力を通してみましょう」

 先生の言葉で授業は始まった。花は好きなものを各々選ぶ。僕は赤いコスモスを。よしやるぞ!!
 よーく観察し、創造クリエイトの魔法陣の上に粘土を置き…魔力を流す!


「…うーん?なんか違う…」

 成功はしたものの…歪だな。花弁の大きさバラバラだし、茎ふっと。僕の指くらいある…やり直し!
 すると後ろから誰かにつつかれた。エリゼ?何…何ィ!?

「ぶふっ!ははははっ!なんだお前のコスモス、ぶっと!!
 ボクの作品を見るがいい、この美しい薔薇を!!」

 ぐぎぎぎぎ…!わざわざそんな自慢をするために…!
 確かに彼は、難しい薔薇を見事に再現している。その瑞々しさは、とても造花には見えない…!


 ……負けてたまるか!!!



 だが…少しは改良したものの、どうしてもなんか変…。「ふはははは!コツを教えてやってもいいぞ!?」結構です!!
 でも周囲を見渡せば、皆失敗してるんだよね。僕はマシなほう、未だ粘土の人もいるし。ジスランは、何故剣の形に造った?
 そしてそのままロッティに渡した。いや、花を贈れや。ちなみにエリゼもロッティに渡している。バジルのあれはアヤメかな?うん、漫画通りの展開だ。


 よし!僕も綺麗なコスモスをロッティに贈るぞ!
 何がいけないのかな…イメージ力?魔力の流し方?…エリゼにコツを聞くのは腹立つからやめとこう。
 僕が悪戦苦闘していると…視界の隅に、横から何か差し出されたのが映る。


「エリゼ?僕今集中してるから…」

「それはすまなかったな」

 え、この声は…パスカル?その手に持っている向日葵は…?

「受け取ってもらえないか?」

「………なんで僕!?」

 別にこんなん、絶対渡さなきゃいけない決まりはないよ!?それか相手がいなかったら、ロッティにあげなよ!あの子は他の令嬢と違って勘違いしないから!
 相手によっては「パスカル様、わたくしの事を…!?」ってなるからね。
 すると僕達のやり取りを見ていたジスランが、なんだか慌てて近付いてきた。

「マ、マクロン!なぜセレスに…!?」

「同性に渡してはいけない決まりはないだろう。
 折角上手くできたからな、誰かに渡したかった」

 ……それなら、まあ…友人として受け取ろう。

「そんな手が…!」

 ジスランは何やらワナワナしている。彼は放っておいて…。
 貰ったはいいが、僕はロッティに贈りたい…!さっきから、期待の眼差しで見られてるし!

「俺にはくれなくていい。じゃあ」

 パスカルはそう言ってクールに去った。いちいち言動がイケメンだな!!




 その後なんとか納得のいく物が仕上がった。では早速!

「ロッティ、これ受け取ってー!」

「ありがとうお兄様!はい、私からも!」

「わあい、ありがとう!」

 おー、スズラン!可愛い!
 にしても…ロッティいっぱい貰ったねえ。彼女の机の上には大量の花(と剣1つ)が。対する僕はロッティのスズランとパスカルの向日葵。1つも貰ってない人もいるし、まあ…ん?
 ロッティが僕の向日葵をじーっと見ている。欲しいの?

「ううん、お兄様が貰った物だもの。
 ただ…マクロン様より頂いたのよね?」

「うん、そうだけど…」

「そう…」

 彼女はそれだけ言うと、その話題をやめにした。
 どうしたのかな…とりあえずそっとしておこう。



 ほぼ全員評価まで終え、授業も終盤。ちなみにジスランは落第点だった。

 ロッティとバジルと談笑をしていたら…来た!
 浅緑色でウエーブの髪を靡かせて、腕を組みながら僕達に近付いてくる美少女。ルネ・ヴィヴィエ…!
 後ろには4人の取り巻きが。彼女達が持っている花、多分ルネに贈られたやつだろう。量はロッティと大差無いハズ。


「まあ、ラサーニュ伯爵令嬢。人気者ですわね」

「あら、ヴィヴィエ公爵令嬢。
 いいえ、令嬢ほどではありませんわ」

 始まりよった!僕とバジルは一歩下がり…女のバトル、ファイッッッ!!!



「ふふ、ご謙遜なさらないで?」

「謙遜ではありませんわ?令嬢は殿下から頂いていたではありませんか、羨ましい限りですわ」

 そっか。ルネとルシアンは従兄弟同士、この授業でも互いに贈ってたっけ。ロッティ、結構周囲を観察してるなあ。
 一見うふふおほほと和やかに笑い合っている2人。多分、腹探りまくってんだろうな…。


「(何かしら、急に?…まさかお兄様狙い!?さっきから私の後ろを気にしてるし!)」

「ラサーニュ伯爵令嬢、よろしければ本日のランチ、ご一緒しませんこと?私、貴女とお話ししてみたかったのです」

「光栄ですわ。…後ろの方々もご一緒でしょうか?」

「…いいえ、令嬢さえよろしければ2人で。いかがかしら?」

「そういう事なら喜んで」


 おほほ、では後ほど…とルネは取り巻きと共に去る。去り際、4人はちょっと睨んできたが…。
 ふう…息の詰まるやり取りだったぜ…!
 しかしどんな会話するんだろう?漫画には描かれてなかったんだよね。このランチをきっかけに、2人はライバル関係になる。

 まず明日の調理実習。ただこれは2人揃ってメシマズを発揮し、科学兵器と劇物を作り出す。…誰が食べるんだろう、ジスランかな?
 ここでは引き分けになり、次はスポーツ勝負、刺繍勝負、ダンス勝負、政治勝負…勝った負けたを繰り返して互いに認め合う。

 そのうち取り巻きが目障りなロッティを害そうとするけど、ルネやジスラン、エリゼが華麗に撃退。
 彼女達はいずれ家からも叱責され、大人しくなる…そして12歳編は終了だ。


 しかし今日のお昼は男5人かー。むさいな…。


 そんな事を考えながら渡り廊下を歩いていたら…




 バシャアッ!!!




「………んえ?」

「お、お兄様!?」



 僕の髪から、眼鏡から、水が滴り落ちる。

 あら?なんで僕は…びしょ濡れなのかしら?


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