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二章 見世物小屋編
15話 誘拐
しおりを挟む港街の大通りに建ち並ぶ、落ち着いた雰囲気のホテルに宿を取る。人の良さそうな主人が営んでる、質素でありながら清潔で居心地の良いロビーだ。
まだ夕食には早い時間と言う事でお勧めの観光コースを教えてもらい、潮の匂いがする街の散策に出掛けた。
「ホテルのご主人が仰るには、この道の先に綺麗な灯篭通りがあるそうです!」
『そこの天燈祭って見てみたいなぁ』
「リジーは見た事あるのです!」
今は祭りの時期ではないが、夏になるとランタンに火を灯して願いを込め、夥しい数の燈を空に飛ばすお祭りをするらしい。今より王都に沢山の人が集まって、一気に港の船の数も増えるそうだ。
何故だか誇らしそうに胸を張るリジーの頭をペチペチ撫でていた時、フと視線を感じる。
離れた路地の隙間から此方を見詰める、女の子の姿を見付けた。(なんだろう…?)お世辞にも清潔感のある格好ではない、どちらかと言うとスラム街で見るような少女だ。
僕が其方に気付いたのが分かると、何故だか手招きされる。
『…?』
後ろを見てもそれらしい人は見当たらない。僕を呼んでる?なんで?エリザとリジーは教えて貰った港街の観光地の話題に夢中で気付いてない。
「シロ様?」
「どうしたのです?」
僕はへらへら笑って『ちょっとね。先に行ってて!』と路地に向かって駆け出した。2人とも吃驚して焦っていたけど『大丈夫!遅かったら宿に戻ってても良いよ』とだけ言い残す。
スラムの雰囲気は彼女達は苦手そうだったし、女の子の迷子をどうにかするくらいなら僕1人でだって出来る筈だ。
女の子が消えた路地の中に入り、彼女の姿を探す。(あれ?呼んでた気がするんだけどなぁ)入り組んだ薄暗い道を注意深く見てみるが、女の子は見付けられない。
手招きされたと思ったけど、もしかしたら違ったのかもしれないと思い直して踵を返した。すると後ろに、先程の幼い少女が立っていて心臓が口から出る程に驚愕する。え?さっき居なかったよね?
『ぇーと、どうしたの?』
「……」
少女は僕の半身ほどの背しかない。膝を折って目線を合わせるが、彼女は意志の強そうな猫目で此方を睨むばかりだった。
紺色の髪は腰ほどあって乱れていて、前髪も長い。恐らくスラム街の子供だと思う。
『困ってたから呼んだんじゃないのかな?』
「……、呼んだ」
怖がらせない様に出来るだけ穏やかに問うと、か細い小さな声が聞こえた。
「…アタシが呼んだ。…アタシの獲物」
カチッと音がする。見れば親指に変なリングが嵌っていた。
『……ぇ、…』
「おー!やるじゃねぇか!」
「こいつか?例の…」
路地の前後に人影が現れた。
4人の大きな男達で、暴力を生業にしてると凶悪な顔が告げている。僕は手の汗をローブで拭った。
『はは…君達、知り合いなんだ』
「おうよ、コイツが釣って、人目の無ぇ所で俺らが獲物を捕まえる」
「魔力封じはした。抵抗は無駄だぜ」
この親指のリング、魔力封じの指輪か!(僕は魔力なんてないから、あんまり意味がないけど)
抜こうと試みるが、ビクともしない。本来ならこれは、憲兵とかが犯罪者を取り押さえ鎮圧する為の道具だ。
された本人には抜けない仕掛けがされているって本で読んだ気がする。ただ、魔力の無い僕にはアクセサリーくらいの意味しかないのだが。
女の子は路地の隅に寄って、男達へ道を譲る。僕はガタイの良い男4人に四方を囲まれて、成す術無くすんなり捕まってしまった。(暴力ダメ!絶対!)
