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第三章
61.花を抱く ★
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それから、三年の月日が経った。
美しい月明かりが窓から差し込む。
すやすやと寝息を立てるふたりの子供の穏やかな顔を眺め、リアは顔を綻ばせた。
長い耳を持つ己の子は、二人ともゼルドリックによく似た姿で生まれたものだとリアは思った。黒い肌に、真っ直ぐで癖のない黒髪。青い色の瞳。鼻も高く、手足も長い。だが、鋭さを持たない柔らかな目元だけは自分に似ている気がする。将来どんな姿になるのか楽しみだと思いつつ、リアは彼らを起こさないように、そっと子供部屋の扉を閉めた。
リアは自分の寝室に向かった。寝台に腰掛け、サイドテーブルに飾られている二輪の薔薇を見つめる。ひとつは透き通る氷晶の薔薇、もうひとつは青い契りの薔薇。完璧な姿で咲き誇る二輪の薔薇を見つめ、寝る前に幸福に浸ること。それがリアの習慣だった。
目を閉じ、胸に伝わる感情を味わう。魂を縛る契りの薔薇の蔦から、ゼルドリックの感情がそのまま伝わってくる。彼が自分へと抱く愛はなお深く、なお強まるばかりで、リアはうっとりと熱の込もった息を吐いた。
――こんなに愛されては、また欲しくなるではないか。
海のように大きく深い愛が自分の魂を、心を、優しく包み込んでいる。ゼルドリックが感じている幸福が、自分の芯を切なく揺さぶり、火を灯す。身体の奥底が潤みじんわりと熱を持ったのを感じ、リアは早く帰ってきて、と口にした。
リアはサイドテーブルに手を伸ばし、二輪の薔薇を取った。氷晶の薔薇と契りの薔薇をそっと胸に抱き締める。
(ああ……本当に、幸せね)
三年前、地下牢に監禁されゼルドリックから暴行を受けていた日々。辛い現実から逃げ、縋るように見たあの時の夢は、こうして叶えられた。大好きなゼルドリックと契り、彼との間に子供を持ったこと。温かな家庭を築きたいという夢。リアはひたすら優しいゼルドリックの愛に揺蕩い、夢見心地のまま日々を過ごした。
ふと、玄関の扉を開ける音がした。音を立てぬようにとそっとこちらへ歩いてくる気配を感じ、リアは口角を上げた。薔薇をサイドテーブルに飾り直し、彼を待つ。寝室の扉が開かれ、背の高い筋骨隆々の男が入ってくる。ゼルドリックはリアに向けて微笑んだ後、宝物のように優しく彼女を抱き締めた。
「おかえりなさい、ゼル」
「ただいま……」
赤い髪に顔を埋められ、深く息を吸い込まれる。リアもまたゼルドリックの匂いを確かめるように、彼の広い背に腕をしっかりと回し胸に顔を埋めた。よく嗅ぎ慣れた干し草の匂い。落ちつく田舎村の匂い。ゼルドリックがかつて纏っていたミントの香りも好きだったが、リアは彼がこの懐かしさを感じさせる匂いを纏うようになったことを心から嬉しく思った。
「遅くなって済まないな。修理に手間取った」
「お疲れ様。倉庫の屋根は無事に直せた?」
「ああ、もう雨漏りをすることはないだろう。村長もビョルンも喜んでいたよ、俺も大分、手仕事に慣れてきたとな」
ゼルドリックは朗らかに笑った。はずれの村で暮らし始めてから三年、ゼルドリックはすっかり村の住民に受け入れられるようになった。高圧的なダークエルフの元役人を怖れる者は、今は誰ひとりとしていない。ゼルドリックのリアに対する献身や真っ直ぐな愛情を見て、村人たちはすぐに彼の評価を見直した。住民が少ないはずれの村は常に男手を必要としている。体格が良く力の強いゼルドリックはどこの家でも頼りにされ、あっという間に慕われるようになった。
「良かったわね、先生」
「……君にまでそう呼ばれると、なんだかこそばゆいな」
ゼルドリックは耳をひくつかせた。王都から持ってきた彼の蔵書と、身につけた豊富な知識。それらを役立てゼルドリックが村の住民たちに勉強を教えてやると、やがて彼は、住民たちから「先生」と呼ばれるようになった。王都で長年中央政府の役人として働き続けてきた彼は情報を整理し、分かりやすく他人へと教えることが上手く、最初、生徒は木こりのビョルン一人だけだったのが、良い評判が広まって彼の生徒は忽ちに増えた。
「あなたが頼りにされているのを見ると、私まで嬉しくなるわ」
「ありがとう。この村の人間は俺に良くしてくれたからな、助けられる時は助けてやらねば。俺の持っている知識や力が役立つなら何よりだ」
彼はすすんで村に打ち解けようとしてくれている。そしてそれは、しっかりと住民たちへと伝わっている。リアにはそれが頼もしく、嬉しく感じられた。
「なあ、リア。リリーとウィローはもう寝たか?」
「ええ。深く眠っているわ」
「そうか、良かった」
「私、しばらくあの子たちの寝顔を見つめていたの。本当にあなたそっくりね」
「くくっ……ああ。二人とも俺によく似た。だが、あの優しさを感じさせる目元は君に似ているよ、リア。リリーとウィローが、どんな風に育つのか楽しみだ」
ゼルドリックはリアの頭を撫でながら、目を閉じ微笑んだ。可愛い可愛い二人の子供の顔を思い出す。その顔に愛おしい妻の面影を見て、ゼルドリックは心からの幸福に浸った。
「幸せだな、リア……」
「ええ、本当に……」
抱き締め合い、触れ合っているところが蕩けそうな熱を持つ。リアはゼルドリックの首に腕を回し、黒く長い耳に色を含んだ息を注ぎ込んだ。
