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九章 キシリスク魔導王国編

126話 魔導王国

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 林を抜けると村が見えたのでブルブルが空気に溶けた。時折頭の中に声が響くから付いて来てくれてるのだと分かる。

「此処ってキシリスクのどの辺りぃ?」

「首都から程近い農村です。このまま首都へ入り、ラブカ様への謁見を申し立てましょう」

「えー?歩くのヤダよオレぇ…」

 子供のような事を言うイヴを、ブルブルが嗜める。

「タタン国で流通している金貨はこの国では使えません。金としての価値はありますが、使うとタタン国の者だとバレてしまいます」

『ははは。僕達、王様なのに一文無しだねぇ』

 魔大陸では通常、正規の手続きを踏めば入国時にお金の両替が行える。
 後は役場に行くか、周辺の国であれば冒険者ギルドでも対応してくれる。

 タタン国とキシリスク魔導王国は長年仲が悪い。
 それは8年前にキシリスクが誕生してから変わらない。
 イヴのお父さんのアヴァロンさんも、ジュノの持つ魔導の知識と有り余る力を恐れていた。その証拠にジュノが独立国を作った当初、祝品を贈る裏で国境の警備と壁の強化を行っている。

 後は彼らの宗教問題。
 太陽神【ルキア】を崇拝するタタン国、月神【アンノーン】を信仰するキシリスク魔導王国。
 太陽と月は対比の存在だと考えられている為、ここら辺も折り合いがつかない。
 もしもイヴがタタン国の者だと露見したら動き辛くなる。

『…、…ふわぁあ』

「旦那は呑気だよなぁ。タタンに来た時も思ったけど」

『意外に何とかなるものだからね。嘆いたり慌てても良い案は浮かばないし』

 村へ向けて歩いているとレールを見つけた。しっかりした鉄製で周辺も整備されている。
 この世界で初めて見る技術に目を瞬いた。(そう言えば、魔導列車ってどんな列車なんだろう?)

 線路の先に駅があり、数人の魔族が列車を待っていた。

 それらを横目に見て、長閑な村に脚を踏み入れる。
 結界石が掲げられ獣避けの簡単な木の囲いがされているが門番は居ない。アーチには〈ヴァロント・デュレ〉と村の名前が書かれていた。

 見たところ田畑や農業が盛んな村で、店先に野菜や果物が並んでいる。住居は疎らにあって、平家が多かった。
 子供達が走り回って遊んでいて、元気な笑い声が聞こえてきた。
 昼食の準備中なのか、香ばしいパンの匂いがする。

「そう言えば腹減ったなぁ…朝から何も食べてないしぃ」

 お腹を摩ったイヴは横にあった果物屋が売っていた実を手に取った。大きくて立派な、桃みたいな果物だ。
 イヴは重さを確かめるように宙に放りキャッチする。
 熊みたいな体の店主のおっちゃんが、人の良い笑顔で店先に出て来た。

 果物を眺めていたイヴは息をするように自然な動きで柔らかな果肉に歯を立てる。

『な、…!イヴ!』

「Che cosa stai facendo!(何するんだ!)」

 店の店主も吃驚していた。
 ネイティブなキシリスク語で、何を言ってるのか全然分からない。

「?何をそんなに驚いてるんだ旦那ぁ?」

『いくらお腹が減って無一文でも、泥棒しちゃダメだよ』

「泥棒?そりゃぁ、ダメだよな」

『??』

 僕は首を傾げる。イヴは不思議そうな顔をした後、果物を更に齧った。それが癪に触ったのか、店主が目尻を上げる。

「何すんだテメーら!?」

 僕達が公用語で話していたので、彼も公用語に言い換えてくれた。おっかない形相で立ち塞がるが、イヴはキョトンとしたままだ。

「おっさんは何で怒ってるんだぁ?」

「こ、小僧が勝手に店の商品を食っちまうからだろうが!」

 こめかみに青筋を立てる店主を見上げ、イヴは「ああ…」と納得した素振りをし歯を見せて笑う。

「分かんねーけど、アンタが作った果実がオレの朝飯になった事を誇っても良いぜぇ?」

「この…っ」
 
『わー!ごめんよ…!』

 我慢ならないと拳がプルプル震え出したおっちゃんとイヴの間に入る。『えーっと、』と目を泳がせ困っていると、僕も多少の金銭を持っている事を思い出した。

『キシリスクのお金はないけど、外国の金貨なら持ってるよ!』

 タタン国のお金はマズイけど、ブルクハルトの通貨なら大丈夫かもしれない。
 ブルブルも言っていた通りなら、これも金としての価値はある筈だ。
 僕は懐から小さな布袋を出してブルクハルトの金貨を取り出した。

