炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

文字の大きさ
94 / 100

それぞれに課せられた罰

しおりを挟む

「待った結果、また会えるなら、それでいいじゃないか」
 
 オリバーは瞳に哀しみを映しながら笑った。
 叔父は二十年、焦がれた相手を本当に失ったのだという思いに至り、リアムも表情を曇らせた。

「炎の鳥がルシア様を天に召したのならきっと、今頃どこかに生まれ落ちていると思います。見た目も変わり、記憶も無くしているとは思いますが、……いつか、再び会えるといいですね」

 ……願わくば、また、オリバー大公と巡り会えますように。

「ところで、魔鉱石はどうした?」
「壊れた」
 オリバーの質問に、リアムは淡々と答えた。
「どうして壊れたんだ? 壊れた魔鉱石は今どこに?」
「叔父さんは信用できない。魔鉱石については教える気はないと言っているだろ」

 本当に教えるつもりはないらしく、目を逸らし、リアムは口を閉ざした。

「陛下。今後、オリバー大公のお力を借りるためにも、教えて差し上げてはいかがですか?」
 リアムは首を横に振った。
「話したことで、またミーシャが狙われるかもしれない。危険だ」
「魔鉱石を悪用しようなんて、もう考えていない。民に尽くすと約束するよ、だからそのためにも知りたい」
 にこりと紳士の笑みを浮かべるオリバーを、リアムは疑うように目を細めて見る。

「炎の鳥と魔鉱石を使って、帝都内にある大きな氷の塊を一晩かけて解かしました」
「ミーシャ」
 リアムに睨まれたが、「大丈夫」と声をかけ、そのまま説明を続けた。
「氷が解けた冷たい水は明け方頃、一気に水温を上げ、水蒸気となって消えました。その時、魔鉱石が割れて、壊れたんです」

 ミーシャは炎の鳥を呼んだ。両手に炎の鳥をとまらせる。
「割れた魔鉱石は、陛下の白狼、そして私の炎の鳥がそれぞれ持っています。この存在を知るのは一部の者だけ。リアムが持つサファイア魔鉱石共々、今後、公にはしないつもりです」

 魔鉱石があることを認め、世間に公表すると、また新たな争いが起きる。
「額にサファイア魔鉱石がある氷の狼も、流氷の結界の水底で眠り、表には出ることは今後ありません」

 氷像の狼は、リアムの魔力補填装置。サファイア魔鉱石はオリバーとリアムしか扱えないが、第二のオリバーがいつ現れるかわからない。魔鉱石を盗まれ、研究されるわけにはいかない。

「クレア魔鉱石は壊れて割れて精霊獣が持ち、私が造った魔鉱石はミーシャ、リアムがそれぞれ持っている。狼の額分は、流氷の結界の中ということか」

「オリバー大公。もうサファイア魔鉱石は造らないでくださいね。造ったところで私が燃やして壊しますから」
 にこりと微笑みかけると、オリバーは苦笑いを浮かべた。

「オリバーおじさん。遊びに来たよー」
 ドアの向こうから、ノアが顔をひょこりと覗かせた。
「わっ! 陛下とおねえさんもいる!」
「ノア。『おねえさん』じゃありません。皇妃さまとお呼びなさい」

 ノアの後ろにすっと現れたのは、ビアンカだった。その後ろにはイライジャもいる。ビアンカの監視だ。

「帝都を救った英雄。偉大なる氷の皇帝に栄光を」
 ビアンカはリアムに向かってカーテシーをすると、ミーシャを見た。
「ご機嫌麗しゅうございます。帝国の女神、ミーシャさま」
 今度はミーシャがビアンカに淑女の礼をした。

 ノアがオリバーに近づこうとすると、それをビアンカが止めた。
「陛下がいらっしゃるとは知らず、申し訳ございません。我々は下がりますね」
「ええ? なんで?」
 ノアは明らかに不機嫌顔になった。

