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学園1年生編
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しおりを挟むここは、どこだろう。
上も下も…重力を感じない、真っ暗な空間。なのに自分の手足は見える…不思議。
そんな空間を漂う僕。どのくらい漂っていたか、時間の感覚がないので分からない。
暇すぎて…泳ぐ練習をしてみた。
実は僕、泳げないのである。正確には、泳いだことが無いのである。
前世では運動としてプールに入ったことはあるが…必ず誰かに手を引かれ、水の中を歩いたり足をバタつかせただけ。
今世では当然水着になどなれず、海水浴など夢のまた夢…華麗に泳いでみたい。
バタフライって格好いいよね、やってみよう。
……どんどん沈んでいくイメージしか出来ない、やめよう。そもそもアレ、足はどうなってんの?バタバタなの、伸びてるの?
泳ぐ真似も飽きた。…そもそも僕、なんでこんな所にいるの?
真っ暗だけども恐怖は無く、僕の心は落ち着いている。
さて…僕は確か、決闘する羽目になり…見事勝利した。
そんで余裕綽々で「はよ荷物纏めて出ていきなあ!」とか格好つけたところ…斬られた。そこまでしか覚えてない…。
………………ん?アレ?
んんん?まさか、まさ、か……!
僕、死んだ!!!?そりゃそうだ、人間なんて細いナイフで刺されただけでも死ぬんだから!!あんなに深々と斬られりゃ…死ぬわ!!!
あああああ!!エリゼに言われた通り、闇の精霊と契約しとくんだった!!!今からでも間に合うかなあ!?僕死んじゃったかなあああ!!!?
僕の馬鹿ーーー!!!前世は仕方ないとして…今世は12歳で死ぬなんてえ!!うわあああん、やり残したこといっぱいあるのにいいいい!!!
…ゆらり…
ん?僕がのたうち回っていたら…何か、視界の隅で揺れたような…。
そっちに目を向けると…僕以外誰もいなかったはずの空間に、誰かいる。
……人間…?だけど…なんだろう、怖い…。
ただ向かい合っているだけなのに…高い高い崖の淵に、命綱無しでギリギリで立っているような恐怖感。
その場から今すぐ立ち去りたいのに…一歩でも動けば真っ逆さまに落ちてしまいそうで。恐怖にさらされながらも身動きが取れない。
目を合わせると…首に刃物を突きつけられているような感覚に陥った。でも…
か、格好いい…!
「!?」
相手は恐らく男性。ただしその黒髪は足の先よりも長く、地面に引き摺ってしまいそう。
そして…顔は見えない。目元だけ覗かせてはいるが、黒い大きなマスクでほぼ隠されている。でも…すっごく、優しい目をしているね。
しかし、何より……服が!格好いいいい!!!
真っ黒コーデで、忍者って感じの服!!だというのにその袖はなんですか!
所謂萌え袖…どころじゃないね、袖が地面につきそうなほど長え!!それ手使えないでしょ、でも可愛いのでヨシ!
僕はこういうのに弱いのだ。キチッとした服装より、ダボっとした感じに惹かれる。いーなー、格好いいねー。
僕は戸惑っていそうな相手にもお構いなしで、目を輝かせながら彼の観察をした。
ほほう、近付くと分かるが…結構背え高いね。180はありそう、髪の毛は2メートル超えてそうだな!
というか、肌は目元しか出て無いね。なんで隠すのかは知らないけど…僕も顔隠してたし、人それぞれだよね。
あー、ところで。あなた誰?僕はセレスタンだよ!
今更すぎるが挨拶した。ただし声は出ないので…相手に伝わったかは不明。
「ぼ…ぼく、は…。闇の精霊、だよ」
………おお!?喋った!!僕は喋れないのに!もしかしてここ、精霊界?
「違う…冥府の、入口」
めいふ。……僕やっぱ死んだ!!!?
「まだ、死んでない。君の友人が、引き留めた。
もうすぐ目を覚ます…はず」
友人…?誰だろう…。
「…よければ…ぼくと、契約する?闇の精霊、探してたん、でしょう?」
僕が考え事をしていたら…精霊の彼がそう言ってきた。
それは…正直ありがたい。何より僕は彼が気に入った、良ければその袖を捲らせてほしいくらいに。
「でも…ぼくは、死神。それでもいい…?」
……?別にいいけど。
あ!でも契約した事で寿命が縮むとか逆に伸びるとか、僕や周囲の人達に変化があるなら困る…!
「それは、無い。ただ死神って、いいイメージないでしょう?だから…」
それは一理ある。今だってこうして普通に話しているけど、怖さは消えていない。それを上回る好奇心があるだけだ。
ただ…それよりも、目の前の彼が。こんなにも大きいのに…ぷるぷる震えて、なんだか可愛く見えちゃって。
僕に契約を拒否されたらどうしよう?って考えてるのが丸わかりだ。きっとすんごい勇気を振り絞って申し出てくれたんだろうな。…うん!
契約しよう!名前はどうしよう…死神、死神かあ。うーん。
うーん、迷う。前みたいにノリで付けるのはちょっとなあ…後になって、ドワーフには悪い事をした…と反省したのさ。
死神。死。冥府。あの世。天国…地獄…うーん…。
……黄泉。うん、ヨミはどう!?
「いいよ。ぼくは、ヨミ…だね?」
よし!僕はセレスタン・ラサーニュ!よろしくね、ヨミ。
「うん…!よろしくね、シャーリィ」
……あ?何故シャーリィ?セレスタンって言ったやん。
無事に魔力が繋がり契約が完了したが…どこからシャーリィ出てきた?
「???フェンリル…光の精霊が、君のことをそう呼んでいたよ」
……誰だ光の精霊!?うーん、心当たり無いよう。でもまあ、別にいっか?ってもしかしてヨミ、僕が女だって分かってる?
「うん。でも精霊には関係ない、よ。シャーリィはシャーリィだよ…」
ならいいや。ところでその袖、触っていいですかね?
「いいよ。…あ、契約していない生き物がぼくの肌に直接触れると…死ぬから。髪は平気だけど」
袖を捲っていた僕の手が止まった。……死ぬ?
「ぼくは、そういう存在なの…。シャーリィは、ぼくと契約したから平気。君が契約している、他の精霊も大丈夫」
そ…そっか。だから、そんなに肌を隠してるのね…。
契約したお陰か、僕の彼に対する恐怖心はもう失くなっていた。
死神か…命は奪えても、与える事は出来ないのだろう。
ヨミの手が出てきたので、そっと触れてみた。彼はビクッとして手を引っ込めようとしたけど、逃がさん。
大丈夫、ほら大丈夫だよ。僕は死なないって、君が言ったんじゃないの。ね?
きっと触れ合いが恐ろしいのだろう、その手は震えていた。
だから安心させたくて、彼にぎゅっと抱き着いた。うん…温かい。
でも心音とかは聞こえない…精霊って呼吸しないの?
「……………」
するとヨミは、マスクを外し…おお、幼さがあるが結構整ってる。隠すの勿体無いなあ。
と、思っていたら…あれ、顔がどんどん近付いてくる…?ちょい待っ
時すでに遅し。僕は…彼に、キスをされた。もちろん唇に…。
…………!!!??
ちょ、をい!?ななん、なんっで!?僕は混乱し、ばっ!と離れる。
戸惑いと羞恥と怒りとその他諸々の感情で彼を睨み付けてみたが…ヨミは、穏やかに微笑んでいるだけだった…。き、気が抜ける…。
彼はマスクを着け直したと思ったら「あ。ごめん、ちょっと消えるね」と…いなくなった。
はあ…大丈夫、彼は精霊だから大丈夫…!あれだ、犬に顔を舐められたようなもんだから!
大丈夫、僕のファーストキスはまだ奪われてない、うん!!!
すると…どのくらい時間が経ったか分からないが、周囲が明るくなってきた。
「時間だね。行こう、シャーリィ」
どこからともなくヨミが現れ、僕の手を握る。よかった…どれだけ時間が経ったんだろう?
「大丈夫、外では1日しか経ってないから。
でも…君の魂は、一度身体から離れた。馴染むまでは意識があっても身体は動かせないから…。
数時間の辛抱だから、頑張ってね」
うん。また動かせるのなら、それでいい。良かった…僕はまだ、生きているんだな…。
なんだか意識が遠くなってきた。
ロッティ…目の前で僕が傷付けられて、きっと悲しませてしまっただろうな…。
早く元気になって…あの子を、安心させてあげ、たい……
※※※
………んん。肌に何かが触れる感覚が。さっきまでの無重力と違って…体が重いよう。
段々と鮮明になって来た。これは…布団の感覚だ。僕は布団の中か。
?左手の辺りに何かある。手は動かせないが、この感触…ミカさん?
【気が付かれたか…】
おお、やっぱり。僕は声が出せないんだけど…彼は分かってくれたみたいね。
【危険は無し。良く休まれよ】
ううん、大丈夫。動けるようになったら…今度こそ、ミカさんを使い熟してみせよう!
というか、精霊の皆…近くにいる?なんかお腹の上にいる気がする。顔の近くにも、足下にも。皆にも心配掛けちゃったかな…ごめんね。
「………、……」
お?話し声が耳に届き始めてきた。複数の声…誰だ?
へーい、僕起きたよ!と声を大にして言いたいのだが…まだ口も動かんのです、もう少し…!
「くそっ、あの男…!!」
!?だっ誰今の声!?
「どうした、ゲルシェ先生」
お?今のはエリゼだ。そして怒ってるのがゲルシェ先生…?
「恨み言でも言われたのか?」
これは…ルシアン。
「あまりレディの前で声を荒げないでくださいまし」
ルネちゃんだ。
「先生、まずは落ち着いてください」
………誰だ!?聞き覚えのある女性の声……あ!バルバストル先生!?
※
今現在セレスタンの部屋に集まるのは、彼女が女性だと知る5人。
時刻は午後5時。セレスタンが斬られてから、24時間以上が経った頃。
ゲルシェは昼からシャルロットとバジルを連れ、ラサーニュ邸に行っていた。
だが帰って来次第…ゲルシェは不機嫌で、バルバストルとエリゼのいるセレスタンの部屋にやって来た。
そうして眠る彼女の頬を撫で、気分をなんとか落ち着かせていたのだが…。
「先生!ティーちゃんに聞きましたが…どうなさったの?
侯爵夫妻は息子の不始末・失態を詫び…誠心誠意詫びをしていたと伺いましたが?」
そこに現れたのは、ルシアンを連れたルネである。
その通り、侯爵夫妻は息子の全ての罪を認め、伯爵夫妻に謝罪をした。
息子が命を落としたのも当然の裁き、むしろ最上級精霊を敵に回してしまったのではないかと…怯えていた。
これは当然の反応である。最上級の精霊というのは…時として、皇族すらも膝を突く相手なのだから。
「ああ、そうらしいな。そっちの話し合いに俺は参加してねえが…問題は、その後だ」
ゲルシェは苛立ちを隠そうともせず、セレスタンの頭をかしかし撫でた。ちなみにセレネは外で昼寝中である。
憤るゲルシェと宥める4人。
「それで、何があったのです?」
バルバストルが、ゲルシェに水を差し出す。彼は無言で受け取り飲み干し…語り出した。
「…………侯爵夫妻が帰った後。俺は伯爵に話をしに行った。
当然、この子の現在の容体を報告する為と…確認に」
「ああ…で、どういう反応だった?」
エリゼの言葉に、ゲルシェは顔を歪めた。
「ラサーニュ妹含め全員部屋の外に出し…伯爵と一対一で話して来たんだ」
『……失礼、伯爵。御令嬢の怪我の具合について、お話がございます』
『おや…貴方は、知っておいででしたか』
『…学園においては、私しか存じませんがね。彼女が医務室で休んでいた際、偶然知ってしまいまして』
『左様でしたか』
「胡散臭え笑顔のおっさんだとは思っていたが…サシで対面すると、殊更ムカついたわ」
「いいから続きをお話しなさいませ」
ルネに促され、ゲルシェは続けた。
『どうなさるおつもりで?兄君に報告されますか?』
『…今の私はただの養護教諭です。精々が、学長に報告するくらいですよ』
『左様ですか。…それで、あれの身体の具合は?』
『(あれだと…?)…治療の甲斐あり、全快しました。あとは目覚めを待つばかりです』
『ああ、そちらはどうでも良いのです。
それより…生殖機能に、不具合はありませんね?』
『———は』
「なんだそれは!!?」
「ムカつくわね…!」
憤るエリゼとバルバストル。
伯爵は…セレスタンが子供さえ産めれば、その他の障害などどうでも良いと言ったのだから。
静かだがルネとルシアンも顔を強張らせている。
今この場に伯爵がいれば…この5人から袋叩きにされていたことだろう。
『——はっ、それが貴方の教育方針か』
『はい。どうぞ世間にあれの秘密を暴露するならご自由に。あれが勝手にした事にすれば良し』
『いくらなんでも、赤子が出生の届出を提出出来るとは思えませんが?』
『ならば役所の手続きをした者が間違えた事にすれば良い。気付いた時にはあれは、すでに世間から男として認知されていた…と』
「そんな屁理屈が通ってたまるか!!
つっても今は、ラサーニュ姉自身が秘匿する事を選んでいるからな…黙って帰って来てやったわ」
ゲルシェはそれきり、口を閉ざした。
その様子を見たルネ達は…彼を残し部屋を出た。それぞれ気を落ち着かせる為に、行動する気なのだろう。
ただしエリゼは、セレスタンの精霊達に「今の話はセレスには内緒だぞ!」と念を押していた。彼女本人が聞いているとは露知らず。
「…………」
ゲルシェはセレスタンの寝顔を見つめる。
実は…伯爵との会話には、続きがあったのだ。
『ああ…そうだ。よろしければ、貴方が子種を提供してくださいませんか?』
『……あ"あ…?』
『お嫌でしたか?では仕方ありません。
貴方の血が混じれば、と思いましたが…当初の予定通り、適当な男を宛てがいましょうかね』
『………ふん!彼女が女性として表舞台に立った時!!
その時ならば、喜んで求婚でもなんでも致しましょう!それまで…あの子に手を出す事は許さねえ…!!』
『はは…恐ろしい。しかしそのような日は訪れませんよ、永遠に』
そして背を向けるゲルシェに、伯爵は言葉を続ける。
『では、ご機嫌よう。元皇弟殿下殿』
ゲルシェは返事をせず、大きな音を立てて扉を閉めたのだった。
※
「…大丈夫だ、俺が…俺達が、絶対に守ってみせるからな」
ああ…先生の手が、優しく僕の頭を撫でる。さっきは乱暴にされて頭を洗われている気分だったけど…今は心地良い。
ふむ…やっぱり伯爵にとって僕は、子供を産む為の道具だったか。びっくりするほど驚いていないな、僕。
ていうかバルバストル先生いたけど、良かったの?知らないうちに秘密の共有者増えてたのか…。
…先生達は皆、優しいから。きっと僕には「伯爵も心配してた」とか言うのかな。
そんな筈、無いのにね。それでも…優しい嘘ならば、僕は喜んで騙されるとも。
コンコン
「どうぞ」
「失礼します、先生。もう7時ですよ、ここは代わりますから、食事行きます?」
「グストフか。あー…いや、後で食うわ」
「そうですか?…しかし、先生変わりましたねえ」
「あ?」
「いやあ~なんでも?それでは、失礼しましたー!」
「……ったく…」
レナートさんが出て行った後…先生が、小さく笑った気がした。
徐々に体も動かせるようになって来た頃…バルバストル先生がゲルシェ先生と交代し、僕の側にいてくれる。
その間入れ替わり立ち替わり、友人達や子供達がお見舞いに来てくれた。ってここ教会か!レナートさんや教会の子供達が、学園やラサーニュ邸にいる訳ないもんね。
…今の僕には、こんなにも仲間がいるんだもの。父親に疎まれるくらい、どうって事ないさ。
しかし満足に動けない中、バルバストル先生はもう寝る様子。
先生はどうやら、床に布団を敷いて寝ているようだ。どうもご迷惑お掛けしています…。
そうだ。明日…夜明け前に動けたら、ステンドグラスを見に行こう。
その後は、皆に心配掛けたことを謝って…もう大丈夫!と言おう。
他に…ヨミを紹介して…そんで…。
僕は…また、浅い眠りにつくのであった…。
応援ありがとうございます!
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