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学園1年生編

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 明け方。ベッドから体を起こすと、バルバストル先生がすやすや眠っているのが目に入る。
 それと同時に…精霊達が飛び付いてきた。ラナ、エア、暖炉、アクア、ノモさん、ドワーフブラザーズ…「よかった!」「起きてくれた」「死神さま、ありがとう」と…その言葉が嬉しくて、皆をぎゅっと抱き締めた。
【お早う】
 おはよう、ミカさん。悪いがミカさんは置いてくぞ。今のこの服じゃ、腰に差せないのでな。

 あ、時間が無いぞ。念の為『礼拝堂に行きます』とメモを残し…行くか!

 ここは僕用の部屋なので…あった、サラシ。
 誰かに会う可能性もあるからね、きっちり巻かねば。よし、準備完了!

 …っとと!立ち上がると、少しよろけてしまった。完全回復したと思ったけど、まだ駄目か。


「ヨミ、いる?」

「いるよ」

 声を掛けると…僕の影から、ヨミがずるっと姿を現す。
 あれっ今普通に喋った?いつも精霊の皆と会話する時って、ミカさんみたいに頭に直接届く感じなんだけど。

「最上級の精霊は、人間と契約すると話せるようになるんだよ」

「へえ…あまり、人前で僕のことを女扱いしちゃ駄目だよ?」

「うん、分かった。2人きりの時だけ、甘やかすよ」

 甘やかさんでいいわ。
 でも今はちょっと歩けないので、肩を貸して欲しい。と言ったら…彼の腕の上に座らされた…。流石精霊、力あるねー…ん?

「今…最上級って言った?」

「うん。言ってなかった?」

 言ってないねー。なんかヨミって…ちゃっかりしてるな?そういえば契約の時も…それまで泣きそうな顔だったのに、終了した途端コロっと笑顔になったし。
 あれ、もしかして…泣き落とし作戦でしたかね?………契約早まった?



 若干後悔しつつも、彼に抱えられたまま移動した。暖炉達も皆ついて来て大移動だな、パレードみたいになってるう。

 礼拝堂に到着、まだ太陽は昇っていない…間に合ったか。
 キョロキョロと周囲を見渡すが、他には誰もいないな。大抵アーティとかいるんだけど…まあ、毎日見てれば飽きるか。
 ヨミに降ろしてもらい、少し歩く。うん、僕の足は、まだ動く。


 まだ薄暗い礼拝堂は…また違った魅力がある。蝋燭とかで照らしたら…なんかの儀式サバトみたいだな…。


 ……儀式、か。


「ねえ、ヨミ。それに皆も、ちょっとそこに座ってくれる?」

「いいよ」

 彼らを最前列の椅子に並んで座らせ僕は、壇上…祭壇の前に立つ。
 参列客は精霊しかいないけど…ちょびっと、ね。


 いつか僕は、ここで夢を叶えよう。ウエディングドレスを着る夢を。相手は…まあ、そのうち…。

 という訳で、予行練習だ!えーと…なんだっけ…ドラマで観た、あの言葉。僕はゆっくりと、声に出す。


「…健やかなる時も…病める時も、喜びの時も。悲しみの時も。富める時も。貧しい時も…」


 いつか…いつか。バージンロードをあの伯爵と歩く気は無いけれど。それでも…いつか誰かが、僕の隣に立ってくれている日を夢見て。


「これを愛し、これを敬い。死が2人を分つまで…愛する事を、誓いますか?」


 はい、誓います。

 なーんて…ね。




「誓います」




「え…」


 誰…今の声、ヨミじゃないよね?
 振り返ると…通路に立っているのは…

「パスカル…?」

「…うん」

 なんで…?礼拝堂、誰もいなかったじゃん。

「いや…エリゼに、日が昇る前にここに来ると良いものが見れると聞いて。
 でも昨日は結局、寝過ごしてしまったんだ。だから今日は、夜中からここで待機して仮眠取ってた。それより…」


 パスカルはゆっくりと…カツ、カツ、と足音をしっかりと鳴らしながら通路を歩く。
 そして。立ち尽くす僕の前に立ち、僕の頬に手を添えた。


「よかった…目を、覚ましてくれて…。
 このまま、起きないんじゃないかと…怖かった」

 彼の目には、涙が浮かんでいる…ごめんね。そして、ありがとう。

「うん…。シャーリィ、俺は…」



「シャーリィ!!」

「んぎゃ!?」

「あ!」

 何かを言いかけたパスカルの背中から…白い毛玉が飛び出してきた!そして彼の頭を踏み台にし、毛玉が僕の胸元に飛び込んできた。……こんなやり取り、前にもあったような…?


