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彼女の笑顔に見とれました。
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「エバーナ?」
溢れそうな涙の美しさにに見とれてしまった。
大きな瞳から今にも溢れそうなその涙。
泣くのだと思った。けれど彼女は、エバーナは俺の予想に反して苦しそうにも嬉しそうにもとれる顔で笑ったのだ。
つる薔薇のアーチ、アーチに絡む白い薔薇の花、葉の緑。その下に立っている見る角度によって赤毛にも見える金の髪の少女は、大きな青い瞳に涙を浮かべながら俺に向かい笑う。
その姿に見惚れてしまった。
「殿下はなんてお優しいのでしょう。私ごときにそのような優しい言葉を掛けて下さるなんて」
意味が分からなかった。
エバーナの細い指先に触れたまま、今にも溢れそうな涙を見つめながら俺は柄にもなく戸惑ってしまった。
「おい、不敬だぞ。殿下申し訳ありません、妹は体が弱く屋敷から出たことがありません。両親も不在が多く躾が行き届いておらず大変申し訳なく。おい、ここはいいから早く部屋に」
「体が弱いのか、それはいけないね。立ち話などしていては体に障るかな。あ、あそこで休もうかエバーナ」
兄の言葉には、妹を労る気配が何故か感じない。
それが気になって、近くに見えたガゼボにエバーナをエスコートした。
「殿下、妹がいてはまた殿下に失礼を」
「そんなことないと思うよ。彼女はとても慎ましい。それに友達になったんだからお互いの事を知ることも大切だと思わない?」
学友の苛々した様子に気がつかない振りをしながら、俺はエバーナをガゼボに設置してあるベンチに座らせる。
自慢の庭だけあり設置されているガゼボにも手を抜かず、贅を尽くしている様で、凝った装飾の屋根を支える柱にも細かい彫刻が施されている。
女性が好みそうな装飾を施されたベンチの他には小さなテーブルが設置してあり、ここに座れば美しい薔薇をゆっくりと眺められそうだ。
侯爵婦人は庭で茶会を開くのが好きらしいと聞いた事があるから、ここは婦人の気に入りの場所なのかもしれない。
「それはそうですが」
「ならいいでしょ。そうだエバーナと友達になったんだから、君のことはこれからゴレロフ君ではなく名前で呼ぶことにしよう。あぁ喉が渇いたな。申し訳ないけどフォルード君お茶を貰えるかな」
「すぐに用意いたします。おい」
近くに使用人がいないのを忘れていたのか、後ろを振り返りながらフォルードが小さく舌打ちをする。
俺が堅苦しいのが嫌で護衛以外の人間は下げさせていたから、お茶を準備するには少し離れたところにいる使用人に声を掛けなければならない。
気のきいた使用人ならガゼボに向かった時点で準備をはじめている可能性はあるけれど、この家はどうだろう。
「フォルード君」
「はい殿下」
名前を呼ばれ得意そうな表情を見せる彼に少しだけゲンナリとしながら、笑顔を作る。
いきなり呼び方を変えたら、明日から変な勘繰りを受けるかもしれない。
フォルードは短慮だし、少し面倒な性格をしているのだ。
「エバーナは体弱いのだろう? 君が手配してくれるかな。あ、運ぶのも君にお願いしたいな。使用人に囲まれるのは好きじゃないものでね」
「畏まりました」
使用人の真似事をさせられるのは屈辱なのだろう。一瞬悔しそうな顔をした後に頷いて、フォルードは使用人の待機している方へ走っていった。
「少し落ち着いたかな」
「はい、殿下」
「俯かないで、僕は怖いかな」
わざと僕などと言ってみる。
少し離れて立つ護衛を除けば一応二人きりなのだから、わざと作ったこの状況を有意義に使いたかった。
「いいえ、殿下はとても優しい方だと思います」
「ふふ、ありがとう。ねえ、エバーナはいくつ?」
「来月九歳になります」
「え、そうなの?」
小さな顔と華奢な体つきからもっと年下のような印象を受けていたのに、一つしか変わらないと聞いて驚いてしまった。
とても学校に通う年には見えない。
「学校には通っていないのかな」
「はい。家庭教師の先生に来ていただいております」
「そうか、女性は初等科はそうする者が多いと聞くな」
男性が六歳から学校に通うのとは異なり、貴族の女性の多くは学校に通うことなく十三歳まで家庭教師を雇い勉強する。
十三歳の春に社交界にデビューし、その年から十八歳までは貴族学校に通い様々な事を学ぶと共に社交界での人脈の基礎を築く。
人脈作りを意識してか半成人と認められるデビュー後は、爵位に関係無く学校の寮に入り学友との交流に力を入れる者が多いのだ。
「あの、殿下」
「なあに」
「私の様なものを友達と言って下さってありがとうございます。けれど」
「けれど?」
「友達と言って頂いたそれだけで幸せです。けれど、私のような者がそんな栄誉を頂いては殿下にご迷惑になるかと」
俯きそこまで言うと、エバーナはハンカチを握りしめる。
その時遅ればせながら彼女の身なりが質素な事に気がついた。
握りしめているハンカチは絹、けれど少し粗悪な物に見える。ドレスも同じ、侯爵家の令嬢が日常着として着るには少し質が悪いし飾り気もない。
これが子爵家や男爵家なら気にもしないし、言い換えればその程度の差でしかないけれど兄であるフォルードの持ち物と彼女の持ち物ではとても同じ家の子供とは思えない。
