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1.恋人になってくれませんか?

4.

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「ねぇ、今日もダメなの?」


 誰かがエーヴァルトの袖を引く。見れば、エーヴァルトの取り巻きの一人が眉間に皺を寄せ、彼を真っ直ぐに見上げていた。


「あぁ――――」


 そう口にしつつ、エーヴァルトは小さくため息を吐く。グラディアにはああ言ったが、中にはエーヴァルトに対してファッション以上の想いを抱く者がいた。


(参ったな)


 エーヴァルトからすれば、女の子は皆可愛いし、一緒に居ると癒される。チヤホヤされるのだって悪い気はしない。折角モテているのに冷めた対応をする男に対しては、馬鹿だなぁとさえ思う。
 だけど、自分が抱く以上の感情を寄せられると、途端に面倒に感じてしまうのだ。

 だからこそ、エーヴァルトはそういう人間を必要以上に自分のテリトリーに踏み込ませないようにしていた。自分は触れるに向かない偶像なのだと、相手に知らしめる。そうすれば、女の子たちが一線を超えてくることは無い。その筈だった。

 エーヴァルトを変えたのはグラディアだ。彼女がいとも簡単に線を飛び越えたから、エーヴァルトの調子がくるってしまった。あんな風に『恋人にしてほしい』なんてことを言う人間が現れるなんて、エーヴァルトは想像したことも無かった。


「悪いけど――――」


 けれど、グラディア以外の人間に、その距離を許す気にはなれなかった。これまで自分の周りに居なかった珍しいタイプだから。そう考えるのは楽だけれど、それだけじゃない気がしている。
 場違いだと震えながらも凛と立ち、エーヴァルトに真っ直ぐ向き合う強さ。自分の恋心を押し殺し、親友を優先しようとする意地らしさを好ましく思った。


「エーヴァルト様」


 そう言って目の前の少女は、エーヴァルトの手を握った。これまでのエーヴァルトなら、笑って受け流していた行為だ。手を繋ぐなんて当たり前のこと。感情が揺れ動くことも、身体が反応することも無い。


(でも、違うんだよなぁ)


 それがどうしたことか、グラディアに対してだけは違うことをエーヴァルトは身を以て知っていた。互いの手のひらの大きさ、体温、肌の柔らかさの違いを感じるし、触れているだけで心地良い。胸の奥にじんと温かな何かが灯る。触れ合っているという事実以外の何かがそこには存在するのだ。


(なんて、あいつはクリストフのことが好きなんだけど)


 そんな風に思うと、目の前の今にも泣き出しそうな少女が、自分の同志のように思えてくる。


「止めとけよ、見込みのない恋なんて」


 誰に向けた言葉なのかよく分からないまま、エーヴァルトはそんなことを呟いて笑った。
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