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21.病は気から

11.(END)

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 キーテが完全に回復するまで、実に一ヶ月の時間を要した。飲まされた毒の量が多かったからだ。もしもあのままマルアリア原石を握り続けていたら、キーテは助からなかったかもしれない。そう思うと、エルベアトは今でもゾッとしてしまう。


 デルミーラは修道院に送られることになった。数年間に渡り、妹を苦しめ続けてきたのだ。かなり寛大な措置と言えるだろう。

 けれど、そんな彼女の処遇に一番胸を痛めたのは、被害者である筈のキーテだった。


『姉さまも最初は、純粋に私のことを心配してくれたんだと思うの』


 母親を亡くし、失意に暮れ、体調を崩した妹を必死で看病する――――それが全ての始まりだった。

 周囲はそんな彼女を『健気で優しい天使のよう』だと褒め讃える。その快感が忘れられなかったのだろう。キーテが苦しみ続けるよう、悪事に手を染めるようになってしまった。
 恐らくはデルミーラ自身、母親を亡くして寂しかったのだろう。ぽっかりと開いた胸の傷を、キーテを使って塞ぐようになってしまった。キーテよりも余程、デルミーラの方が病に侵されていたのである。


『だとしても、俺は彼女がしたことを許せない』


 エルベアトはそう言って、眉間にグッと皺を寄せる。
 あんなことをされた後でも、キーテにはデルミーラを嫌いになれない。本気で怒ることもできない。そうと分かっていて、エルベアトは彼女の代わりに怒ってくれている。


『ありがとう、エルベアト様』


 エルベアトの胸を借り、キーテはそっと涙を流した。



 あれから二年が経った今日、二人は晴れて結婚の日を迎える。


「綺麗だよ、キーテ。誰よりも綺麗だ」


 白いウエディングドレスに身を包んだキーテに向かい、エルベアトは幸せそうに微笑む。
 会場の入り口には、キーテの描いた絵が何枚も何枚も飾られている。それはこの二年間の間に二人が訪れた数々の名所で彩られており、訪れた人々を感嘆させた。


「エルベアト様……私、幸せです。あなたに出会えて本当に良かった」


 太陽が降り注ぐ青空の下、幸せの鐘が鳴り響く。エルベアトに出会う前は、満足に外にも出られなかった。結婚など、夢のまた夢だった。


(こんな未来があることを、昔の自分に教えてあげたい)


 キーテとエルベアトは互いに顔を見合わせ、幸せそうに笑う。

 病は気から。
 キーテの身体が病に蝕まれることは、その後、二度と無かった。
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