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六章 魔王会議編

81話 大迷宮

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『ふわぁあ…』

 大きな欠伸をして目を擦る。昨日深夜までその日の会議内容を頭に叩き込んでいたから、身体が睡眠を促していた。

「アルバ様?本日の会議…病み上がりですしご無理はなさらないで下さいね」

『うん、リリスも昨日は有り難う。助かったよ』

 リリスとユーリを連れて1日振りにあの会議室へ向かう。
 僕は昨日の体調不良が嘘のように元気だ。(リオンくんへ感謝だね)

『そうだ、ユーリ。火傷によく効く薬って作れるかい?』

「火傷で御座いますか?作れる事には作れますが、どの程度の…」

『うーん、神聖力では治せないくらいの…かな?』

 2人が誤解して僕の身体を心配するものだから、違う人だと説明して安心させるのに時間が掛かった。

「神聖力で治せない程と言いますと、私では及ばないかもしれません…。【ポラリス】でもあれば話は違って来るのですが…」

『【ポラリス】?…北極星?』

 ユーリによれば【ポラリス】とは、薬の効能を最大限に高める万能な花らしい。ほぼ幻に近い存在で、どんな生体でどんな形なのかも明確になっていない。
 ただ、それを混合した薬は優れた効果が発揮され、ブルクハルトの学者や研究者、薬師の間では知らない者が居ない程に有名な話。
 その花が手に入れば、死者さえ蘇生出来ると眉唾な噂さえある。
 ユーリも死ぬまでに1度はお目に掛かりたい代物だそうだ。

 そんな万能薬があれば、リオンくんの火傷にも効果が現れるかもなぁ。ブルクハルトに帰ったら1度調べてみるか。

 会議室に着くと、両脇に居た聖騎士が会釈をして扉を開ける。(まずは目先の問題に目を向けるかな…)
 部屋に入ると、1人を除いて全員が揃っていた。視線が集まり居心地が悪い。

「テメー…【鮮血】」

 おっと、目先の問題オルハロネオだ。一昨日の飲み比べの件、いくら僕が忘れて欲しいと願っても彼なら執念深く覚えていそう。
 高そうな服にゲロ吐いたのは本当に申し訳ないけど、君にも非は有ると思うんだ。気持ち悪い時に揺さ振られたら、そりゃぁ吐くよね。

 オルハロネオは腕を組んで椅子にふんぞり返っている。良かった、会った瞬間に殴られると思っていたからホッとした。

「その格好は何だ?破廉恥だろォがッ!」

 正装を息苦しく感じていた僕は、開き直って今日からいつものギリシャ風の服装で会議に参加する事にした。
 白い衣に、緑の布が帯になった衣服。帯には金の刺繍があり、僕が持って歩かないと引き摺る程に長い。
 変な構造で着るのをリリスに手伝って貰わなくちゃならなかった。例によって、鎖骨から胸部、腹筋がVの字にほぼ見える。

 でも、指摘する所はそこなんだ。一昨日の件じゃないんだね。
 僕は態と顔を顰めた。

『貴様も似たような格好だろうが』

「どこがじゃボケェ!」

 オルハロネオだって装備と上着を脱いだらインナーだ。彼も胸筋ほぼ丸見えだから、僕が破廉恥なら君も破廉恥仲間でしょ。

「それに10分前には集合しやがれッ!テメーは1番の下っ端だろォがッ!」

 口煩い先輩は唾を飛ばして怒鳴る。僕は耳が痒いというように白けた視線を向けながら椅子に座った。
 魔王は序列遵守だ。確かに1番の新入りだけど下っ端と言うには語弊がある。

「おいコラッ!無視すんじゃねェタコ!」

『…はぁ、』

「何溜め息してんだァ!?聞こえてんだよクソッタレ!」

 僕の動きにイチイチ反応するオルハロネオは実に忙しそうだ。

「テメー覚えとけよ?ゲロ吐かれてこっちも我慢の限界なんだよ…。後でブッ殺してやるぜェッ!!」

 こめかみに青筋が立ち、ピクピク痙攣している。凶悪な悪人ヅラで殺害予告をされた。

「アルバラード、昨日は大変だったみたいじゃのぉ?国はどうじゃった?」

 今度はリリィお婆さんが探ってくる。皺に埋もれた蒼い瞳に貫かれ、ギクリとした。

『…その件に関してアンタらに言うべき事はない』

「ふぉっふぉっ…そうか。……まぁ良かろぉ。年に1回の会議を蔑ろにして駆け付ける、それ程の案件なら仕方ないわい」

 嫌味だなぁ。

「アルバラードさん、おはよう御座います」

『嗚呼』

 低血圧な僕にとって、ジュノさんの顔は朝から眩しい。相変わらず何を考えているのか分からないけど、僕の横に座りもじもじしている。(トイレかな?)
 すると反対隣のイーダから「昨日アルバが欠席で不貞腐れていたからな。今日は会えて嬉しいんだろ」とこっそり解説が入った。
 イーダは彼の何を見てそう思うのだろう。ジュノさんは口数が少ないし、表情豊かな方でもない。イーダの解説が無ければ僕は彼にトイレを勧めているところだ。