「ねえ、ゼル。……ちょうだい。ずっとあなたが帰ってくるのを待っていたのよ。疼いて仕方ないの」
敏感な耳を、唇で優しく挟む。唇の中でぴくぴくと動く耳を愛おしく思いながら、リアはゼルドリックを誘惑した。
「リ、リア……」
ゼルドリックは顔を真っ赤にして妻の顔を見た。
「伝わってくるのよ、あなたの感情が。私のことが好きで好きで仕方がないって。こんなに愛されたら切なくなるわ……」
リアの赤く潤んだ瞳が、月明かりに美しく照らされる。ゼルドリックはごくりと唾を飲んで、彼女の顔を見つめた。
「……いいのか、今朝もしただろう。君を疲れさせてしまう」
「ふふっ、何を遠慮しているの? 私なら平気よ。それにゼルに抱いてもらえないと、身体が熱くて眠れそうにないの。ねえ、ゼルも足りないでしょう?」
あなたの考えていることは全て伝わっている、そのような含みを持たせた視線を送ると、ゼルドリックはゆっくりと首を縦に振った。
リアの身体が優しく寝台に横たえられ、ゼルドリックが伸し掛かってくる。リアは微笑んだ後、彼に全てを委ねるように身体の力を抜いた。
「んんっ……はぁっ……ふうっ、んっ……」
「ふ、んあっ……んっ、ぜ……るぅ……!」
「くっ、くくっ……気持ちよさそうだな、リア……!」
唇を優しく重ね合わせるだけのキスから、舌を絡め合わせる深いキスへと変わっていく。夫のさらさらとした髪を指で梳きながら、リアは待ち望んでいた快楽に溺れた。
「は、あっ……足りない、足りなかったの……朝、ゼルに抱かれたのに……それでも疼いて仕方なかったの……」
二人の間に伸びたとろりとした銀糸を舐め、リアは蠱惑的に微笑んだ。ゼルドリックの獣欲が湧き上がる。リアの服をはだけ、滑らかな肌に舌を滑らせれば彼女は歓喜の喘ぎを漏らした。リアの白い肌が、ゼルドリックの唾液によってぬらぬらと光る。月明かりに照らされたそれに、ゼルドリックは強い興奮を感じた。
「は、あっ……リア。リアがそんなに俺を求めてくれるなんて、本当に嬉しい……。俺もだ。俺もずっとリアが欲しかった。欲しくて欲しくてたまらない。ずっとリアとくっついていたい……」
「ふ、あああっ……!」
ゼルドリックの黒く大きな手が、豊満な胸を捏ねるように揉みしだく。胸に伝わるじわじわとした快感に、リアの芯が綻んでいく。乳輪をなぞるように指を這わせられ、隆起した尖りを優しく弾かれる。声を上げないように手で己の口を塞ぎながら、リアはゼルドリックが与える快楽に身悶えした。
「は、んんっ……ん、ん……ぜ、るぅ……」
「ちゅ、んむっ……リア、リア……はっ……美味い、な……」
白いものが滲む胸の頂きを、ゼルドリックは舐め、優しく吸い上げた。ちゅくちゅくという水音が響き、張った胸がゼルドリックの手によって柔らかくほぐされていく。彼に母乳を吸われている。それは酷く背徳的な感じがして、リアは目を潤ませた。
「は、ゼル……」
彼が身に着ける麻のシャツをはだけさせ、リアはゼルドリックの黒い肌の感触を確かめるようにゆっくりと撫でた。筋骨隆々の、体温が高く少し汗ばんだ光沢のある肌。リアが肩に唇を寄せると、それが合図とばかりにゼルドリックはリアのスカートに手を掛けた。
「ふ、んんんんっ……」
下着越しに秘所をなぞられる。潤みきったそこは下着の色が変わるほどに濡れていて、ゼルドリックはびっしょりと濡れた下着をずらした。つぷりと音を立てて、彼の中指が内に入ってくる。親指で優しく敏感な肉芽を撫でられながら、そっと指を抜き差しされる。リアは両手で自分の口を塞ぎながら、必死に声を出さないように努めた。
「ん、ん、んんんんっ!」
ゼルドリックは契ってからというもの、リアの身体を気遣い、宝物のように丁寧に、優しく抱いた。
穏やかながらも、身を捩りたくなるほどに気持ちが良い。じわじわとした快楽が迫り上がる。太腿を痙攣させ、リアはゼルドリックの手によってあっという間に甘やかな絶頂を迎えた。
「ふ、んんっ……! は、ああっ……」
「リア……また、敏感になったか……?」
「う、んっ……」
自分の身体が、彼の手によってどんどんと作り変えられていく。甘く壊される快感に、リアはうっとりと目を閉じた。
「あなたのゆびが……とても気持ちいい……触れられたところが全部熱くて、蕩けてしまいそう……」
リアの塞がれた口から素直な言葉が出る。心を締め付けられるような健気さに、ゼルドリックはリアの髪を撫でた。
「……そう、か……可愛い可愛いリア……何度も達してくれ……」
「はっ……んん、あ、あぁっ……」
くるくると愛液に濡れた肉芽を優しくなぞられ、ぬかるみきった穴にまた新たな指を差し込まれる。リアは二回、三回と続けてまた甘い極みを迎えた。ごぷり、と粘っこい液が自分の中から次々に溢れ出るのを自覚して、リアは懇願するようにゼルドリックに縋り付いた。
「も……ほしい、来て、挿れて……」
リアの手が膨らんだそれに伸ばされ、彼の洋袴が引っ張られる。ゼルドリックは洋袴を脱ぎ去り、リアの泥濘にそそり勃った陰茎を突き立てた。
「リア……入るぞ」
「は、ああああああああっ………」
ゆっくりとゼルドリックが入ってくる感覚に、リアは深い息を吐いた。自分のうつろが満たされ、大きな幸福感と充足感に包まれる。ゼルドリックの感情が流れ込み、リアの魂を切なく震わせる。夫に縋り付き、リアは緩みきった顔に笑みを浮かべた。
「あ、あっ……気持ちいいよお……」
「リア……あ、ああ……気持ちがいい、な……君の中は、温かくて……ずっとこうしていたい……」
