リア=リローランと黒の鷹

橙乃紅瑚

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第三章

60.花かんむり

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 桜の渦を抜けた先はリアの家の庭だった。鎚と宝石の意匠が施された可愛らしい看板が風に揺れている。多くの時間を過ごした懐かしい鍛冶場に帰ってきて、リアは顔を綻ばせた。

「ああ……懐かしいわ、何もかもが懐かしいわ! この鍛冶場、この炉、この看板! 何も……」

 何も変わっていない、とリアは言おうとしたが、辺りを見渡して口を噤んだ。そしてそれは、他の三人も一緒だった。

「えぇ……」

 マルティンが困惑の呟きを漏らした。リアのログハウスは四階建ての、大きく立派な煉瓦造りの家に変わっており、そして家の周りには、ゼルドリックの屋敷から抜いてきた大量の薔薇がそっくり植わっていた。萎れていた春薔薇は美しく咲き誇り、リアの家の周りを黄や桃や、赤や白色で鮮やかに彩っている。リアお気に入りの畑には、身の丈を超える巨大なかぶや人参が植わっていた。

「あ、あっ……どういうことなの? ここは私の家……!?」

 リアは口を開けて目の前の立派な家を指差した。ゼルドリックは頭に手をやり、深い息を吐いた。

「やりすぎだ、先生……」

「ゼル、これはミーミス様がやったの!?」

「ああ、おそらく。先生が我々にくれた餞別ということだろう。あー……。先生は君の家を、すっかり建て替えてしまったんだな」

「こ、こんな大きな家にしてくれるなんて……」

 リアが家の扉を開くと、ゼルドリックの屋敷から持ってきたものが綺麗に配置されていた。姿見からクローゼットから巨大な寝台。何から何まで、美しく整頓されている。

「わあ……豪華な家になったもんだ。まさかはずれの村にこんな家が建つなんて……」

「ああ。下級貴族の邸宅のようだな。ゼルドリック様の屋敷ほどは広くないが、それでも三人で暮らすには持て余す程の広さだぞ」

 マルティンとアンジェロは広い家の中を見渡し、笑い合った。

(すごいわね……ミーミス様の指ぱっちんは……)

 リアが呆けていると、外から声が聞こえた。懐かしい住人たちの声が近づいてくる。リアは家の扉を開け、そして彼らの元に駆け寄った。

「おーいリア! 帰ってきたか!」

「リアちゃん、おかえりなさい!」

「ビョルンさん! リファさん! みんな……。ただいま! 村に帰ってきましたよ!」

 馴染みの村人たちがリアを暖かく迎える。リアは目を潤ませ、彼らとしっかり抱擁を交わした。

「おいリア、こりゃどうしちまったんだ? さっきよお、お前の住んでる山の方がぴかーって光って、急いで来てみればこんな御殿が建ってやがる」

 木こりのビョルンは煉瓦造りの家を見上げて感心した声を上げた。

「はーっ……。立派な家だあ……。おいおい、花畑になっちまって。おまけにかぶもでけえなあ。こんなでっかいかぶ、いくらリアだって食べ切れないだろ。またこりゃ、お役人さんがやったのか? おめえらの使う魔法ってのは、ほんとうに不思議なもんだなあ……」

 村人たちのおそるおそるといった視線がゼルドリックとアンジェロに向けられる。二人は手を上げ、自分たちがやったのではないと首を横に振って伝えた。

「そうそう、リアちゃん! 大変なの! あなたの家だけじゃなくて、自警団の事務所も大変なことになっちゃったのよ!」

「へ? リファさん、事務所が大変って……」

「見れば分かるわ! マルちゃんもついてきて! エルフのお役人さんたちもよ!」

 活発なリファはマルティンとリアの手をむんずと掴み、高台へと向かった。林の小道を抜けた先の高台から村の全景を見渡す。するとリアは建て替えられた事務所の側に、見慣れた噴水が置かれているのを見た。そして自警団の事務所へと続く道に、薔薇が等間隔で植えられている。

