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13.私の婚約者様は、私のことが大嫌いだ
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私の婚約者様は、私のことが大嫌いだ。
「――――姫様、一体どうして、こんなところに一人でいらっしゃるんですか?」
呆れたような声音。顔を上げると、そこには件の婚約者様――――レイリーが眉間に皺を寄せ、私のことを見下ろしていた。
太陽の光を受けてキラキラ輝く薄い茶髪に、白と藍色のコントラストが綺麗な騎士装束がとてもよく似合っている。青と紫を混ぜたみたいな夜空色をした瞳を見つめながら、私は小さくため息を吐いた。
「息抜き位しても良いでしょ? 私に姫君としての教育はあまり必要ないのだし」
もっと可愛げのある言い方が出来れば良いのに、レイリーの物言いに呼応するかの如く、私の言葉もつっけんどんになる。
「せめて供のものを付けてください。いくら城内とはいえ、一人では危ないですよ」
私の隣にしゃがみつつ、レイリーはため息を吐いた。
辺り一面に咲き乱れる花々。それが、庭師が丹念に世話をしたものとも知らず、思うがままに摘んで遊んでいた幼い日々を思い出すと、少しだけ胸が苦しくなる。
(昔はレイリーも、私の髪に花を飾ったりしてくれてたのにな)
あの頃とは比べ物にならない程、強く逞しくなったレイリーの姿を盗み見つつ、私の瞳に薄っすらと涙が浮かんだ。
レイリーと私は幼馴染だった。
少し年の離れた兄や姉たちの影響か、当時の私は少し擦れた子どもで。感情の起伏が小さいというか、あまり物事に興味を示すことがない。そんな私を心配した父――国王が遊び相手として連れてきたのがレイリーだった。
父の親友の子であるレイリーは、私とは違って感情豊かな子どもだった。よく笑うし、よく怒る。見ていてこちらが疲れるほどだったけど、何となく彼の側に居ると心地よくて。次第に私も、人並に子どもらしく変わっていった。
レイリーはその後も、私のことを『王女』として扱わず、対等な友人として接してくれた。そもそも彼は、誰に対しても礼儀正しくて優しかったってだけだけど、私はそれが、とても嬉しかった。
そんな私たちの関係が変わってしまったのは、父が彼を私の婚約者に指名した十三歳の頃だった。
彼はそれまでみたいに私の名前を呼んでくれなくなった。笑い掛けてくれることも、一緒に庭園を駆け回ってくれることもなくなった。会いに来てくれる回数も減って、次第に会話も弾まなくなって。
そこまできてようやく、私は彼に嫌われてしまったことを悟った。
(そりゃぁそうよね)
王女が婚約者だなんて、十三歳の少年には重すぎる枷だ。
私だって本当は、他国の王妃として嫁ぐものと思っていた。けれど、姉君二人が友好国に嫁ぎ、周辺に王位継承権を持つ年頃の王子はもういない。ならば、と国王が選んだ私の結婚相手がレイリーだったのだ。
私に関わったばかりに、レイリーは将来が狭められてしまった。誰かと出会い、恋愛結婚することも、好き勝手に事業を興すことも許されない窮屈な生活。そんな彼が私を嫌いになるのは、当たり前だった。
そうして五年の月日が流れた。わたし達はもうすぐ成婚の日を迎える。レイリーに嫌われたまま、私は彼の妻になるのだ。
「――――そろそろ城に戻るわ」
こっそり目尻を拭いながら、私は立ち上がった。レイリーは小さくため息を吐きながら立ち上がると、私に向かってそっと手を差し出す。如何にも不服そうなその表情に、私の心が軋んだ。
「結構よ。自分一人で帰れるわ。あなたにはあなたの仕事があるのだし」
「そういうわけに行かんでしょう。俺の体面も考えてくださいよ」
そう言ってレイリーは半ば強引に私の手を握る。騎士らしさの欠片もない乱暴な仕草に、私の気分は更に下降した。
「そうね。そうよね。お父様やおじ様に叱られるのは、あなたの方だものね」
レイリーはチラリと私を振り返り、軽く目を伏せる。手袋越しに感じるレイリーの体温に心臓がトクトク鳴った。
「――――そんなに俺は頼りがいがありませんか?」
ボソリと、聴こえないほどの小声で、レイリーはそう尋ねた。
「一体、何の話?」
