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六章 魔王会議編

87話 悪臭

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 メビウス聖王国から帰還した。2日酔いをリリスとユーリに介抱してもらう、もう情け無い状態で。(頭痛い)

 例の会議の次の日、イーダは引き攣った顔で「お前酒に弱くなったのか?それとも俺が今まで酔ってるって気付かなかっただけか?」とやっと僕がお酒に弱い事に気付いてくれた。

 リリィお婆さんに「アルバラード、あまり問題ばかり起こすな」と忠告され、オルハロネオは「やっとテメーと顔を突き合わせずに済むぜ」と憎まれ口を叩いていた。

 ジュノは最後まで寂しそうで、僕は通信石でまた後日連絡する事を約束する。
 イヴリースさんは相変わらず元気で、フェラーリオさんはずっと僕を睨んでいた。

 昨日の事を覚えてなくて首を傾げる僕に、リリスとユーリが事細かく説明をしてくれた。
 簡単に言うとフェラーリオさんに売られた喧嘩を買って、彼のプライドを甚く傷付けたみたい。
 しかも僕との口論の後、ダチュラとの参与を疑われルク=カルタ首相国から近々調査団が派遣されるらしい。そりゃぁ、怒るよね…。

 でも、これでやっと自由の身だ。5日にも及ぶ会議は終わった。
 暫くは城で怠惰な生活を送れる。

 2日酔いの症状が緩和した頃、ユーリ特製の髪染め染料を落としてもらい見慣れた髪色へ戻った。(彼のシャンプー技術はカリスマ美容師にも負けてない)あまりの気持ち良さに眠ってしまう程だ。
 
 今夜は皆でユートピアに行って、僕達の帰国を祝ってくれるみたい。
 僕の方も皆とご飯でも食べたいと思っていたから、このサプライズは凄く嬉しかった。

 ユートピアは貸切状態で他のお客さんはおらず、城のメイドさん達が給仕に回っている。騎士達が警備にあたり、いつものユートピアより物々しい。
 ただ僕と幹部が大っぴらに食事に出掛けただけでこの規模の規制や警備の数…。僕はあまり目立ちたくないし、ぶっちゃけ施設を貸し切る必要だってない。

「アルバちゃん久し振りぃ!」

「お兄様、お帰りなさい」

「アルバ様…ご無事で、なにより…です」

「主人殿!会いたかったのじゃ」

 でも、偶には皆でゆっくりするのも良いかな。

『皆ただいま。変わりないかい?』

 騒がしく集まり用意されたテーブルに着く。シルバーの並びを見ると、どうやらコース料理が出てくるみたいだ。(楽しみ)

「お兄様、髪の色を戻されたのですね」

『うん。ユーリに洗い流してもらったんだ』

「え?アルバちゃんユーリちゃんと一緒にお風呂入ったって事?」

『一緒に…って言うか、彼には服のままお世話して貰っただけだけどね』

 僕が答えるとルカは「何で私じゃ駄目なのぉ!?」とむくれる。

「あの染料を洗い流すには私の薬品が必要ですので」

「でもさぁ…」

 納得いかなそうにしていたルカだが、急にパッと明るくなった。

「じゃぁ!アルバちゃん!帰って来たら私のお願い何でも聞くって言ってくれたよねぇ?」
 
 メビウス聖王国に行く前、ルカを一緒に連れて行けない代わりに彼女が提示した条件だ。
 何でもって言ったっけ?会議の内容や魔王のキャラが濃過ぎて覚えてない。

『言ったかなぁ…。僕が出来る事だったら良いよ』

「えっへへ~!じゃぁ今度、私と一緒にお風呂入ろうね?」

「ララルカ!何言ってるのッ!?」

「そうじゃぞ!」

 シャルとノヴァが席を立って口を出す。

「私が全身くまなく洗ってあげるよ!」

 え、それマズくない?嫁入り前の娘にそんな事させられないよ。
 メイドさんには補浴された事はあるけど、流石にルカはなぁ。

『それは…』

「それは皆でやるべきじゃ!」

 なんだと。
 ピンと手を挙げて主張するロリッ子は、此方を見てニンマリする。

「主人殿の世話をするのは部下として当然じゃからのぉ。それは此処におる誰もが主人殿の湯浴みを誘掖するべきじゃ」

「って、言う事は私もお兄様と…!?」

 赤く染まった頬を両手で挟むシャルは、恥ずかしそうに悶えた。
 どんな想像をしたのか、「ふふふ、ダ…ダメですよお兄様ぁ…」と表情が緩んでクネクネしている。

「ブブーー!シャルルちんの参加は認めませ~ん!」

「ど、どうして!?」

 腕を交差させてルカが身を乗り出し、シャルが食って掛かる。
 理由を問われたルカは、無言のままシャルの胸部に視線を落とした。その後ゆっくり自分の方を見て、忌々しそうに舌打ちをする。
 「…チッ…豆も牛乳も全く使えねぇ…」とボソリ疾苦を漏らした。

「うーん?シャルルちんはそうだな?後5、6段回位小さくなってからなら…」

「何の話なの!?」

 こうやって皆に囲まれてると落ち着くなぁ。会議では気が抜けなくて、ずっと緊張していたしね。

『そう言えばメルとは一緒に入った事あるよね』

 懐かしみながら何気無く言った一言に、女性陣が過剰な反応をした。
 話を振られたメルは「はい」と嬉しそうに返事をして、僕の疲れを癒してくれる。

「いつ?何で私も誘ってくれないのぉー!?」

「メル、羨ま…じゃなくて、どうして報告しないの?」

「ハンッ!どうしてアルバ様と風呂に入るのに態々お前達に報告しなきゃなんないです?恐れ多くも大浴場で、背中まで洗って頂いたです!」

 巻角の少年は自慢げに胸を張った。
 メルと一緒にお風呂に入った時に分かった事だが、僕が時々使っていた大浴場は如何やら僕専用のものらしい。(贅沢だなぁ)
 てっきり誰でも使って良い公衆浴場的な場所だと思っていた。

『そう言えば、リリスは?』

 席が1つ空いている。まだ五天王統括の姿が見えない。

「彼女は仕事が立て込んでいるようです。この食事会には間に合うように終わらせると意気込んでいましたが…」

 帰国後、仕事の布置や調整を一緒に手伝っていたユーリが教えてくれた。

「遅れるにしても、何の連絡も無いのは妙ですね」

『押し付けちゃったかなぁ。城に居るなら呼んで来るけど』
 
「如何でしょう…。外に出るような事も言っておりましたし、まだ戻っていないかもしれません」

 僕が2日酔いで寝込んでる間に、2人は溜まった仕事を瞬く間に片付けていった。
 もともと残されたシャル達が滞らないよう指示と処理を進めて整理されていたのも大きい。
 僕には勿体ない有能な部下達に惚れ惚れする。

『まだ来てないのに始めちゃうのは申し訳ないよね』

「アルバ様がその様に思われる必要はないかと思いますが…」

 ユーリと話していると、ルカが「リリア姉様遅いなぁー、アルバちゃんと食事なんて滅多に出来ないから張り切ってると思ったのに」と背凭れに沈んだ。
 ノヴァの方から空腹を知らせるお腹の音が聞こえてくる。

「妾は腹が減ってもうダメじゃ…」

 お品書きを見ながら涎を垂らす彼女は、ぺしょりとテーブルに突っ伏した。

『じゃぁ、リリスを呼んで来ようかな。城に戻っていれば良いんだけど』

「お兄様が態々行かなくても…」

「シャルルちん、城まで転移でひとっ飛びして来てよぉ」
 
「ララルカの本気ダッシュなら似たようなものじゃない?城には転移出来ない場所も多くあるし」

 シャルが言うには、城には防犯上の理由で転移系統の魔法を発動出来なくしている場所があるようだ。
 僕の自室周辺や玉座、宝物庫などがそれに当たる。
 そこでなくとも、城の結界に干渉する際多くの魔力を消費するらしい。魔力の乏しい魔術師なら結界に弾かれとんでもない事になるんだとか。

「アルバちゃんが一緒に来てくれるなら、ゆっくり時間掛けて戻ろうかなぁ。夜の街を2人で歩くなんてロマンチックだしぃ」

「はぁ、玄関ホールに【転移門ゲート】を作るわ。迎えに行きましょう」

 溜め息を吐いたシャルが魔法を使用する。
 僕はルカに続いて【転移門】へ入った。

 あっと言う間に城の玄関ホールへ到着する。この不思議な感覚は何度経験しても慣れない。
 僕の後にメルが現れ、スンスンと鼻を鳴らした。

「…変な匂いがするです」

 リジーがまたキッチンでお菓子作りに失敗したのかとも思ったが、彼の表情からしてそれはなさそうだ。
 ーー警戒。城内で初めて見せるメルの様子に、少し緊張する。

 ルカとユーリ、シャルが僕の周囲の警護を固めた。異変を察知したのか、ノヴァも【転移門】から現れる。

「む…妙な残穢を感じるのぉ」

 ノヴァは顔を顰めながら着物の裾で鼻と口を押さえた。
 僕には感じないけど、余程強烈な匂いのようだ。

 巡回していた騎士に深々とお辞儀をされる。五天王と僕が揃っているなんて珍しいからどきまぎしていた。
 見たところいつも通りに思えるが、皆警戒を解かない。

「…こっち、です」

 メルが先頭に立って案内をする。
 すれ違ったメイドさんにリリスを知らないか尋ねるが、見ていないと言う。

「此処です」

 辿り着いたのは玉座の間だ。
 此処まで来ると僕にも分かった。土や泥の、鼻につく匂い。

 ユーリとメルが前に立ち、扉を左右に開く。
 匂い以外に目立った異常はない。
 だだっ広い大広間に、豪華なシャンデリア。人を感知し鉱石の明るい光が降り注ぐ。

 粘着く泥の匂いに紛れて腐臭がする。生塵が腐ったような悪臭だ。
 思わず眉間に皺を寄せる。

 前を歩いていたルカの足が止まり、ぶつかりそうになった。
 何とか踏みとどまった僕は、彼女の視線の先を手繰る。

 ポタリと雫が落ちた。
 黒いような赤い、重油のような液体が階段を流れ下りている。足元でピチャリと嫌な感触がした。
 
 動悸が治らない。息が苦しい。
 
 玉座の奥に、ブルクハルトの国旗と眩い黄金のオブジェがある。大きな十字の柱に太陽が掲げられたようなモチーフ。

 その中央にリリスがーー磔にされていた。

「リリア姉様あぁあぁぁぁあああッ!!!」

 ルカの裂けるような絶叫が玉座に響いた。

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