「あ! あれ……!」

「そうよ! いきなり大きな噴水が事務所の前に現れたの! きれーな薔薇もぽんぽんと咲いちゃってね! 事務所でお掃除してた村長が、驚いて腰を抜かしてしまったわ! これもエルフの魔法なのかしら!? ねえあなたたち、何か知ってる!?」

 田舎のはずれの村に全く相応しくない豪華な噴水からは、きらきらとした水が吹き出している。ゼルドリックとリアは顔を見合わせた後、腹を抱え笑いあった。






 王都に帰るアンジェロを見送った後、リアはゼルドリックとマルティンを伴い挨拶回りをした。ゼルドリックと結婚するのだと伝えると、村の住人は一様に顔を青褪めさせリアの身を案じた。
 どうやら村の住人たちのゼルドリックに対する恐怖感は消えていないらしく、リアは高慢な役人に脅されて結婚するのだと思い込んでいるらしかった。

「ああ、みんな同じ反応ね。マルが大丈夫だって説明してくれなければ、これは絶対に拗れてたわ……」

「本当にね。どっかの元お役人様が、リアの身を案じすぎて村の人を脅すからこんなことになるんだ!」

「俺は脅した覚えはないぞ。この村の人間どもにだけだ」

「はあ……ここで暮らしてくなら、その高慢ちきな性格は矯正してくださいね」

「何だと? 髭面」

「ああ、やめて二人とも。もう言い争いはしないで」

 睨み合うマルティンとゼルドリックを窘めつつ、リアは村長の家の扉を叩いた。

「村長! お久しぶりです、リアです! 帰ってきました!」

「おお、リアか……。ご苦労じゃったのお……。茶を出すからな、王都での話を聞かせておくれ……」

 杖をつく音が近づいてくる。緩慢さを感じさせる音に、リアは心配する声を掛けた。

「済まんの、もう少し待っておくれ。先程腰を痛めてしまってな……。あいたた、全く……あの耳長族のやることときたら、本当に……」

 腰を曲げた背丈の小さな老人は扉を開け、そしてリアの隣にいる背の高い男をゆっくりと見上げた。ゼルドリックは唇を片方だけ上げる特徴的な笑みを村長に向けた。それは逆光で影になったゼルドリックの顔を、なお怖ろしく見せるものだった。

「久しいな。挨拶に来た」

「ひぃ……」

 リアは怯えて縮こまる村長をマルティンと共に優しく支えた。ゼルドリックは村長を一瞥した後、ずかずかと家の中に入り込んだ。







 リアは村長に、事の顛末を話した。ファティアナ王女召し抱えの職人に任命され王都へと行き、ゼルドリックの屋敷で暮らしたこと。彼との生活を送る中で、ゼルドリックに心惹かれ、彼を深く愛するようになったこと。自分の腹の中には、既に子が宿っていること。ゼルドリックと暮らすために村へ戻ってきたこと。村長は驚きを示しつつも、冷静にリアの話に耳を傾けた。

「なるほど……結婚、とな……」

 村長は年季の入った椅子に来客たちを座らせ、腰を摩りながらリアを見た。

「リア、孫のように思っていたお前さんが結婚するとはの……めでたいことじゃ」

 村長は朗らかな笑い声を上げたが腰に響くらしく、すぐに笑うのを止めてまた腰を強く摩り始めた。

「ほんに、めでたいことじゃ。じゃが……まさか、あのお役人さんを連れてくるとはの」

 村長はこわごわとした視線をゼルドリックに向けた。ゼルドリックの叱責が、村長の中で恐怖の記憶として植え付けられていることは明白だった。

「ほう、何だ。リアの相手が耳長族で不満なのか?」

「いいえ、決して、そういうことではなく……」

 ゼルドリックが腕を組み鼻を鳴らす。リアは彼の腕を小突いたが、村長は高圧的なゼルドリックの振る舞いを気にすることもなく茶を飲み、ほうと息を吐いた。

「ゼルドリックどの。視察にいらしたあなたは充分ご存じでしょうが、このはずれの村には何もありませぬ。豊かな自然と、住む者たちの心が綺麗なこと……その他以外には、何もありませぬ。わしは不安なのです。王都で暮らしていたあなたが刺激のない田舎村の生活に飽いて、いつかリアを置いて出ていってしまわないかと……」