「本当にコイツが?」
女の子はコクリと頷いて「間違い無い」と此方を見る。意味が分からない、と首を傾げた僕のローブのフードを男が無理矢理脱がし、間抜け面した顔が露わになった。
『…えーと、人違い、とかじゃない?』
僕は君達みたいな悪人面した人達、会った事ない。しかし、僕の顔を見た1人が「まじかよ…」と言葉を震わせた。
「本当にルビーアイじゃねぇか!」
「しかも上玉!これは…親父が喜ぶぜ!」
「お手柄だぜお前…」
猫みたいに頭を撫でられた女の子は、「これで、後8人」と謹厳に呟く。僕は両腕を捕らえられ、勝手に湧き立つ男達を前に何処か遠くを見詰めていた。
(そう言えば、忘れてたけど…僕って凄く運が悪いんだったなぁ)
麻袋を被された僕は腕を後ろ手に拘束され、そのまま連行された。入り組んだ道を歩かされて馬車に乗せられ随分揺られてたと思うけど、最早僕には今どの辺りに居るのか見当が付かない。
「おら、降りろ」
前が見えずモタモタしてると小さな手が僕の裾を引っ張った。
「まず親父に見せるんだろ?」
「当たり前だ。俺達には価値がわからねぇ」
ボソボソ何かの相談をされてるけど、僕は黙って大人しくしている。こんな状態じゃ何の抵抗も出来ないし、チキンな僕はこんな怖そうな人達に逆らう気は起きない。
暫くすると「親父が直ぐに会うそうだ!」と1人が走って来て、僕は変な建物に通された。土っぽかった地面がいきなりギシギシ軋む木製に変わり、椅子に座らされ、麻袋が取られる。
『……ッ』
急に視界が開け、眩しくて目を窄めた。そこには白い髭を蓄えた小太り気味のオジサンが此方をジッと見ている。(こ、怖…)僕はキョロキョロと周囲を確認して、此処が何処か確かめた。
木製の、縦長の建物だ。明かりは蝋燭で、溶けた蝋が至る所にある。メリーゴーランドに居る様な、作り物の馬の上半身や鹿の角が壁に飾れている。子供が遊ぶ様なボールや風船、カラフルな馬車の模型…。此処はまるで玩具箱だった。
『誰?』
「ふふ、私はモレル・ウィズテンバーク。今日から君の父だ」
『僕の…?』
意味が分からない。小太りな彼は黒いスーツ姿で洒落たシルクハットを被っていて、手の指全てにゴツゴツした指輪を付けている。
蛇の様な目で僕の爪先から頭の先まで舐める様に視線を這わせ、値踏みする。僕の顎に手をやり、無理矢理自分の方を向かされた。
「信じられん…。本当に…半信半疑だったが、これは間違い無い」
『何が…?』
「君は自分の価値に気付いてないのかな?」
モレルさんは懐から葉巻を取り出して、蝋燭で火を点ける。独特の匂いの煙が玩具箱に満ちるが、彼はお構いなしだった。
「その目…!深いワインレッドの宝石眼だよ…!【魔法解除】を使って確かめたが、間違い無い!本物だ…!」
あれ?これって不味いかなぁ。僕がもしもアルバラードて名前の王様だって分かったら城に身代金を要求されるヤツかも。
「この時代にもう1人、希少な存在が現れるとは…!」
もう1人…、うん。バレてないかな。大丈夫、大丈夫。
現代での唯一無二の宝石眼なんて言われてるけど、残虐非道な魔王陛下と今の情け無い表情の僕は結び付けられないみたいだ。髪色は極端に違うし、人の印象なんてそう言うものかもしれない。
「今まで何処に居たのかね?君が魔大陸全土に知られてない事実が信じられない…!」
『…、…』
どうしたものか。
「親父、コイツ凄ぇ量の金貨持ってやがった。コイツは貴族のボンボンじゃねぇか?」
僕は此処に来る前軽い身体検査を受けて、白金貨のお釣りの金貨をもう抜き取られていた。
「ふむ、…。貴族か…。拐う姿は見られてないだろうな?」
「当たり前だ!態々人気の無い所に誘い込んだからな」
「ふふ、…宜しい」
モレルさんは左右に伸びる白い髭を満足そうに撫でて、僕が持っていた金貨を見ると目を細めた。
「貴族の隠し子か…、忌み子だったのか…何にしても此方には都合が良い!」
置いてきぼりの僕の肩に手を置き、モレルさんは慈しむ様な目を向ける。
「今までよく生きてくれた!よくぞ無事に此処に来てくれた!」
『…?はい』
「今日から此処が君の家だ!私の事は父さんと呼んでくれ」
『父さん?』
「何て従順なんだ!素晴らしい!」
感激して僕をハグした。見知らぬ男に抱き付かれて喜ぶ趣味はないよ。
「君の従順さを、他の奴らに見せてやりたいよ」
葉巻を吸って、吐き出した煙を僕の身体に当てる。その目付きに、少し寒気がした。
「彼を、3日後のショーに出す」
「本気かよ!?」
ショーって何?
