40 / 55
第六章 本の世界と現実との違いは
ウバルドの果てなき野望
しおりを挟む
カルテローニ男爵の次女、ロザリア・カルテローニが魔の森で姿を消してはやひと月が経つ。
カルテローニ男爵の要望により、今でも魔石収集室では魔の森へ入る冒険者達に、魔の森で若い娘の亡骸があれば知らせるよう通達することになっている。
カルテローニ男爵とて、ひと月もの間、娘が無事に魔の森で生きているとは考えてはいまい。しかしたとえ朽ち果てていようと、その亡骸を弔いたいと願うのは当然のことだ。突然姿を消した娘を想い、見つけてやりたいと願う父親の気持ちを誰も咎めはしない。むしろ話を聞いた冒険者たちは男爵を憐れみ、注意して魔の森を見て回ることを約束してくれる。
だが―――。
ウバルドは椅子の背もたれに、腕を組んで深く寄りかかった。王宮内の、自身の執務室内だ。ロザリアの捜索は三日で打ち切られ、一角獣狩りの一行は王都へと帰還した。
世間では、ロザリアは突如魔の森で姿を消した男爵令嬢だが、内実が違うことをウバルドは知っている。
あの日、迂闊にも魔石のことを立ち聞きされ、子飼いの魔法士に殺させようとしたが、逆にその魔法士二人は殺されグラートは足を砕かれ歩けぬ身となった。
あの男―――。セスト・アッカルドによって。
セストがロザリア・カルテローニに執心だという話は漏れ聞いたことはあった。しかしセストが助けに入ることを計算には入れていなかった。迂闊だった。あの得体のしれない男は最も警戒すべき人物であったのに。奴のおかげでうまく行っていた火石暴発の小細工を行っていたグラートを失い、そちらの計画はストップしたままだ。また、一角獣の角も秘密裏に集めようと計画していたが、ロザリア失踪という事件が起こったばかりで警戒心が強まっている時期、それもできなくなった。忌々しい限りだ。
セストが今もロザリアを匿っていることは間違いない。おそらく何があったのかもロザリアの口から聞いたことだろう。ウバルドが王位を狙っていることもセストは知ったはずだ。黒妖犬の件も王子の失明の件も、裏で糸を引いているのがウバルドだと予想もついていよう。
更に言えばオリンド国王の耳にもこの件は既に入っていよう。それでもオリンドが動かないのは、確固とした証拠がないからだ。王族を罰するには、又聞きの話だけでは弱い。
もしやカルテローニ男爵にもセストは話したろうかと、ここひとつき様子をうかがっていたが、男爵は心労により頬が削げ、ジュリエッタはぱったりと社交界に顔を出さなくなった。
どこからどう見ても、娘を突然失った父と母の姿だった。
いずれにせよ、ウバルドはもう退くことはできない。王位を狙っていることは既にオリンド国王の知るところとなったのだ。オリンドとて息子を失明させられ、このまま黙ってはいまい。こうなっては先にやるかやられるかのどちらかしかない。そして先んずるのは自分だ……。
―――突如執務室の床に黒い渦が現れた。
ウバルドの執務室には転移を阻止する魔法がかけられているが、ある一人の魔法士だけは自由に出入りできるようにしていた。最も信を置いている従弟のプラチドだ。魔法防衛局付きの、魔獣の扱いに長けた魔法士だ。
魔石の暴発は魔石収集室のグラートの弱みを握り、奴に工作させていたが、乙女を襲った黒妖犬や王子の失明に魔鳥を操ったのはプラチドだ。プラチドは魔笛と呼ばれる横笛で魔獣を意のままに操ることができる。
「―――ロザリアは見つかったか」
渦の中から現れたプラチドに問うと、プラチドは片膝をつき低頭して答えた。
「いえ、ウバルド殿下。まだです。申し訳ございません。王都にあるアッカルドの屋敷にも忍び込んだのですが、ロザリアの姿どころか人の気配はございませんでした。家具類などはそろっているのですが、衣類はなくおそらくアッカルドはあの屋敷には実際には住んでいないのではと思います」
王都の一画にはオリンド国王の与えたセストの屋敷がある。ロザリアをかくまうとすればそこかと思い、プラチドに調べさせていたのだ。