リアの手がゼルドリックに握られる。指を絡ませ合い、お互いの顔を見つめたまま繋がり合う。繋がったところから快楽が迫り上がる。
「とけ、ちゃう……」
リアは思わずそう呟いた。自分のうつろをゼルドリックが満たしている。ゼルドリックと繋がり、ひとつになっている。ふたりがひとつになって、このまま溶けてしまいそうな感覚。歓喜を顔に浮かべる妻に口付け、ゼルドリックは大きく、深く腰を動かし始めた。
「うう、ふ、ああっ」
「リア、リア……」
口を塞ごうとする妻の手を取り、ゼルドリックは己の指をリアの唇に這わせた。彼の指に、リアの柔らかな舌が這う。潤んだ赤い瞳から生理的な涙が溢れるのを見て、ゼルドリックはそっと涙を舐め取った。
「可愛い……リア、もっと気持ちよくなってくれ……」
「は、ふうっ……んんっ……ああっ……も、う……!」
ゼルドリックの指を舐めしゃぶりながら、リアは深い絶頂を迎えた。
「ああああっ……! ん、んんんっ……」
リアの膣の収縮を楽しみながら、ゼルドリックはリアに深く口付けた。ぴったりと寄せ合った身体が汗ばみ、熱を持つ。くたりと力を抜き、リアは与えられる快楽に溺れた。
「ふ、ふああっ……」
「くくっ……リア、気持ちよかったな……?」
耳をちろちろと舐められ、色気のある低い声を注がれる。願っていたものが与えられた解放感に、リアは微笑み頷いた。ゼルドリックはいつも丁寧に自分の身体を愛撫する。そして翌日まで甘い痺れが残り続けるほどに、深い快楽を与えてくる。夫に愛される度に自分が生まれ変わっていくような気がするとリアは思った。
リアが絶頂に達してもゼルドリックの屹立はそのままで、リアは痺れる腰を動かし、彼の陰茎に刺激を与えた。
「ね、もっと……」
「リア……」
「もっと気持ちよくして、私の中に、たくさん注いで……」
王子様、お願い。ゼルドリックの耳元でそう呟けば、彼は唇を曲げた。
「姫君の望む通りに……」
「あ、あああっ!」
ゼルドリックの剛直がリアの良いところをぐりぐりと擦る。優しくも容赦なく自分の身体を絶頂に導こうとする腰の動きに、リアはぽろぽろと涙を流し、必死に声を押さえた。
「ふ、ふうっ……う、んんっ……」
「は、はあっ……は、リア……リ、ア……う……くうっ……」
リアの最奥で温かいものが放たれる。自分の中に注がれたそれを感じ、リアは腰を震わせた。
「はああああっ……あ、つい……」
身体を強く抱き締められる。リアは夫の逞しい腕の中で、うっとりと目を閉じた。
「ゼル……大好き、愛してるわ。私のゼル……」
心に伝わる感情に応えるように、彼の耳に愛の言葉を注ぎ込む。胸が切なく締め付けられる。ゼルドリックは青い瞳を感動に潤ませ、俺もだと口にした。
「リア……もっと君に触れたい。受け入れてくれ……」
月明かりの中、また二つの身体が重なる。
ふたりの睦み合いは、夜が更けるまで続いた。
――――――――――
「はい、よろしくね」
一ヶ月に一度、リアの家の前には大型の鶴がやってくる。その鶴の首にはいつも給金が括り付けられていて、リアはその給金とファティアナからの手紙を受け取るのだった。ファティアナに捧げる装飾品と彼女に宛てた手紙を、リアは鳥の首を痛めないよう丁寧に括り付けた。パルナパ家が使い魔として使役する大型の鶴は、ばさばさと白い羽を広げ、大空へと飛び立っていった。
リアはファティアナからの手紙を読み、そして顔を綻ばせた。王都から遠く離れた村で暮らすリアの身を案じる言葉から始まり、そして装飾品から伝わる感情のきらめきについて、ファティアナが語る内容が続く。
『ゼルドリックと幸せに暮らしているようで良かったわ。これからも幸せに暮らして、私に感情のきらめきを伝えてね』
優しい主の言葉に、リアは心が温かくなっていくのを感じた。
「……ありがとうございます、ファティアナ様」
リアは今の生活を心から幸せだと思った。長女のリリー、そして去年生まれた長男のウィロー。ゼルドリックと共に子育てに苦戦しつつも、村の住人や、時折顔を見せに来るオリヴァーやメルロー、レントが見守ってくれる。
ふと、心の中に寂しさが過ぎる。
ぼんやりと青空を見上げリアは呟いた。
「マル。あなたは元気でやっているかしら? もう三年よ。三年も、経ったのよ……」
結婚式を挙げた後、自分の弟ははずれの村を出ていくと言った。引き止めるリアを前に、マルティンは強い意志を宿した瞳を向けた。
王都で見た桜の大樹が頭から離れない。自分はあんなに素晴らしいものを見たことが無かった。世界には自分の知らないものが山ほどあって、それを見に行きたいのだとマルティンは力強く言い切った。
そうして彼は、亡き父が遺した猟銃一丁だけを手に、この村を出ていった。国外の任務に就くアンジェロと共に旅をするのだと言って。リアはマルティンが怪我をすることなく、自分と同じこの青空を見ていることを願った。
リアが彼に便りを出しても、彼から便りが返ってきたことはない。アンジェロと共に様々な国を巡っている彼の元には、もしかしたら自分が書いた便りが届いていないのかもしれない。それでもリアは、マルティンへと手紙を書くことを止められなかった。二十三歳になった弟の姿を頭に思い浮かべながら、彼の身を案じる言葉を綴り続けた。
――――――――――
ある日のこと。茶でも淹れようとリビングの扉を開けたゼルドリックは、そこに見知った顔が並んでいるのを見て、ひとつ耳をひくつかせた。
