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七章 パロマ帝国編

109話 暴走

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 見えた地面は荒地のものだった。

「が、は…ッ…げほッ…はァ、」

 正気を取り戻したオルハは手を突いて咳き込む。首を絞められていた感触がまだ残っていた。
 ビリードが此方を見て震駭している。

「馬鹿な…こんな短時間で【最悪の思い出】から抜け出すなんて…!」

「…ハッ!テメーの悪趣味な能力なんざ、大した事なかったぜボケがァ」

 立ち上がったオルハが肉食魔獣のような、ギラギラした笑みを浮かべる。身の危険を感じてビリードはたじろいた。

「何だよ、得意の溜め息はどしたァ?」

「クソ…ッ」

 両者が向かい合って戦闘態勢に入ったその時、轟音が辺り一帯に轟いた。

「!?」

「な、なんだ…!?」

 蒼白い電霆が迫ってくる。オルハは瞬時に飛び退き、ビリードもそれに倣った。凄まじい威力の稲妻は大地を薙ぎ岩を砂塵へ変える。
 其方から歩いて来る人影があった。

『…、……』

「【鮮血】…!?」

 無事だった事への安堵と共に、強烈な違和感を覚える。
 アルバの足元は覚束ず、フラフラしていた。

『…だ、……嫌だ…』

 掌で顔を覆い、何事か呻いている。(まさか、まだアイツの能力の中に居ンのか?)彼もオルハのように過去の悪夢を見ているとしたらどうしたら…。

「おいテメー!しっかりしやがれッ!」

『…ぅ、あぁ…』

 肩を揺さぶっても反応が薄い。
 怯え切った様子で自分を掻き抱くアルバを見て、オルハは動揺した。(コイツがこんなになるトラウマって何だよ…っ)
 
『嫌だ放してッ!』

 いきなりアルバがその場にしゃがむ。彼を中心に四方へ雷火が踊り狂い、オルハとビリードは後退した。
 先程感じた違和感の正体、アルバの挙動がまるで幼子なのだ。

「こ、こんなの聞いてない…!こんな力出鱈目だッ!」

 慌てふためくダチュラの幹部を前に、「うっせェ!テメーのせいだろ何とかしやがれッ!」と叱咤する。

「無理だ…オレは思い出に放り込む事しか出来ない。自力で抜け出せなきゃ廃人になるしかない筈だ!なのに…コイツ…ッ!このまま死ぬまで暴走を続けるんじゃ…」

「つくづくクソな能力だなァ!」

 散開する稲妻を避けつつ距離を取る。幸いな事に狙いを定めている訳ではなさそうだ。ただ感情のままに暴発しており火山雷のような多くの謎と危うさを秘めている。

 見れば晴れ渡っていた空が黒雲に覆われていた。今にも嵐が訪れそうな曇天だ。

 ゴロゴロと空が鳴き出した。

「こんな事想定外だ…!」

 【不滅】は悪夢を突破し、【鮮血】は我を忘れている。彼が放つ雷は子ドラゴンの比ではない。
 危険過ぎると判断したビリードが、雷神龍を置いて逃亡を試みた。
 オルハがアルバに気を取られてるのを確認して岩の凹みに足を掛けて跳躍する。
 逃走に気付いた【不滅】が「な、おいテメー!このクソッタレ」となじっていたが、構わず岩壁の頂上に飛び乗る。

 遁走に成功したビリードは窮地を脱して、思わず笑みが溢れた。

 そんな彼に疾雷が直撃した。

 それを号砲に、立ち込めた雷雲から一斉に無数の雷撃が地を突く。万雷に続き大地を揺るがす雷鼓が鼓膜を突き抜けた。

 ビリードの亡骸が風に吹かれて崖下へ落ちる。オルハのすぐ横でぐしゃりと嫌な音がした。
 落雷により焼け焦げた身体は、落下によりひしゃげて惨たらしいものだった。

『う…、ぅ…っ』

 術者が死んでも解除されない能力。
 オルハは舌打ちして叫んだ。

「ダチュラの野郎も死んだ!雷神龍も無事だ…!テメーがそんなんでどうすンだよッ!?」

 オルハが言葉を掛けた途端、爆発したように閃電が走る。目の前が蒼白く光り、何も見えなくなった。凄まじい光と熱がオルハを襲う。

 目が眩んでチカチカする。視界が開けた頃には宙を飛んでいた。砂の大地と大きな岩が猛スピードで通り過ぎていく。
 見れば子ドラゴンがオルハの服の襟を咥えて飛行していた。

「何してんだテメー…」

 餌のように咥えられているが、意図は読み取れる。(俺を助けやがった、のか?)先程までオルハが居た場所には何もなかった。大きな岩も魔物の骸も、ビリードの亡骸も残らず更地にされていた。
 雷神龍が彼を連れて飛び去っていなければ、どうなっていたか分からない。

 子ドラゴンがオルハを地面に降ろす。

「…」

「クルル…」

「分かってるっつーの、アイツを連れ戻しゃ良いんだろーが…」

 魘されて頭を抱えるアルバを遠目に見て、奥歯を噛み締めた。

 大迷宮連邦国が消滅しフェラーリオが粛清され、多くの冒険者の目前で高位の雷魔法が行使されたと知った時は真実か否か眉を寄せたものだ。
 しかし実際にアルバの本当の力を目の当たりにしてしまえば疑いようもない。奴には大迷宮を滅ぼせるだけの力がある。

 その稲妻の威力は大人の雷神龍にも匹敵する。

 真面に直撃を受けるとオルハでさえも危うい。

「テメーも協力しやがれ」

 そう言うと、子ドラゴンが頷いたように見えた。オルハは微かに目を開き、ニッと口角を持ち上げる。

「行くぞッ!!」

 



