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1.はじまりは黒と青
黒①
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登校して教室の扉を開ける時って、きっと一日のうちで一番緊張する。
もう誰か来てるかな。男の子だけしかいなかったらどうしよう。そんなことを考えて、しばらく教室の前で固まってしまう。
今日もいつもと同じように深呼吸してから扉を開けて、私はホッと胸を撫で下ろした。
……よかった。
高校生になってから、私はいつも教室に一番乗りだ。けれど、それを確かめるまでは未だに肩に力が入る。
「あ、数学の課題しなきゃ」
早朝の学校は、日中と違ってとても静かだ。わざと声に出したひとり言が大きく響く。
窓から差し込む朝日が眩しい。できたての光に新しく塗り替えられたみたいに、窓や廊下や教室の机ひとつひとつが輝いて見える。
人がいない放課後には取り残されたような寂しさを感じるけれど、眩い朝の静けさは、特別な時間をひとり占めしている気分になれた。
この澄んだ空気も、優しい静寂も、今は私だけのもの。そう思うと、まだ馴染めない学校が少しだけ身近に感じられた。
「あれ、北野さん。早いね」
「俺らが一番だと思ってたのに」
勢いよく開いた扉に顔を上げると、クラスメイトの男の子がふたり。思わずピンっと背筋が伸びる。一瞬のうちに現実が戻ってきた。
「お、おおはようっ。あの、満員電車が、にっ、苦手でっ」
焦って噛んじゃうのは、いつものことだ。ふたりはそれを気にする様子もなく、短く相槌を打ってゲームの話をしながら通り過ぎていく。
机の上に広げたノートに目を落とすふりをして言葉の続きを飲み込むと、大きなため息が漏れた。
あーあ、まただ。相変わらず空回りしている自分が恥ずかしい。
小中学校が女子校だったせいもあって、高校に入学してから一ヶ月以上経っても男の子と話す時はすごく緊張してしまう。自意識過剰だとは思うけれど、話しかけられただけで一大事だ。
パパの転勤がなければ、あのまま付属の女子高に進学して、今もきっと平穏無事に過ごしていたはずなのに。
いつまでもそんなことを思っていても仕方がないのはわかっているけれど、温室のように居心地のよかった前の学校がまだ恋しかった。
「詩? どうしたの、ぼんやりして」
声をかけられて顔を上げると、いつの間にか前の席の香川由真ちゃんが登校してきていた。まわりを見れば、教室にはちらほら人が増え始めている。
「おはよう、由真ちゃん! 何でもないの。ちょっと数学の問題を考えてて」
ホッとして、自然と頬がゆるむ。
由真ちゃんは、高校に入って最初にできた友達だ。緊張でガチガチになっていた私に、初めに声をかけてくれた。まるで刷り込みされたひな鳥のようだけれど、姿が見えると安心する。
「数学? あ、今日11日だから当たっちゃうじゃん」
「間違えてるかもだけど、ノート見る?」
「わ、ありがとう!」
「由真だけズルい! 詩ちゃん、私も見せてっ」
隣の席からやり取りを見ていた江口夏梨ちゃんが、ぎゅっと身体を寄せてきた。懐かしい感覚に、胸がくすぐったくなる。
やっぱり女の子はホッとする。クラスに男の子はいるけれど、幸運なことに一番後ろの席に座る私の前も両隣も女の子だ。そのおかげで、なんとか新しい学校生活を楽しめている。
このままこの平穏が続くといいな。
そう思って、私はすっかり油断していた。
もう誰か来てるかな。男の子だけしかいなかったらどうしよう。そんなことを考えて、しばらく教室の前で固まってしまう。
今日もいつもと同じように深呼吸してから扉を開けて、私はホッと胸を撫で下ろした。
……よかった。
高校生になってから、私はいつも教室に一番乗りだ。けれど、それを確かめるまでは未だに肩に力が入る。
「あ、数学の課題しなきゃ」
早朝の学校は、日中と違ってとても静かだ。わざと声に出したひとり言が大きく響く。
窓から差し込む朝日が眩しい。できたての光に新しく塗り替えられたみたいに、窓や廊下や教室の机ひとつひとつが輝いて見える。
人がいない放課後には取り残されたような寂しさを感じるけれど、眩い朝の静けさは、特別な時間をひとり占めしている気分になれた。
この澄んだ空気も、優しい静寂も、今は私だけのもの。そう思うと、まだ馴染めない学校が少しだけ身近に感じられた。
「あれ、北野さん。早いね」
「俺らが一番だと思ってたのに」
勢いよく開いた扉に顔を上げると、クラスメイトの男の子がふたり。思わずピンっと背筋が伸びる。一瞬のうちに現実が戻ってきた。
「お、おおはようっ。あの、満員電車が、にっ、苦手でっ」
焦って噛んじゃうのは、いつものことだ。ふたりはそれを気にする様子もなく、短く相槌を打ってゲームの話をしながら通り過ぎていく。
机の上に広げたノートに目を落とすふりをして言葉の続きを飲み込むと、大きなため息が漏れた。
あーあ、まただ。相変わらず空回りしている自分が恥ずかしい。
小中学校が女子校だったせいもあって、高校に入学してから一ヶ月以上経っても男の子と話す時はすごく緊張してしまう。自意識過剰だとは思うけれど、話しかけられただけで一大事だ。
パパの転勤がなければ、あのまま付属の女子高に進学して、今もきっと平穏無事に過ごしていたはずなのに。
いつまでもそんなことを思っていても仕方がないのはわかっているけれど、温室のように居心地のよかった前の学校がまだ恋しかった。
「詩? どうしたの、ぼんやりして」
声をかけられて顔を上げると、いつの間にか前の席の香川由真ちゃんが登校してきていた。まわりを見れば、教室にはちらほら人が増え始めている。
「おはよう、由真ちゃん! 何でもないの。ちょっと数学の問題を考えてて」
ホッとして、自然と頬がゆるむ。
由真ちゃんは、高校に入って最初にできた友達だ。緊張でガチガチになっていた私に、初めに声をかけてくれた。まるで刷り込みされたひな鳥のようだけれど、姿が見えると安心する。
「数学? あ、今日11日だから当たっちゃうじゃん」
「間違えてるかもだけど、ノート見る?」
「わ、ありがとう!」
「由真だけズルい! 詩ちゃん、私も見せてっ」
隣の席からやり取りを見ていた江口夏梨ちゃんが、ぎゅっと身体を寄せてきた。懐かしい感覚に、胸がくすぐったくなる。
やっぱり女の子はホッとする。クラスに男の子はいるけれど、幸運なことに一番後ろの席に座る私の前も両隣も女の子だ。そのおかげで、なんとか新しい学校生活を楽しめている。
このままこの平穏が続くといいな。
そう思って、私はすっかり油断していた。
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