オリヴァー、メルロー、レント。そして猫の姿のミーミスが、ゼルドリックを見て微笑んだり、いたずらそうに笑ったりした。メルローとオリヴァーは椅子に腰掛け、勝手に茶を淹れて飲んでいる。レントだけが丁寧にゼルドリックに向けて挨拶をした。
「きゃあー、かわいい!!」
「ふふ。この子らは中々元気だね」
ふわふわとした毛並みの猫が、リリーとウィローにもみくちゃにされている。ウィローの唾液を背中にたっぷりと付けられ、ミーミスは少し困ったような声を上げた。
「……先生。いつの間にいらしたのです」
「なあに、ほんのさっきさ。任務の合間を縫って、君たちに会いに来たんだよ。いやあ良かったねゼルドリック。この子らは君にそっくりだ。でも、目元はリアに似ているかな?」
ミーミスが腹を出して身体をくねらせると、リリーとウィローはなお喜び、柔らかな腹を撫で回した。
「おっさん。リアちゃんは?」
「身重の住人の家事を手伝いに行っている。妻は元気だ。心配要らない」
メルローの問いにゼルドリックが微笑みながら答えると、ミーミスはにゃあと鳴き声を上げた。
「幸せそうな顔をしているね、ゼルドリック。愛しい愛しいリアを妻と呼べるようになって本当に良かったじゃないか。君の声から彼女への強い愛情を感じるよ」
「そ、そうでしょうか」
上気した顔で照れたように笑うゼルドリックを見て、オリヴァーは鼻を鳴らした。
「ふん、だらけた顔をしおって。鼻の下が伸びているぞゼルドリック」
「済まないな、オリヴァー。日々幸せを感じていてな、どうしてもこんな顔になってしまう。羨ましいか?」
ゼルドリックの素直な微笑みに、オリヴァーは変な顔をした。
「貴様がそんな風になるとは思わなかった。やはり愛というのは怖ろしい。性格をすっかり変えてしまう」
「ああ、オリヴァー。愛は怖ろしいものではない、素晴らしいものなのだ。いつかお前も愛を得られればいいな?」
顔を蕩けさせる友の顔を嫌そうに見て、オリヴァーは吐き捨てた。
「煩い! 私を哀れむな! だが、まあ……子はいいものだ。ちんまりとしていて、中々可愛らしいと思う」
オリヴァーは茶を呷った後、椅子から立ち、リリーとウィローの頭を撫でまわした。
「ゼルドリックのおっさん。これ、リアちゃんに渡してやって」
メルローは胸元から一つの封筒を取り出し、ゼルドリックへと差し出した。差出人の名が書かれていない真っ白な封を見て、ゼルドリックは訝しげに尋ねた。
「誰からだ?」
「マルティン=ベアクロー。リアちゃんの弟からだよ」
メルローは真っ赤な唇を上げた。
「昨日、お貴族様と共に中央政府に転移してきてね。あたしにこの手紙をリアちゃんへ渡してって頼んできた」
「……そうか、マルティンか。彼は元気だったか?」
「ああ。長い髭も、あのぽっちゃりとした体型も相変わらずだ。戦闘訓練も積んでいないのに、お貴族様の護衛をしっかりとこなしているらしい。何でも、銃の腕前がすげえんだってな。ああ、お貴族様も元気だぜ。リリーとウィローの写真を見せたら喜んでたよ」
「そうか……」
ゼルドリックは元部下の姿を思い出し、沁み入るように目を瞑った。
「リアはマルティンからの返事を待ち望んでいたからな。無事だと知ってとても喜ぶだろう。感謝する」
「おう、早く渡してやれよ」
メルローは片手を上げ、リアに会いに行くと言ってその場から消え去った。
「穏やかに暮らしているようで安心しました。ゼルドリック様、あなたは村の方に随分と慕われているようですね」
レントは灰色の目を細め、微笑んだ。
「村の奴らから何か聞いたのか?」
「先生、と。ゼルドリック様はそう呼ばれているとお聞きしました。何でも勉強を教え、積極的に力仕事もこなす頼りがいのある方だと」
「ほう、それはそれは」
ミーミスが面白そうにゼルドリックの方を向いた。
「君はすっかり、この村に打ち解けたのだね」
「ええ……。そうあろうと努力しました。この村の住民は皆、心が優しい。ダークエルフである俺を、そして子を受け入れてくれました」
「良かったね。君は随分といい顔をするようになった。心から満ち足りた顔だ。師であった私でも、今までに君のそんな顔を見たことはなかったよ」
にゃあとまた猫は鳴き、ふわふわの前足で子供たちの頭を器用に撫でた。
「ここには幸せが在る。ゼルドリック、君はこれからも家族と共に、穏やかに暮らしていきなさい」
ゼルドリックはリリーとウィローを抱きかかえ、師に向かって頷いた。
「はい、先生」
その夜、リアはゼルドリックと共にマルティンからの手紙に目を通した。彼の手紙には、リアが今まで送ってきた便りの返事が全て書かれていて、そして封筒には外国の風景が映った写真が何枚か入れられていた。弟の無事を知ったリアは涙ぐんだ目で、何度も何度も手紙を読み返した。そして写真を額縁にいれ、リリーとウィローが過ごす子供部屋に飾った。リリーは目を輝かせ、絵本の世界のようなその景色を見つめた。
(良かったわね、マル……。あなたは、こんな景色を見てきたのね)
赤や青の色鮮やかな屋根、変わった服を纏う漁師、巨大な時計台、大海原、高く聳え立つ峰々。
異国の風景が、彼の今までの旅を物語っている。二十年をこの田舎村で過ごしてきた彼にとって、それはさぞ煌めいて映ったことだろうと、リアは万感の思いを込めて写真を見つめた。
(彼の旅に幸あらんことを)
リアは月明かりの差す窓から天を見上げ、神へと祈りを捧げた。
(そして私たちがこれからも、幸福の中で暮らしていけますように)
