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六章 魔王会議編
79話 中庭
しおりを挟む僕は慣れない度数の酒を飲んだ事で、胃の中全てのモノをオルハロネオへぶっ掛けた。彼の慌てぶりは非常に面白かったし、今までの意趣返しが出来てスッキリしたけど問題はその後だ。
激昂するオルハロネオに攻撃魔法を放たれ、ウロボロスの指輪の恩寵を削ってしまった。即ち後1回しか防護壁は機能しない。
嘔吐した事に対してイーダは大爆笑して「【不滅】への嫌がらせか?」ってお腹を抱えていた。上機嫌な彼と、心配そうなリリスとユーリと共に会場を出た後で僕の意識は途切れた。
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目が覚めるとベッドに横になっていた。聖王国側が初日から用意してくれた僕達に当てがわれた部屋だ。
「アルバ様、心配致しました」
『ユーリ…』
壁際に居た部下は僕を見るとホッとした様子で、冷や水の用意をしてくれる。
「会場を出られてすぐ倒れられてしまって」
『あはは、ウィスキーなんて僕にはまだ早かったのかもね』
酔うどころか昏倒するなんて。枯渇する喉を潤した後、もう1人の部下が居ない事に気付く。
『…リリスはどうしたんだい?』
「はい、彼女はアルバ様の代わりに早朝から会議に出席しております」
彼の言葉に弾けるように時間を確認した。(9時過ぎって事は…しまった寝坊した)3日目は早朝から会議が始まる日だった。取り返しのつかない失態が肩に重くのし掛かる。
一先ずベッドから出ようと身を捩った。(…っ、)ウィスキーは直ぐに吐き出した筈なのに頭痛がする。目の前がぐにゃりと歪み、掌で額を覆った。
「無理をなさらないで下さい。極度の疲労のせいか、熱がありますので」
『嗚呼、通りで…』
体が言う事を聞かない訳だ。汗を掻いてるのも、室内が暑いからではなさそう。僕の身体が火照ってるだけか。汗で張り付く前髪を掻き上げる。
「気付く事が出来ず申し訳ありませんでした」
頭を下げる彼に、情けなく笑って『ううん、自分さえ気付いてなかったし』と頬を掻く。
しかし、会議を欠席となると不味いのではないか。オルハロネオは喧しいだろうし、イーダにも迷惑を掛けたかもしれない。リリィお婆さんのお小言もありそうだ。
『今からでも…』
「欠席する旨をバルトロメイ様にお伝えしております。ご自覚はないのかもしれませんが、高熱なのです。御身を大事になさって下さい」
鉛の身体に鞭を打って立ち上がろうとするのをユーリに留められた。
「バルトロメイ様は他の魔王には上手く言っておく、との事です。今日はゆっくり療養に努めておけ…と。会議の小休憩になったら此方へ治療に来て下さるそうです」
『あー…イーダに借りを作ってばっかりだなぁ』
自分自身に呆れる。僕はベッドに身を横たえた。
「何かご入用の物が御座いますか?」
『ん、大丈夫。少し眠るよ』
「畏まりました。私は隣の部屋におりますので、何かあればお呼び下さい」
『有り難う』
ニコニコするユーリの背中を見送り、静かな部屋で憂を帯びた溜め息を吐き出す。天井を見詰めていると目の奥がズキズキ痛む。疲労だと聞いたけど、イマイチ釈然としない。
確かに僕はストレスにはかなり弱いけど、この倦怠感と疲労感は異常だ。季節外れのインフルエンザにでも罹ったかな?
頭痛に顔を顰めていたが、いつの間にか意識は微睡へ落ちていった。
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午後になる頃には朝より体調が落ち着いていた。全快とはいかないものの、部屋の中を歩けるくらいには回復している。
ずっと室内で過ごしていると、弱気になっているのか気が滅入った。オルハロネオに説教されるとか、ジュノさんに幻滅されるとか、フェラーリオさんに軟弱扱いされるとか、兎に角ネガティブな思考が支配するのだ。
気分転換に中庭にでも行って、少しだけ外の空気を吸おう。
ユーリがいる部屋とは反対の扉を開けて、廊下を覗く。すると扉の脇に、イーダの執事のランドルフさんが居て驚いた。
『…吃驚した…、』
「アルバラード様、具合は如何ですか?」
『うん、今朝よりはずっと良いよ……あ』
そう言えばランドルフさんには普段の僕で接して大丈夫だったっけ?頭痛のせいか頭が全く働いてない。
「ふふ、イーダ坊ちゃんから聞いていますので、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」
目尻に皺を刻んで微笑む。その笑顔にフッと力が抜けた。
『そっか。ランドルフさんはこんな所でどうしたの?』
「イーダ坊ちゃんが会議で来れない間に、アルバラード様が部屋を出られた時の為に控えておりました」
『…うん?』
まさに今この時の為?