尋ね返しながら、私は眉間に皺を寄せる。
結局、答えが返ってくることがないまま、私達は別れた。
「――――姫様、一体どうして、こんなところに一人でいらっしゃるんですか?」
呆れたような声音。顔を上げると、そこには件の婚約者様――――レイリーが眉間に皺を寄せ、私のことを見下ろしていた。
太陽の光を受けてキラキラ輝く薄い茶髪に、白と藍色のコントラストが綺麗な騎士装束がとてもよく似合っている。青と紫を混ぜたみたいな夜空色をした瞳を見つめながら、私は小さくため息を吐いた。
「息抜き位しても良いでしょ? 私に姫君としての教育はあまり必要ないのだし」
もっと可愛げのある言い方が出来れば良いのに、レイリーの物言いに呼応するかの如く、私の言葉もつっけんどんになる。
「せめて供のものを付けてください。いくら城内とはいえ、一人では危ないですよ」
私の隣にしゃがみつつ、レイリーはため息を吐いた。
辺り一面に咲き乱れる花々。それが、庭師が丹念に世話をしたものとも知らず、思うがままに摘んで遊んでいた幼い日々を思い出すと、少しだけ胸が苦しくなる。
(昔はレイリーも、私の髪に花を飾ったりしてくれてたのにな)
あの頃とは比べ物にならない程、強く逞しくなったレイリーの姿を盗み見つつ、私の瞳に薄っすらと涙が浮かんだ。
レイリーと私は幼馴染だった。
少し年の離れた兄や姉たちの影響か、当時の私は少し擦れた子どもで。感情の起伏が小さいというか、あまり物事に興味を示すことがない。そんな私を心配した父――国王が遊び相手として連れてきたのがレイリーだった。
父の親友の子であるレイリーは、私とは違って感情豊かな子どもだった。よく笑うし、よく怒る。見ていてこちらが疲れるほどだったけど、何となく彼の側に居ると心地よくて。次第に私も、人並に子どもらしく変わっていった。
レイリーはその後も、私のことを『王女』として扱わず、対等な友人として接してくれた。そもそも彼は、誰に対しても礼儀正しくて優しかったってだけだけど、私はそれが、とても嬉しかった。
そんな私たちの関係が変わってしまったのは、父が彼を私の婚約者に指名した十三歳の頃だった。
彼はそれまでみたいに私の名前を呼んでくれなくなった。笑い掛けてくれることも、一緒に庭園を駆け回ってくれることもなくなった。会いに来てくれる回数も減って、次第に会話も弾まなくなって。
そこまできてようやく、私は彼に嫌われてしまったことを悟った。
(そりゃぁそうよね)
王女が婚約者だなんて、十三歳の少年には重すぎる枷だ。
私だって本当は、他国の王妃として嫁ぐものと思っていた。けれど、姉君二人が友好国に嫁ぎ、周辺に王位継承権を持つ年頃の王子はもういない。ならば、と国王が選んだ私の結婚相手がレイリーだったのだ。
私に関わったばかりに、レイリーは将来が狭められてしまった。誰かと出会い、恋愛結婚することも、好き勝手に事業を興すことも許されない窮屈な生活。そんな彼が私を嫌いになるのは、当たり前だった。
そうして五年の月日が流れた。わたし達はもうすぐ成婚の日を迎える。レイリーに嫌われたまま、私は彼の妻になるのだ。
「――――そろそろ城に戻るわ」
こっそり目尻を拭いながら、私は立ち上がった。レイリーは小さくため息を吐きながら立ち上がると、私に向かってそっと手を差し出す。如何にも不服そうなその表情に、私の心が軋んだ。
「結構よ。自分一人で帰れるわ。あなたにはあなたの仕事があるのだし」
「そういうわけに行かんでしょう。俺の体面も考えてくださいよ」
そう言ってレイリーは半ば強引に私の手を握る。騎士らしさの欠片もない乱暴な仕草に、私の気分は更に下降した。
「そうね。そうよね。お父様やおじ様に叱られるのは、あなたの方だものね」
レイリーはチラリと私を振り返り、軽く目を伏せる。手袋越しに感じるレイリーの体温に心臓がトクトク鳴った。
「――――そんなに俺は頼りがいがありませんか?」
ボソリと、聴こえないほどの小声で、レイリーはそう尋ねた。
「一体、何の話?」
尋ね返しながら、私は眉間に皺を寄せる。
結局、答えが返ってくることがないまま、私達は別れた。
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