サイドテーブルに飾られた二輪の薔薇を見て、リアはゼルドリックと共に微笑んだ。
美しい月明かりが窓から差し込む。
すやすやと寝息を立てるふたりの子供の穏やかな顔を眺め、リアは顔を綻ばせた。
長い耳を持つ己の子は、二人ともゼルドリックによく似た姿で生まれたものだとリアは思った。黒い肌に、真っ直ぐで癖のない黒髪。青い色の瞳。鼻も高く、手足も長い。だが、鋭さを持たない柔らかな目元だけは自分に似ている気がする。将来どんな姿になるのか楽しみだと思いつつ、リアは彼らを起こさないように、そっと子供部屋の扉を閉めた。
リアは自分の寝室に向かった。寝台に腰掛け、サイドテーブルに飾られている二輪の薔薇を見つめる。ひとつは透き通る氷晶の薔薇、もうひとつは青い契りの薔薇。完璧な姿で咲き誇る二輪の薔薇を見つめ、寝る前に幸福に浸ること。それがリアの習慣だった。
目を閉じ、胸に伝わる感情を味わう。魂を縛る契りの薔薇の蔦から、ゼルドリックの感情がそのまま伝わってくる。彼が自分へと抱く愛はなお深く、なお強まるばかりで、リアはうっとりと熱の込もった息を吐いた。
――こんなに愛されては、また欲しくなるではないか。
海のように大きく深い愛が自分の魂を、心を、優しく包み込んでいる。ゼルドリックが感じている幸福が、自分の芯を切なく揺さぶり、火を灯す。身体の奥底が潤みじんわりと熱を持ったのを感じ、リアは早く帰ってきて、と口にした。
リアはサイドテーブルに手を伸ばし、二輪の薔薇を取った。氷晶の薔薇と契りの薔薇をそっと胸に抱き締める。
(ああ……本当に、幸せね)
三年前、地下牢に監禁されゼルドリックから暴行を受けていた日々。辛い現実から逃げ、縋るように見たあの時の夢は、こうして叶えられた。大好きなゼルドリックと契り、彼との間に子供を持ったこと。温かな家庭を築きたいという夢。リアはひたすら優しいゼルドリックの愛に揺蕩い、夢見心地のまま日々を過ごした。
ふと、玄関の扉を開ける音がした。音を立てぬようにとそっとこちらへ歩いてくる気配を感じ、リアは口角を上げた。薔薇をサイドテーブルに飾り直し、彼を待つ。寝室の扉が開かれ、背の高い筋骨隆々の男が入ってくる。ゼルドリックはリアに向けて微笑んだ後、宝物のように優しく彼女を抱き締めた。
「おかえりなさい、ゼル」
「ただいま……」
赤い髪に顔を埋められ、深く息を吸い込まれる。リアもまたゼルドリックの匂いを確かめるように、彼の広い背に腕をしっかりと回し胸に顔を埋めた。よく嗅ぎ慣れた干し草の匂い。落ちつく田舎村の匂い。ゼルドリックがかつて纏っていたミントの香りも好きだったが、リアは彼がこの懐かしさを感じさせる匂いを纏うようになったことを心から嬉しく思った。
「遅くなって済まないな。修理に手間取った」
「お疲れ様。倉庫の屋根は無事に直せた?」
「ああ、もう雨漏りをすることはないだろう。村長もビョルンも喜んでいたよ、俺も大分、手仕事に慣れてきたとな」
ゼルドリックは朗らかに笑った。はずれの村で暮らし始めてから三年、ゼルドリックはすっかり村の住民に受け入れられるようになった。高圧的なダークエルフの元役人を怖れる者は、今は誰ひとりとしていない。ゼルドリックのリアに対する献身や真っ直ぐな愛情を見て、村人たちはすぐに彼の評価を見直した。住民が少ないはずれの村は常に男手を必要としている。体格が良く力の強いゼルドリックはどこの家でも頼りにされ、あっという間に慕われるようになった。
「良かったわね、先生」
「……君にまでそう呼ばれると、なんだかこそばゆいな」
ゼルドリックは耳をひくつかせた。王都から持ってきた彼の蔵書と、身につけた豊富な知識。それらを役立てゼルドリックが村の住民たちに勉強を教えてやると、やがて彼は、住民たちから「先生」と呼ばれるようになった。王都で長年中央政府の役人として働き続けてきた彼は情報を整理し、分かりやすく他人へと教えることが上手く、最初、生徒は木こりのビョルン一人だけだったのが、良い評判が広まって彼の生徒は忽ちに増えた。
「あなたが頼りにされているのを見ると、私まで嬉しくなるわ」
「ありがとう。この村の人間は俺に良くしてくれたからな、助けられる時は助けてやらねば。俺の持っている知識や力が役立つなら何よりだ」
彼はすすんで村に打ち解けようとしてくれている。そしてそれは、しっかりと住民たちへと伝わっている。リアにはそれが頼もしく、嬉しく感じられた。
「なあ、リア。リリーとウィローはもう寝たか?」
「ええ。深く眠っているわ」
「そうか、良かった」
「私、しばらくあの子たちの寝顔を見つめていたの。本当にあなたそっくりね」
「くくっ……ああ。二人とも俺によく似た。だが、あの優しさを感じさせる目元は君に似ているよ、リア。リリーとウィローが、どんな風に育つのか楽しみだ」
ゼルドリックはリアの頭を撫でながら、目を閉じ微笑んだ。可愛い可愛い二人の子供の顔を思い出す。その顔に愛おしい妻の面影を見て、ゼルドリックは心からの幸福に浸った。
「幸せだな、リア……」
「ええ、本当に……」
抱き締め合い、触れ合っているところが蕩けそうな熱を持つ。リアはゼルドリックの首に腕を回し、黒く長い耳に色を含んだ息を注ぎ込んだ。
「ねえ、ゼル。……ちょうだい。ずっとあなたが帰ってくるのを待っていたのよ。疼いて仕方ないの」
敏感な耳を、唇で優しく挟む。唇の中でぴくぴくと動く耳を愛おしく思いながら、リアはゼルドリックを誘惑した。
「リ、リア……」