「シャーリィ、会いたかったんだぞシャーリィ!」

 どちら様!?僕の顔に頬擦りしたり頬を舐めてくるこの子は…?どこか懐かしいこの温もり、色、お日様の匂い…。ひょっとして。

「………毛玉ちゃん?」

「セレネだぞ!?シャーリィがつけてくれたんだぞ!」

 セレネ…?ああ!完璧に思い出したわ!!パスカルと初めて会った時の…ぽんた!!

「セレネはセレネなんだぞ!」

「ふふ…ごめんね。でもなんでここに?」

「俺と契約したんだ」

 パスカルがヒョイっとセレネを摘み上げる。「離すんだぞ!」と短い手足をバタつかせている姿は…可愛いな。
 なんとセレネは、光の最上級精霊・フェンリルらしい。そんなに凄い存在だなんて…!!
 あ、じゃあ敬わないといけないね。本来最上級精霊ってのは、万物から傅かれる存在だし。
 それに、気に入った人間にしか名を呼ばせないのが最上級だ。うっかり呼ばないよう気をつけよう。

「要らないぞ。セレネは、シャーリィにそんな事望まない。
 セレネと呼んで、笑顔でセレネの側にいてくれればいいんだぞ」

 …うん、分かった。あ、じゃあ…こっちもヨミを紹介しよう。おいで、ヨミ。


「……………」

 ヨミはゆっくりと立ち上がり…僕の後ろに立った。人見知りか?
 パスカルは怯えているのか…顔色が悪くなり、少し手を震わせている。

「彼は僕と契約してくれた、闇の最上級精霊。名前はヨミ、よろしくね」

「………ヨミです」

「……パスカルです」

 うーん、僕も初めてヨミと対峙した時本能的に恐怖に襲われたし…可哀想だけど、ヨミはなるべく僕の影にいてもらったほうがいいのかなあ…。


「…精霊様、1つお願いがございます」

「……言ってみて」



「その…顔を!見せてください!」

「ほ!?」

 パスカルは震える手をぎゅっと握り締め、意を決したように発言した。
 僕は突拍子もない彼の発言に、変な声が出た。だがヨミは何かに思い至ったようで…にこにこ顔になった。
 ヨミは笑顔のまま僕を見下ろす。パスカルの意図はまるで理解出来ないが…こくんと頷いてみせた。

 そしてゆっくりとマスクを下ろした…パスカルの反応はいかに?


「…………」

 パスカルはヨミの顔をじーっと見ている…。そして自分の顔に手を当てて…唸っている。


「シャ…セレスタン。君は…精霊様の顔、どう思う?」

「顔…?………可愛いと思う」

「!そ、そうか。じゃあ、お………………なんでもない」

 なんだ一体…僕が可愛いと言った瞬間、彼は顔を輝かせた。
 意味が分からない。だが彼の肩に丸まっていたセレネが解説してくれた。

「パルはな、シャーリィに格好いいって言われたいんだぞ」

「黙らんかいっっっ!!!」

「けだまちゃーーーーーん!!!?」

 パスカルはセレネをぐわしと掴み、そのまま壁に向かって放り投げた。フェンリルをそんな扱いしていいの!?


