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第16話 ラングリード姫の功罪

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 俺は、すぐさま医務室へと運び込まれることになった。医者が、俺の身体を余すことなく検査する。

 この状況は完全に医学の専門外。なので、城中の識者や学者、魔道士、占い師、祈祷師なども次々招集する。

 だが、連中だって勇者の身体の研究などしたことがないというか、そもそもサンプルがないので、完全に意味不明。『わからん』という結論に至る。

「はあ……はあ……」

 俺だって、自分の身体がどうなっているのかわからなかった。

 暑いのか寒いのか、気持ちいいのか悪いのか。全身の感覚が、完全におかしくなっている。

 自覚できるのは頭痛。そして、ハンパないぐらいの心拍数。たぶん200を越えているとのこと。それが、最後のサウナからずっと収まらない。

「ベイルくんの身体はどうなってしまったのですか?」

 不安げに、メリアが問いかける。

 すると老齢の医者は、首を左右にふった。

「ドクター……俺は……どうしたら元の身体に戻ることができる……?」

「わかりません。今はとにかく養生することです」

「いますぐ……なんとかしてくれ。プリメーラ軍がそこまできているんだ……寝ているわけには……がハッ!」

 咳と共に吐き出された血液が、天井を紅く彩った。

「ベイルくんッ! ああッ!」

 メリアが、俺の胸板へと体重を預けるように寄り添ってくれる。

「ベイル。心配しなくていいわ。今度はあたしたちがあんたを守る番よ」

「なにを言ってるんだ、アスティナ。守られているのは、いつも俺の方じゃないか」

「あんたが、どれだけ世界のことを想っているのかわかったから――」

「アスティナ……」
 と、その時だった。
 廊下の方から兵士の声が聞こえた。

『敵襲だーッ!』

「な……ッ?」

 俺をはじめ、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべる。

 兵士は勢いよく扉を開いて報告する。

「フランシェ様ッ! プリメーラ軍が攻めてきました! こ、これまでにないほどの大軍です! 至急、指揮をッ!」

 フランシェは冷静な表情を装いながらも奥歯を噛みしめる。そして、静かにこう告げる。

「わかりました。騎士団には、すぐに防衛の準備をするよう告げてください」

 兵士は「はッ!」と、敬礼して出て行った。

 俺は身体を起こしながら言葉を落とす。

「サウナには行かなきゃ……」

 だが、腹の奥から熱いものがこみ上げてきた。それが喉を逆流して、吐血となる。

「ゴハッ!」

 くそっ、身体が思うように動かない。

「いいから! あんたは寝てなさい!」

「ベイル。今回は私たちに任せてください。我らとて騎士団としての誇りがあります。絶対に負けません」

 フランシェはそう言うが、今回ばかりはヤバい気がする。これまでにない大軍を率いてきたというのなら、この状況を見透かしているのかもしれない。

 いや、この状況をつくることこそがプリメーラの策略。だとしたら、俺たちは完全に術中にはまってしまっている。

「俺は……サウナに入るんだ……」

 最後の力を振り絞り、俺は起き上がった。メリアの制止をふりきり、部屋を出て行く。

「ベイルくんッ!」

 わかってるんだ。みんなが俺に期待している。俺を頼りにしているんだって。

 ――ほら、医者や学者連中も俺を止めようとしない。フランシェだって、ホントに本気なら俺を抑えつけることができる。

 わかってるんだ。不安と期待のないまぜになっている状況なんだって。こんな状態でも、俺なら奇跡を起こしてくれると信じているんだって――。

     ☆

 ――止めることができなかった。

 フランシェは、戦場であるラングリードの南門へと駆けながら自責の念に囚われる。

 いつもいつも、ベイルには頼ってばかりだ。騎士団総帥としての立場がありながら、戦いはすべてベイル任せ。それではいけないといつも感じながらも、彼を中心とした戦略以外を考えられないでいる。

 ベイルが勝利をもたらしてくれる度に『これでいい』と、現状を肯定してしまう。

 フランシェは姫にして軍人。民を思う心もあれば、民を友と思う心もある。その結果、少しでも被害の少ない策をとらざるを得なかった。

 ――ああ、ベイルに頼っていたツケが回ってきたのだ。

 これは、フランシェ・ラングリードの功罪である。

 南門に到着したフランシェ。城壁に並ぶ兵たちは彼女を見るなり士気を上げる。

「プリメーラ軍など恐れる必要はありません! こちらには勇者ベイルがいるのです! 彼が到着すれば、例え相手が魔王であろうとも敵ではない!」

「うおおおおおおおッ!」と、心を奮い立たせる騎士団。彼らも必死だった。疲労しているのはベイルだけではない。この一週間、まともな休憩をとっていないのだ。

 だから、嘘をついた。

 ――ベイルはこない。

 彼の肉体は限界にきている。おそらく、この戦いでととのうことはないだろう。

 しかし、兵たちにそれを知られたら希望を失い、士気は急激に下がる。プリメーラも、一気に仕掛けてくるに違いない。

 敵は当然、味方にも気づかれてはならない。ラングリード軍の長として、フランシェはそう言うしかなかったのだ。

 タイムリミットは1時間といったところか。これを過ぎれば、ベイルがこないことに気づかれる。

 その前にプリメーラ軍を追い払わなければなるまい。勇んで、戦線に参加するフランシェ。

 ――だが――。

「くッ……! いつもと違いますね」

 翼の生えたデーモンタイプの魔物が多い。城壁を登ることなく、襲いかかってくる。これではマジックサウナストーンシステムが使えない。

「敵も、とうとう本腰を入れてきたと言うことですか」

 なぜ、このタイミングでプリメーラは仕掛けてきた? まさか、ベイルがととのわないことを知っているのか?

 ――いや、悟られてはならない。

「皆の者ッ! 勇者ベイルがととのうまでの勝負ですッ!」

「おおおおおおおおおッ!」

 一気に奮い立たせるフランシェ。

「はぁッ! アイシクル・レイン!」

 フランシェは氷柱を降らせ、敵を一掃する。だが、次々と敵が飛んでくる。

「弱いッ! 弱すぎるッ! この程度か、プリメーラ軍ッ! 勇者ベイルが出てくるまでもないッ! このフランシェ・ラングリードが滅ぼしてみせましょう!」

 ――そんなことない。強いッ!

 このままだと負ける。時間の問題。やはりベイルの力を借りるしかないのだろうか。

 否、そんなことは考えてはならない。この戦いだけは、騎士団の力で勝ち抜かねばならないのだ。

 しかし、非情にも――魔物の波は容赦なくラングリードを襲うのだった。
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