「この子は金の成る木だ。会員に情報を回せ。きっと飛び付く。あまり瞳を公にはするなよ」
「嗚呼、コイツの家が出張ってくるかもしれねぇからな」
「分かってるじゃないか。ルビーアイじゃなくても、この容姿だ。良い趣味のご婦人、旦那方に可愛がられるに違いない」
下卑た笑みを浮かべる彼らは、コソコソと打ち合わせを行なっていた。
「金持ち連中に売るのも有りだが、最大の利益を得ようじゃないか。先ずは、我々に奉仕して貰おう」
「はっはっは!ちげぇ無ぇ!」
如何やら僕はとんでもない人達に拐われたらしいなぁ。
「彼を釣ったのは?」
「アタシ」
僕の後ろの隅に座って居た、あの小さな女の子が堂々と声を上げた。
「そうか、お前か。そう言えば、あと9人だったか?」
「8人!」
「ふふふ、そうかそうか!こんな良い獲物を見付けてくれたなら、後3人にしてやるぞ」
「本当!?」
機嫌良さそうにモレルさんが言うと、少女は話に飛び付く様に立ち上がった。
「約束!」
「嗚呼、嗚呼。勿論良いとも!父との約束だ」
ニコニコと目尻に皺を刻んだモレルさんは、女の子と約束を交わす。そんな2人を前に、僕はまだ話が分からなかった。
「彼の面倒を頼むよ」
言われた少女は顔を伏せ「……、分かった」と答える。少し躊躇してるのが分かった。
「3日後に出すからそのつもりでね」
僕の横に居た、目付きの悪いプロレスラーみたいな男が僕の腕の縄をナイフで解く。久し振りの自由に、締められていた手首を摩った。
すると男が此方に毛布を乱暴に寄越し、その無言の圧力に屈してよく分からないが受け取ってしまう。それを横目で確かめた少女は「行く」と短く指示し、顎で促した。
『え?』
何時迄も動かない僕の袖をグイッと引っ張り、部屋の出入り口に導く。出口前には階段が数段あり、それを降りると扉が開いた。
外はすっかり夜が更けていて、外灯は吊るされた温かい色で光る丸裸の鉱石だけ。野外テントを張り巡らせた様な場所で、その辺に木箱や工具が沢山放置されている。
先程の部屋は、…部屋とか家と言うより電車1両分に満たない位の箱だった。先頭に馬を付ければ動く様に車輪が有って、少し傾いている。
隣に大きなテントが張られていて、此方は随分派手で中は見えなかった。幾重にも布が降ろされているみたいで、灯りさえ点いてるのか分からない。其処からわぁっと歓声が聞こえ、僕は興味を唆られ幕に手を掛ける。
「ダメ」
『ちょっとだけだよ』
「ダメ」
派手な赤いテントの前に立ちはだかったのは、僕を任されたあの子だ。ちょっとだけ、と1cmの隙間を手で作っても覆らなかった。
(ちぇ、)僕は諦めて少女の後に続くが、同じ布の向こうから悲鳴の様な絶叫が聞こえる。
『え!?ちょ…なに?今の』
「何でもない」
『でもさ』
「早く来る」
後ろ髪が引かれる思いだったが、僕はその場を離れた。遠去かる赤い幕の向こうで、何か恐ろしい事が起こってるんじゃないかと気が気じゃない。
でも女の子は何の反応も無いし、不気味さだけが心に残った。
応援ありがとうございます!
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