 ゼルドリックは腕を組むのを止め、真っ直ぐに村長を見据えて言った。

「それは杞憂に過ぎない。俺は彼女の傍で過ごすために中央政府の役人を辞した。ここで、リアと生まれてくる子を守り続ける。俺は決してリアの傍から離れぬ。彼女を、心から愛しているのでな」

「…………。左様ですか。熱の入った言葉……。あなたのお覚悟は、よく伝わりました」

 村長は沈黙の後、穏やかな笑みを浮かべた。

「ゼルドリックどの、あなたは随分と柔らかくなりましたな。この村にいらした時、あなたは鋭く尖っていて、他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。リアを働かせすぎていた我々を、敵とみなしていたのでしょう……」

「ふん」

「あなたの指摘は尤もでした。村一番の力持ちとはいえ歳頃の娘、わしらはもっとリアを気遣ってやるべきじゃった。ゼルドリックどのは、ずっとリアを気にかけていた。そしてリアも……日々共に暮らす内に、あなたが持つ棘を取り去っていったのでしょう。……ふたりが心から愛し合い、共に支えあって生きることを選んだならば、わしはもう、何も言うことはありません」

「村長……」

 リアが村長を見つめると、目の前の小さな老人は優しく微笑んだ。

「良かったのう、リア。お前さんはいい男を見つけた。ほんにおめでとう……」

 村長はマルティンに支えられながらゆるゆると立ち上がると、ゼルドリックに握手を求めた。

「ゼルドリックどの。あなたはこれより、はずれの村の一員じゃ。よろしく頼みます」

「こちらこそ」

 伸ばされた老人の小さな手を、ゼルドリックは黒く大きな手でしっかりと握り込んだ。

「村の者たちにはわしが伝えておくよ、お前さんがたの結婚について、何も心配することはないと。リア、この村でゼルドリックどのと、そして生まれてくる子供と、幸せに暮らしていきなさい」

「はい、村長。ありがとうございます……!」

「親御さんに、ルビーを送らなければいけないの」

 リアは優しい老夫の言葉に、満面の笑顔を向けて頷いた。



 ――――――――――



 翌日。

 リアのコレクションの中でもとびきり大きなルビーの原石、それだけを入れた封筒。
 リアはその封筒を、湖畔に訪れた配達人に手渡し、跳ねる胸に手を当てた。ゼルドリックがリアの手をそっと握る。手を包む体温にリアは顔を蕩けさせ、甘えるように彼にすり寄った。

「ねえ、覚えてる? 両親とは石でやり取りしてるって言ったの」

「ああ勿論。ルビーを送る時は結婚だったな」

「そうよ。ふふっ。まさか私が本当にルビーを送る日が来るなんてね。封を開けた時、ふたりはどんな顔をするのかしら?」

 リアはきらきらと輝く水面を眺めながら、楽しそうに笑った。

「私の住んでいた岩窟ではね、ドワーフは二十を迎えたら、両親から離れて独り立ちしなければならないっていう掟があるのよ。独り立ちしたら、病気や葬式、結婚以外では一切親に会うことが出来ないの」

「何? そんな厳しい掟があるなんて初めて聞いたぞ!」

「うん、珍しい掟よね。古いしきたりなの。ドワーフたるもの親に会う間を惜しみ、ひたすら一人で腕を磨け、って……」

 リアは十年前に顔を合わせたきりの両親の顔を思い浮かべ、湖の向こうを見つめた。

「私はそんな掟を守るつもりなんてなかったけれど、私が育った岩窟と、このはずれの村は遠く離れている。二人とも滅多に外に出ることもなかったし、私も仕事が忙しかったからね。顔を合わせないまま、あっという間に十年経っちゃった。……父さんと母さんに会いたい。ふふっ、私がエルフと結婚するって知ったら、びっくりするだろうなあ……」

