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一章 王城動乱編
9話 居城
しおりを挟む『いやいやメルくん、悪いねぇ』
「お安い御用、です」
僕は今、メルディンと並んで城内を歩いている。
図書室での勉強に励んでいたが、ちょっとした息抜きに城の中を探検しようと思い立ち、今日のメイドさんを置いて冒険に出たまでは良かったが、広い城内で迷ってしまった。
人気の無い辺りを彷徨っていた時、ちょうどメルが通り掛かり事情を知った彼が道案内に名乗り出てくれたのだ。
「此処は…大広間…、です。あっちに続く、道を行けば大浴場…です。反対の廊下…の突き当たりには、従業員用の、パントリーが…あり、ます」
『へぇ…!なるほど』
こっち側はあまり来なかったからなぁ。僕の行動範囲は自室と図書室、食堂、執務室くらいだ。
『メル、すっかりお言葉に甘えてしまってるけど、用事があったんじゃない?良かったのかい?』
「アルバ様…より、優先する…事は、ないです!」
(おおう、メルも相変わらず愛国心の塊だ)堂々言い切った彼の服装は動き易さを重視した様な、ワイシャツに黒のズボンと言ったラフな格好だ。
「此処は、近衛騎士が…よく利用する…、施設が整って、ます。5つの訓練場と、広場…、後は食堂です」
歩いて行くにつれて、統一された制服に身を包んだ帯剣した強そうな騎士っぽい輩と擦れ違うようになった。
内心ビクビクしながら僕がメルに連れられて広い廊下を歩いていると、彼らも一瞬驚愕しながら端っこに寄って頭を下げている。
メイドさんでお馴染みの光景だが、大の大人の僕より強そうなお兄さん達にそんな事されるのも、何だか違和感があった。
僕が生活する所で見る騎士とは少し制服が違い、彼方が黒を基調としているのに対し、此方は紺色だ。肩から吊っているマントも多分色が違うと思う。
『結構人がいるね』
「はい。…西側は、騎士が…生活している、別邸が、近いので…人も、多い…です」
『じゃぁ僕はあんまりこっち側には来ない方がいいかなぁ』
「アルバ様が、立ち入らない方が…良い場所など、この城内…には、ありません!」
必死で声を上げるメルの気持ちが嬉しくてふわふわの頭をポンポンと撫でる。
『メルは優しいなぁー』
「恐れ入り…ますっ」
彼は少し恥ずかしそうにして、僕を見上げていた。その時指に角が当たり、その巻角をまじまじと見せて貰った。
『メルの角って冷たいんだね』
ゴツゴツの波打つ形に指を添わせて、羊みたいな可愛らしいくるくるした角に触る。メルは擽ったそうにしていたが、僕の好きにさせてくれた。
「僕は、ブルートゥルシープの…血が、濃いみたい…です。家族、の中でも、角が…あるのは、僕だけで」
(ブルートゥ…?)何かの種族名かな?僕はニコニコ笑いながら『じゃぁ、メルは特別なんだね』と思ったままの感想を言うとメルは「そ、そんな…!アルバ様の…瞳に…比べたら!」と首をブンブン左右に振った。
『あはは、じゃぁ、2人とも特別って事でいっか』
「…アルバ様の、ルビーアイは…特別の…大きさが、全然、違い…ます」
メルはごにょごにょ小さく言っていたが、『お揃いだねぇ』って言うと嬉しそうにはにかんでいる。
石造りの道を歩いていると、開けた場所に出て、そこから何かがぶつかり合う音が幾つも聞こえてきた。
「訓練場の、1つ…です」
『へぇ、』
ワイシャツに黒のズボン、今メルが着用している服と同じ服装の男達が、沢山いる大広場が見えて来る。2人1組になって、木剣で撃ち合っているようだ。
『メルと同じ服の人一杯いるけど、メルも此処に用があったんじゃないの?』
「それは…、通信石で、連絡を…入れて、いるので、問題ない…です」
メルはぶかぶかの袖を捲り、ブレスレットタイプの通信石を僕に見せてくれる。
メルも此処で訓練する予定だったのに、僕の大冒険に付き合わす訳にはいかない。僕がメルに声を掛けようとした時、横からーー…。
「うわっ!」
「危な…っ!!」
ザワッと、叫び声が上がった。何だろうと思って其方を見ると、僕の方に向かって猛スピードで木剣が回転しながら飛んでくるのが一瞬みえる。
バギィッ!!