ゼルドリックは顔を真っ赤にして妻の顔を見た。
「伝わってくるのよ、あなたの感情が。私のことが好きで好きで仕方がないって。こんなに愛されたら切なくなるわ……」
リアの赤く潤んだ瞳が、月明かりに美しく照らされる。ゼルドリックはごくりと唾を飲んで、彼女の顔を見つめた。
「……いいのか、今朝もしただろう。君を疲れさせてしまう」
「ふふっ、何を遠慮しているの? 私なら平気よ。それにゼルに抱いてもらえないと、身体が熱くて眠れそうにないの。ねえ、ゼルも足りないでしょう?」
あなたの考えていることは全て伝わっている、そのような含みを持たせた視線を送ると、ゼルドリックはゆっくりと首を縦に振った。
リアの身体が優しく寝台に横たえられ、ゼルドリックが伸し掛かってくる。リアは微笑んだ後、彼に全てを委ねるように身体の力を抜いた。
「んんっ……はぁっ……ふうっ、んっ……」
「ふ、んあっ……んっ、ぜ……るぅ……!」
「くっ、くくっ……気持ちよさそうだな、リア……!」
唇を優しく重ね合わせるだけのキスから、舌を絡め合わせる深いキスへと変わっていく。夫のさらさらとした髪を指で梳きながら、リアは待ち望んでいた快楽に溺れた。
「は、あっ……足りない、足りなかったの……朝、ゼルに抱かれたのに……それでも疼いて仕方なかったの……」
二人の間に伸びたとろりとした銀糸を舐め、リアは蠱惑的に微笑んだ。ゼルドリックの獣欲が湧き上がる。リアの服をはだけ、滑らかな肌に舌を滑らせれば彼女は歓喜の喘ぎを漏らした。リアの白い肌が、ゼルドリックの唾液によってぬらぬらと光る。月明かりに照らされたそれに、ゼルドリックは強い興奮を感じた。
「は、あっ……リア。リアがそんなに俺を求めてくれるなんて、本当に嬉しい……。俺もだ。俺もずっとリアが欲しかった。欲しくて欲しくてたまらない。ずっとリアとくっついていたい……」
「ふ、あああっ……!」
ゼルドリックの黒く大きな手が、豊満な胸を捏ねるように揉みしだく。胸に伝わるじわじわとした快感に、リアの芯が綻んでいく。乳輪をなぞるように指を這わせられ、隆起した尖りを優しく弾かれる。声を上げないように手で己の口を塞ぎながら、リアはゼルドリックが与える快楽に身悶えした。
「は、んんっ……ん、ん……ぜ、るぅ……」
「ちゅ、んむっ……リア、リア……はっ……美味い、な……」
白いものが滲む胸の頂きを、ゼルドリックは舐め、優しく吸い上げた。ちゅくちゅくという水音が響き、張った胸がゼルドリックの手によって柔らかくほぐされていく。彼に母乳を吸われている。それは酷く背徳的な感じがして、リアは目を潤ませた。
「は、ゼル……」
彼が身に着ける麻のシャツをはだけさせ、リアはゼルドリックの黒い肌の感触を確かめるようにゆっくりと撫でた。筋骨隆々の、体温が高く少し汗ばんだ光沢のある肌。リアが肩に唇を寄せると、それが合図とばかりにゼルドリックはリアのスカートに手を掛けた。
「ふ、んんんんっ……」
下着越しに秘所をなぞられる。潤みきったそこは下着の色が変わるほどに濡れていて、ゼルドリックはびっしょりと濡れた下着をずらした。つぷりと音を立てて、彼の中指が内に入ってくる。親指で優しく敏感な肉芽を撫でられながら、そっと指を抜き差しされる。リアは両手で自分の口を塞ぎながら、必死に声を出さないように努めた。
「ん、ん、んんんんっ!」
ゼルドリックは契ってからというもの、リアの身体を気遣い、宝物のように丁寧に、優しく抱いた。
穏やかながらも、身を捩りたくなるほどに気持ちが良い。じわじわとした快楽が迫り上がる。太腿を痙攣させ、リアはゼルドリックの手によってあっという間に甘やかな絶頂を迎えた。
「ふ、んんっ……! は、ああっ……」
「リア……また、敏感になったか……?」
「う、んっ……」
自分の身体が、彼の手によってどんどんと作り変えられていく。甘く壊される快感に、リアはうっとりと目を閉じた。
「あなたのゆびが……とても気持ちいい……触れられたところが全部熱くて、蕩けてしまいそう……」
リアの塞がれた口から素直な言葉が出る。心を締め付けられるような健気さに、ゼルドリックはリアの髪を撫でた。
「……そう、か……可愛い可愛いリア……何度も達してくれ……」
「はっ……んん、あ、あぁっ……」
くるくると愛液に濡れた肉芽を優しくなぞられ、ぬかるみきった穴にまた新たな指を差し込まれる。リアは二回、三回と続けてまた甘い極みを迎えた。ごぷり、と粘っこい液が自分の中から次々に溢れ出るのを自覚して、リアは懇願するようにゼルドリックに縋り付いた。
「も……ほしい、来て、挿れて……」
リアの手が膨らんだそれに伸ばされ、彼の洋袴が引っ張られる。ゼルドリックは洋袴を脱ぎ去り、リアの泥濘にそそり勃った陰茎を突き立てた。
「リア……入るぞ」
「は、ああああああああっ………」
ゆっくりとゼルドリックが入ってくる感覚に、リアは深い息を吐いた。自分のうつろが満たされ、大きな幸福感と充足感に包まれる。ゼルドリックの感情が流れ込み、リアの魂を切なく震わせる。夫に縋り付き、リアは緩みきった顔に笑みを浮かべた。
「あ、あっ……気持ちいいよお……」
「リア……あ、ああ……気持ちがいい、な……君の中は、温かくて……ずっとこうしていたい……」
リアの手がゼルドリックに握られる。指を絡ませ合い、お互いの顔を見つめたまま繋がり合う。繋がったところから快楽が迫り上がる。
「とけ、ちゃう……」