が、プラチドが忍び込めた時点で、王都の屋敷にはいないとみてよかったのだろう。
あのセストが、並みの魔法士に易々と忍び込めるような場所にロザリアをかくまっているはずがない。仮にプラチドが忍び込めない場所があるとすれば、そこが隠れ場所だ。
「ロザリアは引き続き探せ。やはり立ち聞きした直接の証人は消しておきたいからな。それとプラチド、例の件は順調か」
「はっ。問題なく進めております。今も私の手の者が魔の森にて魔獣を集めております。殿下のご指示通り、王宮内の魔の森監視局の地下に少しづつ魔獣を移動させております。ひと月後には大暴走を起こせるほどの魔獣が集まるかと」
「買収はうまくいったのだろうな。魔の森監視局の者に密告されたのでは元も子もないぞ」
「ご安心を。そちらは抜かりなく。殿下のご指示通り、殿下が王となられたあかつきにはそれ相応の地位を約束し、金と妙薬を握らせております」
「わかった。下がれ」
「はっ」
プラチドは自分によく似た面差しを一度も上げることなく転移の渦に消えた。
ひと月後。失明した王子に王位継承権が与えられる儀式が行われることになった。
魔鳥に襲われ失明した時点で誰もが王位継承権を失ったとみなされた王子だが、国民の人気は根強く、後押しする貴族が多くいたことから予定通り王子に王位継承権第一位の権利が与えられることに決まった。
ウバルドにとっては大誤算だ。まさか失明した王子に王位継承権が与えられることになるとは。
こんなことなら失明などと生ぬるいことではなく、命を奪っておくべきだった。そうでなくともこれから二年後、三年後には次々とオリンドの息子達が王位継承権を獲得し、ウバルドの順位は下がっていく。始末すべき対象はこれからも控えており、一人目でてこずっている場合ではないのだ。
ウバルドは王子に継承権が与えられることが決まってからすぐに計画を立て準備をはじめた。
今度は失明だけで終わらせるつもりは毛頭ない。それどころかうまくいけばオリンド国王にその息子達すべてを一挙に葬り去ることができる計画だ。
決行はひと月後の式典のとき。
魔獣大暴走を起こさせ、今度は一人残らずあの世へと送ってやるのだ。
ウバルドはその瞬間を思い、一人悦に入った。王位継承の儀式は王都の広場で、多くの国民が見守るなか行なわれる予定だ。事によってはその国民も巻き添えを食い、自分を慕うベネデッタも式典に参加するだろうから無事ではすむまい。愚かでかわいい姪であったが、所詮はオリンドの種だ。黒妖犬に乙女たちを襲わせたときからどうなろうと知ったことではないと思っていた。
式典は飢えた魔獣どもにより血まみれの惨劇になるに違いない。そして国が悲しみに沈むなか、自分が颯爽と立ち上がり、新たなトリエスタ王国を率いていく―――。
大陸のずっと西方の国では、聖王と謳われた王が弟にその地位を追われたという話も聞く。王位とは常に不安定でいつ覆されるかわからないものだ。王位から遠いと思われた自分が王となっても何らおかしなことはない。
それにしても……。
ウバルドはふうと大きく息を吐きだした。
プラチドは優秀な魔法士だ。そのプラチドの目をかいくぐり、ウバルドの放った隠密にも尻尾をつかませず、ひと月もの間誰の目にも触れさせずロザリアを隠し続けられるというのも不思議だ。
ウバルドの放った隠密はトリエスタ国外にもその目を向けているというのに。
一体どんな手を使ったものか……。
今のところの懸念事項はそれだけだが、セストが引き続き最も警戒すべき人物だということに変わりはない。
それでもいかなセストといえど、大暴走を起こした魔獣の大群を一人で止めることはできないはずだ。
魔の森監視局の地下にはすでに相当数の魔獣が集まっている。万が一この段階で奴に気づかれれば、すぐにこの王宮内で魔獣を解き放つまでだ。いっそその方が国民に犠牲が出ずにすみ、口うるさい大貴族どもを葬り去ることができるかもしれない。