ゴレロフ家が経済的に苦しい等という噂もないし、これはどういう事なのだろう。
溢れそうな涙の美しさにに見とれてしまった。
大きな瞳から今にも溢れそうなその涙。
泣くのだと思った。けれど彼女は、エバーナは俺の予想に反して苦しそうにも嬉しそうにもとれる顔で笑ったのだ。
つる薔薇のアーチ、アーチに絡む白い薔薇の花、葉の緑。その下に立っている見る角度によって赤毛にも見える金の髪の少女は、大きな青い瞳に涙を浮かべながら俺に向かい笑う。
その姿に見惚れてしまった。
「殿下はなんてお優しいのでしょう。私ごときにそのような優しい言葉を掛けて下さるなんて」
意味が分からなかった。
エバーナの細い指先に触れたまま、今にも溢れそうな涙を見つめながら俺は柄にもなく戸惑ってしまった。
「おい、不敬だぞ。殿下申し訳ありません、妹は体が弱く屋敷から出たことがありません。両親も不在が多く躾が行き届いておらず大変申し訳なく。おい、ここはいいから早く部屋に」
「体が弱いのか、それはいけないね。立ち話などしていては体に障るかな。あ、あそこで休もうかエバーナ」
兄の言葉には、妹を労る気配が何故か感じない。
それが気になって、近くに見えたガゼボにエバーナをエスコートした。
「殿下、妹がいてはまた殿下に失礼を」
「そんなことないと思うよ。彼女はとても慎ましい。それに友達になったんだからお互いの事を知ることも大切だと思わない?」
学友の苛々した様子に気がつかない振りをしながら、俺はエバーナをガゼボに設置してあるベンチに座らせる。
自慢の庭だけあり設置されているガゼボにも手を抜かず、贅を尽くしている様で、凝った装飾の屋根を支える柱にも細かい彫刻が施されている。
女性が好みそうな装飾を施されたベンチの他には小さなテーブルが設置してあり、ここに座れば美しい薔薇をゆっくりと眺められそうだ。
侯爵婦人は庭で茶会を開くのが好きらしいと聞いた事があるから、ここは婦人の気に入りの場所なのかもしれない。
「それはそうですが」
「ならいいでしょ。そうだエバーナと友達になったんだから、君のことはこれからゴレロフ君ではなく名前で呼ぶことにしよう。あぁ喉が渇いたな。申し訳ないけどフォルード君お茶を貰えるかな」
「すぐに用意いたします。おい」
近くに使用人がいないのを忘れていたのか、後ろを振り返りながらフォルードが小さく舌打ちをする。
俺が堅苦しいのが嫌で護衛以外の人間は下げさせていたから、お茶を準備するには少し離れたところにいる使用人に声を掛けなければならない。
気のきいた使用人ならガゼボに向かった時点で準備をはじめている可能性はあるけれど、この家はどうだろう。
「フォルード君」
「はい殿下」
名前を呼ばれ得意そうな表情を見せる彼に少しだけゲンナリとしながら、笑顔を作る。
いきなり呼び方を変えたら、明日から変な勘繰りを受けるかもしれない。
フォルードは短慮だし、少し面倒な性格をしているのだ。
「エバーナは体弱いのだろう? 君が手配してくれるかな。あ、運ぶのも君にお願いしたいな。使用人に囲まれるのは好きじゃないものでね」
「畏まりました」
使用人の真似事をさせられるのは屈辱なのだろう。一瞬悔しそうな顔をした後に頷いて、フォルードは使用人の待機している方へ走っていった。
「少し落ち着いたかな」
「はい、殿下」
「俯かないで、僕は怖いかな」
わざと僕などと言ってみる。
少し離れて立つ護衛を除けば一応二人きりなのだから、わざと作ったこの状況を有意義に使いたかった。
「いいえ、殿下はとても優しい方だと思います」
「ふふ、ありがとう。ねえ、エバーナはいくつ?」
「来月九歳になります」
「え、そうなの?」
小さな顔と華奢な体つきからもっと年下のような印象を受けていたのに、一つしか変わらないと聞いて驚いてしまった。
とても学校に通う年には見えない。
「学校には通っていないのかな」
「はい。家庭教師の先生に来ていただいております」
「そうか、女性は初等科はそうする者が多いと聞くな」
男性が六歳から学校に通うのとは異なり、貴族の女性の多くは学校に通うことなく十三歳まで家庭教師を雇い勉強する。
十三歳の春に社交界にデビューし、その年から十八歳までは貴族学校に通い様々な事を学ぶと共に社交界での人脈の基礎を築く。
人脈作りを意識してか半成人と認められるデビュー後は、爵位に関係無く学校の寮に入り学友との交流に力を入れる者が多いのだ。
「あの、殿下」
「なあに」
「私の様なものを友達と言って下さってありがとうございます。けれど」
「けれど?」
「友達と言って頂いたそれだけで幸せです。けれど、私のような者がそんな栄誉を頂いては殿下にご迷惑になるかと」
俯きそこまで言うと、エバーナはハンカチを握りしめる。
その時遅ればせながら彼女の身なりが質素な事に気がついた。
握りしめているハンカチは絹、けれど少し粗悪な物に見える。ドレスも同じ、侯爵家の令嬢が日常着として着るには少し質が悪いし飾り気もない。
これが子爵家や男爵家なら気にもしないし、言い換えればその程度の差でしかないけれど兄であるフォルードの持ち物と彼女の持ち物ではとても同じ家の子供とは思えない。
ゴレロフ家が経済的に苦しい等という噂もないし、これはどういう事なのだろう。
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