「いいんだぞ。セレネは痛くも痒くもないからな。パルとシャーリィは許すぞ。
 後は、まあ…ピンクと貧乳とクロスケも許してやるぞ。シャーリィの為に頑張ってたからな」

 とてとて戻って来たセレネがそう言った。そして肩で息をするパスカルの頭に乗る。
 …………エリゼと、バルバストル先生と…ゲルシェ先生?……ぶふっ。


「ふ…んふふ…っ!な、名前で呼んで、あげてね…」

「そうか?シャーリィがそう言うなら…エリゼとクレールとオーバンだな」

 そうそう。間違ってもバルバストル先生に貧乳なんて言っちゃいかんよ。それより…
 僕はパスカルの手を取った。顔を近付けると…あらら、赤くなってら。


「パスカルは、かっ、か…格好…い…」


 ……駄目だ!!スマートに「格好いいよ」と言いたいのに…照れ臭くて言えん!!!
 うう…なんで?可愛いだったら簡単に言えるのにい…。結果的に僕達は、手を握り合って祭壇の前に並び立つ状態になっている。

 しかもよく見ると、ヨミとセレネは席に座っとる!!!いつの間に…!


「…セレスタン」

「!?」

 パスカルが、僕の手を握り返して来た。

「なあ…さっきの言葉、なんだったんだ?つい反射的に答えてしまったが…間違っていなかったか?」

「ま、間違っちゃ、いないよ…」

 というより…誓いません!なんて言っちゃったら、もうそれギャグだよ。次の瞬間パイ投げが始まるよ。
 しかし、あれは結婚の誓いの言葉だよ。なんて言えるか!!


「そっか…よかった。素敵な言葉だったな。まるで…将来を誓い合うようだった」

「ごふっ」

 分かってんじゃねーーーか!!!この国にこういう習慣なんぞ無いのに!

 ていうか君、男の手を取って楽しいの!?僕がジスランでも、同じように手を握って顔を見つめるの!!?そんな風に、愛おしいものを見るような目で…っ!
 誰かこの空気ぶち壊して!!精霊達はアテにならん、ロッティ!カモーン!!





 キィン……


 あ……始まった…。

 朝日が昇り、礼拝堂を…淡く照らし始める。段々と光は増し…


「わ……」

 パスカルも感嘆の声をあげる。ね、綺麗でしょう?一瞬だけ…ほんの一瞬だけ、何も見えないほどの光に包まれるんだよ。でも目は眩まないんだから不思議。

 僕達は手を繋いだまま、僅か数秒間の景色を楽しんだ。終わった後も余韻に浸っていたが…もう夜が明けた。皆が起き出す前に…部屋に戻ろう。


「あ、パスカル。ぼくはヨミでいいよ」

「?……わかっ…た、ありがとう」

 おお?立ち上がったヨミがそう言った。どうやらヨミもパスカルの事を気に入ったみたいだけど…どの辺で?
 そういえばパスカル、もうヨミの事恐れてないね。メンタル強いなあ。


 ヨミは僕の影に入り、セレネはパスカルの頭に乗っかった。そして精霊達を連れて…僕達は歩き出した。





 ※※※





 部屋に戻るとまだ先生は眠っていて。軽く揺らすとすぐ起きたんだけど…そのまま部屋を飛び出して行った。
 僕とパスカルは呆然としていたが、すぐに複数の足音が廊下に響き渡る。


「はしっちゃダメーーー!!!」

「「「すいません」」」


 ぶ…っ!そうだよね、アーティ。みんなで決めた院則、「緊急時以外は廊下を走ってはいけません!」だもんね。
 困ったお兄ちゃんお姉ちゃん達だねえ。パスカルにそう言ったら…気まずそうな顔で目を逸らした。君…怒られたな?



「お兄様!お兄様ーーー!!!」

「わっ!!」

 今度は早足で歩く音が近付いて来たと思ったら、ロッティが扉を開けて、僕に飛び付いてきた。僕は反動でロッティと一緒にベッドに倒れ込んだ。
 部屋に飛び込んで来たのは彼女だけじゃない。友人達も、先生達も…子供達も半数がいる。まだ朝早いのに…。

「お兄様…!よかった、よかった…!」

「……うん。あの時、僕を受け止めてくれてありがとう。
 皆も…心配かけてごめんなさい。そして…待っていてくれて、ありがとう」

 僕とロッティが抱き合ってベッドに転がっていると、ルネちゃんも加わった。アーティも、ミントも。今この空間だけは、貴族も平民も関係無い。同じように僕を案じてくれた人達…温かい。
 パスカルとジスランとグラスも混じろうとして、エリゼとゲルシェ先生とバジルに止められていた。今このベッドの上は、男子禁制でーす!いや僕男じゃん…。