カルテローニ男爵の要望により、今でも魔石収集室では魔の森へ入る冒険者達に、魔の森で若い娘の亡骸があれば知らせるよう通達することになっている。
カルテローニ男爵とて、ひと月もの間、娘が無事に魔の森で生きているとは考えてはいまい。しかしたとえ朽ち果てていようと、その亡骸を弔いたいと願うのは当然のことだ。突然姿を消した娘を想い、見つけてやりたいと願う父親の気持ちを誰も咎めはしない。むしろ話を聞いた冒険者たちは男爵を憐れみ、注意して魔の森を見て回ることを約束してくれる。
だが―――。
ウバルドは椅子の背もたれに、腕を組んで深く寄りかかった。王宮内の、自身の執務室内だ。ロザリアの捜索は三日で打ち切られ、一角獣狩りの一行は王都へと帰還した。
世間では、ロザリアは突如魔の森で姿を消した男爵令嬢だが、内実が違うことをウバルドは知っている。
あの日、迂闊にも魔石のことを立ち聞きされ、子飼いの魔法士に殺させようとしたが、逆にその魔法士二人は殺されグラートは足を砕かれ歩けぬ身となった。
あの男―――。セスト・アッカルドによって。
セストがロザリア・カルテローニに執心だという話は漏れ聞いたことはあった。しかしセストが助けに入ることを計算には入れていなかった。迂闊だった。あの得体のしれない男は最も警戒すべき人物であったのに。奴のおかげでうまく行っていた火石暴発の小細工を行っていたグラートを失い、そちらの計画はストップしたままだ。また、一角獣の角も秘密裏に集めようと計画していたが、ロザリア失踪という事件が起こったばかりで警戒心が強まっている時期、それもできなくなった。忌々しい限りだ。
セストが今もロザリアを匿っていることは間違いない。おそらく何があったのかもロザリアの口から聞いたことだろう。ウバルドが王位を狙っていることもセストは知ったはずだ。黒妖犬の件も王子の失明の件も、裏で糸を引いているのがウバルドだと予想もついていよう。
更に言えばオリンド国王の耳にもこの件は既に入っていよう。それでもオリンドが動かないのは、確固とした証拠がないからだ。王族を罰するには、又聞きの話だけでは弱い。
もしやカルテローニ男爵にもセストは話したろうかと、ここひとつき様子をうかがっていたが、男爵は心労により頬が削げ、ジュリエッタはぱったりと社交界に顔を出さなくなった。
どこからどう見ても、娘を突然失った父と母の姿だった。
いずれにせよ、ウバルドはもう退くことはできない。王位を狙っていることは既にオリンド国王の知るところとなったのだ。オリンドとて息子を失明させられ、このまま黙ってはいまい。こうなっては先にやるかやられるかのどちらかしかない。そして先んずるのは自分だ……。
―――突如執務室の床に黒い渦が現れた。
ウバルドの執務室には転移を阻止する魔法がかけられているが、ある一人の魔法士だけは自由に出入りできるようにしていた。最も信を置いている従弟のプラチドだ。魔法防衛局付きの、魔獣の扱いに長けた魔法士だ。
魔石の暴発は魔石収集室のグラートの弱みを握り、奴に工作させていたが、乙女を襲った黒妖犬や王子の失明に魔鳥を操ったのはプラチドだ。プラチドは魔笛と呼ばれる横笛で魔獣を意のままに操ることができる。
「―――ロザリアは見つかったか」
渦の中から現れたプラチドに問うと、プラチドは片膝をつき低頭して答えた。
「いえ、ウバルド殿下。まだです。申し訳ございません。王都にあるアッカルドの屋敷にも忍び込んだのですが、ロザリアの姿どころか人の気配はございませんでした。家具類などはそろっているのですが、衣類はなくおそらくアッカルドはあの屋敷には実際には住んでいないのではと思います」
王都の一画にはオリンド国王の与えたセストの屋敷がある。ロザリアをかくまうとすればそこかと思い、プラチドに調べさせていたのだ。
が、プラチドが忍び込めた時点で、王都の屋敷にはいないとみてよかったのだろう。
あのセストが、並みの魔法士に易々と忍び込めるような場所にロザリアをかくまっているはずがない。仮にプラチドが忍び込めない場所があるとすれば、そこが隠れ場所だ。