 オリバーの襲撃とカルディア王国の侵攻以降、ビアンカとノアの親子関係に変化があった。以前の彼女は常にぴりつき近寄りがたい空気を纏っていたが、今は柔和んな雰囲気だ。
 ビアンカは、特使として頑張っていた。カルディアヘイ兵捕虜の帰還交渉の際は、氷の宮殿の修繕費などを交換条件に織り交ぜ、うまく方針決定をさせたくらいだ。

「ビアンカ皇妃。そしてノア皇子。ちょうど良かった。オリバー含め、みんなに伝えたいことがある」
 
 リアムは、最後に部屋に入ってきたイライジャを見てから口を開いた。

「怪我の治療のため、保留にしていたオリバー・クロフォードの処分を通達する。これは、宰相のジーンを含め、法を管理、重んじる高官と決議決定したものだ。異議異論は受けつけない」
 今日、ここへ来た理由はオリバーへの見舞いではない。本人に処罰を伝えるためだった。平静を装いながらもミーシャは一度、唾を飲み込む。
 
 ――ビアンカと、オリバーは通じていた。
 流氷の結界をくぐり抜け、数回にもわたる宮殿への侵入。オリバーがそれができたのは、内部からの手引きがあったからこそ。招いた結果は、カルディア王国の侵攻と、帝都と氷の宮殿への被害に通じている。

 ――しかし、その証拠は不十分。侍女の目撃情報はあるが、当の二人が、口をそろえてお互いについての関係を否定した。
 オリバーはビアンカを庇い、自分の単独行動だと自供した。ビアンカはノアを選び、オリバーとの関係を断ったのだ。

 イライジャも、利用しただけで首謀者は自分一人。と、オリバーはすべての罪を一人で背負い、裁かれるつもりでいる。

「オリバー・クロフォードの処分を言い渡す。カルディア王国と通じていた人を、そのまま野放しにはできない。魔女の評判を落とす本を流布した罪もある。一生ここに服役してもらい、罪滅ぼしをしてもらう」

 リアムの言葉にオリバーは「ああ」と短く答えた。
「斬首にしなくていいのか?」

「首を跳ねるのは簡単だが、それでは生ぬるい」
 リアムは冷たい目を叔父に向けた。
「楽して、彼女(ルシア)の元へは向かわせない」
「……厳しい処分だな。一生おまえにこき使われるのか」
「そういうことだ。死ぬことは許さない、諦めろ」

 オリバーは胸を押さえ、小さく笑った。
 オリバー大公は、死を望んでいる。しかし、リアムはそれをよしとしない。

「それで。罪滅ぼしとは? 私に、何をさせるつもりだ?」
「ノアの教育係だ」
 オリバーを含め、処分の内容を知らなかったその場にいた者はすべて固まった。

「……私がノアを教育したら、国が傾くぞ」
「叔父さんやノアが国を傾けようとしたときは、魔女がお仕置きをする」
「お仕置きって……」
 ミーシャは思わず苦笑いを浮かべた。

 ――叔父は、道を踏み外さなければ優秀な人だ。死なせるのはもったいない。今回の騒動の被害は大きいが、事情を知るものはごくわずかな者だけ。……甘い処分だとわかっている。その責任は、俺が背負う。

「次、何かあれば即、問答無用で首をはねる」

 公には処分できなくても、ビアンカ皇妃に対する罰は与えている。ノアを盾に、カルディア王国との交渉の特使にすることで、その罪を償わせている。

 内通していたイライジャに対しては、止めることはできたが、リアムはあえて泳がせていたこと。帝都民の迅速な避難は彼の功労で、その際に、ミーシャの評判を上げていることを理由に、リアムが内々に彼を処罰した。

「オリバー。あんたの名前、オリーブの花言葉は『平和』と『知恵』だろ。回復したら、大いに役に立って貰う」

 オリバーは上を仰ぎ見た。顔を手で覆い、しばらくしてから、リアムに向き直った。

「わかった。おまえに生かされた命だ。……陛下のためだけに使い、尽くさせていただきます」

 オリバーはリアムに向かって、臣下の礼をとった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...