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9.欲しがりな妹の素敵な返戻品
2.
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それから数日後。
マーガレットと両親は、王城へと向かった。
(まさか、本当に話がまとまるとは思わなかったなぁ)
つい数日前まで、マーガレットがエドワードと婚約していたことは、何の障壁にもならなかったらしい。それは意外な事実だった。
一人残されたダリアは、古い大きな木箱を膝に抱えていた。箱の中には、妹から奪われ、その後ボロボロになって返って来た、ダリアの大事なものが詰まっている。
(本当はもう、捨てるべきなんだろうなぁ)
マーガレットに返してもらったものの中に、ダリアが今でも欲しいと思うものなんて一つもない。
けれど捨てれば、いよいよ自分が空っぽになってしまうような気がして、思いきることができずにいる。
(いや、一つだけあるか)
ダリアは箱の中身を一つ手に取った。
中央に白く輝く宝石が埋め込まれた、美しい指輪。つい先日、マーガレットが投げ捨てた、彼女とエドワードの婚約指輪だった。
(綺麗……)
ダリアにはもうずっと、欲しいものなんてなかった。けれど、マーガレットの薬指に光るこの指輪を見る度、沸々と煮えたぎる様な嫉妬心に身を焦がしたことを思い出す。
『僕がプレゼントしてあげるよ。必ずダリアを迎えに行くから』
目を閉じれば脳裏に浮かぶ、穏やかな笑顔。優しい声。小さな男の子のその手には、オモチャの指輪が握られていた。
そんなオモチャの指輪ごと、あっという間に妹に盗られてしまったけれど。
「嘘吐き――――」
「誰が?」
ポツリと漏らした呟きに答える、誰かの声。振り返れば、そこには思わぬ人物の姿があった。
「エドワード……?」
「久しぶりだね、ダリア」
そこにはつい先日まで、妹――――マーガレットの婚約者だったエドワードがいた。
流れるような黒髪に、金色の瞳、柔和な笑みはダリアの記憶の中の彼と一致している。けれど、身長は随分と高くなったし、引き締まったその身体も、声も、まるで知らない男の人のようだ。
「どうしてここに?」
「ん……ここに来たらダリアに会えるかなぁと思って」
ダリアの胸がズキズキと痛む。
子どもの頃、ダリアとエドワードはよく、ここ――――屋敷の裏で遊んでいた。マーガレットの目に付きづらく、彼女に持ち去られたくないものを隠すのに最適な場所だったからだ。
(結局はバレて、エドワードまであの子のところに行っちゃったけど)
そうしてマーガレットとエドワードの婚約が結ばれたのが数年前のこと。それ以降、ダリアは彼と会うことすら許されなかった。
「ごめんなさいね、エドワード。こんな形で婚約を破棄することになって。あなたはあんなにも妹に尽くしてくれたのに」
深々と頭を下げながら、ダリアは唇を噛む。
エドワードの献身ぶりは有名で、マーガレットがどんな我儘を言っても笑顔で許したし、彼女を淑女として大切にしてくれていたらしい。ダリアがそれを、どれ程羨ましいと思ったことか。誰も知ることは無いけれど。
「尽くす?……あぁ、周りからはそう見えるのかな?」
エドワードは首を傾げながら、そっとダリアの隣に腰掛けた。腕が触れそうなほどの距離。ダリアの鼓動がトクトクと早くなった。
「謝るのはこっちの方だよ。ごめんね、予定よりも遅くなってしまったけど」
そう言ってエドワードはダリアの手を握った。大きくて節ばった手のひらは温かい。
(予定?遅くなった?)