「ロザリアは引き続き探せ。やはり立ち聞きした直接の証人は消しておきたいからな。それとプラチド、例の件は順調か」
「はっ。問題なく進めております。今も私の手の者が魔の森にて魔獣を集めております。殿下のご指示通り、王宮内の魔の森監視局の地下に少しづつ魔獣を移動させております。ひと月後には大暴走を起こせるほどの魔獣が集まるかと」
「買収はうまくいったのだろうな。魔の森監視局の者に密告されたのでは元も子もないぞ」
「ご安心を。そちらは抜かりなく。殿下のご指示通り、殿下が王となられたあかつきにはそれ相応の地位を約束し、金と妙薬を握らせております」
「わかった。下がれ」
「はっ」
プラチドは自分によく似た面差しを一度も上げることなく転移の渦に消えた。
ひと月後。失明した王子に王位継承権が与えられる儀式が行われることになった。
魔鳥に襲われ失明した時点で誰もが王位継承権を失ったとみなされた王子だが、国民の人気は根強く、後押しする貴族が多くいたことから予定通り王子に王位継承権第一位の権利が与えられることに決まった。
ウバルドにとっては大誤算だ。まさか失明した王子に王位継承権が与えられることになるとは。
こんなことなら失明などと生ぬるいことではなく、命を奪っておくべきだった。そうでなくともこれから二年後、三年後には次々とオリンドの息子達が王位継承権を獲得し、ウバルドの順位は下がっていく。始末すべき対象はこれからも控えており、一人目でてこずっている場合ではないのだ。
ウバルドは王子に継承権が与えられることが決まってからすぐに計画を立て準備をはじめた。
今度は失明だけで終わらせるつもりは毛頭ない。それどころかうまくいけばオリンド国王にその息子達すべてを一挙に葬り去ることができる計画だ。
決行はひと月後の式典のとき。
魔獣大暴走を起こさせ、今度は一人残らずあの世へと送ってやるのだ。
ウバルドはその瞬間を思い、一人悦に入った。王位継承の儀式は王都の広場で、多くの国民が見守るなか行なわれる予定だ。事によってはその国民も巻き添えを食い、自分を慕うベネデッタも式典に参加するだろうから無事ではすむまい。愚かでかわいい姪であったが、所詮はオリンドの種だ。黒妖犬に乙女たちを襲わせたときからどうなろうと知ったことではないと思っていた。
式典は飢えた魔獣どもにより血まみれの惨劇になるに違いない。そして国が悲しみに沈むなか、自分が颯爽と立ち上がり、新たなトリエスタ王国を率いていく―――。
大陸のずっと西方の国では、聖王と謳われた王が弟にその地位を追われたという話も聞く。王位とは常に不安定でいつ覆されるかわからないものだ。王位から遠いと思われた自分が王となっても何らおかしなことはない。
それにしても……。
ウバルドはふうと大きく息を吐きだした。
プラチドは優秀な魔法士だ。そのプラチドの目をかいくぐり、ウバルドの放った隠密にも尻尾をつかませず、ひと月もの間誰の目にも触れさせずロザリアを隠し続けられるというのも不思議だ。
ウバルドの放った隠密はトリエスタ国外にもその目を向けているというのに。
一体どんな手を使ったものか……。
今のところの懸念事項はそれだけだが、セストが引き続き最も警戒すべき人物だということに変わりはない。
それでもいかなセストといえど、大暴走を起こした魔獣の大群を一人で止めることはできないはずだ。
魔の森監視局の地下にはすでに相当数の魔獣が集まっている。万が一この段階で奴に気づかれれば、すぐにこの王宮内で魔獣を解き放つまでだ。いっそその方が国民に犠牲が出ずにすみ、口うるさい大貴族どもを葬り去ることができるかもしれない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
62
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる