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七章 パロマ帝国編
104話 脅迫
しおりを挟む僕は今、絨毯の上に正座している。正しくは正座させられている。
ソファでふん反り返るオルハは眉間に濃い皺を刻み、此方を睨み見下ろしていた。
「ーーで?お前が俺の禁書庫目当てで女に化けたのは分かった。俺が聞きてェのはナヨナヨした今のテメーよ」
『ナヨ…、だから魔王会議の前から記憶喪失って言ったじゃんか…』
先程ハサミで付けた傷を見せて、やっと先程の女の子と僕が同一人物だと信じてもらう事が出来た。
ジルと僕の一致の次に、僕と【鮮血】が同一人物であるか疑われ、言い逃れ出来ない状況に洗いざらい吐かされている。
「…チッ…あんときゃ適当に繕ってた訳だなァ」
会議中の僕を思い出して舌打ちした。
『あはは、オルハに大人しいって言い当てられた時は焦ったなー』
「テメーが気安くその名前で呼ぶんじゃねェクソがッ!」
彼は酷く憤慨してテーブルを叩く。
『…ジルの時は良いって言ってたのに、男女差別かい?良くないよ』
「テメーだから嫌なんだよボケェ」
『そうカリカリしないで、甘い物でも食べよう』
苛々した時は甘味が1番だと言うしね。
「要らねェよッ!この白髪野郎」
『気にしてるのになぁ』
「騙しやがって…このクソッタレ!」
『だから何度も謝ってるじゃんか。禁書庫も行ってないし、悪い事もしてないよ』
謝罪した僕に、次はどうしろと。オルハは思い付く限りの罵声を浴びせてくる。
彼が汚い言葉を使うのに慣れてきたので動じない僕に更に苛々していた。
「テメー、まじで…許さねー!俺を…、の…ッ、クソが!この男女ァ!カマ野郎ッ!」
わなわなと拳を震わせ、歯を剥き出しにして憤る。
どうも女の子になってパロマに行った事より、別の何かに激昂している様子だ。
「クソ…クソ…ジルが、【鮮血】とか笑えねェ…」
掌に顔を埋めて絶望している。
漏れ出る言葉に覇気が無くなり、泣き言のような呪言をぶつぶつ呟いていた。
「はァ、はァ…」
『落ち着いた?』
「誰のせいだよ」
オルハの声が些か勢いを無くした所で、アイスティーを差し出してみる。
『それより、僕と話したかったんじゃないの?』
「…」
彼は暫く沈黙し篭った熱を冷ます為かアイスティーを飲み干した。そして口元が凶悪な笑みをなぞる。
「テメー…悪ィと思ってンだよなァ?」
『うん…まぁ、』
「なら今から俺が言う事に、惜しまず協力しろ」
『それは、僕に出来るかによるかな』
「テメーにしか出来ねェ事だ」
(僕にしか出来ない事…)オルハの言葉に、頭上に?マークを浮かべた。
「……連邦で捕まってたS級から聞いた。テメーは雷魔法が得意なんだよな?」
『…っ…、』
「もし、この話が本当なら…その力を使ってやってほしい事がある」
嫌な予感しかしない。
「帝国の荒野に棲み着いた雷神龍の討伐に付き合え」
『ヤだよ』
「テメーこの野郎ッ!」
オルハに胸倉を掴まれる。
だって雷神龍ってドラゴンの中でも強いって噂の怖い魔物じゃないか。僕なんかが太刀打ち出来る筈もない。態々死にに行きたくはないからね。
エニシャが言っていた最近帝国に棲み着いた魔物って、雷神龍?彼が用意周到に大量の武器や人を調達していたのはそのせいか。
『だって怖いし』
「この玉無し野郎…」
オルハの口角が痙攣する。
雷神龍は魔王を殺める程の力を持った魔物だ。そんな大魔物に立ち向かえる程、僕は肝が据わっていない。
『聞いてよオルハ。冒険者から何を聞いたのか知らないけど、僕は魔力も使えないし、その変な力だっていつでも扱える訳じゃない』
「あ?」
『つまり連れて行ったところで何の役にも立たないよ。今の僕は…静電気を起こすとか…避雷針みたいな事しか出来ないんだ』
「避雷針だと?」
『雷魔法が効きにくいって感じかな。絶縁体みたいな』
僕の 常時発動スキル。少なくともノヴァが起こす落雷や稲妻なら、だ。それ以上の電圧は多分焦げる。
僕の言い訳を聞いていたオルハはサディスティックな笑みを零した。
「それが出来たら充分だ」
ぺいっと僕をソファに捨てて、通信石を起動させる。
「話がついた。俺と【鮮血】で取り掛かる」
(いやいやいや、)話はまだ終わってない。僕は納得も了承もしてない。
『ちょっと待って!話を聞いてたかい?僕は足手纏いにしかならないんだってば!』
「安心しろ。勝てねェ勝負に挑む程俺は考え無しじゃねェ。テメーが玉無しの腑抜けでも、そのクソッタレな力があれば勝率は更に上がる」