 身体を起こし、皆で朝食を食べに行く。
 食堂に着くと、誰が僕の隣に座るかで揉め始めた。するとヨミが僕を膝に乗せ…ドヤってた。ついでにこのまま紹介してしまおう。


「闇の精霊様だかなんだか存じませんが、お兄様を膝に乗せるのは私よ…!!」

「乗らないよ!?」

「いいや、俺だ!」

「ジスラン!?」

「おれは隣でいい」

「「あーーー!?」」

 不毛な争いを繰り広げる2人をよそに、グラスがさらっと僕の右隣をゲットした。
 そして左には…

「それが闇の精霊か…恐ろしいが、お前を守ってくれるんだろう?なら、安心だな」

「…うん!」

 ちゃっかり、ラディ兄様がいるのである。

 ヨミを紹介すると、やっぱり皆慄いていたが…数人はすぐに慣れていた。違いはなんだろう…?
 肌に直接触れると死ぬよと言ったけど、ロッティなんかは「服の上からなら大丈夫なんでしょう?ならいいわ」とアッサリ受け入れていた。おっとこまえー!

「あのね、ヨミは優しい恥ずかしがり屋さんだから…あまり、怖がらないであげてね!」

 怖いかもしれないけど、彼の事を誤解して欲しく無いんだ。特に、僕の大事な人達には。


「(……触れると死ぬ、か。その力で事故に見せかけて伯爵を…なんて。
 本人が人殺しを望まないから、あんなに厚着してんだろうし…駄目だ。それに殺すのは最終手段だ)」

 ?エリゼが何か考え込んでいる…。
 僕を治療してくれたのは、エリゼとバルバストル先生だと聞いた。サポートしてくれたのはゲルシェ先生で、霊脈に連れて来てくれたのはセレネだと。本当に…ありがとう。





 そして落ち着いてから僕の部屋で、エリゼとルシアンに事の顛末を聞いた。


 決闘相手は死んだ、セレネが殺したと。どっちにしても向こうは処刑台送りだったから…気に病むなと言われた。
 大丈夫。流石に…自分を殺しかけた相手に同情は出来ない。ロッティを侮辱し、更に彼女を泣かせたというのなら尚更。
 …忘れる事は、出来ないけど。自分に関わった人間が、死んだのだから。

 そしてすでに後処理は終わっているって。僕が罪に問われる事は無いけど…


「陛下が…!?」

「ああ…其方とマクロンに、精霊を連れて来て欲しいと…」

「まあ最上級精霊が人間と契約するなんて、前代未聞だしな」

 うわ、思ってたより大変な事だったんだ。せめてもの救いが、パスカルも一緒というところか。
 特に死神に対する記録は非常に少ないらしく…質問攻めとかされたら、やだなあ。


「前代未聞じゃ、ないよ」

 ヨミ?影から声がする。

「どういう事ですか?」

 すでにエリゼもヨミに対する恐怖心は無いようだ。毅然とした態度で接している。


「人間の記録には残ってなくても、最上級でも契約はしてるよ。
 最近では…水の最上級精霊、リヴァイアサンが、50年ほど前に人間と契約してる」

 へえ…そっか、記録が全てじゃないもんね。



 来週末に皇宮に行くと約束した。にしても、明後日からの学校…気が重いなあ。
 他の生徒達から…「ほら、あれが人殺しよ」なんて指差されたら…うう。

 沈んでいた僕の頭の上に、温かいものが乗せられた。エリゼの手だ。


「ボク達がついている。誰に何を言われようと、胸を張っていればいい」


「……ありがとう」




 こうして僕達は週末をゆっくり教会で過ごした。
 グラスに漢語を教えていたら、他の人も聞きたがったり。
 そんな風に勉強したり掃除なんかの仕事をして過ごし…首都に向けて出発した。


 
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