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5 聖女フリージア
しおりを挟む「こんのっっっっ!!!バカ息子が!!!!何を考えている!!!!」
とてつもない声量でヨハネス様の父、キャンメル侯爵は息子を怒鳴りつけた。
彼の顔は真っ赤で、まるで般若のように顔を歪めている。
自分の斜め前にいるヨハネス様は憔悴し切った顔で、ブルブルと震えていた。
その顔は普段より赤く、熱が出ている様子だった。
.........ひどい雨の中に長時間いたのだから、無理もない。
私はズキズキと痛む後頭部に顔をしかめながら数時間前の記憶を振り返った。
ヨハネス様を助けようとして、あっさり吹っ飛ばされた私は気絶をしてしまっていた。
目を覚ました頃にはもうフリージア様の姿はなく、ヨハネス様は膝を抱えて地面に座り込んでいた。
天気は意識を失った頃と変わらず最悪で、濡れてすっかり冷えているヨハネス様に私は自分の外套を被せた。
ヨハネス様は体をずっと震わせていて、目は虚ろだった。
何も話さない彼を連れて侯爵邸に戻った時にはあたりはすっかり闇に包まれていて、ヨハネス様がフリージア様を追い出したこともマリア様を聖女に立てたことも街中の皆が知っていた。
.......そして、もちろん彼の父親であるキャンメル侯爵の耳にもその噂は伝わっていたのだ。
「お前は......!!!とんでもないことをしでかしおって........」
侯爵は頭を抱えて、椅子に座り込んだ。
「ですが、父上。フリージアは癒しの力を使えていませんでした」
小さな声で、ヨハネス様はそう反論をした。
しかしその言葉に、侯爵はさらに青筋を立ててしまった。
「お前は本当に何も学んでいないな。幼い頃から家庭教師の話はろくに聞かんわ、逃げるわでお前の教育を諦めた私の責任だな........」
侯爵は深いため息をついた。
........子供の頃からヨハネス様は勉強が大嫌いだった。
本を見るだけで、庭に逃げ出し、追いかけて来た家庭教師を蹴り飛ばして池に落としたことさえあった。
そんな彼が更に勉強嫌いになったきっかけは、婚約者のフリージア様だった。
彼女は神殿に連れてこられたときは、言葉を話すこともままならない少女だった。
勿論、読み書きなど全くできなかった。
ヨハネス様はそんな彼女を見て、”これだから平民は”と嘲笑っていた。
しかし、一年も経つと立場は逆転していた。
フリージア様は教育係に教えられたことをスポンジのようにどんどん吸収していったからだ。
彼女をバカにしていたヨハネス様は周囲の貴族達から、婚約相手よりできが悪いとバカにされるようになって言った。
「聖女は必ずしも癒しの力を持っている訳ではない。伝説となっている聖女ラン様がその力を持っていただけだ。聖女は神具に魔力を送ることができるかどうかで決まる。お前はどこぞの令嬢を聖女に立てようとしたみたいだがそれは不可能だ!!!」
「.........そ、んな.......はず...........」
「このキャンメル侯爵領は昔、ラン様が幼少期を過ごした王国があった場所だ。それはお前も知っているだろう。そして、ラン様に対する王の不当な扱いのせいでこの土地は呪われた。自然災害は多発し、天候も安定しない」
「......ですが、この領地はいつも晴れています。今日だけが例外で...........」
「そうだ、いつも晴れている。これがフリージア様の力だからな」
「は?」
「彼女は、天候を操る力を持つ聖女なのだ。自然が荒れ狂うこのキャンメル侯爵領にとっては歴代で一番大切にしなくてはいけない聖女だったのだ!!! だから、私は神殿に多額の寄付金を納めていた。彼女を失うことがあれば、民の暮らしは以前のように不安定となり皆が苦しむことがわかっていたからだ!!!」
その侯爵の言葉で、ようやくヨハネス様は全てを理解したようだった。
ヨハネス様は膝から崩れ落ち、地面に手をついた。
「そしてお前は神に誓った婚約を破棄したな???」
「あれは.......!!! フリージアが偽物だと思って.....「黙れっっ!!!!!!!!」」
「言い訳は結構だ。お前の犯した罪は、殺人よりも重いのだぞ???」
「なっ!!!」
「お前は罪人神官として、神殿に送ることになった」
その言葉に私は、息を飲んだ。