リアは思わずそう呟いた。自分のうつろをゼルドリックが満たしている。ゼルドリックと繋がり、ひとつになっている。ふたりがひとつになって、このまま溶けてしまいそうな感覚。歓喜を顔に浮かべる妻に口付け、ゼルドリックは大きく、深く腰を動かし始めた。
「うう、ふ、ああっ」
「リア、リア……」
口を塞ごうとする妻の手を取り、ゼルドリックは己の指をリアの唇に這わせた。彼の指に、リアの柔らかな舌が這う。潤んだ赤い瞳から生理的な涙が溢れるのを見て、ゼルドリックはそっと涙を舐め取った。
「可愛い……リア、もっと気持ちよくなってくれ……」
「は、ふうっ……んんっ……ああっ……も、う……!」
ゼルドリックの指を舐めしゃぶりながら、リアは深い絶頂を迎えた。
「ああああっ……! ん、んんんっ……」
リアの膣の収縮を楽しみながら、ゼルドリックはリアに深く口付けた。ぴったりと寄せ合った身体が汗ばみ、熱を持つ。くたりと力を抜き、リアは与えられる快楽に溺れた。
「ふ、ふああっ……」
「くくっ……リア、気持ちよかったな……?」
耳をちろちろと舐められ、色気のある低い声を注がれる。願っていたものが与えられた解放感に、リアは微笑み頷いた。ゼルドリックはいつも丁寧に自分の身体を愛撫する。そして翌日まで甘い痺れが残り続けるほどに、深い快楽を与えてくる。夫に愛される度に自分が生まれ変わっていくような気がするとリアは思った。
リアが絶頂に達してもゼルドリックの屹立はそのままで、リアは痺れる腰を動かし、彼の陰茎に刺激を与えた。
「ね、もっと……」
「リア……」
「もっと気持ちよくして、私の中に、たくさん注いで……」
王子様、お願い。ゼルドリックの耳元でそう呟けば、彼は唇を曲げた。
「姫君の望む通りに……」
「あ、あああっ!」
ゼルドリックの剛直がリアの良いところをぐりぐりと擦る。優しくも容赦なく自分の身体を絶頂に導こうとする腰の動きに、リアはぽろぽろと涙を流し、必死に声を押さえた。
「ふ、ふうっ……う、んんっ……」
「は、はあっ……は、リア……リ、ア……う……くうっ……」
リアの最奥で温かいものが放たれる。自分の中に注がれたそれを感じ、リアは腰を震わせた。
「はああああっ……あ、つい……」
身体を強く抱き締められる。リアは夫の逞しい腕の中で、うっとりと目を閉じた。
「ゼル……大好き、愛してるわ。私のゼル……」
心に伝わる感情に応えるように、彼の耳に愛の言葉を注ぎ込む。胸が切なく締め付けられる。ゼルドリックは青い瞳を感動に潤ませ、俺もだと口にした。
「リア……もっと君に触れたい。受け入れてくれ……」
月明かりの中、また二つの身体が重なる。
ふたりの睦み合いは、夜が更けるまで続いた。
――――――――――
「はい、よろしくね」
一ヶ月に一度、リアの家の前には大型の鶴がやってくる。その鶴の首にはいつも給金が括り付けられていて、リアはその給金とファティアナからの手紙を受け取るのだった。ファティアナに捧げる装飾品と彼女に宛てた手紙を、リアは鳥の首を痛めないよう丁寧に括り付けた。パルナパ家が使い魔として使役する大型の鶴は、ばさばさと白い羽を広げ、大空へと飛び立っていった。
リアはファティアナからの手紙を読み、そして顔を綻ばせた。王都から遠く離れた村で暮らすリアの身を案じる言葉から始まり、そして装飾品から伝わる感情のきらめきについて、ファティアナが語る内容が続く。
『ゼルドリックと幸せに暮らしているようで良かったわ。これからも幸せに暮らして、私に感情のきらめきを伝えてね』
優しい主の言葉に、リアは心が温かくなっていくのを感じた。
「……ありがとうございます、ファティアナ様」
リアは今の生活を心から幸せだと思った。長女のリリー、そして去年生まれた長男のウィロー。ゼルドリックと共に子育てに苦戦しつつも、村の住人や、時折顔を見せに来るオリヴァーやメルロー、レントが見守ってくれる。
ふと、心の中に寂しさが過ぎる。
ぼんやりと青空を見上げリアは呟いた。
「マル。あなたは元気でやっているかしら? もう三年よ。三年も、経ったのよ……」
結婚式を挙げた後、自分の弟ははずれの村を出ていくと言った。引き止めるリアを前に、マルティンは強い意志を宿した瞳を向けた。
王都で見た桜の大樹が頭から離れない。自分はあんなに素晴らしいものを見たことが無かった。世界には自分の知らないものが山ほどあって、それを見に行きたいのだとマルティンは力強く言い切った。
そうして彼は、亡き父が遺した猟銃一丁だけを手に、この村を出ていった。国外の任務に就くアンジェロと共に旅をするのだと言って。リアはマルティンが怪我をすることなく、自分と同じこの青空を見ていることを願った。
リアが彼に便りを出しても、彼から便りが返ってきたことはない。アンジェロと共に様々な国を巡っている彼の元には、もしかしたら自分が書いた便りが届いていないのかもしれない。それでもリアは、マルティンへと手紙を書くことを止められなかった。二十三歳になった弟の姿を頭に思い浮かべながら、彼の身を案じる言葉を綴り続けた。
――――――――――
ある日のこと。茶でも淹れようとリビングの扉を開けたゼルドリックは、そこに見知った顔が並んでいるのを見て、ひとつ耳をひくつかせた。
オリヴァー、メルロー、レント。そして猫の姿のミーミスが、ゼルドリックを見て微笑んだり、いたずらそうに笑ったりした。メルローとオリヴァーは椅子に腰掛け、勝手に茶を淹れて飲んでいる。レントだけが丁寧にゼルドリックに向けて挨拶をした。