 リアの目が懐かしいものを思い出すように眇められる。その横顔を見て、ゼルドリックは不安を吐露した。

「なあ……、リア。エルフは他種族に何度も争いを仕掛けた種族だ。そのせいでエルフに悪感情を持つドワーフや人間は多い。幸いこの村の住人は受け入れてくれたが……。君のご両親が、俺たちの結婚を反対したらどうする?」

 リアの胸に、彼が抱える不安が伝わってくる。リアはゼルドリックの手をしっかり握り直し、黒い頬に手を添えた。

「ゼル。安心して。父さんと母さんは反対なんてしない。ふたりともやっと私の王子様が見つかったんだって喜んでくれるだろうし、万が一反対されたとしても、私は絶対にあなたと添い遂げる」

「……リア。……ありがとう」

「そんな顔をしないの、大丈夫だから。結婚の日を楽しみに待ちましょう」

 リアはゼルドリックの首に手を回し、そっと口付けた。

「王子様、あなたと契る日が待ち遠しい」

 照れたように長い耳をひくつかせるゼルドリックを見て、リアは幸せそうに笑い続けた。


 ――――――――――



 そして一ヶ月後。
 夏の気配が近づき、はずれの村に緑が溢れる頃。リアとゼルドリックが式を挙げる日が訪れた。

「とうとうこの日がやってきたのだな! リアと契る日が来るなんて! だめだ、幸せすぎる。本当に幸せだ、こんな幸福があるなんて! 女神よ、心から感謝いたします! ああ、だが緊張してきた……。落ち着かなくて、とても座ってなんていられないっ! 幸せすぎて、おかしくなりそうだっ……」

 ゼルドリックは顔を紅潮させながら、そわそわと部屋の中を歩き回った。リアは落ち着きのない彼の様子に笑い声を上げ、逞しい腕をそっと掴んだ。

「ふふっ! ゼル、少し落ち着いて。今からそんな風になってしまっては、いざ式が始まったら大変よ」

 リアは幸福に満ちる自分の胸に、ゼルドリックの手を当てた。

「あなたの想いが私の胸に伝わってくるわ。どこまでも幸せに満ちた想い。ふわふわして、煌めいていて……。私も同じ気持ちよ、ゼル。やっとあなたと夫婦になれると思うと、とても嬉しいわ……」

 微笑むリアに、ゼルドリックは上気した顔を向けた。リアは目の前の男を幸福に潤んだ瞳で見つめた。ゼルドリックは美しかった。彼は高貴さを感じさせるエルフ様式の、白と金を基調とした服を纏っている。艷やかな黒髪は後ろに撫でつけられ、野性的な顔は爛々と輝いていた。恋物語の中から抜け出してきたようなその姿。

 憧れ続けてきた「黒の王子様」を前に、リアは夢見心地で呟いた。

「王子様……。素敵よ、とても似合っているわ」

「リア、俺の姫君。俺だけの……! ああ……本当に美しい。俺は今の君の姿を、ずっと忘れないだろう……」

 リアは真紅のドレスを纏っていた。ファティアナがリアにと用意したその薔薇柄のドレスは、白い肌と曲線を美しく際立てている。彼女の長く赤い髪は編み込まれ、花嫁の証である花かんむりが乗せられていた。ゼルドリックは自分の目にリアの姿を焼き付けるように、彼女をずっと見つめ続けた。

 ぼろぼろの掘っ立て小屋から、何十人も中に入れるような立派な煉瓦造りへと建て替えられた事務所。村長はその事務所で式を挙げてはどうかと提案をし、二人はその考えに賛成を示した。両親や王都のエルフたちに手紙を出し、村の住人たちと共に式の準備をする。忙しくも充実した一ヶ月間を、ゼルドリックとリアは、心からの幸福を感じながら過ごした。

「リア……俺のリア」

「ゼル……」

 お互いを熱の込もった視線で見つめ合う。ゼルドリックの手がリアの頬に添えられ、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。その時、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。リアはぱっとゼルドリックから離れ、扉を開けた。