「、ほぉ…こりゃ純度の高い…」

 店主は冷静さを取り戻し品定めする。

『これで、さっき食べちゃった果物と…できればローブを貰えないかな?』

 金貨を受け取ったおっちゃんはニヤけていた口を結んだ。
 一度店の奥へ引っ込んで旅人が使用してそうな灰色の外套2枚と桃を後4つ付けてくれた。

『有り難う、助かるよ』

「ああ。払えるモンがあるならお客サマだ」

 ローブを1枚イヴに渡して、民家の陰に連れて行く。
 その間彼は意味が分からないと頭上に?マークを浮かべていた。

『イヴ、まさか君…1人で街に出た事無いんじゃ…』

「あったり前だろう?オレは次期国王な訳だし」

 僕は頭を抱える。彼は何故か胸を張った。

「旦那ぁ、今のおっさんの反応、絶対ふんだくられたぜぇ?ブルクハルトの金貨の大きさはキシリスク金貨と一緒なのか?」

 おかしいと思った。先程のイヴの行動は明らかに、お金を払うのを忘れた、とかではない。
 そもそもお金を払う事を知らない人の言動だ。

 タタン国ではイヴは王族。
 宮殿の外でも人々が親切に野菜や果物を渡していた。あれが通常だと思っていたら酷い勘違いをしている。

 彼は筋金入りの箱入り息子だ。ブルクハルトでの買い物も全て部下に任せていたに違いない。(王子故の弊害だ…)
 一般常識が通用しない。僕がしっかりしないと…!

「おーい、【鮮血】の旦那ぁー」

『…、ん?何だい?』

「えぇー?オレの話聞いてたぁ?」

 顔を覗き込んでくるイヴと目を合わせる。

『ごめん、聞いてなかった』

「だぁかーらぁ、今の良かったのかぁ?あんな上等な金貨で、こんなボロいローブ2枚なんて」 

『ボロ…酷いなぁ。今のは明らかにこっちが悪かったもん。授業料だと思えば良いし、果物も追加で付けてくれたじゃない』

「あーぁ、旦那もお人好しだなぁ」

 イヴは呆れた様子で僕を見て、渡された外套に「ちょっと汚れてるしぃ」や「婆ちゃんの匂いがする」などぶつぶつ言いつつも羽織った。

 僕もお揃いの外套を着てブルブルを呼ぶ。人気の無い民家の陰に来たのはこの為だ。
 桃を2つ差し出して彼女に食べないか聞いてみた。

「……有り難う御座います、頂きます」

 ピリリと空気が震動すると、ブルブルの全身が浮き出てきた。果実をパクつく彼女は犬や猫と同じように愛嬌がある。(撫でたら怒るかなぁ)

『はい、これイヴの』

「やりぃ!」

 余程お腹が減っていたのか、イヴは両手に桃を持って齧り付いた。

「…あ?旦那は食べないの?」

『うん。僕はお腹の調子が悪くてね』

 じくじくと痛みを発症している胃を押さえる。
 イヴは「ふーん」とだけ興味無さそうに言って、大きな桃を平らげた。
 
◆◇◆◇◆◇

 〈ヴァロント・デュレ〉の村を出て、ジュノが居る首都へ向けてへ歩く。
 土を固めた田舎道から広い街道に突き当たった。道を指す看板によると、この道を辿れば首都に到着するようだ。文字表記がキシリスク語になり、ブルブルが居なかったら全く読めなかった。

「ねーぇ!旦那ぁ…まだ着かない?」

『うん…首都まではもう少し掛かるよ』

「馬でも地竜でも借りようぜぇ?オレ疲れたよぉ…」

 ブルブルによれば、魔導列車で首都まで行くより直接向かった方が早いらしい。
 線路は街を繋いでおり、キシリスク魔導王国を上から見るとアルファベットのGの形にレールが敷かれている。中央に首都、書き初めの方に先程の村がある。
 直線距離では近く、列車の駅順では遠い村だ。

