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24.その一言が聞けなくて

6.

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「週末、実家に帰るの」


 両親から手紙が届いた翌日、寮までの道のりを歩きつつ、ノエミはそんな風に話題を切り出した。


「実家に? 随分急な話だね」


 ジュールは首を傾げつつ、ノエミの顔を覗き込む。優しくて穏やかな笑み。ノエミは目を伏せつつ、ゆっくりとその場に立ち止まった。


「わたしに縁談が来てるんだって。週末、相手が家に来るから、挨拶に来るようにって言われちゃった」


 ジュールは目を丸くして、ノエミのことを見つめる。繋がれたままの手のひらが酷く冷たい。ジュールの顔を見れないまま、ノエミはぎこちなく笑った。


「ビックリだよね。これまで誰からも縁談なんて来なかったのに、このタイミングかぁって」


 努めて明るい声音を出したものの、ノエミの声は震えていた。目頭が熱く、壊れそうな程に胸が軋む。


 本当はジュールに『嫌だ』と言って欲しかった。
 ノエミだって、ジュールではない他の誰かと結婚などしたくない。


 けれどそんなこと、言える筈がなかった。


 もしも逆の立場だったなら、或いは望みを口にできたかもしれない。『他の女性と結婚などしてほしくない』と泣き縋って、ジュールを呆れさせて、距離を置かれて、それで綺麗に終わらせることができたのかもしれない。


(だけど、わたしが『他の男と結婚したくない』なんて言ったら、ジュールを困らせるだけだもの)


 それではまるで、重い鎖をジュールに背負わせるようなものだ。出来もしないことを強いるなんて馬鹿げている。責任感の強いジュールに罪悪感を抱かせ、苦しめるだけだ。


「ノエミ……」


 込み上げてくる想いが、ノエミの喉を焼く。涙が零れ落ち、まともに前を見ることもできない。
 ノエミはジュールの胸に勢いよく抱き付くと、彼の背に腕を回した。


「ジュール、大好き! ずっとずっと、ジュールが好きだよ!」


 それがノエミが口にできる、精一杯の言葉だった。
 縁談を断ることができない上、結婚してほしいとも、ずっと一緒に居たいとも言えないノエミが出来る、最大限の意思表示。

 ジュールは何も言わないまま、ノエミのことをギュッと抱き返した。普段ならば嬉しくて堪らない筈なのに、ジュールにポンポンと背中を撫でられる度に、悲しさがグッと込み上げてくる。肩口に埋められた顔が熱く、それがジュールの想いを物語っているようだった。


(もう十分)


 ジュールは確かにノエミのことを想ってくれている。最後にそう感じられただけで、ノエミは十分幸せだった。
 ゆっくりと腕を解き、ジュールの顔をそっと見上げる。

 さよならは言わない。けれど、自分の笑顔を覚えていてほしい――――ノエミは涙でグチャグチャになった顔で、必死に笑顔を浮かべて見せる。


「――――俺もノエミが好きだよ」


 けれどその時、ジュールはそう口にして、ノエミの額へと口付けた。収まっていた筈の涙がポロポロと零れ落ち、ノエミは手のひらで顔を覆う。


(ジュールの馬鹿)


 ノエミにはどうやったって、この恋を終わらせられる気がしなかった。
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