ダリアは頬を真っ赤に染めながら、ドキドキとうるさい心臓を抑えこむ。
これは己の願望が見せる幻ではないか――――そう思う度、熱い眼差しが、温もりが、これは現実なのだとダリアに思い知らせる。
「僕は今日、ダリアを迎えに来たんだ」
ふわりと漂う甘い香り。気づけばダリアはエドワードの腕の中にいた。
マーガレットと両親は、王城へと向かった。
(まさか、本当に話がまとまるとは思わなかったなぁ)
つい数日前まで、マーガレットがエドワードと婚約していたことは、何の障壁にもならなかったらしい。それは意外な事実だった。
一人残されたダリアは、古い大きな木箱を膝に抱えていた。箱の中には、妹から奪われ、その後ボロボロになって返って来た、ダリアの大事なものが詰まっている。
(本当はもう、捨てるべきなんだろうなぁ)
マーガレットに返してもらったものの中に、ダリアが今でも欲しいと思うものなんて一つもない。
けれど捨てれば、いよいよ自分が空っぽになってしまうような気がして、思いきることができずにいる。
(いや、一つだけあるか)
ダリアは箱の中身を一つ手に取った。
中央に白く輝く宝石が埋め込まれた、美しい指輪。つい先日、マーガレットが投げ捨てた、彼女とエドワードの婚約指輪だった。
(綺麗……)
ダリアにはもうずっと、欲しいものなんてなかった。けれど、マーガレットの薬指に光るこの指輪を見る度、沸々と煮えたぎる様な嫉妬心に身を焦がしたことを思い出す。
『僕がプレゼントしてあげるよ。必ずダリアを迎えに行くから』
目を閉じれば脳裏に浮かぶ、穏やかな笑顔。優しい声。小さな男の子のその手には、オモチャの指輪が握られていた。
そんなオモチャの指輪ごと、あっという間に妹に盗られてしまったけれど。
「嘘吐き――――」
「誰が?」
ポツリと漏らした呟きに答える、誰かの声。振り返れば、そこには思わぬ人物の姿があった。
「エドワード……?」
「久しぶりだね、ダリア」
そこにはつい先日まで、妹――――マーガレットの婚約者だったエドワードがいた。
流れるような黒髪に、金色の瞳、柔和な笑みはダリアの記憶の中の彼と一致している。けれど、身長は随分と高くなったし、引き締まったその身体も、声も、まるで知らない男の人のようだ。
「どうしてここに?」
「ん……ここに来たらダリアに会えるかなぁと思って」
ダリアの胸がズキズキと痛む。
子どもの頃、ダリアとエドワードはよく、ここ――――屋敷の裏で遊んでいた。マーガレットの目に付きづらく、彼女に持ち去られたくないものを隠すのに最適な場所だったからだ。
(結局はバレて、エドワードまであの子のところに行っちゃったけど)
そうしてマーガレットとエドワードの婚約が結ばれたのが数年前のこと。それ以降、ダリアは彼と会うことすら許されなかった。
「ごめんなさいね、エドワード。こんな形で婚約を破棄することになって。あなたはあんなにも妹に尽くしてくれたのに」
深々と頭を下げながら、ダリアは唇を噛む。
エドワードの献身ぶりは有名で、マーガレットがどんな我儘を言っても笑顔で許したし、彼女を淑女として大切にしてくれていたらしい。ダリアがそれを、どれ程羨ましいと思ったことか。誰も知ることは無いけれど。
「尽くす?……あぁ、周りからはそう見えるのかな?」
エドワードは首を傾げながら、そっとダリアの隣に腰掛けた。腕が触れそうなほどの距離。ダリアの鼓動がトクトクと早くなった。
「謝るのはこっちの方だよ。ごめんね、予定よりも遅くなってしまったけど」
そう言ってエドワードはダリアの手を握った。大きくて節ばった手のひらは温かい。
(予定?遅くなった?)
ダリアは頬を真っ赤に染めながら、ドキドキとうるさい心臓を抑えこむ。
これは己の願望が見せる幻ではないか――――そう思う度、熱い眼差しが、温もりが、これは現実なのだとダリアに思い知らせる。
「僕は今日、ダリアを迎えに来たんだ」
ふわりと漂う甘い香り。気づけばダリアはエドワードの腕の中にいた。
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