「やあ! こっちの準備は済んだよ。皆、君たちを待ってる!」

 満面の笑みを浮かべて部屋の中に入ってきたマルティンに、ゼルドリックはしかめっ面を向けた。顔を赤らめたリアと不機嫌そうな顔のゼルドリックを交互に見つめ、マルティンは首を傾げた。

「おっ……もしかして、邪魔しちゃった?」

「ああ。たった今リアに口付けようとしていたところだ、髭面」

「そりゃ残念だったね」

「お前はいつもいいところで邪魔をする!」

「ごめんごめん、でも後にしてよ」

 マルティンは全く申し訳なさそうに思っていないような調子で、リアとゼルドリックの腕を引っ張った。

「さ、二人とも。早く行こう!」

 マルティンが事務所の広間へと二人を連れて行く。リアは眼前に広がる光景に大きく目を見開き、そして感嘆の息を吐いた。

「わあ……!」

 大きな拍手の音が広間に鳴り響く。はずれの村に住む四十人余りの住人が、温かな言葉で二人を出迎えた。広間は花と蝋燭、色鮮やかな布で飾り立てられ、大きな窓から射す陽光が、広間の中心を明るく照らす。リアとゼルドリックは、光の溜まり場へと歩みを進めた。

 リアは潤んだ目で、集まった人々を見つめた。見知った顔たちが笑顔を浮かべ、祝福の言葉を掛けてくれる。リアは目を閉じ、胸に迫り上がる幸福に涙を流した。

 そして懐かしい姿が、リアの元に近づいてくる。ドワーフの岩窟から外の世界へと旅立ち、鍛冶屋として独り立ちしてから約十年。その間ずっと顔を合わせなかった両親が、懐かしい微笑みをリアに向けていた。

 眼鏡を掛けた、偏屈な学者の父。そして、長い髭を三つ編みにした穏やかなドワーフの母。
 彼らは涙を堪え唇を震わせつつも、娘の晴れ姿に笑みを向け、心からの祝福を示した。

「父さん! 母さん!」

 リアは二人に縋り付いた。茶の髪に白いものが混じり、少し老いた彼らを力いっぱいに抱き締める。

「会いたかった、会いたかったよおっ……!」

 啜り泣くリアをしっかりと抱き締め返し、リアの母は優しい言葉を掛けた。

「リア、リア……! 私たちも会いたかったわ! 元気で良かった、立派になったわね……!」

 ドワーフの母は潤んだ瞳をリアに、そしてゼルドリックに向けた。長く茶色い髭にぱたぱたと涙が滴っていく。

「リア、そして……ゼルドリックさん。おめでとう。本当におめでとう……! エルフの方と娘が結婚すると知った時は驚いたけれど、お互いに深く愛し合っているのだと村長さんからお聞きしたわ。良かったわね、リア。あなたは王子様を見つけたのね」

「うん、母さん……私、見つけたよ……! 自分だけの王子様を……」

 リアの父は眼鏡を外し、目頭を押さえて肩を大きく震わせた。

「リア。こうして会えて何よりだ……。俺たちの宝物、本当に綺麗になったっ……!」

「父さん……」

「お前を送り出して十年。石のやり取りはしたがそれでも顔を合わせることがなくて、ずっと不安だった……。だがお前は、よく頑張った。本当によくやった。王女に装身具を献上するほどの立派な鍛冶屋となり、そして自分を愛する男を見つけたんだ……」

 父は不自由な腕を伸ばし、リアを抱き締め直した。そして眼鏡を掛け、自分よりずっと背の高いダークエルフの男を真っ直ぐに見つめた。

「リアを頼む。この子はしっかりしているが、寂しがり屋で繊細なところもある。王子の如く、姫君を大切にしておくれ。何よりも慈しんで、傍にいてやってくれ。この子は我々の宝物だ。どうかリアが、笑顔溢れる生活を送れるように……」

 ゼルドリックはしっかりと頷きを返した。リアの父はその力強い頷きに口角を上げた後、ゼルドリックの腕とリアの肩を優しく叩いた。

「おめでとう、二人とも。幸せになるんだよ」

 リアとゼルドリックはマルティンに伴われ、広間に集まった村の住人ひとりひとりに挨拶をした。皆、結婚の報告をした時は顔を青褪めさせていたというのに、今は晴れやかな顔を向けてくれる。ゼルドリックは村長が自分に向けて、「住む者たちの心が綺麗」と言った理由を身を以て知った。

(村の人間どもは、式の準備も進んで手伝いを申し出た。これほどの祝福を……俺が受けるとは思わなかった)

 という名目で威圧してきたにもかかわらず、また人間を何度も害してきたエルフであるにもかかわらず、村人たちは祝福の言葉をゼルドリックに贈った。驚きと感謝が混じり合った感情が、ゼルドリックの心を震わせる。その感情が伝わったのか、リアは彼に向けて微笑んだ。

「ね? 良い人たちばかりでしょう?」

「……ああ。君がそう言った理由がよく解った」

(はずれの村は、良いところだ)

 ゼルドリックは心からそう思った。何もない辺鄙な田舎村には、得難い宝が在った。

(奴らと打ち解けねばな。リアの愛した村を、そこに住む者たちを大切にしてやらねば……)

 高慢だったダークエルフは、村人たちに向けて感謝を示すように柔らかく口角を上げた。

 村人たちが二人を囲い、かごから花びらを掬い上げ散らしていく。色鮮やかな花の道を歩み、ゼルドリックとリアは大きな事務所の扉から外に出た。事務所の周囲には、薔薇を始めとした色とりどりの花が咲き誇っている。新緑と青い空に花々の色は映え、リアは心の中でその鮮やかさを讃えた。

 噴水の隣に、見る者を圧倒するような大きなケーキが置かれている。見知った獣人の女性が笑顔でリアとゼルドリックの元に近づいてきた。大きなケーキナイフを手渡され、リアはゼルドリックと共にケーキを切った。大きな歓声が上がる。リアが顔を上げると、陽光の中に、背の高いエルフたちが立っているのが見えた。

 オリヴァーが、メルローが、レントが、ケーキナイフを共に持つ二人を笑顔で見つめている。アンジェロが大泣きするマルティンの背を摩りながら、潤んだ瞳で祝福の言葉を述べた。メルローは腕の中にミーミスを抱いていた。真っ白で可愛らしいラグドールは紫色の瞳を天に向け、前足を掲げた。

「祝福を」

 一陣の風が吹き、そしてたくさんのパルシファーの綿毛が現れた。赤い綿毛は風に乗って漂い、村全体へと飛んでいく。青空の中で赤い綿毛の吹雪は実に映え、リアの両親は娘が生まれた日のことを思い出し、感動に涙を溢れさせた。

 ――これは驚いた。まるでパルシファーの綿毛の様な髪だ!

 かつてのゼルドリックの声が蘇る。初めて顔を合わせた時に掛けられた言葉。その言葉を思い出しては何度も心を傷付けたというのに、今思えば、彼の言葉が堪らなく愛おしい。

 アカドクジシソウ――パルシファーのことを憎らしく思っていたのに、今は風に乗って流れていく赤い綿毛を心から美しいとリアは思った。

(私たちは、ここから始まったのね)

 リアは立派な煉瓦造りの事務所に、かつての朽ちかけた狭い小屋の姿を見た。

(私と、マルと。そしてゼルとアンジェロ様。あの応対の日々から、今日のような日を迎えることになるとは思わなかったわ……。ふふ。あの頃の、ダークエルフの役人に嫌味を言われて泣いてた自分に、あなたはその役人と結婚することになるのよって伝えたら、きっとひどく驚くのでしょうね)

 はずれの村での視察の応対の日々。そしてファティアナに召し抱えられ、王都で暮らした日々。どれもが自分の中で輝きを放っている。リアはパルシファーの綿毛が飛ぶ中、彼に万感の思いを込めて微笑んだ。

「ゼル」

「リア……」

 頬に優しく手が添えられる。リアは青空のような瞳に吸い込まれるように、彼の顔を優しく引き寄せた。
 そして二人はパルシファーの綿毛が飛ぶ中、契りの口付けを交わした。
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