『もう少し頑張ってイヴ。あとちょっとで見えてくるから…』

「見えてきても着くまで歩かなきゃなんないじゃんん…」

 酷く疲れた様子で悠長に歩く。引き摺った脚と地面が擦れてザリザリ音を立てる。
 イヴの靴は草履だ。長時間歩くのは辛いかもしれない。

『うーん…街道の隅で休憩するかい?荷馬車が通ったら乗せて貰えないか聞いてみよう』

「よっしゃ」

 街道沿いにあった大きな木の辺りが木陰になっていて、イヴはそこ目掛けて一目散に走り出した。(…走ってる)
 憎めない気持ちで溜め息をしつつ後を追い掛けた。
 
 若葉の上に横になったイヴは自由奔放で、鼻歌を歌いながら目を閉じる。
 木漏れ日が降り注いで暖かく、薫風がそよいで気持ちが良い陽気だ。日向ぼっこして眠りたくなるのも分かる。

 僕は彼の横に腰を下ろしてブルブルとお喋りして休憩した。

「…荷馬車に乗せてもらうのは良いですが、あまり印象に残らないようにして下さい」

『うん。ならこのローブは貰って正解だね。これ旅人っぽいし』

「場合によってはタタン様はフードを被って貰った方が良いかもしれません」

『それってどういうーー』

 暫くするとガラガラと車輪の音が聞こえて来た。
 尻を浮かせて街道を覗くと大きな地竜が荷車を引いて此方へ来る。
 荷台には大きな樽や木箱が積まれていた。首都へ商品を卸す商人か農村の人。

 僕は道に立って荷馬車を止め、地竜の手綱を持つ人に話しかけてみる。
 麦わら帽子を被った農作業着のおじさんだった。

『邪魔してごめんよ。首都に向かってるの?』

「Cos'hai combinato?(どうしたんだ?)」

『、と…困ったな。言葉が通じないや』

 僕は身振り手振りで首都まで乗せて行ってくれないか伝えた。
 話し声でイヴが起きて来る。「旦那ぁ?」と欠伸をして僕の横に並んだ。

「…、Non lo può avere.(彼はダメだ)」

 イヴを見た途端厳しい顔付きになったおじさんは、首を傾げる僕へ向けてキシリスク語で何事か説明する。その間仕切りにイヴを指差した。

「はぁあ?何だとオッサンッ!」

 ある単語にイヴが過剰に反応を示す。
 今にも掴みかかりそうな彼を押さえて、『ど、どうしたの?』と訳を聞いた。

negroニガーは俺達の事を侮辱した呼び方だ!俺の肌の色を見てコイツは黒奴くろんぼって言いやがったのさ!」

『…ッ、ちょ、イヴ!落ち着いて!』

 タタン国の人々の多くは肌が黒い。その特徴を侮蔑した言い方に激怒したイヴは凄まじい剣幕でおじさんに殴り掛かろうとする。
 怯えたおじさんが武器を構えるのが見えた。
 変わったデザインの銃。護身用のものなのか、引き金に掛かる指は震えていた。

「撃ってみろよクソジジイ!」

『ダメだよイヴ!僕達はあまり目立っちゃいけないって忘れたの!?』

 僕の認識が甘かった。
 将来戦争になる両国における互いの印象。積み重なった差別意識は濃くて根深い。

 魔王が向ける殺気に一般人が平気な訳がない。
 地竜も恐慌をきたし地面を叩いた。

『お、おじさんやっぱりいいから行って!』

 僕1人ではイヴを抑えられない。
 激情が溢れ出す彼は「旦那ぁ!コイツは許せねぇッ!俺達を堂々と侮辱しやがって!」と憎悪を剥き出しにする。

『イヴ…ごめんよ!僕が軽率だった!』

「旦那が謝る事じゃねぇッ!放せ…!」

 激昂する彼は爪が食い込む程拳を握った。
 イヴは「俺達」と複数形で激怒している。ただ彼自身がそう呼ばれた事よりも、自国の人々の特徴を屈辱的な言葉で表現され頭に来てるのだ。

「…ぁ…ひぃッ!」

 喉から押し出すような悲鳴が聞こえた後、辺りに銃声が響いた。奇妙なピチュンという音で鳥の鳴き声に似ている。
 魔力が圧縮した弾丸が命中して鮮血が散った。

「だん、な…」

 頬を血で汚したイヴが目を見開いていた。

 
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