僕は何も反応出来ないまま、木剣が脳天に直撃すると思って佇んでいたが突如飛び出して来た影がソレを撃ち落とした。
乾いた音を立ててくしゃりと変形した木剣が転がり地面を跳ねる。
「それを飛ばした無礼者は誰だ、です」
眉間に皺を寄せたメルが僕の前に降り立ち、滅茶苦茶な敬語を使って訓練場に居た若者達をどやす。
いつの間にか手には大振りな銀色のハンマーを持っており、不機嫌MAXな彼は苛立たしげに歩を進めた。
「此方にいらっしゃるのが、アルバ様と知っての狼藉だったら、僕が今すぐその木剣と同じ様に背骨をへし折ってやる、です」
男達の視線が僕へ一斉に移り、その場で全員が片膝を突く。
皆青冷め、冷や汗をかいていた。奥歯がガチガチ鳴って、見てるのも可哀想なくらい怯えている。それは僕が王様だった事も少なからず起因しているけど、1番の原因は僕の前で殺気立つメルだ。
僕は向けられていないから平気だけど、他の者には重々しい、息をするのさえ億劫になる様な耐え難いプレッシャーが襲い掛かってるのが分かる。
其々が生唾を飲み、息も絶え絶えで、土に汗がポタリと落ちた。
「名乗り出ないなら連帯責任、です。皆ぶっ殺してやるからそうしてろ、です」
「申し訳ありませんッ!!私の木刀が手から滑り、王陛下の方へ飛ばしてしまいました!!」
「私が彼の木刀を力任せに弾いてしまいました!!申し訳ありませんッ!!」
メルと僕の足元に果敢にも滑り込んで来た若者達2人を、メルは汚物を見る様な瞳で見下ろす。
「貴様ら…死ぬ覚悟があるんだろうな、です」
『まぁまぁメルくん』
ゆらり前に一歩を踏み出すメルの肩に手を置いて、僕はへらへら笑った。メルは先程の恐ろしい形相など何処へ行ったのかと見紛う程に、コロッと表情を変える。
『態とでもなさそうだし、誰も怪我してないし良いんじゃないかい?そんなに怒らなくても』
「しかし、アルバ様…」
『正直なのは良い事だし、訓練場なんだからそんな事もあると思うよ』
僕は軽い感じで言って、涙を浮かべる目の前の青年達を無理矢理立たせた。まぁメルが弾いてくれなかったら、僕は不慮の事故で死んでたのだけどね。
「お、王陛下、本当に申し訳ありません!」
「誠に申し訳ありませんでした!!」
『大丈夫だよ、気にしないで』
にっこり笑うと、青年達は何度も頭を下げて涙を流していた。その横で「アルバ様の慈悲に感謝しろ、です」と厳しい目を向けるメルに『メルも有り難うね』と笑い掛けると、彼も慌てていた。
「勿体無い、…お言葉、です!僕、などが…しゃしゃり出て…良いものか、悩んだ…の、ですが、アルバ様の…手を煩わせる、のも…どうかと思い…」
『うん、凄く助かったよ。流石、五天王の1人だよ』
メルの頭を撫でていると、横からガタイの良い中年の男性が歩み寄って来た。この男性の服は周りの人と違って、グレーのワイシャツで金の刺繍がされている服を着ている。
「王陛下、並びに五天王メルディン様、私の監督不行届き、誠に申し訳ありません!」
『あ、君がこの集団の纏め役なんだね』
「ハッ!訓練兵の打ち合いを監督、指導しておりました。まさか、この様な事になるとは…弁解の仕様もありません」
『良いよ、怪我もなかったし。彼らも態とじゃなさそうだし、責めないでやって欲しいなぁ』
「畏まりました!なんと御寛大な処置、感謝の念に耐えません!」
此処の隊長らしき人は周囲の人に目線で合図して、未だにメルの殺気のせいで震えている青年達をこの場から退場させた。
医務室ででも、ゆっくり休ませてあげてよ。
『それよりメル、やっぱり此処の訓練に参加する予定だったんだね』
「はい…、その男に、…通信石で…抜ける事は…、伝え、ました」
『そっか…、メルが訓練に参加してる様子も見てみたいな…』
「っ…!!!」
何だかメルの周りでぶわわ、と花が舞うイメージが突如浮かんだ。赤面したメルは目を見開き「え…その、アルバ様…僕…、…見てて、下さるの、です、か?」と僕の勘違いじゃなければ喜んでいる。
感激してる。
『うん。僕の勉強にもなると思うし…』
「アルバ様の、…には、…なれないと…、思いますが…!頑張り、ます!」
鼻息を荒くして腕捲りをし、気合十分なメルは広場の中央へ向かう。僕はその華奢な後ろ姿を見送り、端の方へ避難した。
そうは言っても少年のメルが訓練って…、他の人と体格も違うし大丈夫なのだろうか。今更ながら親心の様な心配をするが、先程話していた隊長が僕の横に移動してきたので『大丈夫かな?』と聞いてみる。
「恐らく、大丈夫ではありません」
『え"…?』
「明日には足腰立たなくなっているでしょう」
『それは可哀想だ。おーい、メル!やっぱり…』
僕はメルを呼び戻そうとしたが、既に遅かった。大きな打撲音が聞こえ、僕は目を見張る。
「さぁ、早く掛かってくる、です!アルバ様に訓練の様子をご覧頂けるなんて、身に余る光栄な事、です!貴様らも、簡単にやられては騎士としての資質を疑われるです!死ぬ気で、僕に掛かって来るが良い!です!」
今までに無く生き生きとしたメルが、大きな木製のハンマーを片手にブンブン振り回していた。
足元には果敢にも挑んだ最初の犠牲者が、ボロ雑巾の様に転がっている。それに足を乗せ、メルは凶悪な顔で叫んだ。
「手加減はしてやる、です!そんな弱腰じゃ敵をぶっ殺せないだろッ!です!強大な敵を前にした時、貴様ら雑魚がとれる手段は包囲集中、です!さっさと潰しに掛かるです!」
これは幻覚かな?あの可愛らしいメルくんが、自分よりも大きな年上の青年達をボコボコに、それはもうボコボコにしているよ。(僕の癒し要員…)
メルくんが訓練される側に回るのかと思ったが、とんだ見当違いをした。
彼はあの小さな身体でも、五天王と言う国の幹部なのだ。彼は訓練兵に指導、教育するスパルタ教官だ。
聞けばメルも本来はグレーの服を着るべきなのだが、小さなサイズが無いらしく、訓練兵と同じ白色なのだそうだ。
「ほら、脚がまだ付いてるんだから、動くですッ!腕が付いてるんだから、剣を持つですッ!甘えるな、です!逃げてばかりじゃ倒せない、です!全然なってない、ちゃんと剣を構えて…コラ逃げるなです!」
バッタバッタとハンマーで薙ぎ倒していく逞しいメルくんは、ピクピクと瀕死の兵を叱咤する。
うわぁ、凄い地獄絵図。
僕は訓練兵達の断末魔を聴きながら、心の中で合掌して只管に謝った。
応援ありがとうございます!
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