いくらヨハネス様が犯した罪が大きくても侯爵はどうにかして救いの手を差し伸べると思っていたからだ。
前にいるヨハネス様は”罪人神官”という言葉を知らないらしく、首を傾げている。
「罪人神官は神の教えに逆らった者達が集められる。お前も見たことがあるだろう。仮面をつけた神官を。」
「........あぁ........」
「あれが仮面をつけているのは火で顔を炙られるため、見るに堪えない顔だからだ。」
「........は?」
「罪人神官は人としての人生を歩むことは許されない。生殖器も切り落とされ、名前も人権も失う。そして、寿命が尽きるまで、神に尽くすのだ」
「............ち、父上.......わ、わたしをそんなところに送りませんよね!?!? ..........大事な息子をそんなところへ!!!」
ヨハネス様は侯爵の服の裾ににすがりついた。
その姿を見て、私は目を逸らさずにはいられなかった。
「お前がただ不出来な息子だというのなら、愛し続けていただろう。..........だが、人を傷つけ、民を間違った方向へと扇動し、暴力を助長した。お前は侯爵家の大きな力を使い、人を陥れるが助けはしない。成長する日がくると信じていたが、私が間違っていた」
侯爵は額に手を当てた。
その表情は苦悶に満ちていた。
ヨハネス様はただただ涙をこぼし、体を震わせていた。
「お前をキャンメル侯爵家から除籍する。その罪を死ぬまでかけて償うんだ」
そう言い残して、キャンメル侯爵は息子に背を向けた。
彼が私の横を通り過ぎる時、彼が頰に一筋の涙を流しているのが見えた。
その涙を見て、私は唇を噛み締めた。
.........................笑いをこらえるために。
「マシュー、次期キャンメル侯爵となる後継者は今日からお前だ」
侯爵の言葉に私は跪いた。
「侯爵様.........いえ、父上に誓います。この歴史ある名家のキャンメル侯爵家の次期当主として恥じぬ行いを致すことを。そして、キャンメル侯爵領の益々の発展と民に尽くすことを。」
「.......ああ。頼むぞ。」
短い返事で答えたキャンメル侯爵.......いや、私の父は部屋を後にした。
そして、部屋に残された私は愚弟を見下ろした。
彼の青ざめた顔を見ても、泣きはらして赤くなった瞳を見ても何も感じなかった。
この目の前にいる腹違いの義弟は恵まれた環境に生まれ、育っていたというのに、私が何も手を出さずとも勝手に墜ちてくれた。
妾の子で、父の息子とは認められず育った私はいつもこの義弟が憎かった。
私がどれだけ努力し、優秀だろうと父は私のことを見ようともしなかったからだ。
でも、それも今日で終わりだ。
私は腰につけていた剣を引き抜き床に落とした。
この剣は、父にヨハネスの側近となるように命じられた時、義弟に忠誠を誓わされたものだった。
それを今、私は地面に落とし、ブーツの踵で思い切り踏んだ。
細い刃は割れて、地面に破片が散らばった。
「ヨハネス、お前はバカだな。妾の子に後継の座を奪われるなんて。」
ずっと従順だった側近の私がこんな言葉を吐くとは思ってもいなかったのだろう、義弟は目を見開いた。
彼の愚かな行動を思い出すと最早可愛らしく見えて仕方がなかった。
最後の方は笑みをこぼさないようにするので必死だった。
父には”逆らえば、母の命はないと言われていて仕方がなく従っていた”と言ったが、それは嘘だ。
私は自分の意思で彼の愚かな行動を放置していた。
「安心してくれよ。お前がいなくてもキャンメル侯爵家はないも変わらない。........いや、むしろお前がいないほうが助かるなぁ.......」
「なっ...........!!!お前「お前がそんな口を聞いていいのかって???良いんだよ。私は次期キャンメル侯爵だ。そして、お前は罪人神官。...........聖女様にお前は奴隷風情がなんとか感とか言っていたいたが、お前がその奴隷まで堕ちるとは笑えるな」
私はヨハネスの髪を引っ張り、顔をあげさせた。
この憎い義弟の顔を見るのもきっと最後だ。
「立場をわきまえろよ、ヨハネス。お前はもう貴族ではない。せいぜい、余生を楽しめよ???」
私は微笑んだ。
自分の人生に立ち込めていた雲が一気に晴れたような清々しい気分だった。
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