「他の魔王の方々には、アルバラード様はブルクハルトからの緊急要請で聖王国を出られた事になっております。私以外の使用人にも、そのように伝え対応をさせて頂きました」
うわぁ、なんだか申し訳ない。恐らくオルハロネオやフェラーリオさんを警戒して、イーダが気を利かせてくれたのだ。
「そんなアルバラード様が使用人や他の魔王の方々と鉢合わせされると、我が主人の沽券に関わるのです」
『やっぱり僕は部屋で大人しくしているよ』
「いえ、お客人に窮屈な思いをさせるのはイーダ坊ちゃんの本意ではありません。ですので私が強力な【遮断】の魔法を駆使しアルバラード様に追従せよと、坊ちゃんは仰いました」
僕の行動を読んでるなんて、彼は何でもお見通しだね。イーダの命令を聞いているなら、遠慮しても無駄かな。彼にこれ以上迷惑を掛けるのも嫌だし、此処はお言葉に甘える事にする。
『ごめんよ。気分転換に中庭でも見せて貰おうと思ったんだ』
「畏まりました。ご案内致します」
ランドルフさんは洗練されたお辞儀をして、案内を買って出る。その際【遮断】が発動されたのを感じ取った。
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中庭は宮と宮に挟まれており、隅々まで手入れが行き届いた広い花園が広がっている。ブルクハルトでは見ない品種の花々が多く咲いており、ひとりでに感歎なのか嘆美なのか分からない言葉が漏れた。
噴水の水面が揺れていて、清涼な風が火照った身体に丁度良い。
『綺麗だね』
「有り難う御座います」
後ろへ続くランドルフさんに拙い感想を言うと、彼は笑って白い髭を撫でた。
全体を見渡している時、この景観にそぐわない建物が目に入る。奥の方に建っているのか、犇く建物の陰に隠れて見え難いけど、絢爛と気品に溢れた宮殿の中で一際異彩を放っていた。
『…あれは?』
「あちらはアクアマリン宮で御座います。…お恥ずかしながら、以前激しい火災がありまして。魔王会議の準備で忙しく未だ手付かずなのですよ。お目汚しをして、申し訳ありません」
『いや、そんな…』
黒く焦げた屋根がひょっこり見えただけだ。お目汚しなんてとんでもない。
『皆大丈夫だったの?』
「はい、なんとか命からがら逃げ出しました。怪我人は出たものの、死者は奇跡的におりませんでした」
『イーダは…』
「イーダ坊ちゃんはルク=カルタ首相国へ出向いていらしたので、留守だったのです」
再びアクアマリン宮に目を向ける。
「使用人の火の不始末が原因です。宮を全焼させる不祥事に、使用人を束ねる執事として罰を切願しましたがーー…」
ーー何故爺やを罰しないといけないんだ?ーー
「…一笑されてしまいまして」
『イーダらしいね。じゃぁ、魔王会議が終わった後も暫く忙しい日が続くって事か』
会議の後処理に宮の建て替え工事、加えて僕のフォローまで。彼ってちゃんと休めてるのか不安になる。
「何か御座いましたか?」
『いや、解呪の件もだけどイーダにはお世話になってるから、お礼にブルクハルトへ旅行でもどう?って言おうと思ってたんだ』
泊まるのはまたの機会にって言われてたし。魔王会議が終わって落ち着いたら改めてお礼しようと思ってたんだけどなぁ。
「…イーダ坊ちゃんと本当に仲が宜しいのですね」
ランドルフさんは意外なのか少し驚いて、その後ホッとした様子で優しく微笑む。
「坊ちゃんは昔からアルバラード様に目を掛けておいででしたが、貴方は煩わしそうにしていたので…」
『ははは…』
僕じゃなくてアルバくんがね。ランドルフさんの目にもそう映っていたなら、相当だな。
「ブルクハルトに出掛けられてからイーダ坊ちゃんも以前より楽しそうになさってて、私も嬉しいのです」
イーダが楽しそう?
「これからも、坊ちゃんを宜しくお願い致します」
『え!?いや、此方こそ…っ』
深々と頭を下げられた。慌てて僕も頭を下げる。
イーダを宜しくと言われても実感が湧かない。反対に僕はお世話になりまくってるけど。
お互いにお辞儀する格好に2人して笑った。
「誰?」
唐突に、声が聞こえる。僕は身体をビクつかせて、幼い声の主を探した。
花園の一角に小休憩出来そうな建物がある。白く丸い屋根に、テーブルに椅子、その周囲には水路が流れ、色とりどりの小さな魚が泳いでいた。緑に囲まれていて、居心地が良さそうだ。
そこに座った小さな少年が此方を凝視している。驚いたのはその容姿だ。彼はイーダをそのまま幼くした様な姿だった。
美しいハニーブロンドも、エメラルドの瞳もそのまま。髪はショートなのがイーダとの違いだろうか。
僕はランドルフさんに目配せする。
「彼はリオンメルクーア・メティア・J・バルトロメイ様。…イーダ坊ちゃんの弟君であらせられます」
い、イーダの弟!?
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