 平たい荒野へ遠雷が落ちる。雷鳴は悲鳴にも似ていて、アルバラードの心が投影されているようだった。

『はぁ、…はぁ…』

 ゆっくりと何処かへ向かっている。此処から南西へ行けば何れはブルクハルトにぶつかる。その前に街が2、3在るが、今の彼には関係無いだろう。

「待やがれ!」

「クルル…」

 アルバの後方にオルハ、前方を雷神龍が塞いだ。

「このまま行かすととんでもねェ事になるわ。テメーは此処でぜってェ止める!」

『…、だ…』

 声は届いていない。首を左右に振って譫言を呟き、オルハへ向けて手を翳した。
 すると前方の子ドラゴンがアルバ目掛けてライトニングを放つ。緩慢なゆったりとした動きで、オルハへ向けていた腕を其方へ振り、正面から雷で対抗した。

 その隙を突いてオルハが突進する。

「正気に戻れクソッタレがァッ!」

 今のアルバを止めるには気絶させる他無い。魔力を纏って近付いたものの、ピリピリと皮膚が痺れた。

『…、』

「おまーー…!」

 薙ぎ払われた閃光に巻き込まれて吹き飛ばされる。

 大地に生えた大岩に叩き付けられたが、魔力のお陰で大事には至っていなかった。

「げほ、…!チッ…餓鬼かよテメー…」

 アルバは泣いていた。瞳に溜まる滴が頬を伝い、止めどなく溢れている。
 どんな過去を見ているのか、何がそうさせるのか分からない。

『ぅ、…ッく…ふ』

 両手で涙を拭って、嗚咽を漏らすそれはまるで子供だった。

『なんで…っ』

「クソ餓鬼が…癇癪起こしてんじゃねェよ…!」

 見ている悪夢が幼少の頃だとして、精神が退化している。だとしても組み合わせが悪い。今のアルバは理性を失った怪物と言える。
 扱い方を知らない子供に強大な力を持たせるとひたすらに凶悪だ。

『う、く……っなんで…僕が何したって言うの…?』

 濡れたルビーアイを擦って蹲る。

 子ドラゴンがオルハを心配して飛んで来た。

「大丈夫だ」

「クルル」

『う、ぁ…あ…ヤだ…嫌だ嫌だッ!』

 目を覆うアルバが激しく首を振る。彼の周囲に無数の黒い球体が現れ散開した。
 
 雷神龍とオルハの方に球体が向かってくる。握り拳程度の大きさだが、中でバチバチと音がした。
 危険を察知したドラゴンが咄嗟にエネルギー砲で迎撃すると球体が爆発した。爆風に砂が舞う。

「あの野郎…!殺す気かよ」

 我を失って、このまま死ぬ迄暴走するーー。ビリードの言葉を思い出してゾクリとした。

 オルハが此処で止めねば、巻き込まれたパロマの国民が大勢死ぬ。

 更にこれ程の力【不死鳥】も黙ってはいないだろう。
 魔王同士徒党を組んでの【鮮血】の討伐になる。勿論奴の傘下は抵抗するし、【琥珀アンバー】と【ルナー】を見る限り、血で血を洗う魔大陸中を巻き込んだ大戦争にも発展しかねない。

「んな事…テメーだって望んでねェだろ…」

 ギリッと奥歯を噛む。
 思い出すのはここ最近のアルバラードの姿だ。いつも情けない笑顔を浮かべていて、飄々としている。
 最初こそオルハに怯えていたが、今では軽口を返して来るまでになった。
 
「クソ…立て直してもう一度だ…!」

 諦める訳にはいかない。

 雷神龍が大口を開け、キイィンと甲高い音を鳴らす。アルバの背後から雷魂いなだまを圧縮したエネルギー砲を放ち注意を引く。

 指で弾き出した奔雷によって、雷が圧縮された閃光は掻き消えた。

「クソ餓鬼が…!」

 子ドラゴンなど指一つでいなせると見せつけられたようだ。
 瞬時に雷神龍の目前へと移動したアルバに、ドラゴンは死を覚悟した。尻尾に当てられた手が異様に冷たく感じる。

「テメーッ!」

 頭上から襲い掛かったオルハへの反応はない。代わりにアルバを包む雷が激しくなった。

「ッの、クッソ…!」

 近付けない。しかしドラゴンから意識を逸らさなければ。閃雷が頬を掠めて傷を付ける。(何かないか!?)
 魔法や石は届く前に焼き消える。少しの隙さえ作れれば、子ドラゴンは逃れられる筈だ。

ーーじゃぁ他の誰かが逸れそうな時とか迷子になったら…ーー
 
 オルハは大きく息を吸い、指笛を吹いた。

 アルバの体がビクリと跳ねる。親に怒られる前の子供みたいな様子で、赤い瞳眸が此方を見た。(……、!)

「このクソッタレ!俺の事をダチだと思ってンなら、さっさと戻って来やがれアルバッ!」

◆◇◆◇◆◇

 頭が痛い。気付けば僕は砂の地面に横になっていた。
 息を切らしたオルハが僕の上に覆い被さってる。彼に腕を固定されていて動けなかった。

 頭上には雷神龍くんの尻尾も見える。

『…これ、今どんな状況?…、なんで僕泣いてるの?』

 僕の声に、緊張の糸が切れたオルハの体の力が抜けた。ぐったりと僕に体重を預けてくる。
 傷だらけのオルハは「呑気なモンだぜクソ…」と悪態を吐きながらも安心したような声だった。

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