 すると突然、視界の両側から腕が生えてきた。吃驚して心臓が止まるかと思ったけど、肌の色とごちゃごちゃした装飾品で正体が分かる。
 先程見渡した中には居なかったから、今室内に入って来たのだろうイヴリースさんが背後から抱き付いてきた。首に腕を回して「【鮮血】の旦那ぁ、1日振りぃ」と耳元で囁く。

 リリスとユーリも驚いていた。2人の顔が険しくなり、攻撃をしようとしたもので目配せして片手で制する。(特に害意は無いみたい)

『離れろ【太陽ソーンツァ】、鬱陶しい』

 害意は無いみたいだけど、このまま首を捻られるかもしれない恐怖心はある。せめて密着するのは止めて下さい、とお願いするがイヴリースさんは言う事を聞いてくれない。
 ニヤニヤしながら僕とは違う一方を向いている。

 何処を見ているのか手繰ると、彼の目的が具に分かった。

「…チッ… facciaファッチャ a culoクーロ!(厚かましい野郎だ!)【太陽ソーンツァ】ッ!」

 ジュノさんへの嫌がらせだ。その為に僕を使うのは止めてくれ。
 連日の様子で、彼が何故だか僕を特別扱いしているのは明白だ。彼を突つくのには僕を使った方が有効だと思ったのかもしれない。
 イヴリースさんはニヤニヤしながらこれ見よがしにベタベタ触ってくる。

Vaヴァ cagareカガーレ!!(失せろッ!)」

 公用語も話せなくなるくらいに冷静さを欠いて苛ついてる。立ち上がって抗議するジュナさんを、イヴリースさんはクツクツと笑った。

「何だぁ?【ルナー】、俺と旦那がどんだけ仲良くなろうとお前には関係無いだろぉ?」

 人を嫌がらせの道具にしちゃいけないよ。そもそも僕はイヴリースさんと会議以外で話をした事はない。

「……お前みたいな奴がアルバラードさんに触るな、不快だ。さっさと離れろ」

 ジュノさんが下で手を動かしている。今にも三叉槍が出現しそうだ。彼の起爆剤になった覚えはないのだけどなぁ。

『【太陽ソーンツァ】、時間だ。席に着け』

「……ちぇ~、まぁ良いや。ねぇ旦那ぁ、次の休憩の時、ブルブルの件で話したい事があんだけどぉ」

『…分かった』

 僕が了承すると絡まっていた腕が解ける。イヴリースさんは「じゃねぇ」と人懐っこい笑みで自分の席に座った。それを瞋恚の眼で見届けたジュノさんが着席し、イーダが会議の宣言を行う。

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「…ってな訳で、海に面してない国へ上手く分配をして欲しい。ブルクハルトもやっと国交を始めたのだから…アルバ、念頭に入れておけよ?」

『嗚呼』

 現在会議が4時間経過した。僕の集中力も緩慢になりつつある。
 貝殻や珊瑚などのアクセサリーやインテリアに加工出来る調度品や、海鮮物などの海の幸を貿易によって大陸全土に行き渡らせたいみたいだ。
 海に面して無い国は、大迷宮連邦国と、ルク=カルタ首相国の2つ。

 大迷宮は地下にあるから勿論の事、ルク=カルタ首相国は空に浮いた小さな要塞都市だそうだ。どうやって浮いているのかも一切不明で、国民は皆ローブを羽織っている謎に包まれた国。
 今度イーダにどんな国なのか聞いてみよう。

 幸いブルクハルトの海の資源は多い。(輸出に回せる分は十分にあるかな)隣国が対象だとフェラーリオさんの大迷宮ラビュリントス連邦国に輸出する事になるのかな?