「きゃあー、かわいい!!」
「ふふ。この子らは中々元気だね」
ふわふわとした毛並みの猫が、リリーとウィローにもみくちゃにされている。ウィローの唾液を背中にたっぷりと付けられ、ミーミスは少し困ったような声を上げた。
「……先生。いつの間にいらしたのです」
「なあに、ほんのさっきさ。任務の合間を縫って、君たちに会いに来たんだよ。いやあ良かったねゼルドリック。この子らは君にそっくりだ。でも、目元はリアに似ているかな?」
ミーミスが腹を出して身体をくねらせると、リリーとウィローはなお喜び、柔らかな腹を撫で回した。
「おっさん。リアちゃんは?」
「身重の住人の家事を手伝いに行っている。妻は元気だ。心配要らない」
メルローの問いにゼルドリックが微笑みながら答えると、ミーミスはにゃあと鳴き声を上げた。
「幸せそうな顔をしているね、ゼルドリック。愛しい愛しいリアを妻と呼べるようになって本当に良かったじゃないか。君の声から彼女への強い愛情を感じるよ」
「そ、そうでしょうか」
上気した顔で照れたように笑うゼルドリックを見て、オリヴァーは鼻を鳴らした。
「ふん、だらけた顔をしおって。鼻の下が伸びているぞゼルドリック」
「済まないな、オリヴァー。日々幸せを感じていてな、どうしてもこんな顔になってしまう。羨ましいか?」
ゼルドリックの素直な微笑みに、オリヴァーは変な顔をした。
「貴様がそんな風になるとは思わなかった。やはり愛というのは怖ろしい。性格をすっかり変えてしまう」
「ああ、オリヴァー。愛は怖ろしいものではない、素晴らしいものなのだ。いつかお前も愛を得られればいいな?」
顔を蕩けさせる友の顔を嫌そうに見て、オリヴァーは吐き捨てた。
「煩い! 私を哀れむな! だが、まあ……子はいいものだ。ちんまりとしていて、中々可愛らしいと思う」
オリヴァーは茶を呷った後、椅子から立ち、リリーとウィローの頭を撫でまわした。
「ゼルドリックのおっさん。これ、リアちゃんに渡してやって」
メルローは胸元から一つの封筒を取り出し、ゼルドリックへと差し出した。差出人の名が書かれていない真っ白な封を見て、ゼルドリックは訝しげに尋ねた。
「誰からだ?」
「マルティン=ベアクロー。リアちゃんの弟からだよ」
メルローは真っ赤な唇を上げた。
「昨日、お貴族様と共に中央政府に転移してきてね。あたしにこの手紙をリアちゃんへ渡してって頼んできた」
「……そうか、マルティンか。彼は元気だったか?」
「ああ。長い髭も、あのぽっちゃりとした体型も相変わらずだ。戦闘訓練も積んでいないのに、お貴族様の護衛をしっかりとこなしているらしい。何でも、銃の腕前がすげえんだってな。ああ、お貴族様も元気だぜ。リリーとウィローの写真を見せたら喜んでたよ」
「そうか……」
ゼルドリックは元部下の姿を思い出し、沁み入るように目を瞑った。
「リアはマルティンからの返事を待ち望んでいたからな。無事だと知ってとても喜ぶだろう。感謝する」
「おう、早く渡してやれよ」
メルローは片手を上げ、リアに会いに行くと言ってその場から消え去った。
「穏やかに暮らしているようで安心しました。ゼルドリック様、あなたは村の方に随分と慕われているようですね」
レントは灰色の目を細め、微笑んだ。
「村の奴らから何か聞いたのか?」
「先生、と。ゼルドリック様はそう呼ばれているとお聞きしました。何でも勉強を教え、積極的に力仕事もこなす頼りがいのある方だと」
「ほう、それはそれは」
ミーミスが面白そうにゼルドリックの方を向いた。
「君はすっかり、この村に打ち解けたのだね」
「ええ……。そうあろうと努力しました。この村の住民は皆、心が優しい。ダークエルフである俺を、そして子を受け入れてくれました」
「良かったね。君は随分といい顔をするようになった。心から満ち足りた顔だ。師であった私でも、今までに君のそんな顔を見たことはなかったよ」
にゃあとまた猫は鳴き、ふわふわの前足で子供たちの頭を器用に撫でた。
「ここには幸せが在る。ゼルドリック、君はこれからも家族と共に、穏やかに暮らしていきなさい」
ゼルドリックはリリーとウィローを抱きかかえ、師に向かって頷いた。
「はい、先生」
その夜、リアはゼルドリックと共にマルティンからの手紙に目を通した。彼の手紙には、リアが今まで送ってきた便りの返事が全て書かれていて、そして封筒には外国の風景が映った写真が何枚か入れられていた。弟の無事を知ったリアは涙ぐんだ目で、何度も何度も手紙を読み返した。そして写真を額縁にいれ、リリーとウィローが過ごす子供部屋に飾った。リリーは目を輝かせ、絵本の世界のようなその景色を見つめた。
(良かったわね、マル……。あなたは、こんな景色を見てきたのね)
赤や青の色鮮やかな屋根、変わった服を纏う漁師、巨大な時計台、大海原、高く聳え立つ峰々。
異国の風景が、彼の今までの旅を物語っている。二十年をこの田舎村で過ごしてきた彼にとって、それはさぞ煌めいて映ったことだろうと、リアは万感の思いを込めて写真を見つめた。
(彼の旅に幸あらんことを)
リアは月明かりの差す窓から天を見上げ、神へと祈りを捧げた。
(そして私たちがこれからも、幸福の中で暮らしていけますように)
サイドテーブルに飾られた二輪の薔薇を見て、リアはゼルドリックと共に微笑んだ。
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