オルハって意外に力でゴリ押すタイプじゃない。頭で考えてから行動に移す、冷静で策略家な面もある。
でもそれで僕の不安が拭える筈もない。
「観念して協力しろ【鮮血】。それで【狂犬】との密入国、城への不法侵入の件は目を瞑ってやる。それでも不十分だっつーんなら、欲しかった禁書庫の情報をくれてやる」
『……それって脅しなのでは?』
◆◇◆◇◆◇
オルハに首根っこ掴まれてパロマ帝国の王城に転移した。相変わらず、城内は人の出入りが激しく慌ただしくしている。国を滅ぼしかねない魔物が棲み着いたとなれば当然か。
オルハを見た彼らはビクリと震え、恭しく頭を下げた。
それに意を介さず、オルハはズンズンと歩みを進める。僕は襟首を引き摺られながら、騎士達の同情を一身に受けていた。
暴慢なオルハにしては比較的優しく扉をノックする。鈴の音のような声がして、彼はドアを開け僕を投げ入れた。
「お久し振りですわ、アルバラード様!」
『エニシャ!元気かい?』
再会を喜び合っていると、横のオルハの表情が引き攣っていた。
「な、なん…何でテメーら…」
『エニシャは僕の正体を知っていたからね』
「はァ!?クソが…!俺の妹に近付くんじゃねェッ!!後10歩下がりやがれッ!」
妹の肩を抱き、僕から距離を取らせる。引き剥がされたエニシャは不満そうに唇を尖らせた。
「オルハお兄様、酷いですわ!私の気持ちを知っていながら…!」
「コイツだけは絶対にダメだエニシャ!女に扮して油断させやがってクソボケ!知ってたらお前と外出なんてさせなかったっつーの!」
『オルハ、エニシャが心配なのは分かるけどさぁ』
「黙って下がれ白髪野郎ッ!」
敵を威嚇する猫みたいにニャーニャー言ってる。僕は仕方無く部屋の奥へ10歩下がった。
『これで良い?』
「そっから動くなよ【鮮血】!10歩以内にエニシャが近付いたらそのまま庭に出ろ」
『招いておいて酷い扱いだなぁ』
「ははは!性格もすっかり丸くなってやがって扱い易いぜ!」
高笑いをするオルハの腹に、エニシャの鉄拳がお見舞いされる。それ程重い一撃ではないが、お兄さんに齎す精神的ダメージは最上級だ。案の定、オルハは腹を押さえて膝を突いた。
「全く無礼にも程がありますわ!反省なされるまで私の部屋には一歩も入らないで下さいませ!」
「な、おいッ!?エニシャ…」
なんとか立ち上がった兄の背を押して扉から押し出す。戸惑うオルハに有無言わさず、そのままバタンと扉を閉めた。直ぐ様ドンドンとノックされたが、エニシャが指を振ると音が止んだ。(これが扉渡り…)
別の扉と繋げたのか、部屋にはのどやかな空気が流れる。
振り向いたエニシャは悪戯っぽく笑った。
「失礼致しました、アルバラード様。オルハお兄様も決して悪気があって先程のような無礼な振る舞いをする人ではないのですよ」
『うん、大丈夫だよ。エニシャが大切なだけだって分かってる』
通された椅子に座ると、城内全てを把握しているエニシャによってお茶の準備が整えられていた。
「それで…オルハお兄様とご一緒にいらっしゃったという事は、魔物退治の件を引き受けて下さいますの?此方がとんだ無茶を言っているのは重々承知してはいるのですが…」
エニシャは魔物の正体を知らないと前に言っていた。オルハが心配させまいと黙っている事を僕が教える必要もない。
『半ば強引にね…。僕には何も出来ないって言ったのだけど…』
「アルバラード様が付いてて下さるなら、百人力ですわ!実は私、オルハお兄様お一人では少し心配しておりましたの」
(一人…?)あれ、城に運び込んでいた武器と、招集していた人は何だったの。軍隊で雷神龍を取り囲んで一斉射撃でもするのかと思ってたのだけど。
『城に集めてた人達は?僕はてっきり…』
「魔物が棲み着いた近くの街や村の警備を固める為に、オルハお兄様が武器や防具を用意しておりました。今頃必要な人員と共に送り出されている筈ですわ」
『オルハの実力は知ってるけど、一騎打ちなんて無茶なんじゃ…』
相手は雷神龍だし…。
「……元々、人と協力して何かに取り組む事を極端に嫌っておりますの。昔はそんな事はなかったのですが…」
『何かあったの?』
「……アルバラード様にはお話しておいた方が宜しいかもしれませんね」
エニシャは姿勢を正し、僕に向き直る。
「オルハお兄様は王として君臨なされる前、危うく暗殺されかけた事がありますの」
『!』
「首謀者はオルハお兄様が最も信頼していた親友であり、忠実な家臣だと思っていた人物でしたわ」
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