「俺ノ国ニ魚介ナド必要ナイ。誰モ食ワン。金ノ無駄ダ」

「【暴虐】そこは上手くやれ。連邦には冒険者も出入りしているだろう?彼らに回せば需要はある」

 フェラーリオさんは気が進まないみたいだけど、イーダはそれを却下する。

「弱者ニ餌ヲヤル趣味ハ無イ」

 うっわぁ~、流石【暴虐】の魔王。言う事も過激だ。フェラーリオさんはフンと鼻を鳴らして言葉を続ける。

「ソモソモ、奴等ハ俺ノ国ニ出入リスル害虫ダ。蛆ノヨウニ沸キ、財宝ト同胞ヲ狩ッテ行ク。国ニ土足デ入ッテ来テ踏ミ荒ラスガ、100階層ヨリ地下ニハ潜レナイ軟弱ナ奴等ダ」

「だが、冒険者が大迷宮に来るお陰でお前の国は成り立っている筈だ。だから毛嫌いしている人間も、お前は入国を拒まない」

 冒険者は色んな情報や資源を齎してくれるからね。僕の国も凄く助かってる。

「そう言やァこの所…冒険者が消息を断ちやがる。雑魚ばかりじゃねェ、S級もだ。誰か何か知ってるんじゃねェのか?」

「サァ?俺ハ弱イ輩ニハ興味ガ無イ。例エ俺ノ国ニ入ッタノナラ、入国ノ時誓約書ヲ書カセテイル」

 バンジージャンプの時に書かせられるヤツかな。簡単に言うと命の保証や怪我、病気などに一切責任を負いませんって書かれてるみたいだけど…。
 そんな恐ろしい誓約書を書いてまで入国したくないなぁ。

「……【暴虐】この際だからハッキリさせよう」

 イーダが厳しい目を向ける。

「俺は大迷宮ラビュリントスへの入国は自己責任が伴うと分かっている。お前の住人は喜んで彼らを迎え入れるだろう」

 指を組んで口が隠れた。

「何せ食糧が金品持って自らまな板の上に乗ってくれるんだ。手を出さない訳がない、よな?」

 ゲ、国が成り立つってそう言う意味?大迷宮こそ弱肉強食の典型じゃないか。
 後から責任を問われない為の誓約書って便利だね。
 地下ダンジョンが繋がって出来たって言っても国だから秩序はあると思っていた。
 僕なら入国したらそこに住む人がまさか命を狙って来るなんて思わないよ。冒険者の人達もそれを承認して潜ってるなんて、腕を上げる為なら蛇の道しかないのかな。

「…国ニ入ルナラバソレ相応ノ対価ヲ払ウモノダ。ソノ為財宝ノ持チ出シニ対シテ五月蝿ク咎メテイナイ。同胞ヲ殺シ腕ヲ磨ク冒険者ヲ咎人トシテ責メテモイナイ。強者コソガ正義ダ」

「収穫祭が近いな?」

「……」

 唐突な問い掛けに、フェラーリオさんは沈黙。イーダの腹を探るみたいに、ジッと彼を見詰めたままだ。

「この所、メビウスでも行方不明者が相次いでいてな。冒険者だけじゃない。市民もだ」

 先程、オルハロネオも何か言っていた。冒険者が消息を断つって。そう言えば、ブルクハルトでも…。

「お前の所の収穫祭は悪趣味だ。確か冒険者達を下層に連れて行き出口を目指させる、だったか?」

「おいおい…【暴虐】よォ」

 100階層まで攻略出来た人でも、200、300階層スタートは厳しいんじゃ…。

「もしそこに俺の国の市民が混ざっていたら…」

『!』

「どうなるか分かっているな?【暴虐】」

 普段穏やかなイーダが冷ややかな声を発する。空気も凍る冷たい殺気が肌を刺した。周囲に居るだけでこれなら、向けられたフェラーリオさんはもっと辛い筈。
 これが序列2位、イグダシュナイゼル・メディオ・L・バルトロメイ。

「…ッ…証拠モ無イノニ俺ヲ疑ウトハ」

「…そうだな。これは俺の予測に過ぎない。だが、お前の国の収穫祭までには必ず証拠を掴んでやるさ」

 パッと表情が明るくなったイーダは脅すのを止め、通常運転に戻る。
 しかし、彼が言ったのが本当だったら…。近頃ブルクハルトでも行方不明になる人が増えている。リリスも気にして調べさせていたものの、明確な情報が上がって来なかった。
 もしも大迷宮の者が何らかの形で国境を突破し、国民を拐っているのだとしたら。
 収穫祭としてダンジョンの奥深くで放たれ、無惨に殺され貪り食われたりしたら。

『……』

 僕はリリスに耳打ちし、早急に再度調査を依頼する。

 オルハロネオも同じ事を考えたのか、フェラーリオさんを疑っている。苛々しながら指を一定のリズムで揺らし、忙しなく尻尾が動いていた。

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